2023年7月2日
**********************************************
東洋的人体論では、人の体は小宇宙という。
宇宙の星々が衝突せず、均衡をもって自転公転しているのは、宇宙の
メカニズムの法則があり、同様、身体も、全細胞の間に、ヒトの智慧では
及ばない、完全性の法則に、生かされているからだろう。
どこかに、悪い部分(症状)として、現れると、西洋医学では、対症療法
で、そこの痛みや、炎症を解くことに専念するが、東洋的施術では、まず、
全体をほぐして、身体の全体の有機的つながりを取り戻すために、気の
流れの’詰まったところ’や、’凝っている箇所’をほぐすことから始める。
こうして、ヤジロベエのバランスを取るように、順気を整えていくうちに、
自然治癒力が働くことで、正常に収まっていく。
さて、表題の、’頭の中の凝り’と、身体への影響’、との関係性だが、
実母が存命のときおこなった、施術を思い出した。
当時、母は、足がしびれることが日常で、両足のふくらはぎから下が、
正座した後のように、”しびれて痛い”と口にした。
その時は、私の手は、母の脳をかざして、脳全体を良く解いたものだ。
母は、(血圧を下げる薬を飲まなかった)平均160から180という、高血圧
症であった。
しかし、亡くなるまで、薬を飲むことなく、通常生活(寝たきりにもならず)
を送ることができたのは、普段から、脳を解いていたことと、多少、関係が
あると思う。
脳を、良く解けば、身体が全体的に緩んでくる。
さらに、血管に弾力が出るから、収縮性が増し、高血圧症対策にも、
役立った。
コレストロ―ルなどで詰まった血管の部位が、破れて、出血する脳梗塞は、
高血圧のヒトが一番恐れている病だが、’血管壁’に弾力が出てくると、
女性のナイロンストッキングのように、足を入れても、足の太さに合う
ように、伸びることができる。
それと同様、血管に気が流れていると伸縮がきくので、脳梗塞などの原因
である、血管の破裂はあまり、心配することではないということも
わかってきた。
だから、ここを良く解くと、‘頭が働くような感じ’になる。
頭を使う仕事の前と、終わった後、ここをよく解くと、頭が働き、能率が
アップできる。
②頭が特に疲れている時・額から大脳に気を送るが、効き目が出始めると、
アクビの連発などの反応で出てくる。
人間の大脳は90%が新しい細胞でできているといわれ、これが知性と呼応
している。
③古い細胞ほど、大脳の奥にあり、ここを重点的にほぐすと、ヒトの生命
保持のための、本能的な働きが、活性化していく。
この部分の脳は、’本能の座’と呼ばれていて、基本的な人の生存を営むには
不可欠な働きをしている。
④さらに脳内部の、奥にある間脳の部分を解く。
ここでは、視床下部と呼ばれる部分で、ホルモンや自律神経の関連する
大切な部分だ。
表層の、大脳皮質に手を置いても 同様の効果が得られるようだ。
表層から、エネルギーが脳内部に、滲透して、この間脳に到達することが
できる。
すると、自律神経のバランスと、ホルモンの調製にも効果がみられる。
⑤大脳皮質に手を当てる
時々、顔面の一部や、手足の一部がピリピリと 痙攣することがある。
そのようなときも、ここに思念をこめて、エネルギーを集中させると、
比較的短い時間に収まる。
新しい大脳皮質の細胞が、情緒や創造的感覚などに貢献している一方、
そこに手を当て続けることで、脳内部にエネルギーが浸透していく。
大脳皮質の、下に位置する、古い細胞は、生存するための身体的欲求に
かかわり、それに続いている下部の間脳の一部が、身体のメンテナンス
に不可欠な ホルモンと自律神経のコントロールにかかわっている。
繰り返しになるがこのように、脳を考えると、脳内部の中で、どこかに
支障をきたせば、当然、つながりあっている脳内の細胞を通して、身体の
不調和をきたす原因となる。
ホルモンや自律神経はストレスに影響を受けやすいから、ストレスから
生じた、負の感情によって体全体の、不調和につながりやすい。
自然治癒力を活発化させる、手当とは?
*****************************************2023年6月2日
2017年12月,実母は他界した。
サプリメントや常備薬と無縁であった、自然体の母は、ホーム
の自室で、明け方、前触れもなく、息絶えていた。
この”突然死”の原因は、北里大学で解剖され、”心不全”と報告を
受けたが・・・元来の高血圧が原因ではなかった。
当時、警察の方が、ホームで事件性の有無を調査をして、
母の毎日の血圧記録を見た。
その異常な高さにもかかわらず、家族の要請から、
一切の薬を飲まず、普通に元気に過ごしていたと説明を
受けて、”あり得ない”と驚いていたと、後で施設長から伺った。
国立機構相模原病院の精神科で毎月一度、形式的な診査を受けて
いた母は、担当医から、くも膜下出血がいつ起きても不思議でない
ので、高血圧を下げる薬を薦められた。
当時、母の血圧の平均値は、185だったが、正直、私は心配して
いなかった。
そして、血圧を下げる薬は服用しないことは、医師に、納得して
いただいていた。
それは、自分が気を整える代替え治療をするもので、毎日
(当時は母と同居していた)母に、脳を解くセラピーをして
いるからという理由で具体的には、以下のように伝えた。
”脳を良く解(ほど)けば、全体に体が緩み、血管の収縮性
が出てきて、高血圧でもその悪影響は最小に抑えられる”
という事。
何故なら
”高血圧が脳梗塞の原因となる、という一般論は、主に、
コレストロ―ルなどで血管の壁が硬直して、順気が
流れない場合が多いから”
としたうえで
”アートマセラピーを毎日施術して、実母の血管の壁の
収縮性を整え、母の体の他の臓器機能も同時に、正常に
働くので、血圧が高くても、血液がドロドロしせず、
サラサラな状態なら、血管を圧迫するリスクも少ない。
血圧が高いのは、生命力の智慧で、そのために、
体内すみずみに、栄養素がゆきわたり不要物も血液と共に、
運んでもらえるので、敢えて低くする必要はないと考える”、
ということであった。
脳を解く・・とは、どういう意味か?
”解く”と言うのは、経絡(けいらく)の気の流れを
整えること。
気の流れが滞ると、張りや痛み、硬直などがその部位に
発生して、そこから、病の根っこが芽生えやすい。
というより、その硬直を、柔らげるために、身体が
細胞波動レベルで動き始め(健康体の場合)、それが
症状となる。
症状とは、発熱、下痢、嘔吐などから、なんとなく
身体が、だるい、重いなどの、感覚的なものまである。
では、どのようにして、解くのか?
それはその人に適した方法が、あると思うが、
私の場合は、経絡全体に宇宙波動(生命波動)を流す
こと、そして、言葉のもつ、波動(言霊)を利用して、
細胞レベルにそれを浸透させることだ。
これは、特殊能力ではなく、誰にでも 生まれながら
に、備わっている力でもある。
”痛いの痛いの 飛んでいけ!”と幼いころ、擦り
むいたり、打ったりしたところを、母親が
”ちちんぷいぷい”と言いながら、優しく
さすってくれると、なんとなく、気分が楽になり
痛みも、薄れていった体験はお持ちでないだろうか?
あの、方法と、ほとんど原理は一緒だ。
人の手には、不思議な力がある。
優しい人の手から出る、気で包まれた(握られた)
”おにぎり”は、金具型にはめてつくられたそれより、
美味しいのは当然だし、手を当てる(手当~てあて)
という言葉は、’治療する’の代名詞として使われる。
手の指先から流れる、電気のような波動は、誰もが、
その力に気が付けば、最も効果的な、自然治癒力を
喚起させる道具の一つとなりうるのだ。
自然治癒力を発揮するための、メンタル要素
******************************
前書き)
自然治癒力セラピー協会で提唱している、自己セラピーとは、
何だろうか?
自分自身で自分にセラピーを施術すること。
そして、それはある一つの真理を自覚したら、だれにでも可能な
ことなのだ。
その真理とは、私たちは、一人ひとりが、完全な生命力の種を
宿していること。
これはだれもが知っていることだから、自覚するというのは、
そのことを想いだしたとき、自分に効果ある施術が、もう始まって
いるといえるのかもしれない。
そして、それを思い出しながら、自分の肉体的不調和を調整しようと、
どんな手段をとったとしても癒す効果は、必ず、あると私は断言したい。
その次に必要なことがあるとしたら、自分のその確信に対する、
信頼だろう。
’病が癒えていく’というのは、その人がその方法を選んだ自分自身と、
その方法に対する、信頼が好転していく大きな、最終的条件と
いえるかもしれない。
どんな方法を、その人が選択するにしろ・・・その人にあった方法と
いうのは、厳密にいえば、そこにいる人の数だけ存在するに違いない。
なぜなら、それがその人の”真実”であり、信頼できるという確信が
持てるのだから。
言い換えれば、各自がそれぞれの、多少ずづ、異なる信念を持って
いる限り、真実は生きている人の数だけあるのだろう。
自然界の生き物、特に、ジャングルに生きる野生動物には、医師は
いないが、癒すコツを知っている。
原因不明の病にかかり、何か処方を施しながら、一生を何とか
生き延びている、
という例は自然界には、あまり聞いたことがない。
何とか生き延びている間には、体力も限界がきたときにほかの
動物の餌食になってしまうだろう。
さて、そうした自然界の生き物が、持っている、自然治癒力を、
人工的世界に生きる人間が、発動するためには、何が必要なのか?
冒頭に述べた自己治癒力が発揮できる、パワーの源は、
なんなのだろうか?
世界的にベストセラーになったある本からの引用をご紹介しながら考
えてみたい。
(*1)カッコ内は、そのページ数。
1・”精神は身体のすべての細胞に存在する。”(271)
言い換えれば、すべての細胞には精神が宿るということだから、
私たちの自然治癒力は頭で考えたりする可能性を、はるかに超えている。
それぞれの細胞が一番良かれと、考えている方法が 最も強烈な
自然治癒力を生みだす。
それぞれの細胞が一番よかれと考えていることを、引き出すためには、
それをブロックしたり、邪魔したりする波動を出さないことだ。
そうした波動は、どこから来るかといえば、私たちの頭で”考えること”
と、”悩むこと、心配すること””恐怖心”などが、生命力を、ブロック
する一番のマイナスエネルギーといえる。
2.”脳は知の源泉ではない。データの処理装置に過ぎない。
脳は五感と呼ばれる受容器を通じてデータを取り込む”(528)
五感とは、聴覚・視覚・触覚・味覚・臭覚 のことで、私たちが毎日
受け取っている情報は、この五感から得ている。
もし、その情報を、テータにたとえれば、脳でデータ変換されると
いうことになる。
だから、そのキャパが異なるため、受け取る人によって、あるいは
人以外の”脳を持つ生物”によって微妙に、同じ情報でも、データ
変換が異なってくるだろう。
五感感覚自体が、人間とほかの動物とでは、異なる。
だから、そのデータプロセッサーの働きは、五感情報を処理する脳
であって、そこで得た知識は相対的なものであり、絶対的なものと、
言い切れないだろう。
人は、知恵は、脳からくるという。
脳は、あくまで、プロセッサーの働きをするにしかない、としたら、
私たちのいう、知恵とは、どこから来ているのだろうか?
3・”私は存在だ。 私はプロセスの結果ではない。プロセス自体だ。”(531)
ここでいう、’わたし’とは、’神’である。神とは、私たち自身のことである。
なぜなら、私たちの内奥に存在するものだから。
つまり、特定宗教の神ではない。
’私たち’はプロセスの結果でなく、プロセス自体、つまり、脳を
働かせている、つまり、プロセッサーを動かしているその力
(エネルギー)自体ということになる。
脳で得た五感の知識というのは、そうして考えると、相対的である
ということがよくわかる。
プロセッサーを、心の内奥に持ってきてみた場合、五感で得た
情報分析とは、異なる結果が出るからだ。
そのように無尽蔵なやり方で、この肉体と精神と心を使っている、
エネルギーが、”私なのだから。
ここで、”感情” という言葉をみてみよう。感情とは、英語で
emotionと綴る。
それを、分解してみよう。
エネルギーは英語でenergy, 動きはmotion, 感情は、この二つの
言葉を合わせた造語であるから、ふたつ合わせて、”e-motion ”と
いう英語になる。
さて、この言葉が、キーワードになる。
感情を持つというのは、五感の情報の結果なのだが、ここでは、
単なる、好きとか嫌いとかいう感覚的な情感をさしていない。
ここでいう、本当の感情(emothion)は、心から湧いてくる
感情をさしている。
その感情を、”最近、いつ持てたか?”と自分自身に聞いてみると、
定かに思い出せない。
よく考えると、”感情”と思っていたものは、結局は、周りに
合わせたり、とりつくろったり、怒りや悲しみは表現すべきでない
と抑えて無理して楽しそうな、振りしたりしていたことだった
かもしれない・・
そう振り返ると、自分の感情自体が、生き生きと表せる場は、
日常生活の舞台では、あるようでないのかもしれない。
私たちの本質である、五感というプロセッサーを操作している、
エネルギーが、本当に楽しみ、心地よく、動かされるほどの感動は
そうそう、もてないのだろう。
そこで、人は音楽や絵画、演劇や彫刻などという、生き生きと
躍動感にあふれる、感情の表現を直観的に欲しているのだろう。
このエネルギーを生かすこと、それが、自然治癒力を働かす
動力にもなる。
5・”どんな神の一部になりたいか・・・それによって、人生の
目的と個別化が生まれる”(535)
私たち一人ひとりは、結局、手のひらから出ている、5本の指
のような存在で、親指のできる仕事、人差し指のできる仕事、
それぞれの指が協力して、手の機能が万全となるのと同様、
私たちも社会組織の一人として、互いに支えあって、生産性を
高める働きをしながら、個別に生きている。
それぞれが、それぞれの役目を果たすことで、全体の手としての
機能が成り立っているといえる。
すべての人は、’つながっている’ということ、繋がって、大きな
機能の一つになり、また、その機能が、ほかの機能とつながって、
全体で、大きな調和した動きと進化というプロセスが可能に
なっているのだろう。
それを、心の内奥に住む神との結びつければ、私たちがどのような
神とつながりたいか、ということが人生の目的につながるというのだ。
自然治癒力を高めたいと思うのなら、完全体である神の姿と
結びつくことが、一番手っ取り早いだろう。
それは”絵にかいた餅”ではなく、本当に存在する、エネルギーなのだ。
すでに、結びついているのだが、私たちが手の指の一本だという
ことに気が付けば、神という手のひらから派生している存在で
あることが、体感できるはずだ。
どのように、それに気が付くか? それは、”求める心”の有無に
かかってくるのだろう。
そして、その方法は、冒頭に述べたように、生きている人の数だけ、
プロセスが用意されているとしか言いようがない。
引用箇所(傍線部分)”神との対話③”
N.D.ウォルシュ サンマーク出版 2009