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しばらくするとサッとカーテンが開けられ、鍼灸師のおっさん、もとい、先生が入ってきた。
先生は年の頃70才前。
薄い水色の医療着を着ているが、その医療着の前の合わせ方がチャイナ服みたいな形状である上、四角い顔の輪郭といい、短いスポーツ刈りの髪型といい、背の高さといい、肩幅といい、往年の手品師、ゼンジー北京にそっくりなのであった。
ゼンジー北京と違うところは、

「はい、なになにあるよ、みなんさん。私、中国は広島県生まれ、アルネ」
と言わないところだけかもわかならなかった。

そのゼンジー北京風先生はベットの前にやってきて発声一番、

「どないしたんや?」

と質問してきた。

どないしたも、こないしたも、ない。
さっき受付嬢のばあさんに「肩が凝ってますねん」と伝えたばかりではないか。

若干ムカっとして、大丈夫かいな、と思いながらも治療に来ているので診てもらわなければならないので、再説明した。

「肩凝ってるんです。特にこのへん、肩甲骨の辺り。ここが一番ひどくて」

と説明すると先生はおもむろに私残っていると思われる場所を押しながら、

「ここか?」

と背中の一点を押したのであった。
さすが鍼灸師である。
一発で凝っている場所を探し当てた。
探し当てたのはよかったのだが、後が煩かった。

凝っている場所を一発で的中させて自慢してうるさくなったのではない。
あちこち凝っている場所を探すことが煩かったのでもない。
話し出したら止まらない。よくもそんなに話すことがあるものだと、うんざりするくらいおしゃべり、雑談が喧しかったのだ。

「これは凝り過ぎやで。運動しとるんかいな。」

なんと、「しとるんか」とは初対面の患者に対して大胆なタメ口である。

「ん、デスクワークが多くて」
「それや!それがいかん。」
先生はなにやら作業をしながら口も動かしているのだ。
「もうそうやな、そういう人は多いんやけどな。通勤はどないしてるんや?自転車か?自転車はいかんで~。」
「自転車、あきませんか?」
「アカンアカン。歩かなアカン。そうやな、一日に40分以上は歩かんといかんで。あんた」
「あ、あんた....」
「歩くことが一番ええねん。でも現代人は歩けへんからな。お、ここうっ血しているから血抜くな」
「ほんで、自転車で駅まで通勤か」
「いえ、.....実はうちの嫁さんが駅まで自動車で.......」
「おーーー、甘ったれたらアカン!あんたんとこの奥さんはあんたを甘やかせすぎ。あんたも甘えたらアカン。明日から歩くんやで。」
「はー」
「なんやったら、私が奥さんに頼んだろか」

としゃべり続ける。
余計なお世話ではある。

「お、ここうっ血しとるぞ」

そしておもむろに私の背中にエイヤッ!とチックとするものを突き刺した。
背中なので何をしているのかわからない。
やがてマッチを擦る音が聞こえ、チクッとしたところが熱くなってきた。

「ちょっと痛いかもしれんかも。でも我慢してや。ほんでや、仕事はなにしてはんの?」

ノンストップなのであった。
よくこれだけ質問が飛び出し、説教が続き、そして手を動かせ続けるものだと感心した。

「ほれ見。こんなけうっ血してたんや。」

と見せてくれたガラスのカップのようなものにはドロっと血のようなもの付いていた。
鍼灸院というのはこういう治療をするのかとびっくりした。針を使うだけではなく血を吸う器具を使用して疲れをとってしまうのだ。

と、じっくりと驚く暇もなく、先生は私の凝りのひどい部分に針を刺しては話しだす。

「あんた、趣味は何や」

もうええちゅうに。

結局、先生が静かになったのはフランケンシュタイン博士風の機械を使用していた時だけなのであった。
その機械はやっぱり治療に使用する機械で、体の疲労の溜まっている部分に電極をセットして電流を流し、「ズッキン、ズッキン」と刺激していく機械なのであった。
で、先生が静かになったのは機器に頼ったからではなく、ここに居なくなったからであった。
実際にこの機械のセッティングをしたのは受付嬢だったばあさんで、その間先生はもう一人の顔の見えない別の患者の世話をしているのであった。

「あんた、どうしたんや?」

同じ質問をしているのであった。

帰り際も先生は私にくどいように話し続けたのだが不思議と凝りの70%は緩和されており、鍼灸治療が肩こりに非常に有効であることがよくわかったのであった。

「あんた、来週も来なあかんで。ほんで来来週も。しばらく続けんと肩こりは治らんからな。肩こりはあらゆる病気の原因になるし、歩いて駅まで通うんやで。」

支離滅裂だが、なぜか説得力のあるアドバイスなのであった。

「はい、これ診断カード」

受付嬢のばあさんに見送られて木製のガラス引き戸を出た。

昭和レトロな鍼灸院。
家人の推薦した理由が「腕がいいから」か「鍼灸師のオッサン、もとい先生がお節介焼きでオモロイから」か。
後者であるように思えたのであった。

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