萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第51話 風待act.3―side story「陽はまた昇る」

2012-07-24 22:18:13 | 陽はまた昇るside story
※念のため中盤R18(露骨な表現は有りません)

“仕方ないから”そして、瞬間に約束を



第51話 風待act.3―side story「陽はまた昇る」

「…えいじ?泣いてるの?」

優しい声が名前を呼んでくれる。
けれど応える資格が自分にあるのか、解からない。

「どうしたの?…なぜ、泣くの?」

優しい声が訊いて、ふわり腕が肩に回される。
温もりに肩も心も包まれてしまう、もう、心ほどかれて言葉が落ちた。

「周太、俺は今、きみのこと…っ、」

迫り上げた嗚咽に、言葉が途切れる。
それでも英二は正直なまま、言葉を押し出した。

「俺は今…君を殺そうとした、」

もう、嫌われる。

きっと怖がられる、きっと捨てられてしまう。
こんなに弱くて卑怯な自分は呆れられ、嫌われて当然のこと。
こんな自分が婚約者だなんて、いったい誰が赦すというのだろう?

「君を、離したくなくて、」

ほんとうは少しの間も離れたくない。

「ずっと傍にいたくて、どこにも行かせたくなくて、」

ほんとうは傍にいて、どこにでも一緒に行きたい。

「ずっと見つめていたくて、離れたくないから、だから首に手を掛けて、君を殺そうとしたんだ、」

ただ見つめていたい、離れないで、このまま動かないでいたい。

こんな願いは自分勝手すぎる。
こんな願いを抱くほど求めてしまう、こんな恋は狂っている。
こんな凶器のような感情に一冊の本が、紺青色の表紙が心に映りだす。

『Le Fantome de l'Opera』

仮面で醜い顔を隠した、異形の熱情。
彼は恋をして、愛して、そして恋する歌姫を手に入れるため奈落へ攫ってしまう。
それは狂気のような恋愛で、けれど最後は彼女の幸せを願って姿を消していく。
あの恋愛と自分の恋愛は、どこが違うと言うのだろう?

―それなら俺も、もう、姿を消せばいい

もし自分が姿を消しても、きっと光一が周太を護る。
唯ひとり『血の契』を結んだ山っ子ならば、周太を幸せに出来る力がある。
そんな想いに微笑んで、肩に回された腕から英二は身を離した。

「ごめん、」

たった一言、けれど籠めた想いは1つじゃない。

ごめん、怖がらせて。
信じさせたくせに失望させて、ごめん。
こんなに弱い卑怯な自分のために、時間を遣わせて、ごめん。
初めての夜は無理矢理に体を奪って、そして今は命まで奪おうとした、こんな身勝手を、ごめん。
そして、ごめん周太、俺は最低だ。

―絶対の約束を守れないなんて、最低だ…

心の声を仕舞い込んだまま、ベッドから床に脚をおろして、立ち上がる。
ふれる床の固い感触に心が固くなっていく、もう喜びの全てが殺されてしまう。
たった今、自分の掌で壊してしまった信頼、恋と愛、そして幸福な命懸けの約束たちが、消えていく。

―心が、消えてしまうのかな

音のない言葉に、冷たい仮面がよみがえる。

もう1年前に外したはずの「作った自分」の仮面が今、甦って顔を覆いだす。
この仮面を外してくれた人を殺そうとした、その瞬間に自分は、全てを放棄したのだと知らされる。
もう、この冷たい仮面に囚われて生きればいい、それが自分の罰ならば。

…カチャ、

遠くで、扉の錠が開く音がする。
この音のままに把手を回せばいい、そして最大の罰を受ければいい。
最愛の恋人を失ったまま生きる「時間」という刑罰に、この心も体も灼かれたまま生きればいい。

「英二、」

名前が、呼ばれた?

けれど幻聴かもしれない、求める心が狂気になって、幻を聴かせた。
けれども把手を握った掌に温もりがふれて、優しい熱が背中を覆ってくれた。

「行かないで、英二…俺のこと、離さないで、」

いま、なんて言ってくれたの?

「離さないって約束したよね?だから約束を守って、愛しているなら言うこと聴いて、」

どうして?
どうして君は、そんなことを言うの?
だって俺は今、君を殺そうとしたのに?

「お願い、愛してるんでしょ?だったら言うこと聴いて、こっちを見て、英二、」

いま、君を見ることが赦される?
もし君を見ることが赦されるなら、何だってしたいのに?

「…周太、俺は君を見て、いいの?」
「良いって言ってるでしょ?言うこと聴けないの?命令なんだから、」

『命令』

この言葉は自分にとって、あまくて優しい束縛。
この優しさを自分は受け取って良いのだろうか?
そんな迷いと、諦めきれない想いの狭間で英二は、ゆっくり体ごと振向いた。

「英二、」

穏やかな声が名前呼んで、黒目がちの瞳が微笑んでくれる。
この瞳をまた見つめられた、その喜びが熱になって、目の奥からこぼれおちた。

「英二、また泣いてる…泣き虫、」

微笑んで見上げて、優しい指が涙を拭ってくれる。
この指と眼差しの優しさに、英二は床へと崩れ落ちた。

「…あ、」

喘ぐよう声がこぼれて、涙があふれだす。
座りこんだ床へと涙は墜ちて、嗚咽が咽喉から迫り上げた。

「っ…ぅっ、……っ、」

押し殺した声、それでも微かに嗚咽は唇こぼれていく。
嗚咽ふるえる肩が小刻みに揺れる、その肩を温もりが包みこんで、頬にシャツがふれた。

「泣いて、英二、」

優しい声が名前を呼んで、太陽の香がするコットンに抱きよせられる。
この頬ふれる香と感触、肩を抱いてくれる温度、それから穏やかで優しい声。
ふれている香と熱と音の全てが、あの夜の記憶に重なって今、この警察学校寮に甦る。

…構わない。気が済むまで、ここに居ていいから…いいから泣けよ?

あのころ付合っていた女に騙されて、脱走した夜。
あの夜も周太は白いシャツを着て、座りこんだ自分を抱きとめて、泣かせてくれた。
あの夜に見つめた安らぎは今も自分を抱きとめて、温かな懐で泣かせてくれる。
この腕は今も優しくて穏やかで、こんな自分を受けとめようと微笑んで。

「…っ、周太っ、」

名前を呼んだまま、白いシャツの体にしがみつく。
お願い離さないでと縋りつく想いが、全身を充たして腕をほどけない。
ほどくことが出来ない腕に小柄な体は寄添って、穏やかな声が言ってくれた。

「英二、泣いて?俺の腕で泣いて、何年先も、ずっと、」

何年先も。
そう告げてくれる意味を確かめたくて、唇が動いた。

「…何年先も、傍にいてくれる?俺は、周太の傍にいて…いいの?」
「ん、傍にいて?」

優しい腕がすこし緩んで、コットンシャツの体が降りてくる。
小柄な体が床に座り込んで、目の高さ同じにして眼差し結んで、黒目がちの瞳は微笑んでくれた。

「だって、婚約者でしょ?いつか結婚するんだよね?もう、永遠に一緒にいる約束してる、ってことだよね?」

永遠に一緒にいる約束。
それを君の口が言ってくれる?信じたい想い縋るよう英二は訊いた。

「でも俺は、周太のこと…殺そうとしたんだ、それでも約束は、続けていいの?」
「だって絶対の約束、したよね?…もう、何度も、」

黒目がちの瞳が幸せに微笑んで、真直ぐに純粋が見つめてくれる。
見つめて、綺麗な笑顔を咲かせて、周太は言ってくれた。

「俺の体を好きなだけ抱きしめて、絶対の約束を結んでくれたよね?それで英二は、俺の恋の奴隷になったのでしょう?
だったら言うこと聴いて?…俺と一緒に生きて、一緒に幸せになって?本当に愛しているなら離さないで、全ての約束を守って、」

どうして?
どうして君はいつも、そんなに強くて優しい?
そして君にこそ俺は捕まってしまう、こんなふうに赦されたのなら。そして永遠に掴まえられたい、この願いのまま英二は微笑んだ。

「うん、言うこと聴くよ?だから、俺が君を愛する資格を、永遠にほしい、」

この願いを、聴いてくれる?
そう見つめた想いの真中で、綺麗な笑顔が花咲いた。

「ん、永遠に愛して?そして恋していて…いつか、お嫁さんにしてね、」

優しい「Yes」の返事に籠めて、優しい唇が唇ふれてくれる。
ふれるだけ、けれど蕩かされる甘いキスの優しさに、一瞬で心も体も和まされてしまう。
こんなキスを出来るひとを手放す事は、絶対にもう出来ない。そんな願い正直に英二は、許しを乞うた。

「周太、今すぐ君を抱きたい。今もう一度、絶対の約束を結ばせて?」

どうかお願い、「Yes」と言って?この今も。
そんな祈りと見つめた眼差しに、黒目がちの瞳は気恥ずかしげに微笑んだ。

「ん、…声とか、なんとかしてくれるんなら、ね、」

羞んで薄紅が昇りだす首筋が、薄闇にまばゆい。
まばゆい恋と愛の結晶を、壊さないよう優しく英二は抱きしめた。

「周太…君を殺そうとした男だよ?怖くないの?」
「怖くない、」

穏やかな声が短く応えて、そっと唇にキスふれてくれる。
やさしい温もりの残像残しながら離れて、優しい瞳が英二に微笑んだ。

「だって、死んでも傍にいたかったんでしょ?命が終わっても傍にいて、もう、孤独にしないでくれるのでしょう?」

もう、孤独になりたくないのは、本当は自分の方。
それなのに周太はこんなふうに告げて、赦して、一緒にいたいと願ってくれる。

どうして?

「どうして周太…離れたくないからって、こんな、君を殺そうとするような狂った男だよ?それでもいいの?」

抱きしめながら問いかける、この声も腕も、恋人に縋りついている。
こんなにまでして縋りつく自分が情けないけれど、他に方法も解からない。それくらい恋に囚われて。
恋愛に縛られたがる情けない男、こんな愚かな自分。それなのに、それでも恋人は微笑みかけてくれた。

「俺のこと好きで、狂ってくれるんでしょ?愛してるんでしょ?…だったら、傍にいないと、ね?俺にしか出来ないでしょ?」
「…周太しか出来ない?」

抱きしめて、額に額ふれ合って問いかける。
ふれる温もりのひとは微笑んだまま、楽しそうに言ってくれた。

「英二が狂わないようにするには、俺が傍にいればいいのでしょ?きちんと英二が生きるために、英二を支えることは、俺しか出来ない、」

ふれあう額の至近距離から見つめて、黒目がちの瞳が幸せに微笑んだ。

「俺しか、英二の奥さんにはなれないね?だから、仕方ないから、一緒にいてあげる。だから言うこと聴いて?愛してるなら…ね、英二?」

そっと唇かさねてくれる、優しいキスがふれてくれる。
ふれた温もりの優しさに涙こぼれて、キスに潮が交って切なく甘い。その甘さの狭間から、優しい声が言ってくれた。

「きっと、俺の幸せもね…英二の隣でしか、見つけられないから。だから、仕方ないから、一緒にいて?」

『仕方ないから』

この言葉が、こんなに幸せだなんて知らなかった。
こんなに甘い束縛になってくれる言葉、それを今、初めて思い知らされる。
この言葉と寄せてくれた想いにまた、勁いザイルが一本編まれ、縒りあわされて繋がれて、英二は微笑んだ。

「うん、仕方ないから、一緒にいて?周太…必ず幸せにするから、俺のこと捨てないで?傍にいて、ずっと一緒に幸せを見つけて、」

告げた唇を、愛するひとの唇に重ねて。
告げた想いを唇から繋いで、あまい優しい香のなか想い交される。

―愛してる、

そっと心にも告げる想いに、ひと時のキスが、熱く甘い。

「周太、また口許にいい?」

聴きながら、自分のシャツのボタンを1つ外す。
その指を気恥ずかしげに見つめて、穏やかな声は言ってくれた。

「ん…して?」
「ありがとう、」

許しに笑いかけて英二は、シャツのボタンをすべて外した。
さらり肩からシャツを脱ぎ落し、袖の部分を細く畳みこんでいく。それをキスに濡れた唇へと噛ませて、猿轡に施した。
猿轡に口許を縛られた姿は、どこか扇情的で心ごと体の芯が掴まれる。その姿に見惚れて、英二は微笑んだ。

「こんなふうにしても、綺麗だね、周太は…」

もう何をしても手に入れたいと願ってしまう、この恋人が今も欲しくて堪らない。
そんな想いと見つめる黒目がちの瞳は羞んで、奪われた言葉の分だけ視線が熱くなって、純粋な想いを映す。
この瞳に自分を映して、英二は囁いた。

「…愛してる、ずっと。俺のことあげるから、ずっと俺の傍にいて…」

瞳を見つめて愛を贈って、深いキスで恋人の体に想いを注ぐ。
囁きの想い与える代わりに、服を絡めとり奪っていく、痕を残さないキスで素肌を埋め尽くす。
いつもは赤い花散らすキスの刻印を薄くする、その分だけ秘められた場所へのくちづけを、求めたくて。
求めるまま脚を開かせ腰に枕を入れる、そっと柔かな肌を広げて、露わされた奥に密やかな窄まりを見つめた。

「周太はここも可愛いね…」

愛しさに微笑んだ言葉に、こまやかな肌が淑やかに紅潮をうかばせる。
初々しい恥らいが艶に変わってしまう色に見惚れて、見惚れるまま秘めた場所へと唇を近寄せた。
なめらかな肌の窄まりは石鹸の香が清楚で、清らかな襞が花の蕾のように見える。
この花の蕾を披かせたい、そして深く繋ぎあってしまいたい。

「キス、するよ?」

求めるまま唇ふれて、そっと蕾をなぞりだす。
視線と感触に肌の蕾はふるえて、恥らうまま微かに動く、その微動に煽られる。
淑やかな誘いのような震えを舌に追わせて、唇から雫を滴らせ愛しい蕾に水を与えていく。
キスに濡らされ震える秘所は愛しくて、抱き寄せた素肌も熱くなる。そして熱い唇と舌で花びらほどくよう、蕾に深いキスをした。

「…っ、ん、んっん…」

猿轡に噛んだシャツから、恋人の吐息が喘ぐ。
洩れだす声の艶が愛しくて嬉しくて、もっと聴きたくなる、深く舌を挿すキスで蕾の奥に雫を送りこむ。
滴りだすほどの唾液に艶めく肌の蕾が、ほころびだすのが舌に唇に伝わる。
そして力奪われ花披きかける蕾へと、長い指を挿し入れた。

「…っ、」

白い布を噛んだ唇、吐息に悶える。
音にならない声に惹かれるまま、愛しい体の中心にキスをして、キスのまま唇から呑みこんでいく。
膨らんでいく熱を唇と舌に絡ませ愛しみながら、長い指は深く探るよう体の内側をほぐしだす。

「っん、んっ……っ、っ、」

反らす喉から喘ぎがあがる、その声に恍惚とさせられるまま、指も口も動いてしまう。
いま深くふれる場所は本来なら、あまり触れたがらない秘められた所。それなのに自分は、この恋人の体は触れ尽くしたい。
こんなにまでして体を愛しんで、感じて、確かめたくて仕方ない、この体を感覚で充たして心ごと掴みたくて仕方ない。
今ふたり生きて共にいる事を、この肌ふれる吐息と熱に感じていたい。

「…んっ…っ…っぅ」

喘ぎが、募って細くなる。ひとつめの時に至る高まりが、咥えこんだ唇にも解る。
喘ぐまま周太は両掌を口許に重ねて猿轡ごと声を押えこむ、閉じた長い睫から涙こぼれだす。
そして小柄な体が撓んで、口のなか潮の苦みと甘さがひろがった。

「…っ……ぅ…っ、ぅっ、」

隠した両掌から漏れだす吐息が、力を失くしていく。
吐息の儚さに心煽られながら、ひろがる熱の潮を舌で搾りとって、飲み下す。
この恋人が生み出す熱の味を記憶しながら、残さず呑んで自分の体に収めこんで、自分の一部にしてしまいたい。
そうして潮の残滓も残さず舐めとりながらも、長い指は愛する体の深奥をほぐし続けている。

「…、…っぅ…んっ、」

すこしずつ深めながら、一本ずつ増やし挿し入れられた長い指は、恋人を喘がせる。
恋人の内を充たす熱を絡めながら、広げ押し擦っていく感触がまとわるよう、ほぐされ支度が整っていく。
そして長い指ほどいた肌の深みは熱に潤んで、蕩けるよう柔かく開かれた。

「…周太、繋がらせて、」
「…、…ん…」

囁いた想いに、黒目がちの瞳が見つめてくれる。
見つめてくれる美しい瞳に熱は潤んで、あまやかな誘惑を見た心がふるえだす。
この警察学校寮のベッドは「恋愛禁止」の場所だと知っている、それでも、もう、止められない。

「痛かったら、蹴飛ばしても良いよ?」
「…ん、」

告げた言葉に、黒目がちの瞳が微笑んだ。
この微笑みが嬉しくて、愛しくて、細やかな腰を抱きよせながら、ほころんだ蕾に体を挿し入れた。

「…あっ、」

快楽に、思わず声がこぼれ墜ちた。
こぼれた声に唇を噛んで、眼差し絡ませて、ゆっくりと肌の蕾へ沈めこむ。
いつもより時間をかけて押し開いていく感覚が、早く深くしたいと責めてくる。
それでも恋するひとの体を傷つけたくない、その想いが手綱になって、体の動きを制御する。

「あ……しゅうた、痛くない?…いつもと違うしかただけど…」
「…ん、…っ、」

問いかけた言葉に微笑んだ顔は、艶めいた苦悶にときおり揺らぐ。
抱きしめた素肌の体が撓んで、寄せていく腰が深めるよう動かされて、感覚が生まれてしまう。
今、この腕に抱いている肌のまばゆさに見惚れて、開いていく肌の熱と律動に全てが掴まれる。
ゆるやかに誘いこまれるよう深めていく、あまい熱に受容れられて全身に歓びが奔りだす。

「…っ、周太、」

名前呼んで見つめた瞳は、あまく切なくて、愛おしい。
この愛しい想い人と、もっと深く繋がりたい。その想いのまま猿轡をほどいて、唇を重ねた。
その唇が甘い、こぼれだす吐息の香にオレンジの記憶が懐かしくて、あの庭の夏橘に見た黄金の夢が酔わせていく。

「…っ、えい、じ…すき…」

キスのはざま零れる声に、自分の名前があまい。
愛するひとに深いキスを捧げて声を奪う、全身の素肌に抱きあい熱を重ね合って。
誰も知られない夜に沈んで、禁じられた場所で体と想いを交わして、温もりに互いの鼓動が響きだす。

―生きてる、周太

いま腕のなか、深く繋がれた熱の相手から、心音が届く。
素肌のまま重ねた胸に2つの鼓動が響きあう、いまこの繋がる体が融けあうよう体温と感覚を共にする。
この音、この温度、この意識を奪う感情に、唯ひとりの恋人への想いがあふれだす。

そして、優しい吐息の果てに辿り着いた眠りは、幸せだった。





せまいベッドの上に楽園を見つめた夜が、明けていく。
夜に犯した過ちを赦された痛みへと、優しい甘さが浸みて痛くて、けれど幸福で。
この場所では禁じられた行いに恋人を引き摺りこんだ、その罪は痛いくせに酷く甘くて麻痺させる。

「…周太、」

そっと名前を囁いて、素肌に白いシャツを着せかける。
ひとつずつボタンを留めていく、しなやかな脚にも服を履かせて肌を隠す。
そうして夜を秘密に綴じこめて、それから暁が白い部屋へと訪れた。

白いカーテン透かして、生まれたばかりの光が部屋を照らしていく。
やわらかな明るさに眠る恋人は、穏やかな吐息と幸せな微笑みに安らいでいる。
この優しい安らぎを見つめる今が、自分の何よりの幸福だと気付かされて、この瞬間に幸せは温かい。

この幸せに、昨夜の自分の行いが楔になって、自責を心に打ちこんだ。
もう二度と、過ちを犯してはいけない。そう気づかされ、肚に落ちて、この罪の分だけ恋愛が深くなる。
この恋人に自分は永遠に、この罪を償い幸せを贈り続けたい。

「周太、約束だよ…ずっと俺は、君の幸せの為に生きるよ?いつ、どこにいても、」

この夜と暁の幸せに一睡もできていない、けれど心は冴えてクリアでいる、体に疲れも残らず軽い。
そして抱きしめた恋人の重みと体温に、ただ幸福感が温かい。




奥多摩の強盗犯は、木曜日の今日も見つからなかった。
そのことを後藤副隊長は、授業終了のタイミングで連絡してくれた。

「おまえさんの言った通り、登り尾根の廃屋には踏み跡があったよ。でもいなかった、何か所か移動しているのだろう。
すまないが宮田も藤岡も明日、戻ってきてくれるかい?明日の夜、全ての無人小屋を一斉捜索したいんだ。何としても捕まえたいよ、」

夜間はハイカーもおらず野生獣など危険も多い、犯人も小屋などに潜伏しているだろう。
それこそ寝込みを狙っての一斉捜索をすれば、逮捕できる確率も高くなる。
これを金曜日の夜に済ませたい意図がある、だから英二と光一も金曜夜の捜索を心積もりしていた。
きっと副隊長も同じ考えだろうな?英二は微笑んだ。

「土日前には逮捕したいですね、ハイカーが多いと犯行と逃亡のチャンスですから」
「そうだ。そしてな、犯人に罪も重ねて欲しくないよ。山を穢すこともな、」

そう言った後藤副隊長の声は断固としながら、温かだった。
こんなふうに犯人にも温かい心遣いが出来る後藤だからこそ、山ヤの警察官のトップとして敬愛されている。
こういう大きさを光一が「山」を穢す相手にも抱けるのか? それは難しいだろう、けれど光一の立場には超える必要がある。

―次期トップとして、山ヤとして、男としての「許容」が、光一には求められている

それを英二はセカンドとしてサポート出来るのか?
また英二自身も実際に犯人を目の前にした時、そうした「許容」が抱けるのか?
それらが今回の事件では、光一と英二は試されるかもしれない。

―何があっても俺は、光一を支えるだけだ

この覚悟に微笑んで、木曜の夜に登山図を見つめた。
雲取山に点在する無人の避難小屋と廃屋の位置を頭に入れていく、そうすれば犯人発見時に急行しやすい。
それに夜間捜索なだけに道も間違えやすくなるから、正確なルートをイメージしておく。

いったい犯人は明日夜、どこに寝泊まりするだろう?

デスクライトに照らされる登山図は、あわいブルーに地形とルートを示す。
この8ヶ月に何度も歩き回った雲取山の道は、記憶のファイルに綴じこんだ。
けれど、まだ歩いたことのない道がある。そのルートを英二は指でなぞった。

「…長沢背稜、」

この尾根筋は秩父山脈と境界になる。
そして芋ノ木ドッケで秩父の三峰方面から繋がる道と交差し、雲取山に辿り着く。
この三峰から続く場所にも、休業中の小屋がある。

―ここにも、水場がある

恐らく犯人は、ここを塒にしたこともあるだろう。
もし今も犯人がこの小屋を拠点にしていたら、管轄問題が絡んでしまう。
この小屋は秩父市に属し埼玉県警管轄、だから警視庁所属の青梅署山岳救助隊が入ることは厄介かもしれない。
ここについては明日、後藤副隊長に上申したほうが良いだろうな?思案をめぐらしていると、扉が遠慮がちにノックされた。

「あ…もう11時?」

クライマーウォッチの時刻に驚いて、英二は扉を開いた。
そこには少し不安げな面持ちの周太が佇んで、黒目がちの瞳が微笑んだ。

「英二、部屋に入っても良い?」
「もちろん、」

笑って肩を引寄せて、部屋に入ってもらう。
閉じた扉を施錠すると英二は、愛するひとに謝った。

「ごめん、周太。時間が経ったの、気づかなくて、」
「ん…登山図を見ていたの?」

すぐ気がついて訊いてくれる、そんな反応すら嬉しい。
嬉しくて笑いかけながら、長い腕に婚約者を抱きしめた。

「そうだよ。明日は夜間捜索だから、ルートを頭に入れてたんだ、」
「夜に?…気を付けてね、英二も、光一も、」

心配そうに瞳が哀しげになる、けれど優しく声は送りだす。
こんな隠してくれる不安が愛しい、愛しさに英二は恋人の唇にキスをした。

「ね、周太?今夜もさせて、って言ったら怒る?」

なにを「させて」なのか、さすがの周太でも解かるだろうな?
そう見つめた先で綺麗な肌の奥から、あわく薄紅いろが湧きだした。

「…おこらないけど、ゆうべみたいのはだめ…そういうの今夜は我慢して?」

恥らいながらも「今夜は我慢して」と明確に断られた。
断られた理由が知りたい、英二は黒目がちの瞳をのぞきこんだ。

「どうして今夜は、我慢しないとダメ?俺のこと嫌いになった?」
「嫌いになんてならないよ?大好き…」

即答して言いかけて、恥ずかしそうに言葉途切れてしまう。
けれど周太はまた続けて、小さい声でも口を開いてくれた。

「だって今夜を我慢したら、がんばって土曜日は帰りたくなるだろうな、って…」

はい、頑張って帰ります。

こんな心裡の返事はもう、恋の奴隷になっている。
この恋の奴になったままで、おねだりをしたくて英二は綺麗に笑いかけた。

「うん、頑張って土曜日に帰れるようにするよ?もし土曜に帰ったら、好きなだけさせてくれる?」

こんな約束をねだる自分は、本当に「変態色情魔」かもしれない?
そんなふうに光一の言葉を想いだして、つい可笑しくて英二は笑った。
ひとり笑い出した英二を、不思議そうに黒目がちの瞳が見つめて、質問に微笑んだ。

「どうしてそんなに、笑っているの?」
「俺は変態で色情魔だな、って自分で自覚したのが可笑しいんだ、」

可笑しくて笑いながら、抱きしめた人を見つめてしまう。
そんな英二に周太は、また不思議そうに訊いてくれた。

「しきじょうまって、なに?」

訊いてくれる瞳が純粋で、応えていいのか迷わされる。
けれど反応を見てみたくて英二は、正直に答えた。

「セックスが大好きすぎる、ってことだよ?俺にぴったりだろ、特に周太に対してはさ、」

言った言葉に、黒目がちの瞳がひとつ瞬いた。
すこし考えるよう首傾げて、けれどすぐさま婚約者の顔が真赤になった。

「…っえいじのへんたいえっちちかんっ…ばかえいじ、」

いつもの可愛い棒読みトーンに狼狽えているのが、余計に惹かれてしまう。
本当に自分は馬鹿で変態だと、この間の夜に思い知らされている。だから周太の言う通りだろうな?
そんな納得に微笑んでライトを消すと、恋人を抱きしめてベッドに潜りこんだ。

「変態でごめん、でも、ずっと一緒にいて?約束だよ、周太、」

約束にねだって微笑んで、英二は愛しいひとへとキスをした。



(to be continued)

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