萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第51話 風待act.4―side story「陽はまた昇る」

2012-07-25 23:49:23 | 陽はまた昇るside story
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第51話 風待act.4―side story「陽はまた昇る」

金曜日の授業が終わると、英二は藤岡と一緒に電車に乗り込んだ。
京王線から南武線に乗り換えてシートに落ち着いてから、藤岡が口を開いた。

「やっぱりさ、秩父から奥多摩に入ったルートって長沢背稜に入ってくる道かなあ?白岩小屋に水場あるし」

強盗犯の入山ルートについて、藤岡も英二と同じ考えでいる。
英二と同じように藤岡も登山図をにらめっこしてきたのだろう、笑って英二は頷いた。

「うん、多分ね。そろそろ長沢背稜はシャクナゲのシーズンだから、人出が心配だな、」
「だよな?明日明後日、あの辺に出られると拙いよなあ?あそこに入ってくルート、注意した方がいいかな?」

藤岡が今日の捜索の提案をしてくれる。
こんなふうに今、車内で互いの意見交換をしたら後藤副隊長への上申も早いな?考えながら英二は答えた。

「そうだな。そうすると、あそこに近くて水場のある小屋も可能性が高くなるな?」
「だったらさ、酉谷の避難小屋とかも考えられるかな?」
「うん、一週間になるから、結構移動出来るし…あれ、」

答えながら登山図を出そうとして、英二は忘れ物に気がついた。
いつも鞄に入れている登山図が、無い。

―あ…昨夜、デスクで見たまま、置いてきたんだ、

ケースにしまった所までは覚えてる、けれど鞄に戻した記憶が無い。
きっとデスクの上に置いてきた、左手首の時計を見ながら英二は、藤岡に言った。

「悪い、藤岡。俺、忘れ物したから一旦、学校に戻るな?先に行ってて、」

そう告げて途中下車すると、急ぎ往路を折り返した。
そして警察学校の門をくぐったのは、ちょうどクラブ活動が終わる時刻だった。

―もしかして、周太に少しでも逢えるかな?

そんな期待に心ときめいてしまう、これではまるで中学生の恋みたいだ?
こんな自分に呆れながらも幸せで、微笑んで英二は華道部の部屋に踵を向けた。
すこしだけ足早に歩いていく廊下は、放課後の静けさと傾きかけた陽射しに、どこか切ない。
こんなふうに歩いて想う人を探す、それが1年前の自分と重なって懐かしい。

―こんなふうに周太のこと探して、いつも独り占めしたくて…

少しの時間でも多く、周太の隣を歩きたかった。
あのころの自分の想いと今と、よく似ていて大きな違いがある。
あのころは片想いで空回りが痛くて、想いが通じない孤独感が哀しかった。
けれど今は罪を赦された痛みと、想い繋がれても離れてなくてはいけない矛盾への哀しみが、苦しい。
この今の痛みも哀しみも、あの頃より深く抉られて苦しくて。けれど周太に繋がる痛みと哀しみであるなら、幸せだと思えてしまう。

―俺の恋愛って、ちょっとマゾかな?

ふと思い浮かんだ考えに、我ながら可笑しい。
でもこれは図星かもしれない、前に光一からも指摘されたことがあった?
そんなことを考えながら歩いて、すこし黄昏の降りだす廊下を曲がろうとした。

「…え、」

かすかな声が唇こぼれて、足が止まった。

止まって進めない角の向こう、視線が竦んでしまう。
竦んだ視線の先には青い夏服の、白い花を抱いた端正な後姿が佇んでいる。
もう見慣れた洗練された背中はいつものように綺麗で、愛しくて抱きしめたい。

けれど今、その前には?

「…なんで、」

ぽつんと零れた言葉の向こう、女性警官が周太の前に立っている。

こちらに背を向けた周太に笑いかけながら、楽しげに話をしている若い女性。
見たことがある華奢な背格好は、たしか華道部にいる初任科教養の訓練生だろう。
そう記憶のファイルから彼女を発見した時、壁際から見つめた向こうから声が聴こえた。

「…湯原さんのが好きです、」

いま、聴いた言葉は、なに?

今、彼女は誰に何て言ったのか?
今、自分はどういう現場に立っているのだろう?

―華道部って、女が多いよね?で、周太は首席で真面目で、マジ可愛いよな…周太、俺たちも惚れちゃうくらい、イイよね?

越沢バットレスで光一に言われた言葉が、頭を廻る。
ぼんやり見つめた壁の向こう側で、彼女は頬染め微笑んで、廊下の向こうに去っていく。
その笑顔は恥ずかしげでも幸せそうで、明るかった。



日没、奥多摩交番に山岳救助隊員の大半が揃った。
残りの隊員は町中での犯行発生に備え、各自駐在所にて待機している。
青梅署から刑事たちも奥多摩交番に到着すると、現場指揮の後藤副隊長が口火を切った。

「まさか夜間の山狩りをするなんてなあ、あちらさんも思っちゃいないだろうよ。そこが俺たちの狙い目だ、今夜中にケリつけようや」

深く太い声が笑って、和やかな空気が生まれだす。
いつもながら明るく頼もしい後藤節は、笑顔で話しを続けた。

「埼玉県警での事件発生から2ヶ月、雲取山頂での被害者発見からは1週間。これだけの期間を秩父と奥多摩で潜伏している。
ここまで商店での目撃情報は無いが手配書にもある通り、特徴が少ない顔だから解かり難い所為もあるだろう。でも今は似顔絵がある、
これは雲取山頂の被害者の証言から描かれているが、秩父での被害者たちにも似ていると言われたそうだ。皆、顔をよく記憶してくれ、」

あらためて配られた手配書の似顔絵は、1週間前に瀬尾が描いた。
あの状況でこれだけ描けるのは大したものだろう、友人が描いた絵を記憶しながら英二は副隊長の話に注意した。

「これから梅雨入り前まで、新緑を楽しむハイカーは多い。事件の後で注意は呼びかけているが、明日も混雑が予想されるよ。
なんとか今夜に治安を戻したい。そのために今から各自担当ルートで、明朝8時まで就いてもらう。だが夜間だ、無理は絶対にするな。
疲れたら即ビバークしてくれ、疲労を溜めず正確な判断力を保ってほしい。あと道迷いに気を付けろ、日中と夜では山の空気は別物だぞ、」

いつもながら温かい後藤の指示、けれど遭難救助とは違う緊迫感がある。
そしていつもの任務との大きな違いを、後藤副隊長は指示した。

「今回は発砲許可が出た。全員、拳銃と警棒は携帯しているな?もし持っていないヤツがいたら、今すぐ取りに戻れ。これは命令だ、」

発砲許可が出たことは英二にとって、今回が初めてではない。
けれど、ここまで命令として明確に言われたことは、初めてになる。
この発砲許可の理由は多分、青梅署では英二が一番身をもって知っている。あの被害者を応急処置したのは英二だから。
あのとき知見した考えは既に後藤副隊長に報告した、その内容を後藤は隊員たちに告げた。

「相手は鉄製の凶器を携帯している、それで被害者を殴打して金品と食糧を強奪しているよ。そしてな、被害者の怪我は酷い。
雲取での被害者は頭部裂傷と打撲だが、秩父での被害者はまだ入院している方もある。共通するのは出鱈目な殴り方だということだ。
おそらく犯人は2か月以上の山での逃亡に、精神的な混乱を起こしている可能性がある。だからな、突発的に襲われる可能性を考えろ。
おとなしそうでも急に暴れる可能性も高い、精神異常は一番危険だよ。万が一の時は迷わず発砲しろ、これ以上の被害を防いでほしい」

1週間前、犯行現場になった小雲取山頂は血痕が生々しかった。
あの被害者の受傷状態は秩父の被害者よりは軽い、けれどそれは彼が持っていたストックで反射的に防御したからだ。
それでも彼の頭部には4cm程の裂傷と打撲痕があった、そしてストックは強打により折れ曲がっていた。
この状況と2ヶ月以上の山行という条件から、犯人の精神的疾患が発生している可能性を考えてしまう。

―もし、本当に精神異常なら…発砲も仕方ない、か

精神異常者の場合、いわゆる馬鹿力が怖い。
判断も当然ながら正常ではない、手加減が出来ず相手を殺してしまう可能性がある。
そして残雪が残る4月から2ヶ月間を孤独に山中で過ごした事が、どんな影響を彼に及ぼしているのか?
寒さと、孤独と、野生獣や逮捕の不安感。それらに囲まれて正常を保つことは難しい。

こうした犯罪心理を英二は在籍した法学部でも学んだ。
あれらの事例から考えると、今回の犯人像はどんな姿になるだろう?
そんな思考と見つめる先、後藤副隊長は緊張のなかでも大らかに笑ってくれた。

「いいかい?必ず全員、無事に帰還だ。あと、定時連絡を欠かさないこと。20時ジャスト入山で頼むよ、以上だ、」

全員、無事に帰還。

これは山ヤの警察官なら誰もが金言だろう。
それは富山県警も長野県警も、どこに所属しても変わらない。
そして若い警察官たちを山の現場に送りこむ指揮官の想いも、変わらない。

―副隊長の今の気持ちは、きっと怒って、泣いてる

犯罪者に立ち向かうのは、都心であっても危険が多い。
その現場が「山」であることは危険要素が多すぎる、しかも夜間捜索は無謀という意見もあったはずだ。
それでも、これ以上の被害を防ぐという選択が警察官にはされるだろう。
けれど、きっと後藤副隊長は本当は、犯人に怒っている。
自分の大切な部下たちを危険に晒すことを、本当は誰よりも苦しく感じているから。
そして犯人自身の危険の為に怒っている、この「発砲許可」が下される結果を創った犯行を哀しんでいる。
最高の山ヤの警察官だからこそ、山を廻る全てを愛し、生命の尊さを知っているから。

―出来れば誰も、発砲しないで済むといい…無事に逮捕出来たらいい

この望みを、自分は祈ってしまう。
自分が愛するひとが進む道を想う時、尚更に「無事に逮捕」を望みたい。
そう祈りを抱きながら英二は、光一とミニパトカーに乗車した。
シートベルトを締めるとすぐ担当地点に向けて走りだす、軽やかにハンドルを捌きながら光一が笑った。

「これから12時間の連続勤務だね、ま、俺にとっちゃ夜の山歩きなんて、最高だけどさ、」

楽しげなテノールが謳うようでいる。
いま光一の心は山で無礼を働く犯人への怒りが大きい、それでも夜の山歩きは楽しいのだろう。
こんなふうに根が陽気なパートナーが自分は好きだ、この陽気さに明るく照らされて英二は笑いかけた。

「おまえって夜の山が好きだよな、雪山でも午前2時出発とかザラだし、」
「うん、好きだね。夜は樹の呼吸も穏やかでさ、静かで、居心地が良いんだよね。星もきれいだろ?」

答えながら、薄闇を透かす底抜けに明るい目が笑っている。
その目が、ふっと英二を見、また前に向き直るとテノールの声が穏やかに尋ねてくれた。

「で?おまえ、何があったワケ?」
「え、」

急な問いかけに、英二は運転席を見た。
運転席の光一は、視野を注視しながらもまた英二を見、唇の端をあげて微笑んだ。

「おまえの美しい目がね、ずっと今日は泣きっぱなしなんだけど?」

言われて英二は目許にふれた、もちろん涙は出ていない。
けれど怜悧な光一には感じるものがあるのだろう、観念して英二は素直に微笑んだ。

「俺は本当に馬鹿で、弱い。それを思い知って痛くて、昨夜からへこんでる、」
「ま、確かに馬鹿だよね?」

からり笑って光一はハンドルを捌いていく。
まだ灯りが見える山間の集落を抜け、車窓が暗くなっていく。
そして闇の濃くなった車内に透明なテノールが、温かに笑んでくれた。

「吐いちまいな、今ここで。これから俺たち、ちょっとヤバい現場に行くんだからね。集中を欠くようなコトは、今すぐ解消しな、」

言ってくれる言葉が、沁みる。
こんな男が自分のアンザイレンパートナーで『血の契』、それが勿体ないよう想えてしまう。
こういう男に相応しい自分に少しでも近づきたい、そんな想いを見つめて英二は正直に口を開いた。

「一昨日の夜、俺は周太を、殺そうとしたんだ。離れる恐怖と不安に負けて、」

瞬間、透明な目が瞠かれて、光一の呼吸が止まる。
それでも直ぐ吐息をひとつ吐くと、薄闇の向こうから問いかけてくれた。

「どういうシチュエーション?」
「ベッドに入って、眠っている周太を見ていた時だよ、」

答える自分の声は、静かだった。
どこか凪いでいく心を見つめながら、英二は言葉を続けた。

「電気を消して、暗くなった部屋で周太を抱きしめて。いつもどおりに眠ろうとして、周太の寝顔を見つめていたんだ。
すごく良い夢を見てる、そんな顔で周太、微笑んで眠ってた。この顔をずっと傍で見ていたい、そんなふうに俺、祈っていたよ」

昨夜、深い眠りのなか安らいだ微笑は無垢で、あどけなくて、推さなく見えて。
あの寝顔が忘れられないまま心に見つめて、英二は微笑んだ。

「静かな薄暗い部屋で、時計の音だけが聴こえてきた。それが、足音みたいだった、離れる瞬間が近づいてくる足音だよ、
その足音を、時間を、止めてしまいたい。このまま抱きしめて、永遠にキスをしたまま、ずっと見つめていたい。そう思って俺、」

眼の深く熱が生まれて、あふれた熱がひとすじ頬つたう。
伝う熱がゆっくり冷やされるのを感じながら、英二は想いを声に変えた。

「人間って、3秒で意識を消すことが出来るんだ。脳に繋がる血管を正確に止めたら、たった3秒…俺は手を周太の首に掛けた、
キスをして、そのまま手に力を入れようとして…でも、手は首から離れたんだ。そして俺は気づいたよ、自分は本当は弱いってこと、」

ふわり、花の香が隣から届いた。光一が深くため息を吐いた香だろう。
この吐息は怒りだろうか?蔑みだろうか?もう、このザイルパートナーに嫌われたかもしれない。
そう感じる心に傷がまた抉られていく、けれどこの痛みも罰だと思うと少し安らいで、英二は微笑んだ。

「絶対に護りぬいて幸せにする、一緒に生きよう。そう俺は周太に約束してきた、けれど昨夜の俺は、自分の孤独に負けたんだ。
周太と離れるのが怖くて、寂しくて、だったら死んで時を止めて一緒にいたかった。もう本当は、すこしも離れたくないんだ、俺。
でも、こんなこと自分勝手だって解ってる。なによりも後悔してる、だって俺、生きている周太が良い、抱きしめて幸せでいたい、」

こんな自分は卑怯だ、こんな話を光一にする自分も卑怯で、最低だ。
そんな自責と本音を英二は、率直なまま言葉に綴った。

「裸で抱き合う時、ふれる肌の温もりが幸せなんだ。掻き上げる髪の匂いも、付合う前からずっと好きだ。
見つめてくれる目が愛しいよ、吐息がオレンジの香なのも好きだ、キスすると甘くて幸せで、庭の夏みかんを想い出せてさ。
優しい声も、拗ねてくれる声も、全部好きなんだ。生きている周太と一緒にいたい、ずっと一緒に生きていたい。だから後悔してる、
こんなに生きて一緒にいたい癖に、自分の手で壊そうとした俺は馬鹿で最低だ。それなのに、周太は俺を赦して、抱かせてくれた」

ふっと途惑う気配が運転席に生まれ、テノールが尋ねた。

「ガッコの寮で、えっちしたってコト?」
「ああ、セックスしたよ、全部ね。それくらい周太のこと、欲しいから、」

正直な答えに、車内の闇が固くなる。
途惑いと哀切と、壊れるような痛みが空気を固くしてしまう。
この固くなる想いに罪悪感を背負いながら、そっと心裡に英二は頭を下げた。

―ごめん、光一。解って言ってるんだ、残酷だって

本当に自分は残酷だろう、こんなに周太を求めすぎる自分を光一に話すなんて。
それを解っている、それなのに直情的すぎる自分は嘘も吐けない、残酷でも現実を突き付けてしまう。
こんな自分を嫌ったほうが、光一は幸せかもしれない。けれど、吐息ひとつで光一は呆れ半分で笑ってくれた。

「マジ馬鹿だね、おまえって。あそこではソレって違反だろ?ストイック堅物な癖に、ソンナに我慢出来なかったワケ?」
「うん、したかったんだ。笑ってよ?」

暗いフロントガラスの向こう側、照らすライトに光の道が見える。
その明るさを見つめながら、英二は微笑んだ。

「ごめん、光一。本当に俺、周太ばっかり恋してる。こんなに手離せなくて、我慢できなくて。ほんとに狂ってるよ、俺の恋愛は。
だから逆に、光一に恋していなくて良かったと想ってる。きっと俺、光一に恋したら今以上に傷つけるから…身勝手に束縛しすぎてさ、」

我ながら可笑しいと思う、こんな自分が。
この今も身勝手な自分、それでも、もう全部白状したくて英二は口を開いた。

「光一は自由な山っ子だ、でも俺が恋したら、きっと束縛して自由を奪うよ?離れたくなくて無理矢理に掴まえて、ダメにする。
おまえは農家の長男で、家を継いで結婚するんだろ?でも、俺が恋していたら結婚なんか許せない、きっと今回と同じことをする。
おまえが奥さんと抱き合うことが許せない、おまえを欠片も渡したくなくて殺すかもしれない。俺の恋愛は、そういう弱さがあるんだ」

運転席から視線を感じる、けれど振り向かない。
ただフロントガラスに映る光の道を見つめて、英二は穏やかに告げた。

「本当に俺は馬鹿で弱い、それがよく解かったよ。周太が一緒にいてくれるから、周太に相応しくなりたくて強くなれてるんだ。
だから一昨日の夜は、周太が離れてしまうと思った途端、ボロボロになったんだよ、俺。犯罪も規則違反も、なんでも出来る位にね。
こんな男なんだ、恋愛に応えてもらえないと気違いで、犯罪者にもなる。だから、周太のおじいさんの友達のこと、俺は責められない。
こんな俺でも周太は赦してくれたんだ。だから思ったよ、きっと、おじいさんも彼を赦している。でも、俺は自分を赦せない、永遠に」

周太の祖父、晉は親友と信じた男に殺された。彼は晉をライバルとして認め、心から晉を尊敬し、そして愛していた。
その愛情が狂気に変わった結末が、ふたりが出会い共に学んだソルボンヌでの無理心中だった。
それは、警察学校寮の一室で英二が周太を殺そうとした事と重なってしまう。
どちらも想い出の場所で相手を見つめて、永遠に自分のものにしたくて、命を奪おうとしたのだから。
この事実に微笑んで、英二は一昨日からずっと訊きたかった問いかけを、光一に贈った。

「だからこそ俺は、ずっと周太の幸せを護りたい。一緒に生きて、周太を笑わせていたい。一昨日から、そればっかり願ってる。
なあ、光一?こんな俺でも、まだ、おまえのアンザイレンパートナーでいられるか?俺のこと、『血の契』の相手として認められる?」

言い終えたとき、車は停りライトが消えた。

山の闇が窓を透して車内を満たす。
ハンドルに置いた手のクライマーウォッチを見、光一は微笑んだ。

「19時40分、あと15分のんびり出来るね、」

言ってキーを抜き取り、ハンドルにかけた白い手へと額を付けた。
そのままこちらに雪白の顔を向けると、透明なテノールは微笑んだ。

「言ったよね、おまえに惚れてるんだって。それも永遠に変わらないよ。でなきゃ俺は、告白なんてしない、」

透けるよう明るくて、どこか切ない声が告げてくれる。
その声の温もりに熱が生まれだす、受け留められた安堵に涙ひとつこぼれて、頬伝う。
そんな英二に笑いかけて、白い指は涙を拭ってくれた。

「マジ泣き虫だね、おまえってさ?ほんと、ほっとけない。周太も大変だね、こんなヤツに魅入られちゃってさ、」
「…ごめん、」

唇から零れた言葉は、精一杯の想い。
たった一言だけれど、それでも想いがあふれて仕方ない。
その想いの全てを受け留めたよう光一は、左腕の『MANASULU』を示しながら綺麗に笑ってくれた。

「まったくさ、泣き顔もマジ綺麗だよね。ほんと眼福だよ、こんな別嬪じゃ俺が惚れたって、仕方ないよな?
しかも、この時計と『血の契』で縛られちゃったしね。なのに今さら逃げるようなコト言うんじゃないよ、最後まで責任とってよね?
ずっとアンザイレンパートナーでいてよ、約束は全部果たしてよね?マナスルだって俺と登るんだろ、警察組織でも出世階段、昇れよな」

そう言ってくれた顔は、底抜けに綺麗で明るくて、優しい。
こんな笑顔の男がどうして、こんなに自分を想ってくれるのだろう?どうして出逢えたのだろう?
そんな数々の不思議と想いのなかで、英二はきれいに笑った。

「光一が望んでくれるなら、ずっとパートナーでいるよ。でも、こんな犯罪者みたいな男でいいわけ?」
「俺も割と過激なほうだからね、ちょうどイイんじゃない?」

からり笑って応えると、光一は言ってくれた。

「俺たちドッチもエロいし、ホントは性格激しいし、取扱注意なタイプだろ?毒を以て毒を制するみたいなヤツで、良いカップルだよね、」

取扱注意なタイプ、毒を持って毒を制する。

並べられた言葉たちが可笑しくて、なんだか嬉しくて。
こんなふうに光一はいつも、どんな場合でも、英二の心を明るませてくれる。
この明るさへの想いがまた深くなるのを見つめながら、英二は笑って応えた。

「ありがとな、似た者同士って言ってくれて。こんな俺に言ってくれて、ありがとう、」
「どういたしまして、」

さらっと笑って光一は扉を開いた。
英二も一緒に助手席の扉を開くと、山の夜に降り立った。
すると光一は英二を振り向いて、唇の端を上げると聞いてきた。

「で?ホントは他にもマダあるんだろ、何があったかゲロしちまいな、あと5分で言うんだよ、」

やっぱりお見通しなんだ?
笑って英二は登山靴の紐を確かめると、立ち上がって口を開いた。

「今日の夕方、俺、見ちゃったんだ。周太が告白されてるとこ。それで迷ってる、ほんとに俺が傍にいていいのかな、って、」

告げた言葉の俤に、白い花が見えた。





(to be continued)

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