萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第51話 風伯act.3―another,side story「陽はまた昇る」

2012-07-31 23:57:11 | 陽はまた昇るanother,side story
不時の風に、



第51話 風伯act.3―another,side story「陽はまた昇る」

廊下を照らす午後の光に、抱えた夏椿の純白ゆれて微笑んでしまう。
今日も華道部の花をもらってきた、この花は一日で散るけれど枝には蕾も沢山ついている。
この花も好きな花、きっと家の庭でも咲き始めているだろう。

…明日は一緒に見られるかな?でも、

本当に一緒に見られたらいい、明日は英二も川崎の家に帰ってくる約束だから。
でも、今夜から英二は奥多摩で夜間捜索に入る。そのためにクラブの前にもう、奥多摩へ発って行った。
今のところ明朝8時までの予定だけれど、捜索状況の展開によっては解からない。
それでも英二は約束を守ろうと、約束通りに帰って来ようとするだろう。
でも、解からない。警察官の仕事はイレギュラーが当たり前だから。

…お父さんもよく、帰ってくる予定が変わっちゃって…でも、待っているの嬉しくて、

幼い日の記憶が、ふっと心蘇える。
いつも仕方ないのだと自分を言い聞かせていた、幼いなりに理屈も考えて。
あのころと同じ「待っている」気持ちの期待と諦めが、今もこうして心揺らしてくれる。
この諦めは哀しいけれど、その分だけ約束が叶う時は嬉しくて、哀しい分の2倍幸せだった。

そんなふうに父を待っていた、9年半の父との時間。
あの9年半があるから自分は「待っている」時間をどう過ごすべきか知っている。
こういうときは楽しいこと、好きなことを考えて、無事を祈りながら微笑んでいたら良い。
そして明るい心で待つならば、待ち人を迎えた時は笑顔で温めることが出来るから。

ほら、いま自分は好きな花を抱えている。
この夏椿を家でも活けてみよう、今日教わったことを活かしたら母も喜ぶかな?
やっぱり花の稽古は楽しい、今までにない活け方から花の世界が広がるようで。
この枝から一輪は押花にしようかな、明日の朝すこし早めに起きたらいいな?
あれこれと楽しい気持ちに微笑んだとき、遠慮がちなソプラノに呼びかけられた。

「湯原さん、」

呼び止められて廊下の片隅、周太はふり向いた。
振向いた拍子ゆらいだ花の先、女性警察官の華奢な制服姿が1人で立っている。

「はい?」

首傾げながら返事した向う側、恥ずかしそうに彼女は立っている。
たぶん華道部で見かけたことがある、きっと初任科教養に在籍中の人だろう。
こんなふうに1人だけで声かけてくる女の子は、学校では珍しい。初めてかもしれない?
すこし感心しながらも周太は、彼女の質問に心の準備をした。

…きっと「宮田さんって彼女いますか?」だろうな?

そう訊かれたら「周りに訊いて回られるの嫌いみたいです、」って答えれば大丈夫。
まるで御まじないの呪文のよう思い出す目の前で、華奢な彼女は口を開いた。

「あの…っ、湯原さんって彼女いますか?」

いま、なんて言ったのだろう?

ひとつ目を瞬いて、目の前の女の子を周太は見つめた。
見つめた先で彼女の頬が薄赤くなっていく。その色彩を不思議に見つめながら、周太は尋ねた。

「あの、英二…宮田のことを、訊きたいのじゃないんですか?」

もしかして、英二と周太の名前を間違えているのかもしれない?
そんな疑問を尋ねた周太に、頬染めながらも彼女はきっぱり言った。

「違います、湯原さんのことです。あの…彼女いますか?」

ほんとうに自分のことを訊いているんだ?
どうしてそんなことを彼女は、自分に訊いてくれるのだろう?
ちょっと予想外の質問に考え込んでしまう、こういう経験は無いから。

…こんな質問、美代さんの家の人たちにされたな?

あのときは美代が「湯原くんは好きな人がいるのよ」と代わりに答えてくれた。
けれど今は周太1人だし、こんなバージョンは美代に訊いていない、母に訊いたことも無い。
途方に暮れはじめた緊張に首筋が熱くなってしまう、けれど何か答えないといけないだろう。
きっと、正直に答えるのが良いかな?頬熱くなりながらも周太は正直に口を開いた。

「好きな人は、います、」

…ほんとうに、大好きな人がいます。

心でも答えて、そっと熱が頬を染めていく。
ほら、こんなときなのに心にはもう、大好きな笑顔が咲いてしまう。
そんな想いと抱えた白い花の向こう、華奢な彼女がすこし俯いた。

「そうですか…」

ぽつり、言った言葉が寂しげで。
寂しさが伝染するよう心を締める、どうしたらいいのだろう?
途惑いと見つめながら、けれど思いついて周太は夏椿を1枝、花束から抜いた。

「あの、これ1ついりませんか?」

純白の花冠が揺らいで花が微笑む。
いま哀しげなひとを慰めて?そう花に願いながら周太は、彼女に笑いかけた。

「今日の花材を貰ってきたんです。管理人さんに訊くと、花瓶も借りられると思います」
「え…いいんですか?」

すこし驚いたよう彼女が見つめて、その眼差しが嬉しそうになっていく。
いま目の前の寂しさが和みだすのが嬉しくて、周太は微笑んだ。

「はい。一日で散る花だけれど、蕾も沢山ついてます。良かったら、どうぞ?」
「ありがとうございます、」

素直に受けとってくれる気恥ずかしげな笑顔に、清楚な花が添えられる。
嬉しそうに花を見つめて、彼女は言ってくれた。

「お花、大好きなんです。でも、寮に持ち帰っても良いのか、いつも解からなくて」
「初任教養でも、大丈夫だと思います。もしダメって言われたら、すみません、」
「大丈夫です、そうしたら押花にします、」

楽しそうに花を見つめて、彼女は笑ってくれる。
その笑顔は「本当に花が好き」と言っていて、周太は嬉しくなった。

「押花、俺も作るんです。小さい頃から採集帳を作っていて、」
「そうなんですか?私もです、最近は良いキットが出ていますよね、」

嬉しそうに彼女も答えてくれる。
この人も自分や美代と同じように、花好きなんだ?
ここでも好きが「同じ」に会えたことが嬉しい、楽しくなって周太は頷いた。

「携帯用のとか、俺も買いました。あれ、山に行く時は便利なんです。落葉とかすぐ、押し葉に出来て」

この間の雲取山でも、きれいな若葉を何枚か拾い集めてこられた。
今週末、家に帰ったら採集帳に纏めないとな?考えながら笑いかけた先、彼女が楽しそうに微笑んだ。

「山にも採集に行くんですね、すごい、本格的ですね?」
「そんなことも無いです。俺の友達はもっとすごくて、珍しい植物を実験栽培しています、」
「実験栽培だなんて、プロの方ですか?」

感心したよう彼女が尋ねてくれる。
ある意味で美代はプロだろう、大好きな友達を想って周太は微笑んだ。

「農家のひとなんです。でも、将来は研究者になりそうです。今、一緒に大学の公開講座にも通ってて、」
「勉強家ですね?私も花の本くらいなら読むんですけど、」
「俺も本はよく読みます、お薦めの本とかありますか?」
「昨日読んだばかりなんですけど、桜の本が面白かったです。沢山の種類の桜が出てきて、」

大好きな植物の話に、つい話が弾みだす。
こんなふうに、好きな話題なら女の子とも話が出来るな?
そんな自覚が新鮮で面白い、そう微笑んだ周太に彼女が訊いてくれた。

「あの…こんなふうに時々、話しかけても良いですか?ご迷惑じゃなかったら、」

また顔を赤く染めて、華奢な肩を尚更に小さく竦ませて尋ねてくれる。
花の話が出来ることは楽しいから、迷惑なんてことは無いのに?微笑んで周太は素直に頷いた。

「はい。植物の話とか出来ると、俺も楽しいです、」
「よかった、」

ぱっ、と笑顔が花咲いた。

「湯原さん、お花の活け方が優しくて、すてきだなあって想っていたんです。あの…こんど教えてください、」
「ありがとうございます。でも俺の活け方は茶花が元だし、クラブの流派と違うんですけど、」

…褒めて貰えるの嬉しいけれど、気恥ずかしいな?

すこし首筋が熱くなってくる、だって自分は父と母に教わった程度なのだから。
けれど彼女は嬉しそうに笑って言ってくれた。

「あの流派より、湯原さんのが好きです…あ、」

言って、彼女の顔が真赤になった。
なんだか自分でも驚いたように、慌てて彼女は手にした純白の花ごと頭を下げた。

「失礼します、またお願いします!」

くるり踵返して、彼女は廊下を走るよう歩き出した。
その後ろ姿は恥ずかしそうで、けれど楽しそうにも見えて、こっちも楽しくなってくる。
制服の肩越しのぞいた夏椿の、あざやかな純白がゆらいで灯火のよう。
あの清楚な花が灯してくれた、彼女の笑顔が嬉しい。

…お花って、いいよね

心こぼれた想いに、花や植物への想いが温かい。
この温もり抱いて踵返して、ふと廊下の角を見た周太は目を大きくした。

「英二?そんなところで、なにしてるの?」

角の壁際から、白皙の貌がこっちを見ている。
その顔が困ったよう泣きそうな目で、スーパーの前で待ち惚けたゴールデンレトリバーにそっくり。
いつ戻ってくるの?このまま置いて行かれたらどうしよう?そんな目で、端正なスーツ姿がこちらを見ている。
けれど、どうして今、ここに英二がいるのだろう?

英二は秩父奥多摩連続強盗犯の夜間捜索に就くため、1時間ほど前に学校を発った。
授業が終わってすぐ、クラブが始まる前に、スーツ姿で発つ英二と藤岡を校門まで見送っている。
それなのに、どうして今ここに英二がいるの?不思議に思いながら周太は、婚約者の元に歩み寄った。

「なにか忘れ物したの?どうしたの?」
「…うん、登山図を忘れて、」

並んで歩きだしながら、ぼんやりしたトーンで綺麗な低い声が応えてくれる。
いったい英二は、どうしてしまったのだろう?首傾げながらも周太は微笑んだ。

「じゃあ、一緒に寮に戻れるね?見て、英二、今日は夏椿を活けたんだよ、」
「うん…」

生返事に花を見つめて、切長い目は微笑んでいる。
その眼差しは相変わらず実家の近所のレトリバーにそっくりで、周太は気がついた。

…あ、さっきの人との会話、聴いちゃったのかな?

もしかして誤解しているのかな?
そう考え込んだ時、綺麗な低い声が訊いてくれた。

「周太、さっき、好き、って言われていたよな?」

声に見上げると、切長い目は泣きだしそうでいる。
やっぱり何かを誤解して悄気てしまった、そんな哀しい顔がなんだか可愛らしい。
こんな顔は初めて見るな?すっかり可愛くなっている恋人に周太は笑いかけた。

「ん、俺の花の活け方が好きなんだって、言ってくれたよ?」
「あ、…そういうこと?」

ほっとしたよう微笑んで、切長い目が和んでくれる。
けれどまた困ったようになって、遠慮がちに低い声が訊いてくれた。

「他には、なんか言われなかった?」
「ん?…あ、彼女いますか?って訊かれたよ、」

かつん、
長い脚の革靴が止まって、スーツ姿が立ち止る。
ひとつ息呑んだ唇は、そっと怯えるよう開くと尋ねてくれた。

「…周太、なんて答えてくれた?」

この質問は、ちょっと恥ずかしい。
けれど今きちんと答えなかったら、英二は落ちこんでしまいそう。首筋に熱昇らせながらも周太は口を開いた。

「ん、あのね…すきなひとはいます、って答えたよ?」

これは本当のことだから。
そんな想いと見上げた先で、端正な貌に笑顔が咲いてくれた。

「それ、俺のこと?」

当たり前でしょ?
そんな心の声に、つい素っ気なく周太は答えて歩き出した。

「ほかに誰かいてほしいの?そんなふうに訊くなんて、しらない、」
「あ、待って周太?ごめん、怒らないで?」

困ったよう言って追い縋ってくれる。
こんなふうに追いかけてくれることが嬉しい、そして一昨日の夜を想い出す。
あの夜に英二の涙を見つめてから、ずっと考え続けているから。

…どうしたら英二を、もっと安心させてあげられる?

こんな願いは、本当は烏滸がましいのかもしれない。
英二の哀しみの原因は「周太が父の道をたどること」そう解っていながら自分は止めないのだから。
いま英二が怯え始めた「離れる日」を失くす道、その選択肢を自分は選べないのだから。

もう自分は父の道に立った。
それなのに途中で止めたら、父の真実を知らないままなら、必ず後悔するから止められない。
どうしても父の軌跡に立ちたい、父が生きた想いを探しに行きたくて、危険な道でも進みたい。
なぜ父が死んだのか?その真実の向こうに消えた父の想いを見つめたい。

こんな意地と選択は、本当は無意味で愚かなのかもしれない。
こんな意地は捨ててしまえばいい、すべて忘れてしまえばいい、そう思ったこともある。
ただ最愛の隣に幸せだけ見つめて生きたい、そんな本音に辞職を願ったこともある。

けれどもう、14年前の後悔を償うチャンスを失いたくない。
こんな自分でも男として、父の子としての誇りがある、そのために14年を生きてきた。
もう後戻りなんて出来ない、もし辞めたら怯懦が心蝕んで、きっと生涯を後悔に生きるだろう。
こんなに英二を愛している、苦しめてしまうと解っている、それなのに意地と誇りに止められない。

どんなに愚かでも、幼い決意でも、この命を懸けた選択をどうして捨てられるというの?

こんな自分は愚か者、それなのに英二は求めて傍にいてくれる。
ずっと一緒にいたいと願って、ほら、今も追いかけて縋る眼差しで見つめて。
こんな目をしてくれる人を自分は、いつか引き離してしまう瞬間が来る。それが罪ではないかと迷う。
それでも与えられたものならば、もう潔く覚悟するしかない、受けとめる道を探すしかない。
この覚悟以上に「愛しい」本音を傷みごと見つめて、周太は愛するひとに微笑んだ。

「急がないと、英二。本当なら今頃は、河辺に着いている頃でしょう?…遅刻しちゃうよ、」
「ありがとう、周太。でも大丈夫だよ、」

嬉しそうな笑顔が咲いて、隣から覗きこんでくれる。
ほら、声かけただけ、視線向けただけ。それなのに、こんなに嬉しそうにされることが、途惑う。
途惑うまま嬉しくて、けれど心配を見つめて、昨夜の涙を想い出して心が傷んでしまう。
それでも「今」こうして隣歩けることが幸せで、微笑んで周太は自室の扉を開いた。

「英二、校門まで一緒に行くね…花だけ置いてくるから、」
「うん、ありがとう周太、」

微笑んで返事しながら、長い指の手が扉を掴んで長身を挿みこむ。
すこし首傾げて見つめてくれる視線が、どこか熱くて緊張してしまう。
すこしずつ首筋に熱昇るのを感じながら花を置くと、周太は廊下に出て扉を閉めた。

「英二、忘れ物は?」
「うん、今から取りに行くよ、」

素直に返事して隣の扉を開くと、長い指が周太の肩を抱き寄せた。
そのまま部屋へと惹きこまれる、そして扉は閉じられて鍵が掛けられた。

「周太、」

嬉しそうに名前を呼んで抱きしめて、幸せな笑顔むけてくれる。
きれいな白皙の笑顔が近寄せられる、そして唇にキスがふれた。

…あ、

心につぶやく声こぼれて、唇は熱に塞がれる。
やさしい温もりに甘くほろ苦い香がふれこんで、静かに離れてしまう。

「周太に逢えるかな、って想ってたんだ。よかった、逢えて」

嬉しそうに笑って抱き寄せてくれる、その笑顔がまぶしい。
自分に逢えたことを喜んで、こんな笑顔を見せてくれる。それが嬉しくて切なくて、でも幸せになる。
この幸せを今、素直に受けとっていたい。微笑んで周太は口を開いた。

「ん、俺も逢えて、嬉しいよ?明日は待ってるから、気を付けて行ってきてね、」
「うん、待ってて、周太?」

話しながらデスクの登山図を手に取って、鞄に入れる。
そしてドアノブに手を掛けて、けれど振向くと瞳見つめて長い腕が伸ばされる。
ふわり抱きしめられて、また唇に唇かさねられキスになる、体に力が絡みつく。

「愛してるから…離れないで、」

キスのはざま想い零されて、息が止まりそう。
扉の前なんどもキスがふる、もう時間が迫るのに熱は止んでくれない。
こんなにする想いへと不安を見止めて、周太は腕を伸ばし恋人を抱きとめた。

「…英二、」

キスのはざま、名前を呼んで背伸びして、白皙の頬へとキスを贈る。
切長い目がすこし驚いたよう見つめて、その目から幸せが微笑んだ。
その微笑み嬉しくて笑いかけて、周太は約束をした。

「英二、明日は待ってるよ?英二が帰ってきてくれるの待ってるから、だから今夜も気を付けてね?…安心して行って、帰ってきて?」

安心してほしい、待っているから不安にならないで?
そう見つめた先で切長い目は微笑んで、綺麗な低い声が訊いてくれた。

「俺のこと、待っていてくれる?周太、」
「ん、待ってる…約束するよ?」

笑いかけて、また背伸びして唇ふれてキスに約束を閉じ込める。
キスに微笑んで長い腕は抱き寄せて、端正な貌に幸せが咲いていく。
そして漸く腕をほどいて、英二はドアノブを開いた。

ゆるやかに黄昏ふりだす廊下は、影が長い。
影踏みするよう並んで歩いていく道は、あわいオレンジ色の光やさしく温かい。
こんなふうに並んでいる瞬間が愛しくて、ずっと一緒に歩けたらいいと願ってしまう。
そんな想いと戸外へ出て、植込みの木洩陽に足元ゆらされながら歩いた先に、校門は見えてくる。

…もう、見送らないと

ことん、寂しさが心に墜ちてくる。
けれど今それを見せたら英二は行けなくなる、周太は微笑んで恋人を見あげた。

「気を付けて、英二。光一や後藤さんによろしくね?吉村先生にも、」
「うん、伝えておく。行ってくるな?周太、」

綺麗な低い声で名前を呼んで、そして英二は門を出て行った。

ひろやかなスーツの背中が遠ざかる、すこしずつ黄昏の光が濃くなっていく。
やわらかで物悲しい光のなか、綺麗な笑顔が振り返って長い指の手を挙げてくれる。
その手に少し手を振って応えると、優しい笑顔を残して恋人は、角のむこうへと消えていった。

「…あ、」

ちいさな呟きこぼれて、瞳の深く不意に熱が生まれだす。
ゆっくり睫を閉じて熱を闇に見つめる、すこしずつ治まる気配を黄昏の中に待つ。
いま見送った寂寥感が心に谺する、この寂しさは英二の心の欠片だろうか?

…ほんとうにそうならいい、英二の寂しさを少しでも分けて貰えるなら、少しでも英二が楽になるなら…

心の想いに、祈りを見つめる。
そうして瞳ゆっくり披いて、明るい黄昏の向うに空を見上げた。
今、北西の空をながれる雲は、光の黄金に充ちて輝いている。その明るい色彩に目を細め、周太は微笑んだ。

きっと奥多摩は、晴れ。




(to be continued)

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one scene 或日、学校にてact.3―another,side story「陽はまた昇る」

2012-07-31 04:27:44 | 陽はまた昇るanother,side story
※念のため中盤からR18(露骨な表現は有りません)

言われる想いに、



one scene 或日、学校にてact.3―another,side story「陽はまた昇る」

ふれている唇のキスが、優しい。

かすかにほろ苦い甘い、深い森のような香が抱きしめてくれる。
まだ残る微熱にぼんやりする意識、けれど香とキスの優しさは鮮やかに心へ響く。
もう一度ついばむようキスふれて、静かに唇が離れると、切長い目が瞳のぞきこんで訊いてくれた。

「周太、汗かいてるな?でも、このシャツはもう替えが無いよな、」
「ん、…今着ているのだけ…」

今着ている部屋着用の白いシャツは、英二が贈ってくれた。
これが初めてのプレゼントだった。まだ友達だった初任教養の頃、初めての外泊日に「お詫び」と言って買ってくれて。
それを気に入っていつも着ていたら、恋人になってから同じものを2枚また贈ってくれた。
だから全部で3枚あるけれど、いま他の2枚は発熱の汗に着替えて、これが最後の1枚。

「ごめん、夕方に洗濯しておけばよかったな?俺の持ってくるから、着替えよう、」

言いながらベッドを降りて、立ってくれる。
気遣わせ面倒を懸けることが申し訳なくて、周太は謝った。

「ごめんね、面倒かけて…ありがとう、」
「いっぱい面倒かけてよ?周太に頼られるの俺、うれしいから、」

そう言って笑ってくれた貌は、本当に嬉しそうだった。
扉を開きながら「部屋にいるんだよ?」と微笑んでくれる、そして静かに扉を閉じて、足音が廊下を微かに叩く。
すぐ隣の扉が開く音がして、壁の向こう気配が生まれた優しさに周太は微笑んだ。

…英二の気配って、もうわかる…優しくて、穏やかで…

クロゼットを開く音、閉じる音。扉を開けて、静かに閉める音。
それから廊下を少し遠ざかっていく足音、止まる足音。この歩き方も、もう聴き慣れている。
こんな耳慣れに、どれだけ英二の気配と音に心傾けてきたのかが解かって、自分の本音を見てしまう。

…こんなに追いかけてる、英二の気配を、

いつも傍にいて?あなたが好き、見つめていたい

そんな本音が微笑んでしまう、そしてまた覚悟がひとつ肚に座ってくれる。
こんなふうに英二を想うたびに覚悟になって、必ず生きて帰ろうという意志が強靭になっていく。
だからきっと、この今の初任総合で過ごす2ヶ月は、幸運からの贈り物。
この2ヶ月に幾度も覚悟を見つめたなら、英二の想いを抱きしめ、自分の想いを固めて行けたなら。
そんな2ヶ月の記憶と想いが強い意志になって、きっと自分は帰ってこられる。そんな気がしてならない。

ほら、足音が戻ってくる。
いま扉の前で止まってくれた、もう扉が開く。

「ただいま、周太、」

大好きな声に起きあがると、切長い目が微笑んだ。
その大きな手には洗面器とタオルと、白いシャツを携えている。
抱えた洗面器から昇らす湯気の向こう、優しい笑顔で英二は言ってくれた。

「周太、汗かいたから体拭こう?お湯もあるから、」
「…ん、…ありがとう、」

微笑んで素直に礼を言って、けれどすこし躊躇ってしまう。
だって体を拭くのなら裸にならないといけない、それが気恥ずかしい。
英二とは同性なのだし、友達の頃は何とも思わなかった。それなのに今はもう、いつも恥ずかしい。

…お風呂でも、いつも本当は恥ずかしくて…ロッカーとかも、

途惑うまま俯いて、躊躇って。
けれど長い指が衿元にのびて、ボタンを外し始めた。

「…あ、あの、自分でできるよ?」

驚きながら背を向けようとするけれど、やさしく肩を抑えられてしまう。
切長い目が笑って瞳のぞきこんで、楽しげに英二は言ってくれた。

「俺がしたいんだ、だから好きにさせて?周太、」
「でも…、」

でも恥ずかしいのに?
そう言いたいのに何だか声が出ない、代わりに鼓動が大きくなってしまう。
この音に気付かれることも恥ずかしい、そんな躊躇いのままボタンは全て外されて、コットンパンツのボタンも外された。

「…周太、」

そっと呼ばれた声が、宝物のように響く。
どうしてそんな声で呼ぶの?そう見上げた唇に唇がふれた。

「脱がすよ、周太、」

キス離れて、白皙の手がシャツの肩に掛けられる。
するり肩からシャツが脱げ落ちて、腕から抜かれてしまう。
汗ばんだ肌ふれる夜の空気が優しくて、ふれる視線が熱くて、なにか困惑させられる。
そんな困惑に座りこんだ体へ身を寄せると、きれいに英二は微笑んでくれた。

「周太、すこし腰を浮かせるよ?肩に抱きついて、」
「…あ、はい、」

言われるまま素直に肩に腕を回す。
そのまま腰へと白皙の手を回されて、コットンパンツが下着ごと脱がされた。

「あっ、」

ちいさな短い声が叫んで、首筋から頬まで熱が駆け昇る。
けれど綺麗な手は躊躇わず引き降ろして、周太の脚を夜の空気に晒せた。

「…っ、」

全ての衣服が脱がされ、素肌の全身が恥ずかしい。
恥ずかしくて布団を引き寄せようと手を伸ばす、けれど長い指の手に絡め取られてしまった。

「周太、体を拭くんだから、隠したらダメだろ?ほら、拭かせて、」

綺麗な笑顔がほころんで、幸せそうな声で言ってくれる。
でも返事が出来ない、もう恥ずかしくて声も出ない、だって今、シーツに座りこんだまま、全身の素肌を晒している。
恥ずかしくて、きっと顔も真赤になっている。けれど隠すことも許されないままに、熱いタオルが肌にふれた。

「きれいな肌だね、周太は。ほら、気持いいだろ?」
「…はい…」

返事する声は小さくて、けれど、これでも精一杯。
もう今恥ずかしすぎて声も喉に空回る、それなのに熱いタオルは素肌を楽しげに拭いていく。
耳元から首筋、うなじ、肩、腕、背中。胸元から腰回りへと熱い感触が降りてしまう。

…こんなこと、夕方もされていたの?…眠っている間に、

きっとそうだろう、けれど恥ずかしくて聴けない。
もう恥ずかしくて堪らない、けれど熱いタオルは脚へと触れて、拭いていく。
そして洗面器の湯にタオルを搾り直すと、切長い目が周太を見つめて、優しい声が言った。

「周太、横になって?大切なとこ拭くから、」
「…え、」

大切って?

そんな問いかけは喉から出ないで、もう長い腕がベッドに体を横たえさせ、仰向けにさせる。
そして熱いタオルが体の中心を、丁寧に拭い始めた。

…あ、…いや、…っ、

心こぼれてしまう呟きが恥ずかしい、唇から零れたらどうしよう?
こんな不安に掌でそっと口元押えて、熱い感触に耐えていく。

「周太、気持ちいい?…ここも拭くよ、」

きれいな低い声が告げて、長い指の手が周太の脚を開かせる。
そんなところまで拭かれて、見られてしまうの?

「…まって、えいじ…っ、」

止めようとした言葉が喘ぎそうになって、掌で口元を押えこむ。
こんなに丁寧に体を拭いてくれる気持ちは嬉しい、けれど恥ずかしすぎる。
どうしたらいいの?そう困惑するのに、されるがまま体は拭かれていく。

「周太、こんどは後ろを拭くよ?」

綺麗な低い声が告げて、そっと体が俯せにされる。
そのまま熱いタオルは拭きあげて、やわらかい肌が長い指に開かれた。

「…っ、あ…」

思わずこぼれた声を、掌で押さえこむ。
やわらかな肌の奥に夜の空気がふれて、視線がふれている。
そこへと熱いタオルが降りて優しく拭われてしまう、その感触が恥ずかしい。
そんな恥ずかしさに耐えている耳元に、そっと低い声の囁きが微笑んだ。

「周太のここ、可愛いね…好きだよ、」

声と共に、肌の奥に温もりがふれる。
タオルとは違う感触、やわらかな潤う熱が優しく肌の奥をふれていく。
この感覚は知っている、それを今されていることに驚いて、周太は肩越し振向いた。

「…あ、あの、なにしてるの?」

振向いた肩越しの向こう、腰の辺りにダークブラウンの髪がゆれている。
肌の奥への温もりが拭うよう触れて、ゆっくり白皙の貌がこちらを見、微笑んだ。

「拭いてるんだよ?ここも、」

綺麗な声に連れられた長い指が、やわらかい肌の奥へと触れてしまう。
指先の感触に呼応して肌がふるえて、ふるえに惹きこまれるよう指が挿し入った。

「…っ、だめ、えいじ…っ、あ、」
「だめじゃないよ、周太…可愛いね、」

綺麗な低い声が微笑んで、長い指は深く入ってしまう。
体の深くで指が動くと感じる、素肌の腰に手が掛けられ捲られ、熱が体の真芯に絡みだす。
途惑うまま見る視線の先、端正な唇が愛しむよう敏感をなぞって、熱いトレースが感覚を包んでしまう。
こんなことになるなんて?驚きと躊躇いのまま途惑って、けれど長い指も唇も止まってくれない。

「まってえいじだ…っん、」

止めようと開きかけた口を、優しい長い指が抑え込む。
切長い目が見つめて微笑んで、英二の体から白いシャツが脱げ落ちた。

「ごめん周太、ふれるだけだから…赦して、」

懇願する眼差し切ない、願う声も切なくて、拒めない。
脱げ落ちた白いシャツに口許を縛られて、言葉を奪われていく。
そして周太の体を白皙の肌は覆って、熱い唇が素肌をなぞりだした。

「きれいだ、周太…ここも、可愛い、」

声が胸元にとまり、熱いキスから舌が絡みだす。
くすぐられるような感触はしる、けれどすぐ甘い感覚に変わって、意識が蕩けはじめていく。
長い指の掌が素肌を隈なくふれる、掌を追うよう唇と舌が全身をなぞる。もう、体ごと心も奪われてしまう。

…きがえるだけ、だったのに…

心のつぶやき零れて、意識が蕩かされる。
もう与えられる甘美な感覚に奪われるまま、愛するひとに身を委ねてしまう。
ほら、もう体の芯を咥え呑みこまれて、丹念な愛撫に晒される。

「…っ、ん…ぅ…っ、っ、」

唇から喘ぎがこぼれて、けれど白いシャツに塞がれる。
長い指も唇も、さっきふれた肌の奥にふれて、愛しんで、ほどいていく。
感覚が迫り上げて体の芯から蕩かされる、もう、なんだか解からなくなってしまう。
そうして全身を恋人に捧げきったとき、ようやく体は大きなシャツに包まれた。

「周太、ごめん、」

哀しげに謝ってくれる、けれど幸せそうな笑みは隠しきれていない。
それでも理性の部分は困っている、そんな顔で英二は周太の顔をのぞきこんだ。

「ごめんね、周太。具合がよくない時に、こんなことして…怒るかな?」
「おこらないけど…でも、すごくはずかしかったよ?…えいじのえっち、」

素直に思ったままを言って、周太は微笑んだ。
微笑んだ先で綺麗な笑顔が幸せに咲いてくれる、そして英二はすまなそうに言ってくれた。

「本当に俺、着替えさせるだけのつもりだったんだよ?でも、周太の裸を見たら、つい…ごめんな、」
「えっち、…あの、でも夕方はみただけなんでしょ、」

訊いてみた視線の先、婚約者は困った顔になってしまう。
どうしたのかな?そう見つめた先で白皙の貌は、薄紅の花のよう染まった。

「ごめん、周太?ほんとのこと言うと…ちょっとだけしました、勝手に、ごめん、」

どうしてこんなに英二は、えっちなの?

「えっちえいじ…あの、そんなにみたいの?」
「うん、見たいし触れたいよ?大好きだから体も知りたい、体ごと愛したいよ?」

さらり笑って答えてくれる、その笑顔は綺麗で、幸せがまばゆい。
こんな貌を見せてくれるなら、この今ひと時を委ねて幸せな笑顔にしてあげたい。
ほんとうはこんなことを、この場所ですることは禁じられている。だからリスクがあることだと解っている。
そう解っているけれど時間は止められない、もう別れは迫っていると知っているから。
この別れに、恋人の心も体も震え始めたことを、知っている。

…どんなことでもいい、このひとが今、すこしでも幸せに笑ってくれるなら、出来ることは叶えてあげたい

この祈りのまま、どうか居られる限り傍にいたい。
ひとつでも多くの幸せを、愛しい婚約者への贈り物にしたい。
その幸せな記憶を抱いて希望に見つめて、真直ぐ歩んでいけるように。

そしてどうか願っていいのなら、別れの瞬間の向こうには、必ず再会がありますように。
共に過ごしてきた愛しい時間たち、その分だけ与えられた幸せを、どうか、この愛しいひとに自分からも贈らせて?
どうかそのチャンスがほしい、少しでも多く、長く、この愛しい笑顔を温めて癒すことが、自分に出来ますように。
そしてその再会の先には、もう、別離は唯一度きりであってほしい、ずっと隣で幸せにしたい。
この身が滅んで消えていく、その最期の瞬間までを、ずっと笑顔を見つめさせて?

どうかこの大切な、綺麗な笑顔が永遠に、幸せに花咲きますように。
そして願っていいのなら、その笑顔を隣で見つめていけますように。

この祈りに微笑んで、この温かい腕に抱きしめられて、安らいだ夜に眠った。



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