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2024年から贖いの業の2000周年(33 - 2033)のノベナの年(2024-2033)が始まります

教皇聖下、諸聖人の祝日おめでとうございます。霊的花束です (2)

2009年11月06日 | トマス小野田神父(SSPX)のひとり言
アヴェ・マリア!

愛する愛する兄弟姉妹の皆様、

 教皇様への霊的花束をお捧げするためのお手紙について、私の頭の中を駆けめぐった内容で、下書きにもならない単なるメモ的な草案というか独り言の続きです。

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 教皇聖下、

 今年、日本では松本聖香ちゃんという9歳の女の子が、ベランダに出されて、親からいじめられ、ご飯さえろくに与えられずに、遺体で見つかったという事件がありました。聖香ちゃんは「お父さん」から、おまえなんか要らない、臭い、などと言われ続け、ご飯も食べさせてもらえませんでした。お父さん、お母さんと一緒に家にいたかったはずなのに、聖香ちゃんが、母親の昔の子供だったので受け入れてもらえなかったのです。

 隣人も先生も、大人はみんな、「お父さん」とお母さんが聖香ちゃんはよく嘘をつくと説明しているのだから、聖香ちゃんが悪いのだろう、聖香ちゃんが不従順なのだろう、聖香ちゃんの訴えよりも不登校の現実よりも、お母さんの説明を信じて、聖香ちゃんが悪いことにされました。

 新しくきた「父」にとって聖香ちゃんが邪魔でした。自分のものではなかったから。与えられた伝えられた子供だったからです。聖香ちゃんは「新しいお父さんに殴られた」と言っていました。「新しいお父さん」は聖香ちゃんを震える寒いベランダに出したり、ご飯をあげなかったり、また、ぐたぐたになって失禁している聖香ちゃんを殴ったりしました。

 緊急事態だから、必要の状態に迫られて、生き残るために、いくら新しいお父さんが学校の先生にいいつけたらあかんと言われても、先生に助けて!って言ったらいけなかったのでしょうか。

 一人でどうしていいかわからなくて、苦しみながら命を落としてしまいました。

 第二、第三の「聖香ちゃん」は、どうしたら良いのでしょうか!? 新しいパパからいじめられている「聖香ちゃん」たちから相談された場合、何とアドバイスしたら良いのでしょうか!? 自分がそんな境遇にあったなら、良いことをしているのに新しいパパやママから「おまえのような奴は、いなくなってしまえ」といじめられたら、どうしたら良いのでしょうか!?

 もし、松本聖香ちゃんに似た境遇の子供がいて、親から姦淫しろ、してはならないことをしなさい、と言われたらどうすれば良いのでしょうか。

 もしその子が、悪いことだから出来ない、と言ったために親からもしお前は子供ではない、出て行け、お前のような子供はいなくなれ、と言われてしまったら、どうすれば良いのでしょうか。

 学校の先生も、近所の人々、お友達も、その親に従って、皆がこぞってその子をいじめだして、仲間はずれにし、孤立化させたなら、その子はどうすれば良いのでしょうか。

 もしも親が子供に、不幸にして、児童ポルノや姦淫の罪を勧めたとしたら、たとえ「家族」や「平和」のためであっても、それに子供は従ってはなりません。そのような親の勧めに従うことは、本当の従順ではありません。

 もし、その親が対外的には、どこの家の子供でも好きだ、家に遊びにおいで、家の違いを超えて子供たちが集まろう、出会い、気づき、励まされよう、差別をなくそう、小さくされた人々を大切にしよう、外国人を受け入れよう、他宗教の人々を受け入れよう、個人の自由を大切にしよう、外国の子供たちを助けよう、などとたくさんのスローガンのもとに活躍中の活躍家の親で、しかし同時に、この子を差別し、受け入れず、無視し、排斥し、お前などうちの子供ではない、来るな、という対応をしたら、この子はどうすれば良いのでしょうか!?

 この親が、ソマリアで世界中の舟を攻撃して人命と財産を強奪する恐ろしい海賊についても、内戦で職を失ったソマリアの漁師たちの自己防衛だ、海賊が悪いのではない、と発言しているような親だったら、しかし、自分の子供が自己防衛をしようとすると、親子の縁を切る、赤の他人だ、子供としての一切の地位を持たない、家の中で合法的にご飯を食べることが出来ない、親子の完全な交わりのためには、自己防衛行為をせずに、親の指導が何であれ受け入れることが条件だ、と言うなら、その子は一体、どうすれば良いのでしょうか!?

 もしその子が、悪いことだから出来ない、と言ったために親からもしお前は子供ではない、出て行け、お前のような子供はいなくなれ、と言われてしまったら、どうすれば良いのでしょうか。

 学校の先生も、近所の人々、お友達も、その親に従って、皆がこぞってその子をいじめだして、仲間はずれにし、孤立化させたなら、本当に一人ぼっちになったら、その子はどうすれば良いのでしょうか。

 もしも、聖香ちゃんがいじめられるので家にいることが出来ず、家では食べさせてもらえないので、家の外で、仕方なく、野宿して飢えを忍んでいたら、聖香ちゃんは悪いことをしたことになるのでしょうか!?

 自分はぬくぬくと、いじめられることもなくやって来て、つらい思いをしたことがない方々には、聖香ちゃんの気持ちが理解できないでしょう。お前は異質細胞だ、お前など消えてしまえ、お前など邪魔だ、とか、カトリックであれば「お前などには御聖体もくれてやらんよ」、と足蹴にされたことがない方々には、どんなにつらいことか分からないことでしょう。本当の子供なのに、お前などはガンと同じだ、ガンのような異質細胞に家に居残られて蔓延するよりも、さっさと飛び出して離れて行ってくれ、と言われることは、どんな悲しいことでしょうか!

 聖香ちゃんは、ケーキ屋さんになりたかったそうです。きっと甘い生クリームのたくさん付いたケーキが大好きだったのでしょう。

 もしも、そんな聖香ちゃんが大好きなケーキ屋さんに遊びに行って(家には居場所がありませんから)、ケーキ屋さんでお手伝いをしたら、ケーキ屋さんのおじさんからお手伝いのお礼に大好きなケーキやご飯を食べさせてもらったら、聖香ちゃんは未成年なのに労働し、ケーキ屋のおじさんは未成年を働かせて搾取したとして労働基準法に従って裁かれ、聖香ちゃんは厳しく罰を受けなければならないのでしょうか!?

 それとも、聖香ちゃんは家でも食べさせもらえず、誰も食べさせくれず、餓死するのを待たなければならないのでしょうか!?

 法令は命を守るためにあるのではないですか? 警察も軍隊も、総理大臣も裁判所も、罪ない小さい国民を守るためにあるのではないでしょうか! 緊急事態なのに法令を守らせて殺してしまったなどというふざけた話があってはなりません。

 もしも、日本に聖香ちゃんみたいな虐待を受けている別の子供たちが何人も何人もいて、聖香ちゃんが困っているお友だちを助けてあげようと、この親切なケーキ屋のおじさんをお友だちに紹介したら、そして、この親切なケーキ屋のおじさんが困っている聖香ちゃんのお友だちを何人も何人も助けてあげたら、この親切なケーキ屋のおじさんは悪いことをしたことになるのでしょうか!?

 学校のお友だちが、みんな聖香ちゃんを仲間はずれにしたら、ケーキ屋で未成年なのに違法バイトをしている、不従順の不良だ、といじめたら、聖香ちゃんは何と言うべきでしょうか!? 学校の裏サイトでは、ボロクソに悪口を言われ、聖香ちゃんの名前を削除され、「私たちのサイトは、聖香とは関係ありません」と書き立てられたなら?!

 もし、聖香ちゃんの親が対外的には、どこの家の子供でも好きだ、家に遊びにおいで、家の違いを超えて子供たちが集まろう、出会い、気づき、励まされよう、差別をなくそう、小さくされた人々を大切にしよう、外国人を受け入れよう、他宗教の人々を受け入れよう、個人の自由を大切にしよう、外国の子供たちを助けよう、などとたくさんのスローガンのもとに活躍中の活躍家の親だったとしましょう。

 しかし同時に、この子を差別し、受け入れず、無視し、排斥し、お前などうちの子供ではない、来るな、という対応をしたら、この子はどうすれば良いのでしょうか!?

 自分の本当の子供には、厳しい不当ないじめをし罪を犯せと厳しい従順を命じて、赤の他人には、人間皆兄弟・自由だと言って親切にし助け、政府に訴えありとあらゆる奉仕をする、そんな親を持った子は、どうすればよいのでしょうか??

 もしも不幸にして、教会の指導者たちが、人間には他の神々に拝む権利がある、「人類」や「平和」のために諸宗教が一緒に不特定の神に祈ろう、と言ってもそれは私たちの主イエズス・キリストの教えではありません。そのような、イエズス・キリストの教えではない人間の教えに従うことは、真の従順ではありません。カトリック教会の過去2000年の聖伝を、教会が過去信じ愛し実践してきたことを、もう要らないやってはいけない、と言うような教会指導者は、教会指導者としての言葉を発していません。

 教皇様、

 2009年3月22日付の日本のカトリック新聞(第3996号)は、しかめっ面をして第一面のトップ記事は、聖下が「遺憾を表明」したと記事を書いています。

 また「教皇は・・・聖ピオ十世会が教会との完全な交わりに復帰するには第二バチカン公会議の受け入れが条件になると指摘した」としていましたが、教皇様は書簡の中でそうは言っていません。これは全くのウソでした。何故なら、教皇様はどこにもそうは書いてないからです。何故なら、教皇様はこう言っているからです。「このジェスチャーは該当者が教皇と教皇の牧者としての権威の原理を認めることを彼らが表明したことで可能だったのです。それは、たとえその教義上の権威と第二バチカン公会議の権威とへの従順について、留保をつけてであったとしてもです。」

 カトリック新聞の振りかざす正義である「第二バチカン公会議を受け入れる」とは、いったい何のことなのでしょうか? この条件がなければ、微笑んでもくれず、厳しい顔つきで睨まれたままで、教会内でいかなる発言権もなく、意見も言うことが許されず、会談も出来ず、ただ無視され続けなければならない、というその正義とはいったい何なのでしょうか?

 同じ2009年3月22日付のカトリック新聞(第3996号)の一面には、教皇様がイスラエルのユダヤ教主席ラビであるシャエルヤシュフ・コーエン師と笑顔で会談している写真が掲載されています。

 カトリック新聞は同じ紙面で、大きなニコニコ顔で、その隣に、「教派越え、神学生集う」「出会い、気付き、励まされた」という記事を載せています。

「プロテスタントと聖公会、カトリックの神学生に交流の機会を提供しようと、日本クリスチャンアカデミー関東活動センターは、3月9日から11日、東京三鷹市にあるナザレ修女会(日本聖公会)で、第一回「神学生交流プログラム」を行った」と、日本基督教団の関田寛雄牧師が「校長」となり、七つの神学校から二人づつ神学生が十四名集って「学びや意見交換を通じて親交を深めた」とあります。当初は不安もあったと言うが、最終日には「出会いの中で気づき、励まされたと喜びの声が次々に上がった」とし、「カトリックの宮内毅神学生は立場の違いを超えて交わる中での恵みは多く、「変えられること」の大切さを感じたと話した」と積極的で好意的な報道をしています。写真の説明に「最終日、率直な話し合いに笑顔も」ともあります。

 同じ2009年3月22日付のカトリック新聞は、日本キリスト教連合会定例会の報道もしています。日本キリスト教連合会は、2月26日、東京・西早稲田のキリスト教会館で2008年度第2回の定例会を開き、カトリック、プロテスタント各教派教団から20人余りが集まったとしています。

 カトリック新聞の振りかざす正義である「第二バチカン公会議を受け入れる」とは、いったい何のことなのでしょうか?

 この条件がなければ、微笑んでもくれず、厳しい顔つきで睨まれたままで、教会内でいかなる発言権もなく、意見も言うことが許されず、会談も出来ず、ただ無視され続けなければならない、というその正義とはいったい何なのでしょうか? しかし、カトリック教会とは全く無関係に機能し組織を持ち動いている、第二バチカン公会議なども存在しないはずの(?)プロテスタントや聖公会には、同じキリスト教だとニコニコ顔で、出会い、意見を交換し、励まされ、立場の違いを超えて交わることが許されるという正義とは、いったい何なのでしょうか?

 同じ2009年3月22日付のカトリック新聞は、「正平協ソマリア沖自衛隊派遣に抗議」という記事も掲載しています。

「日本カトリック正義と平和協議会(会長=松浦悟郎司教)は3月13日、アフリカ・ソマリア沖の「海賊対策」のための海上自衛隊派遣に反対、抗議する声明文を出した。声明は麻生太郎内閣総理大臣に宛てたもので、「海賊問題」は、内戦で職を失ったソマリアの漁師たちの自己防衛と、大国の海洋支配への反発が原因と指摘」とあります。

 それなら、日本のあらゆる教区の教会で(第二バチカン公会議の規定に反して)、司祭が自分の考えで、日本語で、典礼に何かを加え、除去し、変更し、手による聖体拝領を強制し、手作りの教会を作っているからこそ、また、決して廃止されたことのない聖伝のミサが事実上廃止・禁止されているからこそ、行く教会を失った日本の信者たちが、自己防衛のために、しかたなく、人々は生き残り作戦をとらざるを得なくなっているは、また、リベラリズムと進歩主義と団体主義とエキュメニズムと異端によって教会が支配されていることが原因で、信仰を守るためには、仕方なく、生き残り作戦をとらざるを得なくなっている現実は、どうなのでしょうか?

 教皇様、

 聖ピオ十世会の聖伝のミサに与る或る方は、以前ご自分の代父(のカトリック信者)にこう言われたそうです。「そんなにラテン語が好きなら、(聖ピオ十世会ではなく)聖公会に行けば良い、ラテン語で歌を歌っているから」と。

 教皇様はもうご存じのことでしょうが、2008年に聖ピオ十世会がルルドに巡礼を行おうとしていて時、毎年していた巡礼ですが、タルブ教区の司教はこの時は拒否をしようとしていました。しかし聖ピオ十世会には拒否すると同時に、英国聖公会の「主教」たちは自由にルルドで司式し、あるいは共同司式していました。カスパール枢機卿は、英国聖公会の「執事(助祭にあたる)」たちに囲まれてミサをし、その最中にカンタベリーの「大主教」が説教をしていました。

 日本では、大阪のカテドラルで、東京のカテドラルで、同じようなことが起こりました。カトリックの東京カテドラル聖マリア大聖堂を会場にして、今年9月23日に、日本聖公会宣教150年記念礼拝が開催されました。

 以前にも、1988年 1月6日には、カトリック東京カテドラル聖マリア大聖堂にて、聖公会のヨハネ武田師の「主教就任式」が執り行われたことがありました。

 その他にも、例えば米国のセント・ルイスのカテドラルでは、1987年6月にルター派の「司教」1名の「任命式」が行われ、同1987年7月にはメソジスト派の3名の「司教」の「聖別式」が執行されています。

 日本では、今年の7月8日と9日に横浜で、日本プロテスタント宣教150周年の記念大会があり、長崎教区の見三明大司教もこれに参加したそうです、祝辞を述べたことが日本のカトリック新聞で紹介されていました。

 つまり、カトリック教会とは全く無関係に機能し組織を持ち動いている、第二バチカン公会議なども存在しないはずの(?)プロテスタントや聖公会には、出会い、意見を交換し、励まされ、立場の違いを超えて交わることが許され、カトリック教会が昔から2000年間信じ続けてきたことを信じ、愛し続けてきたことを愛そうというカトリック教会の息子たちは、教会内でいかなる発言権もなく、意見も言うことが許されず、会談も出来ず、ただ無視され続けなければならないという事実です。

 これは「自己矛盾」なのでしょうか? それともある意味における一つの論理に従って動いているのでしょうか?

 つまり、カトリック教会にとって、本当の友かつ味方は「カトリック教会とは全く無関係に機能し組織を持ち動いている非カトリック宗教」であり、カトリック教会の敵とは「カトリック教会の聖伝」であるという論理、事実上、もはやカトリックではない論理にしたがっているのでしょうか?



 教皇様、日本での悲しい事件に話を戻します。もし聖香ちゃんのお母さんが、内縁の夫から追い出され、暴力を受け、殴られ蹴られることを予測しても、子供を守ったら、そんなお母さんは責められるべきでしょうか!? 自分の夫に不従順だったと世間から白い目で見られなければならないのでしょうか!? それとも、夫が怒り狂おうとも、世間が村八分にしようとも、マスコミが騒ぎたてようとも、お母さんが子供を虐待から身をはって守ったなら、そんなお母さんこそが、誉められるべきでしょうか!?

 いえ、むしろ、お母さんが聖香ちゃんを守りかばってあげなかったなら、誰が出来たでしょうか!? 聖香ちゃんの「弟」が「姉」をお父さんからかばってやるのでしょうか!?

 ルフェーブル大司教様は、世間が怒り狂おうとも、マスコミが騒ぎたてようとも、聖伝のミサ聖祭を守り、ご聖体を守り抜いた司教でした。ご聖体を大切にするがためにいじめられていた信徒たちを守り抜いた司教でした。司教を義務を果たし抜いた司教でした。

 カトリックの司教が聖伝を守り、聖伝のミサ聖祭を守り、聖伝の信仰を守らなかったなら、誰が出来たでしょうか!? ルフェーブル大司教様のおかげで、私たちは今に至るまで、カトリック教会の聖伝をそのまま維持し続けることができているのですから。

 ルフェーブル大司教様という良き母のような司教がいなかったなら、今ごろ聖伝は虐待を受けて死に絶えてしまっていたことでしょう。

 教皇様、第二バチカン公会議後の「沈黙の背教」の今、教会が「沈みそうな船」に比較できるような現代、つまり「あたかも燃料となるものもなく消え尽きてしまおうとしている炎のように、この地上の広大な地域において信仰が消えうせてしまう危険がある現代において、・・・人間的水平線から天主が消え失せつつ、そして天主から来る光が減少するなかで、人類はその光を失いつつあり、同時に明らかに破壊的効果が増加している」この現代、カトリックの信仰を守りたいというカトリック信徒たちを見捨てることができなかった司教がいました。ルフェーブル大司教です。

 カトリック信徒たちの信仰の命を守るためだけに、ルフェーブル大司教様は、聖伝の信仰をそのまま信じている司教たち、私たちの主イエズス・キリストの建てたカトリック教会だけが唯一のキリストの教会だ、と信じている司教たち、聖伝の教えを信じる司祭を叙階する司教たちを、生き残るために、4名聖別しました。

 ルフェーブル大司教は、困ったカトリック信徒たちを見捨てることができなかったからです。カトリックの伝統的な信仰や実践を維持しようとする弱い立場にある信徒たちは、カトリックらしい信仰生活ができずに苦しんでいたからです。
「貧しく弱い立場に追いやられ、大切な天主との信仰関係を断たされてしまっている人々、カトリックらしい信仰生活が損なわれ、あるいは妨げられている人々の側に立って、この世界を見ていかなければなりません」とルフェーブル大司教様ならおっしゃっていたことでしょう。

 教皇様、ルフェーブル大司教様の遺志を継ぐ聖ピオ十世会の望みは、世界中でまだカトリックの信仰を持っている方々が聖伝のカトリック信仰に従った信仰生活ができるように緊急避難的に彼らを援助することです。聖ピオ十世会は、できる限りこの貴重な信仰の宝、聖伝の宝、特に聖伝のミサを多くの愛する兄弟姉妹に伝えたいと思っています。何故なら、カトリックの聖伝は聖ピオ十世会の独占物ではないからです。全カトリック教会の遺産であるからです。そして、カトリック信仰に反対する異端と誤謬に対して、警告の声を上げなければならないと思っています。つまり、聖ピオ十世会はカトリック信仰を守ることをのみ望んでいます。

 それとも、親から虐待を受けている「松本聖香ちゃん」を誰も救ってはいけないのでしょうか? 命を救うことは法に逆らうことになるのでしょうか?

(続く)

【関連記事】

【参考資料】「人権侵害救済機関の創設」について(けれど(Credo)さんの「聖と俗」雑感(12))

2009年11月06日 | トマス小野田神父(SSPX)のひとり言
アヴェ・マリア!

愛する兄弟姉妹の皆様、

 ブログけれど(Credo)さんは、「聖と俗」雑感(12)「人権侵害救済機関の創設」について深い危惧を表明しておられます。

 これが創立されたあかつきには、
超法規的な人権委員会が、令状なしに、非常に曖昧な定義の「人権侵害」をしたと疑われる関係者に出頭を求めて質問をすることや、
関係文書の提出を求めること、
関係する場所に立ち入り検査をすることなどができること、
日本全国で1万人もの人権擁護委員が人権侵害を救済するために調査活動すること、など、
人権侵害救済の名の下に、旧ソビエトのKGBのような組織となるだろうこと、を指摘しています。

 そして自民党の稲田朋美議員がYOUTUBEで人権擁護法案について反対意見を述べておられるのを紹介しています。

 稲田朋美氏は、カトリックの洗礼を受けた方だそうです。私の友人が、やはりカトリックの西村真悟氏から直接そのように聞いたと教えてくれました。

 カトリックの山谷えり子参議院議員と一緒に以前雑誌にクリスチャン政治家として紹介されていたことがあるそうです。山谷さんは聖心卒業のカトリックです。山谷さんが稲田さんを誘って参議院選挙に引っ張り出したのだそうです。(もともとは安倍さんが稲田さんに出馬を願っていたのですが、面識はあったものの直接出馬を願うという人間関係はなかったので、安倍さんの友達だった山谷参議院議員に稲田さんに出馬を要請したのだそうです。因みに稲田さんの後援会長は元上智大学の渡辺昇一教授だそうです。)


 カトリックの政治家の方々のご活躍をお祈りいたします。


天にまします我らの聖父よ、
願わくは聖名の尊まれんことを!
御国の来たらんことを!
御旨の天におこなわるる如く、地にも行われんことを!


愛する兄弟姉妹の皆様の上に天主様の祝福が豊かにありますように!
トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)

【関連記事】


聖ピオ十世会創立者ルフェーブル大司教の伝記 14.2.3.異なるリーダーシップの特徴(1)

2009年11月06日 | ルフェーブル大司教の伝記
第14章 総長 防御の最後の試み
II. 掃除と改革

異なるリーダーシップの特徴(1)

 コレン(Koren)神父はルフェーブル大司教を次のように描写する。
「彼は印象的で、度胸があった。そして彼の顔は人の関心をそそり善意で輝いていた。彼は愛情に満ちていて最愛なる模範的リーダーだった。」

 マイケル・オカロル(Michael O’Carroll)神父は
「自己統制があり、礼儀正しく、温厚そのもので、会話においては非常に率直で、自分の考えていることを洗練された確実な立場を取って語り、それを非常に穏やかな声でする。」
と言った。

 彼に叙階された若い司祭は言った。
「愛想がよく、とても丁寧な物腰に隠れて、彼はご自分の考えについては堅固だった。」

 このことは、ルフェーブル大司教について警告されていた幾名かの若い同僚司祭や生徒たちには快くなかった。しかし彼らは、大司教が「非常に温厚で、親切であり、さらにとても穏やかに語る」のを見て、彼らが抵抗するのを必要する「魅力的な力」を実感するほどだった。

 全ての証言は、ルフェーブル大司教になされる反対がどのようなものであれ、それに微動だにせず、持論を曲げない頑固さを語る。

 コレンによれば、大司教は「穏やかな頑固な男」と定義された。

 ある人々はルフェーブル大司教の「頑なさ」の後ろに、個人的で時代後れの意見に対する執着がると非難した。「それはル・フロック(Le Floch)神父の下での養成が原因だ」と。つまり、ある人々によると「それはシャルル・モラスの影響だ」と。

 あらゆる反対に対して自身の考えを堅持する大司教の「恐るべき勇気」を認めつつ、マイケル・オカロルはこのように説明出来ると考えた。
「大司教は、他人の見解を理解することに困難を感じるほど、確信していた。それは彼の過ちではなかった。彼はそのような人間だったのだから。彼は自分が正しい事を確信していた。ルフェーブル大司教と議論する際、時には心理的問題があった」ほどだと。

 マルセル・ルフェーブルの不屈さはきちんと理由のあるものだった。実際に、彼の諸見解は、最も正統な聖伝に根付いていたからこそ非常に明白かつ創意に富んでいたのである。彼のもっとも個人の思想は、建設的熱意から来る刷新的な大胆さによる以外には、委任の日常生活を狂わせなかった。

 全く高潔で偏見のない人の多くは、ルフェーブル大司教のことを、偏狭な人間とは正反対の方であると認めた。開かれた、現実と人々とに注意を深くはらう人間である、と。
パリの会計係として大司教と働いていた一人の同僚は言う。
「何という長上だろうか、彼は!寛大で親切、高潔で公正な聞き手である。彼と働くのは楽しかった。彼の手中には、あらゆる事に対応する容易な解決策があったので、細部にわたり決して途方にくれず、私たちを励ます事を怠らなかった。」

 もう一人の聖霊修道会会士はこう証言した。
「彼は御自分の考えを如何に表現するかをご存知であり、自らの知性に秩序づけた事柄として具体的な事柄を把握している印象を与えていました。ルフェーブル大司教の知性は、見たところ矛盾しているようにさえ思える異なる計画のもとに、出来事の意味が要求し、大司教の掴むべき好機を正しく理解する能力が求めるやり方で、いつでも遂行する準備が出来ていた。」

 スイスの会計係のもう一人の同僚は、特にルフェーブル大司教が、自分のやり方における堅忍を語っている。
「人は大司教を「ビロードの手袋の中にある鉄の手」と呼んでいた。彼は決して屈服しなかった。行動の方針を一度決めると、その通りに物事の計画を開始した。」

 事に取り掛からせるときの時の彼の頑固さは、時に悩まし困惑させた。何故なら、この頑固さは、書斎の評論家たちを論破し、厚顔なリベラル派に反論し、これらの人間が何よりも間違っていることを説得したからである。リベラルな精神の悪癖に犯されていた不幸な者たちは、ルフェーブル大司教においてしばしば彼らが言うところの心理的な障害を感じた。しかし、それは原理をあくまでも認めようとしない人々に対して健全な精神の持ち主がする自然な反応でしかなかった。

 実際、私たちは原理の絶対的価値、又は原理の実践的有効性を否定する人とどうやって議論出来るというのか? そんなとき、大司教の機敏な直覚力は、どう見ようがあまりにも判りきっている真理について議論するのを嫌がらせた。

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第14章 総長 防御の最後の試み
Ⅰ. 激戦を伴った選出

II. 掃除と改革

--このブログを聖マリアの汚れなき御心に捧げます--

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