※念のため中盤R18(露骨な表現はありません)
風、香らす記憶

第51話 風伯act.2―another,side story「陽はまた昇る」
温もりが唇ふれて、やわらかく額にも熱ふれる。
ふれる香ほろ苦く甘くて深い謎のよう、けれど穏やかに温かな気配が優しい。
これはよく知っている、近く遠く記憶の泡沫にも香っているから。
…山の森…樹の香だね…それから、
それから、大好きな人の香。
ことりと認識が花ひらいて、ゆっくり睫が開きだす。
やさしい風のよう愛しい香は、静かに頬へ唇へとふれてくれる。
この香の人を見つめたくて開いていく瞳の向こうから、あわい光が頬ふれ額を照らし出す。
まぶしくて睫が閉じてしまいそう、けれど薄く披いていく瞳に優しい影が射して、綺麗な低い声が笑ってくれた。
「周太?…おはよう、」
すこしだけ薄赤い目が、それでも綺麗な微笑みで見つめてくれる。
このひとが自分は大好き、愛しいままに周太は綺麗に笑いかけた。
「おはよう、英二…俺の、はなむこさん?」
呼びかけた約束の名前に、切長い目が大きくなる。
優しい温もりが引寄せ抱きしめて、長い指の掌が頬ふれていく。そして端正な唇が、ふるえるよう言った。
「俺のこと、まだ、そう呼んでくれる?…周太の婿だ、って言ってくれるの?」
「ん…だって、そうでしょう?」
どうしてそんなに、ふるえるの?
そう見つめた先の切長い目に水の紗が張りだして、昨夜の記憶が浮びあがった。
“俺は今…君を殺そうとした、…君を、離したくなくて”
英二は周太の首に手を懸けた、扼殺しようとして。
引き離されることなく永遠の眠りにつくために、永遠に英二のものにするために。
それを犯した自身を赦せなくて英二は今も、ふるえている?そう気づいて周太は、頬ふれる手に自分の掌を重ねた。
「英二?正直に答えてね、ゆうべは一緒に死ぬつもりだった、…そうでしょう?」
言葉に、端正な貌が苦しげに微笑んだ。
哀しい眼差しで薄紅の目が見つめてくれる、そして綺麗な低い声が囁くよう告げた。
「うん…一緒に死んだらもう、離れないで済む。そう想ったから…だから、俺は」
ぽとん、
切長い目から温かい涙あふれて、周太の顔にふりかかる。
見つめてくれる目は薄紅いろ潤んで、涸れぬ涙を知らせてしまう。
こんなふう目が赤いのは、潤むのは、きっと、英二は夜通し泣いていた。
「離れたくない、離れたまま二度と逢えなくなるのが、怖い…だから俺は周太と…身勝手すぎるね、俺は…ずるくて臆病者で…」
告白と一緒に涙が、薄紅の瞳から降り注ぐ。
やさしい温もりの雫はゆっくりと肌を伝う、心のトレースのよう弧を描いて衿元へと墜ちていく。
その軌跡を追うよう周太は、重ねた掌の長い指の手を、静かに自分の喉元へおろした。
「英二?俺はね、英二に命をあげたい、」
告げた言葉に、喉元の長い指がふるえた。
ほら、指は今も怯えているね?
昨夜に自分が犯した罪を、哀しんで悔やんで、けれど本当は望んで。
この指が望むままに委ねても構わない、けれど、この美しい掌に罪は似合わない。
だから今、この命を贈る代わりに、この約束と祈りを贈りたい。
この想いを籠めて周太は、長い指の手に自分の掌を組ませ、綺麗に笑いかけた。
「想い出して、英二?いつか俺の全てをあげる、そう約束したでしょう?だから大丈夫、離れても必ず俺は帰る、」
約束に祈りをこめて、長い指の掌を握りしめる。
この美しい掌は、命と尊厳を救うための掌。
この美しい白皙の指を血に染めても、泥に塗れさせても、命を繋ぎ救っていく。
その真実を自分は、この東京の最高峰で隣から見つめた、そして誇らしかった。
この愛しい掌が、尊い命の救い手であることが誇らしい、そして嬉しい。
だから、この掌を罪に染めさせたくはない。
きっと自分の掌は父と同じ罪に染まるだろう、だから尚更この掌は美しいままに。
この自分の掌は穢れても、この愛しい掌だけはずっと闇の中でも輝いて?
いつか自分は罪に堕ちたとしても、どうか愛しい人は綺麗なままでいて?
この願い微笑んで、長い指の手に自分の手を組ませて、祈りを想う。
この自分の掌に籠められた「竜の涙」あの護りすら、この美しい掌に与えたい。
この自分の掌には富士山頂の雪が浸みこんでいる、これを最高峰の竜の涙と山っ子は言祝いだ。
竜の涙を持つのなら罪に堕ちることなく、永遠に純潔は護られる、そう祈りを込めてくれた。
あの祈りも言祝ぎも、この愛しい掌に全てを与えたい、そして希望を贈りたい。
この願いに祈りを見つめて、周太は薄紅の目へと微笑んだ。
「俺の心も、時間も、全てを英二にあげるよ?そのために必ず帰るよ、だから泣かないで?大丈夫、必ず英二のところに帰るから、」
必ず帰る、この約束なら出来る。
だって家の書斎には父の気配がある、庭のベンチにもある、母のいる家に父の気配はいくつもある。
だからきっと、人は愛するひとの元へ帰れるのだと、自分は堅く心から信じている。
たとえ体を失ってもきっと、心だけは帰ることが出来るはず。そう信じている。
「庭のベンチに、ずっと一緒に座ってくれるのでしょう?あの公園のベンチにも…それから、夏みかんを一緒に採るでしょう?
ずっと一緒に桜を見て、お花見をして…山にも一緒に連れて行ってくれるよね?そして、家も奥多摩に引っ越すのでしょう?庭も一緒に、」
ずっと一緒にいることは、出来る。
この身が滅んだとしても離れないで、ずっと一緒にいるから、だから生きていてほしい。
あなたの温もりが愛しいから、幸せな笑顔が好きだから、生きていてほしい。
だからどうか、信じて?
「ね、英二?たくさん一緒にする約束があるよね、だから俺は帰ってくるから…離れても大丈夫、必ず帰るよ?だから泣かないで、」
ずっと一緒にする約束があれば、きっと英二は生きる。
そのために自分は数々の約束を結んで、この約束を叶える迄はと英二に想わせたくて、そうして生きる理由を贈りたかった。
それに自分は必ず帰ってくる意志がある、生きてこの人を抱きしめるために帰る、その努力をしているから。
だからどうか信じて、笑顔を見せて?
「英二、笑って?一緒にいる約束を結んで、きれいな笑顔を見せて?約束のキスをして?」
願いをつげて、笑いかける。
笑いかけた白皙の貌のむこうから、ゆるやかな暁の光が白くまばゆい朝を昇らせる。
その清澄な光のなかで愛しいひとは、涙の瞳で幸せに笑ってくれた。
「うん、約束する。周太と一緒に幸せになりたい、だから必ず、俺の隣に帰ってきて。約束してよ、周太…、」
約束を告げる唇が、くちづけを優しく近寄せる。
ふれる吐息のほろ苦く甘い熱、この懐かしい香に周太は約束と微笑んだ。
「約束するよ、英二?必ず英二のところに帰るから、信じてね、」
告げた約束に、微笑んだ唇が重ねられる。
やわらかな温もりが唇を包みこんで、確かめるよう求めて、唇から熱がしのびこむ。
ほろ苦くて甘い熱の深い香が充たされる、この愛しい想い交されて、あなたの引力に惹きこまれていく。
「周太…今もまた、絶対の約束をさせて?約束を体ごと確かめさせて、昨夜みたいに、」
綺麗な低い声がキスに囁く、誘惑があまい。
いま服を着せてくれてある、けれど夜は素肌をシーツの上に晒していた。
全身の肌を英二に愛されて、そのまま体を深く繋がれて恋人の瞬間を見つめて、幾度も感覚に攫われて。
そして眠りに堕ちる瞬間は、熱の汗に燻らす深い森のような香と、勁く温かい腕のなかだった。
その瞬間たちはどれもが幸せで、けれど禁じられた場所での行為であることが、心配になる。
…警察学校は、校内の恋愛は禁止だから…英二の名前に傷がついたら、嫌…
この愛しい人の本性は生真面目で、それ以上に直情的な熱が高くて、だから後悔させたらと心配になる。
それでも幸せな瞬間をまた見つめたい気持ちも本当で、この今に与えられるなら受けとめたい本音が疼いてしまう。
そんな迷いを見透かすよう囁く声は、薄紅の眼差しに微笑んで問いかける。
「それとも怖い?…ほんとうはここ、したらダメだし。嫌なら我慢するよ、」
「…ん、すこし怖い…よ?」
あなたに「傷」を付けたくない、これ以上は。だから、怖い。
もう同性の自分と婚約しただけで「傷」だと自分で解かっている、今この国はそれが通念だから。
司法の立場にある警察官だから、倫理が問われることは当たり前。その倫理観に「同性愛」が抵触しないと言えば、きっと嘘。
だから、本当に入籍するには片方が辞職する必要がある、それくらい今はまだ秘さなくてはいけないのに?
そんな想いと見つめた切長い目は視線逃がさずに、端正な唇が微笑んだ。
「周太が嫌なら、無理にはしないよ?でも、キスだけは赦してよ…ほんとうに今、周太にふれたい、」
見つめる視線を絡めたままに、美しい誘惑が囁く。
濃い睫の翳おとす眼差しは優しい熱、心へ響かす声ほろ苦く甘い、秘密の呪文のよう。
この秘密に隠して受け入れてしまえば良いの?そんなふうに呪文が心惹きこみだす。
…カチッ、カチッ…
ふと聴こえだす時計の音、それから降りそそぐ窓の光に、朝の訪れを見る。
この明るい光と眠りの消える時に、この秘密破られることが怖くなる。
けれどこの惑いまで恋人は、キスと囁きに剥ぎ取った。
「まだ4時半だよ、2時間はある…まだ誰も目覚めない、ふたりきりの時間だよ、周太?…ふれさせて、」
ふれあうキスのはざまから求めて強請ってくれる、この願いをどうして拒めるの?
もう命すら惜しくないと想ってしまうのに、この身ひとつ何だというの?
この今の瞬間を抱きしめたいと願うのは、あなただけじゃないのに。
その想い正直なままに、周太は微笑んだ。
「ん…声をなんとかしてくれるなら…痕をつけないなら、して?…夜みたいに、」
許しを、告げてしまった。
この告げた許しは赦されるの?そう迷う気持ちも本当は傷んでしまう。
それでも昨夜に見つめた恋人の哀しみに、この今の瞬間を与えてしまいたい。
…英二?今、時間が怖いんだね…異動の時が来て、離れる瞬間が、怖い…
人が離れなくてはいけない時、残すより、残される方が辛い事を自分は知っている。
残す方は立ち去って新しい場所へ行く、けれど残される方は去らず留まり続けることになる。
留まる場所には去った人の記憶が鏤められて、記憶を見るたび「失った」欠落を見てしまう。
この欠落を思い知る瞬間が痛い、だから英二が心配になる、苦しみを知っている分だけ心配で堪らない。
その瞬間の痛みに耐えかねて自分は、こうして父の道を選んでしまった。
欠け落ちた大切なピースを拾いたい、それだけを望みにして生きると決めたのは14年前、この14年の傷みは楽じゃない。
この傷みを英二に知らせたくない、だから帰りたい。それなのに英二はもう、まだ自分がいるこの今から傷みに怯えている。
そんな怯えにありながら、けれど綺麗な低い声は幸せに微笑んだ。
「ありがとう、周太…痛かったら、言ってくれな?」
告げてくれる言葉、声のトーン。その全ては幸せと困惑が入り混じる。
ほんのすこしの躊躇い震える声、けれど身を起こして英二は自らのシャツの、衿元に手を掛ける。
迷わない美しい長い指は、ひろやかな胸のボタンを外していく。
けれど眼差しは、なにか迷いに揺らぐよう哀しみが痛い。
こうして求められる仕草の1つずつに、英二の抱える苦しみが哀しい。
哀しくて、どうしていいのか解からなくて。それならせめて求められるもの全て、与えられるものなら与えてしまいたい。
だから求められるまま今、この体も与えてしまいたい。そして束の間でも幸せの夢に溺れて、傷みを忘れてほしい。
そして願えるのなら、少しでも多く幸せを感じて、その苦しみを和らげ乗り越えて?
そんな祈り見つめる真中で、長い指の手はシャツの衿元を寛げ、肩を露にみせていく。
そしてシャツは恋人の肩から墜ちて、白皙の肌が暁に輝いた。
「支度がいつもより出来ないから、ごめん。蹴飛ばしても良いからな?」
すこし困ったような笑顔は幸せで、始まる時へと声は微笑んでいる。
ほら、こんなに嬉しそうにされたら、もう拒めない。その想い微笑んで周太は頷いた。
「はい…、」
「可愛いね、周太は…優しくするから、」
優しいキスが唇ふれて、恋人の時の始まりを告げる。
キス離れた唇に白いシャツを噛まされて、言葉は奪われて。
奪われた言葉の代わりのよう、感覚があざやかに肌を覆いだす。
ほら、いま、服が脱がされる、その長い指が時惜しむよう、この肌ふれていく。
ほら唇が素肌にふれる、その熱の甘さに求める痛切が刻まれて、想いの深さを知らされる。
長い指が体の中心を探る、ふるえる感覚が芯から支配を始める、ほら今もう秘められた所に吐息が触れる。
「…っ、」
噛んだ白いシャツに喘ぎが塞がれる。
けれど感覚は塞がれること無く鮮やかで、あざやかなまま自分を奪いだす。
いま熱い唇が何をしているのか、見えなくても肌が教えてくれる。
いま熱い舌が何を味わおうとするのか、与えられる感覚へと熔けだしていく。
いま長い指は自分にふれて潜りこんで、体の中から甘く責めるよう求めだす。
「…周太はきれいだ…どこも可愛くて、好きだよ…もっと感じてよ、俺のこと、」
綺麗な低い声が、誘惑の呪文をかける。
呪文のまま体がほどかれて、もう動けない、ほら、灼ける熱が体へと挿しこまれだす。
入りこんでいく熱に甘い感覚が責めはじめる、白いシャツ噛む唇から喘ぎが浸みだしていく。
「…ぅっ、ん…っ、…」
深くから灼かれていく熱に、恋人の想いが刻まれる。
どうしてこんなに想ってくれるの?
どうしてこんな深くまで触れ合いたいの?
どうしてこうまで求めて繋がって、融けあいたいと、願ってしまう?
こんなに求めてくれる想いが切なくて、瞳の奥に熱が生まれてあふれだす。
この体を強く抱きよせる腕の優しい情熱に、心の芯から灼かれて消えてしまいそう。
刻々と迫る離れる瞬間、その迫る時に英二が抱く不安と苦しみが、肌の熱を透して注がれる。
「…っ、しゅうた…愛してる、離さない、」
全身を覆う熱が抱きしめる、その腕が1つほどけて髪を抱かれる。
抱かれた髪に絡まるシャツの結び目が、長い指に解かれて唇が解放されてしまう。
「…っあ…えいじ…、」
こぼれた喘ぎに、熱い唇かさねられる。
くちづけに喘ぎ塞がれながら、抱きしめるひとの熱が入りこんで、熱い。
あまい熱に奪われながら見つめた瞳は、薄紅のまま微笑んだ。
「お願い消えないで…離れないで…周太、」
キスと熱のはざま零れだすのは、本音。
いつも隠して微笑んでいる想いが、甘く熱く蕩けて唇ふさぐ。
本音の熱そそがれる、甘いキスで灼かれる心に涙、こぼれる。
こんなに自分は哀しくて。
こんなに恋人が心配で愛しくて、ほら、心が砕けそう。
それなのに自分はもう、選んだ道を引き返そうと想えない、父の道を辿ることを止められない。
どうしても父の想いを知りたくて、父の願いを拾い集めて叶えたくて、そのために危険を知っても道を進んでしまう。
ほんとうに大切な父、いまも愛している、この想いは終わらない。だからもう進むしかないと決めている。
それで自分は良いだろう、けれど残していく英二の想いを、どうしたらいいの?
すこしでも英二の哀しみを消したくて、孤独を失くしたくて、自分は大切な幼馴染に願っている。
あの美しい山っ子なら英二と寄添える、そう信じているから2人の絆を望んで、その通りに2人は想いを交わし始めた。
それなのに、どうして英二はこんなに今も、周太を求めて泣いてしまうのだろう?
「…周太…きみだけが、恋しい…離さない、」
ほら、囁きは甘く熱い、前よりも温度が高くなっている、どうして?

デスクライトの元で開くファイルから、ふと目をあげる。
クライマーウォッチのデジタルは23:00を示していた。
見止めた時刻に驚いて、周太は首を傾げこんだ。
「…どうしたのかな、」
いつもなら英二は点呼の後、光一との電話を終えたら来てくれる。
今夜はどうしたというのだろう?そんな考えには思い当たることが多すぎて、心配になってしまう。
昨夜と今朝と目の当たりにした、英二が抱いた「時」の不安は痛々しくて。このまま独りにすることが怖いほどだった。
きっと、間違えば英二は絶望してしまう。その可能性が怖い。
「ん、」
ひとつ頷いて決めると、周太はファイルを閉じた。
ファイルを書架に戻して携帯電話と鍵を持って、デスクライトを消す。
暗くなった部屋の扉開いて、鍵を掛けるとすぐ隣の扉をノックした。
こん、こん…
叩いた扉の向こう気配が動く、そしてすぐ英二は扉を開いてくれた。
見上げた貌は思ったより落ち着いている、ほっとして周太は微笑んだ。
「英二、部屋に入っても良い?」
「もちろん、」
笑って肩を引寄せて、部屋に入れてくれる。
閉じた扉を施錠すると英二は、こちら向いて謝ってくれた。
「ごめん、周太。時間が経ったの、気づかなくて、」
綺麗な低い声が言ってくれる、その傍らデスクには登山図が広がっていた。
もしかしたら強盗犯の件だろうか?予想を想いながら周太は訊いてみた。
「ん…登山図を見ていたの?」
「そうだよ。明日は夜間捜索だから、ルートを頭に入れてたんだ、」
答えながら嬉しそうに笑って、長い腕に抱きしめてくれる。
けれど言われた言葉に心配になってしまう、無事祈るままに周太は婚約者へ言った。
「夜に?…気を付けてね、英二も、光一も、」
夜間の山は視界も悪く、野生獣の遭遇も怖い。
しかも今回の夜間捜索は今、秩父奥多摩山塊を彷徨する強盗犯の逮捕が目的になる。
もう2ヶ月ほど山を犯人はさすらっている、その精神状態を思うと逮捕時に暴れ出す危険も高い。
それでもどうか無事で任務を果たしてほしい。そんな願いに見上げた周太へと、英二の唇からキスが贈られた。
「ね、周太?今夜もさせて、って言ったら怒る?」
なにを「させて」なのか、さすがの周太でも解かってしまう。
昨夜も今朝もしたことを英二は今夜も願ってくれる、そんなに求められて途惑ってしまう。
こういうのは嬉しい、けれど英二の今後を想うと心配で、熱くなる首筋を気にしながらも周太は、微笑んで断った。
「…おこらないけど、ゆうべみたいのはだめ…そういうの今夜は我慢して?」
「どうして今夜は、我慢しないとダメ?俺のこと嫌いになった?」
「嫌いになんてならないよ?大好き…」
答える周太の瞳を、すこし困ったよう微笑んで英二はのぞきこんでくれる。
その笑顔にも言葉にも、昨夜のことが映りこんで切ない想い心に染み出してしまう。
どうか、そんな不安にはならないで?そう見つめて周太は言葉を続けた。
「だって今夜を我慢したら、がんばって土曜日は帰りたくなるだろうな、って…」
明後日の土曜日、英二は川崎の家に帰ると約束してくれた。
けれど明日の夜間捜索の結果次第では、帰ることは難しくなるだろう。
そう解っているけれど、だからこそ「帰りたい」と願わせて英二の無事を祈りたい。
そんな想い見つめる先で、英二は頷いてくれた。
「うん、頑張って土曜日に帰れるようにするよ?もし土曜に帰ったら、好きなだけさせてくれる?」
すぐ笑って答えてくれた英二は幸せそうで、可笑しそうに笑っている。
一体どうしたのかな?不思議なまま微笑んで周太は質問をした。
「どうしてそんなに、笑っているの?」
「俺は変態で色情魔だな、って自分で自覚したのが可笑しいんだ、」
可笑しくて笑いながら、温かい懐に抱きしめてくれる。
優しい温もりに安らぎながら、重ねて訊いてみた。
「しきじょうまって、なに?」
「セックスが大好きすぎる、ってことだよ?俺にぴったりだろ、特に周太に対してはさ、」
いまなんていったの?
言った言葉に、瞳がひとつ瞬いた。
すこしの首傾げて考え込む、けれどすぐ意味に気付いて顔が熱くなった。
「…っえいじのへんたいえっちちかんっ…ばかえいじ、」
ほんとうになんてこというの?もう、ひとのきもしらないで
こんなこと言われたら困ってしまう、けれど求められることは嬉しい。
そんな嬉しさに昨夜も今朝も香った、深い森の香に汗の熱が混じる瞬間がよみがえる。
あの瞬間の英二の眼差し、声、吐息、そして響く想いが切なくて、離れる「いつか」が不安になってしまう。
…だからこそ今を、幸せにしたい。一緒にいられるうちに、ひとつでも多く、
この願い微笑んで見つめる先、きれいな笑顔が咲いてくれる。
そして英二はライトを消すと、長い腕に周太を抱きしめてベッドに潜りこんだ。
「変態でごめん、でも、ずっと一緒にいて?約束だよ、周太、」
約束にねだって微笑んで、愛しいひとのキスが贈られる。
ふれるキスの温もりに柔らかさに、昨夜と今朝の感覚がよみがえっていく。
そして、愛しい瞬間たちの想いが染みだして、この心も身も浸される傷みと歓びに涙、こぼれそう。
こんなことは少し可笑しい、だって「変態でごめん」だなんて言われたのに?
それなのに愛しい言葉に変わるのは、「ずっと一緒にいて」という約束の魔法だろうか。
もう独りではどこにも行けない、そんな覚束無い自分になってしまう、この優しい束縛が愛しくて。
この束縛の愛しさが強い風のように、きっと自分を攫いこんで帰り道も示してくれる?
そんな確信すらしてしまう、そんな想いに瞬きは、涙を籠め納めていく。
この涙は今は流さない、静かな覚悟に周太は微笑んだ。
「ん、ずっと一緒にいるよ?英二、約束したから信じていてね?」
きっと自分は帰ることが出来る。そう、信じる。
(to be continued)
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