萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第50話 青葉act.2―another,side story「陽はまた昇る」

2012-07-19 23:39:38 | 陽はまた昇るanother,side story
光彩、想いも彩なして、



第50話 青葉act.2―another,side story「陽はまた昇る」

雲取山頂の黄昏は極彩色だった。

はるか見つめる彼方、まばゆい黄金の夕陽は稜線をあざやかに描き出す。
藍色の闇に沈む山嶺が縁どる天球は、白熱の色から黄金、朱、紅、藤色と、華やかな光が織りだされていく。
光彩に充ちる空の境に雲は輝いて、壮麗なひとつの時間を創りだした。

「…きれい、」

つぶやいた想いが薄紅と黄金の光に融けていく。
奥多摩の夕陽を見るのは何度めだろう?幼い日の記憶と合わせたら、もう数え切れない。
そのなかでも一番に幸せな黄昏の記憶に、ふと周太はふり向いた。

…雲取山荘は北側、ちょうど後ろだよね、

11月に英二と登った錦秋の雲取山、あのとき山荘から見た夕陽は美しかった。
あのとき英二は背中から抱きしめて温めてくれた、あの温もりが幸せで嬉しくて。
あんな幸せが自分に与えられたことが奇跡だと思った、そして今はもう婚約まで英二はしてくれている。
今の日本では「普通ではない」男同士の婚約、けれど英二は法律上でも繋がることを決めてくれた。
そんなふうに英二は、自分たちの恋愛は決して恥ずかしいことではないと示してくれる。

今の日本では、男同士の恋愛は、好意的には認められ難い。
好奇心、同情、侮蔑、そんな感情が寄せられることを、今は自分も知っている。
それらの感情に14年前を思い出す、父が殉職した時もよく似た感情が自分たち母子を取巻いたから。
それは辛くて哀しくて、怒りたくても心が欠け落ちたままで。
けれど今、似たような感情を向けられたとしても、あのときとは違う。
父の殉職は望んだものでは無い、けれど英二との恋も愛も自分が望み、叶えたいと祈ることだから。
この願いと祈りの為になら、きっと自分は喜んで受けとめていける。
だって英二との記憶なら全てが、宝物になっているから。
泣いたことも、傷みも、喜びも。

…この夕焼けの記憶もね、また宝物になる

この美しい場所と時間と記憶が、愛しい。
またここに来たいと想っている自分がいる、もう願っているだろう。
そんな想い佇んだ隣で、瀬尾が笑った。

「すごい、東京にこんな空があるなんて…俺、知らなかった…よかった、」

声に振向いた隣で、優しい目から涙ひとつ零れていく。
この涙の意味は分かるような気がするな?そう見つめた隣で英二が穏やかに口を開いた。

「俺も最初、驚いたよ。でも、これも東京なんだ。なんか、うれしいよな、」
「うん、うれしいね。ここに来れて、俺、よかった、」

ここに来れて良かったと、瀬尾が言った通りだと想う。
もし自分が英二と一緒にここに来られなかったら、きっと「東京」は死と血の匂いだけの場所だった。
この空と同じ「東京」新宿で、父は血の海に死んだから。

ここは「東京」の空の下、大らかに荘厳な奥多摩の空。
こんな場所が「東京」にあることを幼い日の自分は知っていた、けれど父の死と同時に忘れ去って。
そして父と母と過ごした幸福な「東京」の山の時間も、死んでしまった。
それから「東京」は、自分にとって「棺」でしかなかった。

瀬尾にとっては当然「東京」は違う意味だろう、英二にとっても。
ふたりは東京の高級住宅街で生まれ育ったから、この奥多摩も故郷の一部になる。
きっと今、美しい空の姿に瀬尾は「故郷の空」を見ているのだろうな?そんな想いと微笑んだ隣で、瀬尾が笑った。

「宮田くん、連れて来てくれて、ありがとう。俺、きっと…警察官にならなかったら、ここに来なかった、」

瀬尾の声が笑ってくれる、頬には一筋の涙の軌跡を残したままで。
涙にも明るい「警察官にならなかったら」この言葉に瀬尾の想いが響いてしまう。
この今「警察官」でいる瞬間が、きっと瀬尾には永遠の時間。ずっと夢見て努力した時間は、今、この瞬間だから。
この「夢のときが終わりが来る」想いが瀬尾に響くのだと自分には解る、自分も同じ「終わり」を見つめる者だから。

…この今、夢の瞬間は終わる、俺も瀬尾も…でも、

でも、新しい夢を繋ぐことも、きっと出来る。
この今と全く同じにはもう出来ない、それでも、もしかしたら今より美しい夢が抱けるかもしれない?
そんな希望の想いに微笑んで、今の夢が終わった後の「未来」を周太は口にした。

「瀬尾、また登りに来よう?俺、ここが好きなんだ、」

英二、聴いてくれた?
いま俺は「また」って言ったんだよ、「未来」の約束を瀬尾としたんだ。
友達と未来の約束をするのなら、俺には必ず未来がある、そう俺が決めているってこと。
どうかこの約束が英二にとって希望ある「未来」への燈火になってほしい、必ず周太は帰ってくると信じてほしい。
そして瀬尾にとっても希望でありますように。この祈りを見つめるよう、瀬尾は涙の軌跡を光らせた。

「うん、一緒に登ろうよ、湯原くん。5年経っても、一緒に、」

5年後に瀬尾は、警察官を辞職する。
亡くなった叔父の代わりに実家の後継者に選ばれて、家を会社を護るために辞職する。
与えられた責任を背負いたい、その想いが自分には解る。14年前の自分も同じように決意したから。
けれど瀬尾は今が夢の道にある、それを捨てると決めたことは、本当は苦しみだったろう。

“5年間を警察官として精一杯に自分を鍛えて、生涯の支えにする”

それが瀬尾の今の想い。
これは自分と正反対で、よく似ている。
自分にとって警察官の道こそが責任と義務、そのなかで自分の夢を見失っていたから。
けれど瀬尾は自分の夢を着実に歩んで、その涯に責任と義務を背負う道へ向かおうとしている。

この「今」夢の道にあることと、この「先」夢の道に戻ること。

この2つはとても似ていて、正反対の道。
どちらの方が、幸せなのだろう?その答えはまだ解らない、けれど予想は出来る気がする。

…きっと瀬尾なら5年後も、その後もずっと笑っている、心から

この友達と5年後もその先も、一緒にここへまた来たい。
その時は自分も夢の道に立っていると良い、そして少しでも胸が張れる自分であれたら良い。
その時の自分の隣には、今この隣に立っている婚約者を「夫」と呼べていたら良い。
この想いに見上げた隣はすぐ気がついて、こちらに綺麗な笑顔を向けてくれた。

「周太、寒い?」
「ん、大丈夫…」

答えているうち腕を引き寄せられて、すとんと背中が長身の懐に抱きとめられる。
そして気がついた時にはもう、温かい懐と深紅の登山ジャケットに包まれていた。

「ほら周太、これなら寒くないよな?」

きれいな笑顔が幸せに笑いかけてくれる。
この笑顔も温もりも今、ちょうど思い出していた時と優しさが変わらない。
あのときより大人びた表情が眩しい、あのときより想いが深いことが嬉しくて、温かい。

けれど、ちょっと待ってほしい。だって今は同期も光一も皆いる時なのに?

「ちょっとまってえいじ、さむくないけどでも、」
「寒くないなら良かった、俺、周太が風邪ひいたら困るもんな、」
「あのっ、かぜとかひかないからちょっと、」
「うん?もうちょっと、ぎゅっとする?はい、」

幸せな笑顔が後ろから頬よせて、しっかりと体を抱込んでくれる。
どうしよう?さすがに今これは恥ずかしいのに?きっと首筋が真赤になっている、もう顔も真赤かもしれない?
そんな途惑っている向こうから、優しい笑顔で瀬尾が言ってくれた。

「やっぱり仲良しだね、宮田くんと湯原くん。幸せなのって良いよ、」
「うん、幸せだよ、俺、」

きれいな笑顔で英二は素直に答えてしまう。
英二と周太の事情を知っている、関根と藤岡はどう想うのだろう?そっと見た先で、2人は楽しげに笑っていた。

「あはは、宮田、また湯原のこと掴まえてるよ?」
「しょうがねえなあ、あいつ。ま、あれも宮田だとサマになるけどさ。イケメンは得だよな、」

…なんだかみんな納得なの?

それはそれで、幸せなことかもしれない。
けれど光一は、どんな想いで見ているだろう?
つきん、心が傷んだ頭上から、楽しげにテノールが笑いかけた。

「くっつくのイイね、俺も混ぜてよ、」

愉快で堪らない、そんな声と一緒に花の香が頬撫でる。
そして今度は前から広い胸に抱きこまれて、周太は長身ふたりに挟まれた。
これでは息も出来なくなりそう?困って周太は声をあげた。

「ね、ちょっとまってふたりとも?…息、出来なくなっちゃう、」

声にすこしだけ2人の腕がゆるめられる。
ほっと息吐いて見上げて、けれどすぐ英二の腕が抱きこんだ。

「周太、俺は良いよね?こうされるの、幸せだろ?」
「ん、それはそう…でも…」

つい素直に答えてしまう。
そんな周太に底抜けに明るい目が微笑んで、また光一は周太ごと英二に抱きついた。

「んっ、」

思わず息が詰まって、声が出た。
その声に驚いたような、きれいな低い声が聴こえてきた。

「こら、光一?周太が潰れちゃうだろ、」
「嫌だね、俺は今、ふたりを抱きしめたいんだ。せっかく3人一緒なんだしね」
「わっ、そんな馬鹿力で抱きつくなって、」
「あら、アダム?可愛いイヴの抱擁を受けとめない、って言うの?そんなこと言うのは、この口かしら、」
「こらっ今はキスだめだろ?ちょっと光一っ、」
「恥ずかしがらないで、アダム。いつも、してることでしょう?…ほら、」

透明なテノールが笑って、青い登山ジャケットの胸がさっきより近くなる。
その気配に周太は腕を伸ばして、英二の唇を掌で塞いだ。

「俺のいるとこではだめっ、いないときにしてっ」

言った途端に、3人分の視線に我に返った。

…いますごくはずかしいところをみられているよね?

心の声に首筋を熱が昇りだす。
そして長身2人に挟まれて見えない視界の彼方から、笑い声が聞こえてきた。

「なあ?あいつらって、いつもあんなことしてるワケ?」
「そうだなあ、3人一緒だと、あんな感じ多いかなあ、」
「へえ、宮田くんと国村さんって、スキンシップすごいんだね?2人ともクールな感じなのに、」
「だよな?湯原もあんなに狼狽えてるの、ガッコじゃ想像つかないよな?」

ほら、きっともう額まで真赤になっている。





(to be continued)

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