<新・とりがら時事放談> 旅・映画・音楽・演芸・書籍・雑誌・グルメなど、エンタメに的を絞った自由奔放コラム
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昨年第2巻を最初に買ってからすっかりはまってしまった文庫シリーズ。
それはなにかと言われれば、新潮文庫から出版されている「ストーリーセラー」のことだ。

昨年の秋、その第3弾が文芸書サイズで発売されているのを書店で見つけ、

「うううううううう、読みたい」

と思いつつ、

「うううううううう、でも、文庫になるまで待と」

と、より安価な文庫本が出るまで待っていた。

しょーもない我慢をしようとシブチンな私は往年のシュガーカットのCMのようことを言いながら待っていたのだ。
すると先月末についに出ました。
「ストーリーセラー 3」
文庫本で登場です。

このストーリーセラーシリーズ。
人気作家が競作している書き下ろし、かつ読み切りの短編集で、一篇一篇が実にスリリングで面白い。
どの作品も毎回想像以上にエキサイティングなので次がいつ発売されるのか大いに気になるシリーズ本だ。
しかも安い。
これだけ大勢の人気作家を集めて税込800円なんで、そのコストパフォーマンスでも優秀だ。

そもそも、昨年、初めて買ったきっかけは、そこに沢木耕太郎と有川浩の名前を認めたからであった。
沢木耕太郎は深夜特急の著者だということはもちろんのこと、私がノンフィクションの面白さにのめり込むことになるきっかけを作ってくれた作家だったので、その作品がたとえ短篇でも新作である限り、

「読まなければ」

というファンとしての責任感にかられて買ってしまう。
また、有川浩は数年前に「阪急電車」という作品を読んでから、すっかりその世界に魅了されてしまって、あのとんとん拍子で進む有川ワールドを楽しめるなら、と買わずにいられない衝動を抑えることができなくなっている。

そんな2つの感情が搦みあった結果として、めったに買わない小説の競作集を買い求め、ツボに嵌ってしまったのが本シリーズだ。

そしていよいよシリーズ「3」。
今回も冒頭は沢木耕太郎の作品で、有川浩の作品も収録されていた。
どちらも面白く、沢木作品には旅行気分を掻き立てられ、有川作品では作家と編集者のメールのやり取りを堪能し、飛行機の中で「あはっ!」と突然笑って隣にすわっているオッサンに怪訝な顔をされてしまうというハプニングまでついていた。

もちろん他にも常連の作家の方々が、それぞれシリーズものを掲載していおり、これがまた、どの作品も楽しめる。
そのなかでも今回はトリがさだまさしだったのが、かなり印象的だった。

さだまさし。

「精霊流し」や「雨宿り」「関白宣言」。
あのフォークシンガーのさだまさしが小説を書いていることは知っていた。
グレープ時代、ソロの時代を通じてさだまさしの歌は、心にしみる歌詞で気に入っている曲も少なくない。

が、こと小説となるとやはり言葉にし辛い抵抗感があって今まで一篇も読んだことがなかった。

つまり、「え~~~~、さだまさしの書いた小説う~~~~」という感じだったのだ。

今回「ストリーセラー3」を読み進み、一番懸念されたのは読んだことのないさだ作品で雰囲気ぶち壊しにならないか、ということであった。
もちろん、この作品集に選ばれた作家なので「駄作」ということは無いだろうが、なんといっても1作品も読んだことがないだけにかなり不安だった。

今回の作品の題名は「片恋」。
タイトルを見ただけで内容が想像できそうなところが、また抵抗感を増幅させたであった。

しかも、読み始めると、小説のクオリティ以外の部分が顔を出し、しばし小さな障害になった。
それは、物語を読んでいると、どうしてもその背景で「この物語を執筆しているさだまさしの情景」が頭に浮かんできてしまうことで、これには弱ってしまったのだった。
物語は面白い。
でもその想像の裏側で「100番、100番」「おしえて~、く~だ~さ~い~」というフレーズが浮かんできてどうにも困ってしまったのであった。

しかし、物語も最初の4分の1も読み進めると、そんな幻影は消え失せ、すっかり主人公と共に物語の世界に没頭することができたのであった。
スピード感があり、コンサートのMCのようにユニークで、リアル感も充実していた。

もっとも印象的だったのは実際に発生した事件とフィクションの世界をうまくつなぎあわせていることで、グイグイ惹きつけていくエネルギーは上質のエンタテイメントだった。
「片恋」は題名とは裏腹に、現代の都会に蔓延する「少し異質な物」をコミカルに、或いは暖かく見つめることにより本来、人のあるべき「生きる」ということの難しさと悲しさが、しみじみと感じられる物語なのであった。

笑いというオブラートに包み込こんだ物語で読者をホロッとさせてしまうところは、数々のヒット曲とまったく同じ魅力ある作品なのであった。

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