萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第48話 薫衣act.4―side story「陽はまた昇る」

2012-07-02 23:58:52 | 陽はまた昇るside story
記憶、想い馨らせて



第48話 薫衣act.4―side story「陽はまた昇る」

歩いていく廊下ふる陽射しがオレンジ色にあざやぎだす。
いま18時15分すぎ、まだ明るい光に陽の長さが思い知らされる。
もう夏が近い、それは避けられないことなのに、つい心が傷んでしまう。

夏が来たら本配属、それから?

そればかり考えてしまう、そして覚悟を確かめている。
この初任研修が始まって1週間、もう何度このことを考えてきただろう?
ほっと溜息ついた湯上りの頬を、横から関根が小突いた。

「やっぱり宮田、ここに傷痕があるな?」

小突かれた場所は、痛くもなんともない。
けれど熱るときに現れる細い小さな傷痕が、そこに刻まれている。
やっぱりまだ残ってるんだ?考えながら英二は答えた。

「湯上りだからな、周太も見える?」

タオルで髪拭いながら笑いかけると、黒目がちの瞳が見上げてくれた。
すこし見つめて、それから周太は微笑んだ。

「ん、見える、竜の爪痕…かっこいいよ?」

そんなこと君に言われたら嬉しいです、もっと言って?

また恋の奴隷モードになって、けれど我に返った。
いま関根も一緒に歩いているのに、こんなのは拙いだろう。
さっきも風呂でちょっと拙かったな?記憶に我ながら笑った英二に、ふっと関根が尋ねた。

「正直なとこさ、やっぱり俺は、宮田のお母さんには反対されるよな」
「どうして、そう思う?」

どんなふうに関根は考え、そう思っているのだろう?
訊き返した英二に、すこし困った顔でも快活に笑って答えてくれた。

「育ちが違うからさ、俺と英理さん。そういうの、気にするだろうな、って思って、」

たしかに関根の育ちは姉との差が大きい、それを母は気にして反対する可能性が高い。
名門女子大を姉は優秀な成績で卒業し、英国に本社を置く名門食品メーカーに就職した。
通訳としてエグゼクティブセレクタリーとして勤務する姉、聡明で優しくて、明るい華やかな美貌がまばゆいと弟の目からも思う。
そんな姉を母は理想通り自慢の娘だと思い、とても頼りにして甘えている。だから姉の相手も理想通りを求めたいだろう。
息子が予想外の人生を選んでしまった今は、尚更に。

―ごめん、関根、

ちいさな罪悪感が胸を噛む。
けれど今の人生を後悔するなんて自分には出来ない、今が幸せだから。
この今も隣を歩いてくれる人に出逢ったことを、心から幸福だと想っているから。
それでも自分が家を継いでいたなら、姉の相手に対する母のハードルは下げられていただろうか?
こんな想いに沈みかけた隣から、おだやかな声が言ってくれた。

「確かに、お母さん気にするかも。でも、関根なら大丈夫、って思うな」
「マジ?ほんとに湯原、そう思う?」

快活な目が真直ぐに黒目がちの瞳を見つめた。
どうして周太はそう思ってくれるのだろう?英二も見つめた先、瞳笑ませて周太は問いかけをした。

「関根は、お母さんとも向き合って大切にしよう、って思う?時間懸っても、お母さんを受けとめたい?」
「おう、もちろんだ、」

即答して関根は爽やかに笑ってくれた。

「だってさ、大好きな人を生んでくれた人だろ?まあ、俺は短気なとこあるから、腹立てる時もありそうだけど。
それでも大切にしたいよな?こういう俺だし、時間が懸るだろなって覚悟はしてる。解かって貰えるまで、がんばりたいよ」

こいつ、本当に良いヤツだな?

そんな想いに笑顔ほころんでしまう。
こういう覚悟が出来る相手なら、きっと姉も母も幸せにしてくれる。
そんな予兆が嬉しい隣から、穏やかな声は言祝いでくれた。

「ん、関根なら大丈夫だね?そういう気持ち、きっと喜んでくれると思う、」
「そっか、ありがとうな。湯原に言われると自信持てるよ、」

快活な笑顔が幸せそうに笑っている。
そして少し声低めて関根は、率直に周太に尋ねた。

「あのさ、正直なとこ、宮田のお母さんって、怖い?」
「ん、ちょっと、ね?でも、」

素直に答えて周太は困ったよう首傾げこんだ。
けれど黒目がちの瞳に優しい微笑を見せて、言葉を続けてくれた。

「本当は寂しがりで、繊細な人だと思う。すこし不器用で、頑固に見えるけど…本当は、人を好きになりたい人だよ、だから大丈夫、」

どうして君は、そんなに優しい?
あの母をそんなふうに気付いて、真直ぐ見てくれる?

そんなふうに息子の自分すら見ていない、けれど婚約者は母の寂しさを思い遣っている。
このひとの優しさは、剱岳山頂で見つめた大らかな青と白を想い出さす。

標高2,999m剱岳。
あの蒼穹の点にあったのは、氷雪と空と海が魅せる青と白の世界だった。

雪山おおう氷雪は冷厳の死を蹲らせ、永遠の眠り誘う吐息を潜めている。
けれど氷雪も春迎えれば雪代水となって、世界を生の歓びに潤していく。
こんなふうに山の雪は生命と終焉を廻る、死の存在すら生命の糧に変わり、死と生が一環の和に廻らされる。

だから心も同じではないかと思えた。
心の氷壁も融けることが出来たなら、温かな想い育む可能性があるのではないか?
両親の間には冷たい壁が凍りついている、けれど今から温かい絆が始まっていく可能性もある?
あの蒼穹の点で見つめた青と白の世界に、そんな希望を想った。
あの想いを今、周太は言葉に変えて微笑んでくれる。

―やっぱり君を愛している、

そっと心告げる想い微笑んで歩くうち、個室の前に戻ってきた。
自室に入って扉を閉める、その足元を黄昏の光が浸しこんだ。

「…懐かしいな、」

ひとり言こぼれて、微かに英二は笑った。
こんな太陽のいろにすら「山」を想いだし、懐かしくて堪らない。
こんなふうに黄昏を迎える瞬間の、山の光と影の世界に帰りたくなる。

雪山で見た黄昏は、白銀にふる黄金と薄紅が輝いていた。
赦された瞬間に赦された人間しか見ることの出来ない、雄渾な壮麗が充たす高峰の世界。
冴え渡る冷厳の大気、太陽の黄金充ちる瞬間と光、氷雪の感触と凍れる風圧、銀砂に輝く星々の静謐。
あの全てが今、恋しい。あの場所に帰りたくて堪らない、自分の立つべき場所がどこなのか思い知らされる。
こんなふうにコンクリートの街並みを見下ろす場所にいる今、すぐに帰れたらいいのに?

「今すぐ、連れて帰れたら…な、」

ひとり言に願いこぼれて、ほろ苦い。
今すぐ本当は浚ってしまいたい、隣の部屋の扉を開いて、抱きかかえ連れ去って、恋しい場所に帰りたい。
今日も朝に向きあった「50年の束縛」重たい軛から、遠く連れ去って一緒に帰りたい。
そして美しい世界だけを見つめさせてあげたい、黒目がちの瞳に笑顔だけを映したい。
けれど、叶わぬ願いだと知っている。そんな「知っている」に疑問がまた心軋ませる。

どうして「一発の銃弾」は撃たれてしまった?

どうして50年前に惨劇は起きてしまった?
その全てが書かれている「記録」の最後を今、光一が読んでいる。
そして自分も今週末には知るだろう、いま抱いている哀しみの原点が見え始める。
けれど、なぜ?

「…なぜだ?」

かすかな呟きに唇ふるえた。
この哀しみが生み出した「今」が孕んでいる矛盾に「なぜだ?」と問いかけたい。
もし50年前の銃声が無ければ「今」自分が抱きしめる幸せは無い、この矛盾の皮肉が痛い。
こんな皮肉は痛い哀しい、なぜ人は、幸せと哀しみが交ぜ織られてしまうのだろう?
そんな疑問に息詰まった背後で、扉が小さく叩かれた。

こん、…こん、

遠慮がちなノックの音が、やさしい。
やさしい音に導かれるまま開錠する、そして開かれた扉から黒目がちの瞳が笑ってくれた。

「英二、ごはん行こう?」

ごはん行こう?
こんなありふれた言葉が、自分には愛しい。
この言葉をこの声が聴かせてくれる、それが日常になり続ける日が欲しい。
そんな願い見つめながら、愛するひとに笑いかけた。

「うん、飯行こう。隣に座ってね、周太、」
「ん、」

素直に頷いてくれる微笑、すこし赤くなる首筋が幸せにしてくれる。
この瞬間の幸せを、ずっと繋げていきたい。
そのために今、自分が何をするべきか?

―…捜一時代の同僚にも言われた、ファイルの閲覧に気を付けろ、とな

今朝、知らされた遠野教官が見た現実。あの確認をする必要がある?
それから他のヒントは無かったろうか?

考え巡らせながら英二は、黄昏の廊下を大切な笑顔と歩き出した。



22時半、ベッドに座りこみ壁に背凭れる。
デスクライトのあわい光と月明かりの部屋で、コール0に通話は繋がれた。

「おつかれ、光一。待っててくれたんだ、」
「うん。ちょっと悔しいけどね、待ってた、」

きれいなテノールが微笑んでいる。
どこか心ほぐれたような気配が寛ぐ、もしかしてそうかな?理由の予想に英二は笑った。

「光一、俺が周太から怒られたこと、聴いたんだろ?」
「当たり、」

からり即答して明るく笑った。
そんな様子から、どれだけ不安にさせていたのか解かってしまう。
この償いをどうしたらいい?考えながら英二は素直に謝った。

「夕方に電話で言った通りだ、今まで怖がらせて、ごめん。全然解かっていなかった、不安にさせて、ごめん、」
「うん…」

頷いてくれる気配が、物言いたげにゆれる。
ゆれる想いが愛しい、そんな感覚に透明なテノールがためらうよう訊いた。

「あのさ、…おまえが欲情するのって、俺の体が目的?…それとも、」

言いかけた言葉が、ため息の沈黙に呑みこまれる。
この問いかけの傷みが心刺さる、そんな痛みに本音を知らされるまま、答えた。

「おまえが好きだよ、光一の心も体も好きで、欲しくなってエロくなる。山っ子が欲しい、」

好きだから欲しい。
それしか理由なんてない、この本音に裂かれる痛みが甘い。
裂かれるまま甘くなる傷に、透明な声がすこし笑ってくれた。

「俺のこと、全部が欲しいって、想ってくれるんだ?」
「うん、想ってる、」

即答する声が自分に響く。
ほら、もう本音が零れだした、こんな自分は狡い。
けれど本音なら潔く狡くいれば良い、甘い傷裂く開き直りに英二は告げた。

「おまえに見惚れてるよ。山っ子の誇りにも、明るい目にも、きれいな体にも見惚れてる。だからごめん、つい手が出てる、俺、」
「おまえって、ほんとエロだもんね?俺のことも、エロの餌食にしたいワケ?」
「うん、したい。でも無理矢理にはしない、信じていいよ?」
「つい手が出てる、って言ったよね?そんなんでさ、俺と一緒に寝てても踏みとどまれるワケ?…山だとふたりきり、だし、」

最後の言葉が、不安に揺らいだ。
山でふたりきり眠る、これはアンザイレンパートナーである以上、当然のこと。
この「当然」の時間に身の安全が保障されるのか?それは山っ子にとって最大の問題だろう。
このことに自分は幾つもの責任と義務と、権利がある。その全てを見つめて英二は綺麗に笑った。

「そうだな、俺も自分で信用できない。だけど、抱く時には俺、ちゃんと光一の準備してから入れるから。安心して?」
「…っ、」

息呑んだ気配に、つい少し笑ってしまう。
こんなこと自分が言うなんて、きっと驚かせたろうな?そんな予想の耳元で、ひっくり返った声が文句を言った。

「なに宮田の癖にろこつなこと言ってんのさ、馬鹿っ」

呼び方まで狼狽えているな?
こんな狼狽えることは珍しい、けれど笑ってくれている気配が嬉しい。
うれしい想いに英二は綺麗に笑った。

「そうだな、『宮田』なら言わないかもな?でも、『英二』は言うんだよ。エロ別嬪だから、」

公人の顔をしている自分はストイックで生真面目な堅物。
けれど私人の自分は恋の奴隷として婚約者に跪き、アンザイレンパートナーを『血の契』に繋ぐほど熱情が高い。
こんな二面性の自分に我ながら呆れそうだ?そう笑った英二にテノールの声も笑ってくれた。

「ほんとエロ別嬪だね、セクハラだよね?そんなに俺に、欲情しちゃうワケ?」

まだ困ったような声、それでも明るい。
本当は、顔を見て話さないと不安を消しきるのは難しいだろう。
それでも今すぐ少しでも楽にしたい、この願いに英二は正直に話した。

「うん、おまえ自分でも言っただろ?可愛いイヴにアダムは首ったけ、だからエデンに行ったら、もう仕方ないよな?」
「そうだけど、ねえ、俺、もう覚悟しなきゃダメ?いつヤられても、仕方ないってコト?」
「ちゃんと待ってるよ、光一がしたくなるの。それでも自制心が折られた時は、ごめん、ってことだから、」
「ごめん、って先に謝ってるワケ?で、ごめんになっちゃったら責任もって、その…準備してくれるんだね?」

気恥ずかしげな「?」が可愛い。
こんなふうに「可愛い」と想いだしている、こんな感情の推移に英二は微笑んだ。

「うん、じっくり準備する。時間かければ痛く無いし、わりと俺、上手いみたいだから大丈夫、」
「ねえ…時間かければ、ホントに痛くないワケ?」

また気恥ずかしげに「?」が尋ねてくれる。
いつもエロオヤジな悪戯っ子が「?」と訊くことが可笑しくて、こっちが悪戯っ子になって英二は答えた。

「うん、ちょっと痛いかもしれないけどね。でも準備も気持ちいいと思うよ、いつも喜んで貰ってるから、俺、」
「そんなに気持ちイイもん?でも…やっぱり痛いんだよね?血とか出るんだろ?」

痛いのは怖い、そんな不安が伝わってくる。
それも無理ないだろうと思う、「最初は痛くて出血もある」話を光一にしたのは英二自身だから。
初めて冬富士に登ったとき、周太との初めての夜を告白した中でその話をしてしまったから。
でもあれは自分の経験不足だった、それを正直に英二は伝えた。

「前に富士で話したけどさ、初めて周太にした時は俺が下手だった所為なんだ。俺、あのとき冷静じゃ無かったし。
あの夜しか無いと思ったから、時間かけて準備してあげられなかったんだ。でも光一とは、ちゃんと時間かけて出来るだろ?」

あのときは、ふたりの時間がまだあるなんて、思えなかった。
けれど、そんな焦りが周太を傷つけた。あの罪は今も痛くて堪らない、身勝手だった自分が悔しい。
それでも周太は、傷みも英二が与えたものなら嬉しいと言ってくれる。

―どうしてそんなに純粋なの?どうしてそんなに、愛してくれる?

想いに背凭れた壁の向こう、恋しさが微笑んだ。
そんな想いにもう1人の愛しい相手が、電話の向こうで羞みながら訊いてくれる。

「あのさ…時間かける、ってどのくらいなワケ?」
「光一の体が、受入れられるようになるまで、」
「それじゃあさ、…最初から出来なくても、イイんだね?」
「うん、良いよ。光一の体を傷つけたくないから、無理はしない。入れる時も最初は少しずつ、馴染むの待つ感じで入れるから、」
「っ、だからろこつすぎだって馬鹿、」

言ってテノールが可笑しそうに笑いだした。
その声が明るい、それが嬉しくて一緒に英二は笑った。
ひとしきり電話をはさんで笑い合って、光一は言ってくれた。

「ありがと、安心できた」
「そっか、よかった、」

これでもう怖がられないで済むかな?
なんとか戻った信頼に笑いかけ、それから英二は現実へと微笑んだ。

「今朝、また訊かれたよ?」

この一言で、光一なら解かる。
そんな信頼に電話むこうの気配が笑って、頷いてくれた。

「ふうん、そっか。まあ、当然かもね?で、来週末と夏の予定はどう?」

やっぱり理解してくれた、この呼吸がいつも安心できる。
ふたり結んだ「血の契」その絆が離れている今も、色濃く相手に繋がれる実感が温かい。
いつもながらの記号化された「秘匿」の対話、この信頼感に英二は笑いかけた。

「うん、今朝もう決まったよ。夏は7月の盆明けの週末、どうかな?」
「OKだね。今日、スケジュール貰ってきたんだよね、俺、」
「あ、それ見ながら話してるんだ?」
「そ。じゃあ、ここに決定しとくからね、」

これで「奈落」を探す日程は定められた。



日曜の早朝、ブナ林は鎮まっていた。
まだ6時前の夜明け過ぎ、山は目覚めきらない。
ただ梢わたる風音が森の香をふらせていく、その下でテノールの声が笑った。

「朝の自主トレは久しぶりだね、この時期もさ、気持ちイイだろ?」
「うん、空気が気持ち良いよ。いま平日は離れてるから、なおさらそう思う、」

微笑んで見上げた梢は、若葉がまた鮮やかになっている。
まばゆい緑の色からは、ふるよう清澄な香が深い森を潤していく。
今あふれる山の色彩に香に、やっと呼吸が出来る。

「やっぱり俺、もう山が居場所になってるな、」

本音こぼれて英二は笑った。
いま警察学校での日々も楽しい、けれどこうして山にいることが嬉しくて堪らない。
そして想ってしまう、ここに周太も連れて来れたら良いのに?
そんな想い佇んだ隣から、光一が楽しげに笑ってくれた。

「いま、周太も一緒なら良いな、とか思っただろ?」
「あれ、わかる?」
「そりゃね、ちょっとエロ顔になってるからさ、」

きれいな笑顔と底抜けに明るい目が優しい。
この優しさと明るさに、自分はいつもどれだけ救われてきている?
この笑顔は大らかで無垢で、温かい。そんな相手に自分はなにを負わせているだろう?
そんな想いに立ち止まった英二を、雪白の貌は振向いて訊いてくれた。

「うん?どうした、」

立ち止まって見つめてくれる瞳が、透明な暁の光と笑う。
いま山の朝に佇んだ姿は本当に「山の申し子」この美しい存在に山ヤの心は憧れずにいられない。
憧れ惹かれるまま歩みよって、透明な瞳に英二は微笑んだ。

「愛してるよ、光一。それから、ごめん、」
「なに謝ってんの?」

訊いて光一は明るく笑ってくれる。
そんな無垢な笑顔に心が共鳴して、英二も笑った。

「いろいろ、謝りたいんだ。昨夜は救助が入って、ゆっくり話せなかったけど、」
「ホント昨夜は、お疲れさまだよね?ま、無事に済んで良かったけどさ、」

笑いながら光一は、そこの倒木に座りこんだ。
やさしい木洩陽ふる下、すこし目を細めながら見上げて、笑いかけてくれた。

「この辺でイイよね?」
「うん、いいよ、」

登山道から逸れた仕事道の奥、静かなブナの森。
暁の静謐に佇んだ隣に英二も座ると、カーゴパンツのポケットから光一は一冊の本を取りだした。

「最終章のコト、話すよ?」

テノールの声が告げ、白い手は古い本のページを開いた。





(to be continued)

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