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糸永司教様は、主日ミサにおけるラテン語の使用、聖伝ミサの全面禁止を発表されました。

2008年07月01日 | トマス小野田神父(SSPX)のひとり言
アヴェ・マリア!

 愛する兄弟姉妹の皆様、

 もうすぐベネディクト十六世の自発使徒書簡『スンモールム・ポンティフィクム 』の発布一周年ですね。

 先日たまたま6年前のBBSの「教区で出されたラテン語ミサの全面禁止についてどう思われますか?」という記事が目に入り、懐かしく読んでみました。

【質問】
 鹿児島教区の糸永司教様は、教区内での主日ミサにおけるラテン語の使用、そして聖伝ミサの全面禁止を発表されました。これについてご意見をお聞かせください。

「ラテン語ミサの禁止について」

 第二バチカン公会議は「叙階の秘跡の充満を受けた司教は『最高の祭司職の恩恵の管理者』である」と述べ、さらに「聖体祭儀の正しい執行はすべて司教によって指導される。司教には、神の威光にキリスト教の祭礼をささげ、それを管理する職務がゆだねられている。司教は、主のおきてと教会の法律に従ってこの職務を果たすのである。この法律は、司教の個別判断によって、司教区のためにさらに細かく規定される」と述べている(教会憲章二六)。
 糸永司教はこの職務と権限にもとづき、鹿児島教区内において、共同体の主日のミサで「ラテン語のミサ」を行ってはならないと、このほどあらためて規定した。ラテン語のわからない日本人信者の「意識的かつ行動的参加」を妨げないためである。ミサの用語は司式司祭の趣味のためではなく、参加する共同体のためでなければならないのである。訪日時の教皇様やザビエル四五〇年祭の教皇特使ショーカ枢機卿様が日本語ミサに挑戦されたことはよい手本である。なお、ここにいう「ラテン語ミサ」とは第二バチカン公会議の典礼刷新による新しい「ローマ・ミサ典礼書」のラテン語文のことで、したがって一五七〇年の聖ピオ五世による旧ミサ典礼書のことではない。後者は主日ミサ以外でも使用されてはならない(新ミサ典礼書を公布するパウロ六世使徒憲章〔一九六九〕参照)。

===鹿児島カトリック教区報 2001年9月===


【コメント】

 これに対する私の回答は、BBSの「教区で出されたラテン語ミサの全面禁止についてどう思われますか?」という記事をご覧下さい。

 いまから思うと、鹿児島の司教様が宣言し、日本中のカトリック教会でそう信じられていた「一五七〇年の聖ピオ五世による旧ミサ典礼書は使用されてはならない」ということは、1年前の教皇様の発言によって、実はウソであったということがばれてしまいました

 全世界の大部分の司教様たちや司祭、信徒の方々が、約四〇年間「一五七〇年の聖ピオ五世による旧ミサ典礼書は使用されてはならない」と信じ、そう主張し、そう思い込んでいたとしても、全世界・全日本でほとんどそうだった、としても実はそうではなかったのです。

「福者ヨハネ二十三世が1962年に公布した且つ決して廃止されていないローマ・ミサ典書の規範版に従ったミサ聖祭の犠牲(いけにえ)を教会の典礼の特別形式として献げることは許されている。」

「会衆の参加しないミサ(Missa sine populo)において、ラテン典礼様式に属するすべてのカトリック司祭は、在俗・修道を問わず、復活の聖なる三日間を除き、いかなる日においても、福者ヨハネ二十三世によって1962年に出版されたローマ・ミサ典書・・・を使用することができる。その挙行に当たっては、どちらのミサ典書を用いるにせよ、司祭は使徒座からも教区長からも許可を得る必要はない。」

-----------ベネディクト十六世の自発使徒書簡『スンモールム・ポンティフィクム 』より


「ミサ典礼の「特別な形式」である1962年のミサ典礼書の使用に関して、わたしは次のことに注目していただきたいと思います。すなわち、このミサ典礼書が法的な意味で廃止されたことは決してありません。したがって、このミサ典礼書は原則的にはつねに認められてきたということです。」

過去の人々にとって神聖だったものは、わたしたちにとっても神聖であり、偉大なものであり続けます。それが突然すべて禁じられることも、さらには有害なものと考えられることもありえません。わたしたちは皆、教会の信仰と祈りの中で成長してきた富を守り、それにふさわしい場を与えなければなりません。」

----------教皇ベネディクト十六世の全世界の司教への手紙 1970年の改革以前のローマ典礼の使用に関する「自発教令」の発表にあたってより

 私たちの多くは、司教様たちを含め、いままで約40年の間、誤解し続けてきたのでした。

 これと同様に、将来、ルフェーブル大司教様や聖ピオ十世会についてマスコミで流されているウソがその化けの皮をはぐ時が来るでしょう。

 私たちは、だからといってその時が来るまで何もしないでよいという訳ではありません。カトリック信仰を守らなければなりません。聖伝のミサを守っていかなければなりません。それこそが、カトリック教会への真の愛の行為であり、教皇様にたいする真の従順だからです。何故なら、従順は信仰のためにあるのであって、従順のために信仰しているのではないからです。

トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭) sac. cath. ind.


聖ピオ十世会創立者の伝記 12.1.7. 教皇ヨハネの二重性

2008年07月01日 | ルフェーブル大司教の伝記
第12章 公会議の嵐に直面して

I. 中央準備委員会委員


教皇ヨハネの二重性

 その時、ヨハネ二十三世はこの第二バチカン公会議の前哨戦に、第二のトロイの木馬を受け入れた。つまり、マリーヌ (Malines) の大司教である若きレオン・ジョセフ・スーネンス (Leon-Joseph Suenens) の行動であり、教皇は彼をちょうど中央準備委員会員に指名したばかりであった。彼は間もなく枢機卿にするはずだった。

 1962年 3月になるやいなや、スーネンスはヨハネ二十三世に概要(schema)の数が「正常ではないほど」多い--七十以上--と不平を言った。

 準備作業に何らの指針を提供しなかったうえに、オッタヴィアーニと対立するのを願わないヨハネ二十三世は、隠密にスーネンスに将来の戦場を掃除させておく事を任せた。

 スーネンス計画は、予備概要を全て二つの部分からなる枠組みにおいて手を入れ直してリサイクルすることにあった。この二つの部分と言うのは ad intra, すなわち内部に向けて教会がその子らに言わなければならないことと ad extra, すなわち教会が外部世界に向けて言わなければならないことを言う。二番目の領域は確かに革命的な革新だった。

 計画は 4月末までに準備が完了していた。教皇はその計画が気に入った。5月中旬に教皇の命令でこの計画が、少数の有力な枢機卿たちに伝達された。つまりヨハネ二十三世自身が、この考えになびくように願っていた枢機卿たち、ドプフナー枢機卿、モンティーニ (Montini) 枢機卿、シリ枢機卿、リエナール枢機卿及びレルカノ(Lercaro) 枢機卿であった。

 これは予備概要を反古にし始めたでなくで何だろうか。そうしてヨハネ教皇は片手で作っていたことを他の手では壊していた。準備委員会にはその仕事を続けさせながら、同時にその仕事を崩すことを他の委員会にプログラムさせていたのだった。

 もし教区時報に掲載された1962年5月7日のチュールの司教と教皇との中央準備委員会についてのインタビューを信じるなら、教皇ヨハネは聖霊がすべてのことを上手く計らってくれると思っている、とのことである。

「聖下は、感嘆すべき深い興味と信仰の精神を持って準備の仕事を追っています。教皇様がその全希望を置いているのは、もちろん、人間的な計算ではなく聖霊にです。」


 これだけではなかった。「キリスト教一致増進のための事務局」はじっと座って遊んではいなかった。十の下部委員会に属している各専門家たちに、他の委員会でも取り扱っていた議題に関する提案や概要下書きを作成するように動いた。しかも、それらの問題をエキュメニズムの観点で扱わせた。またエキュメニズム、信教の自由及びユダヤ人問題に関する 三つの特別概要も準備させた。

 キリスト教一致増進のための事務局は、その最初の三種類の論題に関するプロジェクトがオッタヴィアーニの神学委員会(Theological Commission)に送ったが、神学委員会は出来るだけそれらを無視した。ベア枢機卿も(自分がかつて他の準備委員会を神学委員会と共同委員会を作らせたように)、事務局が神学委員会と共同委員会を構成することを求めた。オッタヴィアーニは断った。
【Werner Becker, Das Dekret über den Ökumenismus, in: LThK, Herder, 1967, vol. 13, pp.12-13. 】

 ヨハネ二十三世は自分が直接それらの深い違いを解決しないままこの分裂を迂回するために、1962年 2月 1日、事務局の最後の二つの概要は、「(オッタヴィアーニ枢機卿の神学委員会を含む)その他の委員会」を通さないで直接中央準備委員会に行くことができるように決めた。この最後の二つの内の一つが、信教の自由に関する概要だった。

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第12章 公会議の嵐に直面して
I. 中央準備委員会委員

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