「恋」 しのぶれど、永遠に

第58話 双壁side K2 act.4
―…ドリアードに恋した男は、時間も忘れて帰らないんだ。それはね、山で亡くなる人と同じかなって僕は想う
山を愛して山に登って、そのまま山で亡くなって帰らない。そういうの、木の精霊に恋したまま帰らない男と似てるなって
だからね、山で遭難死することは、山に恋しすぎて帰れない気持ちを、山が受け容れたっていう場合もあるかもしれないね…
遠い幼い春、山桜を見上げながら雅樹が語ってくれた言葉たち。
この言葉が16年を信じさせて縋らせてくれた、だから自分は絶望から救われた。
雅樹は幼い日にドリアードと出逢っている、けれど生きて人間の世界に帰ってきた。だから山からも帰ると信じたかった。
出逢いながらも雅樹を帰してくれた「山桜」なら、山に眠った雅樹を目覚めさせ生き返らせる力がある、そう信じて待っていた。
―雅樹さんのドリアードなら、山の死からでも雅樹さんを帰せるって…生き返らせることも出来るって信じてた、本気で
けれど3月、慰霊登山で向きあった槍ヶ岳山頂に「雅樹」は現れ、永訣を自分に告げた。
ナイフリッジの風に駈けあがり、風花を降らせて雅樹は、あの山から蒼穹に逝ってしまった。
それからだった、ふっと山桜の香を感じることが、懐かしい温もりに充たされる瞬間が日々にある。
だから悟った、もう雅樹が生き返ることは、無い。
―死んだ人は2度と生き返れない、そんなこと「山」の力でも出来ない…もう雅樹さんは死んだんだ、生きて帰ってきてくれない
ゆっくり浸していく現実に今、富士山麓の風ゆるやかに吹いていく。
風ゆれる森の梢は木洩陽やさしくて、緑きらめく光に黒髪やわらかな人は佇んでいる。
あわい水色のパーカーを着た小柄な笑顔は穏やかで、深い優しい声が自分へと祝福に微笑んだ。
「お願い、光一。英二との夜は、ずっと幸せでいて?大好きな人に抱きしめてもらう幸せを、一瞬でも無駄にしないで幸せでいて?」
どうか幸せでいて?
そう願ってくれる祈りが眼差しから響いて、心に温度が生まれだす。
もう砕いた16年の叶わぬ夢、その涙で凍えた心に祈りがふれて温かい。
この温もりを信じて肯えばいい?そんな想い見つめる真中で周太が綺麗に笑った。
「最初の時はね、確かに怖くて不安で、痛いかもしれない…それでも幸せだけを見つめて?痛くても大好きな人を見て、信じて?
大好きな人に体ごと愛してもらう幸せ、少しも逃さないように、ずっと見つめて感じてほしい…お願い、光一。その夜はずっと幸せでいて?」
最初の時、その言葉に不安を想う。
この体ごと英二に愛される、そのリスクと不安が傷みに変る。
けれど、その痛みが何だと言うのだろう?今この自分に幸せを願ってくれる人の傷み、その方がずっと痛い。
―辛くないはずない、それなのに英二に愛される幸せをくれようとして…そうやって俺の夢を、叶えようとしてくれるの?
自分が別の人間に恋すれば良かった、けれど英二しかいない。
雅樹と叶えたかった夢、雅樹と見つめたかった想い、その全てを共に現実に出来るのは唯ひとり。
そんな唯ひとりが「雅樹の山桜」が恋した相手であることは当然だ、そんな納得がある。
ならば納得に殉じて罪も痛みも涙ごと潔く背負えば良い、その涙に光一は微笑んだ。
「うん、ありがとう周太…ごめんね、ゆるしてとか言えない、でも俺、どうしても英二が良い…ごめん、ね…っ、周太」
微笑んでも言葉が泣いてしまう、16年の終わりに愛惜が胸を噛みながら温かい。
終っていく今あふれる想いをこめて、まだ握りしめたままの周太の掌へ唇よせる。
そっと口づけて、長い想いの全てに微笑んで光一は優しい掌へキスをした。
―さよなら、16年ずっと信じて支えてもらってた…ありがとう、ずっと
別れと感謝を籠めて、愛しい掌にキスをする。
ゆっくりキスを離していく、そして唇に想いを言葉へ変えた。
「惚れた相手と見つめ合って、ふれあって、この体と心だけで繋がりたい…そういうこと本気で想えたの、あいつが初めてなんだ。
肩書も立場も無い、性別だって関係ない、生きた人間同士ってだけで愛し合ってみたい。ただお互いの体温を知りたい、融け合いたい。
本当はされるのって怖い、体のこと不安で…だけど英二が北壁で実績つけたら、そしたら俺の体すこし壊れても大丈夫って想って…だから、ね」
男同士で愛し合う事は、受身の方のリスクが大きい。
この身体的リスクはトップクライマーを目指す夢にとって、大きな障害になる。
それを超えても英二に愛されたいと望んでしまった、その覚悟へと周太は穏やかに笑いかけてくれた。
「大丈夫、光一の体は壊れたりしない。英二は優しいよ、ちゃんと体も大切にしてくれるから、怖がらないで、ね?」
「うん…わかった、不安にならないようにする、」
応えながら気づかされる、周太がどれほど英二を信じているのか、その強さに見惚れてしまう。
こんなふう強く想える人、その涙を自分は無駄に出来ない、だから不安より信じることをしたい。
そうしてまた新しい約束に勇気見つめながら、この16年の告白へと口を開いた。
「それでね周太、…聴いて?…っ、」
言って、涙こぼれて声がつまってしまう。
その涙と声に周太は歩み寄って、すこし背伸びして抱きしめてくれた。
「ん、聴くよ?ちゃんと全部聴くから、安心して話して?」
「うん…ね、信じて、ね…ぅっ、」
涙と笑いかけた向こう、黒目がちの瞳が優しく微笑んでくれる。
ひとつ息吐いて、そして光一は15年の想いを告げ始めた。
「初めて逢ったときからずっと、君を愛してる、今もだよ…ずっと君を待ってた、だから俺、えっちだって本当は一回しかしてない、
その一回はね、初めて同士じゃ君を傷付けるって思って、それで初体験を済ませただけなんだ…俺、君と結婚したかったんだ、本気で、」
告げる言葉には真実と「秘密」ひとつ隠される。
この秘密は生涯ひとり抱いていく、誰にも言う必要は無い。
その秘密の他は本当のこと、女性との初体験は「雅樹の山桜」と一緒にいる為だけの目的だった。
だから相手の顔も忘れてしまった、けれど「秘密」は永遠に忘れない、この想いのまま光一は言葉を続けた。
「でも君は女の子じゃない、それでも君への想いは変わらない。だけど、男の君とは結婚できない、悔しいけど俺にはそれが赦されない。
だから、君の相手が英二で良かった、本当にそう心から想ってる…でも君が女だったら俺は、何をしたって君のこと取り戻してた、絶対、」
ドリアードが女性なら、生涯を懸けて傍に留めたかった。
そして一生ずっと信じ続けていたかった「雅樹の山桜」を妻にして、夢を手離さず見つめていたかった。
雅樹のドリアードなら、いつか雅樹を生きて帰らせることが出来るかもしれない。そんな夢を信じて待っていたかった。
けれど夢はもう終わる、その涙に濡れるまま周太へと微笑んで光一は真実を語った。
「君の山桜はね、雅樹さんが見つけて俺に教えてくれたんだ…小さい頃に雅樹さん、あの森で迷ってね。そのとき君に出逢ったんだ。
雅樹さん、あの山桜はドリアードが住んでるって本気で信じてたよ。その話をしながら赤ん坊の頃から俺を、一緒に連れて行ってくれた。
あの場所は俺と雅樹さんの秘密の場所なんだ。君の山桜を雅樹さんは本当に愛してた、あの木に逢う為にいつも奥多摩に来てたんだ。
だからね、雅樹さんが死んで、哀しくて逢いたくて、あの森に毎日通ってたんだ…あそこに行けば雅樹さん、来てくれるって想ったから」
告げていく真実を、黒目がちの瞳は静かに見つめてくれる。
初めてアンザイレンパートナーに選んだ、美しい山ヤの医学生が恋した山桜の化身。
そう信じているひとの瞳へと、尽きることない想いを抱ける幸福を見つめて、光一は笑いかけた。
「雅樹さんに逢えなくても、雅樹さんが恋した山桜のドリアードに逢えるかも?そう思って俺、毎日いつも山桜に逢いに行ってたんだ。
下草を刈ったり、幹の蔓を外したりしてね、山桜を手入れして可愛がって。そうしたらドリアードが俺に逢ってくれるって信じてたよ?
そして1年が過ぎて冬が来て、山桜に花芽がついた時だった、君があの山桜の下にいたのは。雅樹さんが教えてくれた通りの姿で、ね」
人間が生き返ることなんて、出来るわけがない。
そう解っている、けれど信じていたかった、雅樹が「約束」と自分を遺して死ぬと信じられなかった。
だから雅樹のドリアードに逢いたかった、逢って恋して、妻にして大切にしたら雅樹を蘇らせてくれる、そう信じたかった。
そう信じたくて山桜に毎日を通い続けて守りをした、そして雪のなか出逢ったのが周太だった。
「俺ね、雅樹さんが亡くなって哀しくて苦しくて、もう人間のこと好きになり過ぎないって決めてたんだ。だから君に逢えて嬉しかった。
山桜の精霊なら、山の神さまなら、雅樹さんみたいに死んでいなくならない。たとえ普段は見えなくても生きてる、いつか逢ってくれる、
そう信じられるから俺は、君に恋したんだ。君は生身の人間だって解ってる、でも本当は山桜のドリアードだ、死んで離れることは無い。
だから離れている14年間も信じられたんだ、山桜が元気に花を咲かせるたびに君は生きてるって、いつか逢いに来るって信じられた、」
まだ9歳だった、自分も周太も。そして14年を経て再会したとき、23歳の大人になっていた。
いま24歳を迎える自分たちの人生で半分以上を占める歳月を「いつか」を信じて待つことが自分を支えてくれた。
ひたすら毎日を信じ待ち続けた「雅樹の蘇生」が、自分を別離の絶望から救って支えた、だから両親の死も超えられた。
大切な両親は亡くなった、けれど自分には雅樹のドリアードと再会の約束がある、その約束と夢の温もりに縋って生きられた。
―こんなことは弱虫だね、でも俺には必要だったんだ、でも、もう終わらせて解放しないとね、君のこと
いつか雅樹を生きて帰してくれる、そんな叶わぬ夢を懸けた人。その人を自分の願いから自由にして、ただ大切に護りたい。
もう雅樹は生き返らない、その現実へと慰霊登山で英二が向きあわせてくれた、だから潔く夢を諦めて「明日」に懸けられる。
この「明日」に現実を英二と生きて、今度は自分が周太を運命から救いたい。その意志に見つめた周太は微笑んでくれた。
「雅樹さんのお蔭で俺は、光一と逢えたんだね?」
「だね…だからね、俺にとって君は救いなんだ、」
問いかけに応えて、笑いかける。
9歳の冬、雪の森で見つめた幸せの瞬間に、ありたっけの感謝で光一は綺麗に微笑んだ。
「出逢った日も君は、本当に楽しそうに俺の話を聴いてくれた。あの綺麗な笑顔が嬉しかった、純粋で温かで本気で好きになった。
見つめてくれる目が優しくて、寛げて。短い時間だったけど俺は救われたんだよ…だから俺、本当に精霊で神さまだって信じてる、今も。
君は山桜の化身ってヤツだ、ドリアードだけど人間の姿で今は生きている。いつか人間の命を終えても君は、あの山桜に還るだけ。そうだよね?」
雅樹は生きて帰ってこない、けれど山桜は生きて咲き続ける。
そんな樹木の生命力に永遠を信じていたい、体は滅んで逢えなくても心だけは逢えると信じたい。
この願いに祈るよう笑いかけて、ゆっくり熱のこぼれる頬に困りながら光一は本音を言った。
「だから俺、英二が周太のこと愛しちゃってるの、納得なんだよね?だって英二はね、雅樹さんと全然違うくせに同じなんだよ。
英二って根暗だけど、雅樹さんは物静かでも明るかったんだ。でもね、真面目で思慮深くって優しくて、絶世の別嬪ってとこ同じでさ。
ふたりとも山を愛して、人の命を援けることに誇りを懸けてさ?同じように俺のこと支えて傍にいて、きれいな貌で笑ってくれるんだ。
そういう英二だからね、雅樹さんが恋した山桜のドリアードに恋して、惚れぬいちゃうの当然なんだ。相思相愛なのも当たり前だね、」
英二と雅樹、ふたりは相似形で正反対。
それは自分が誰より知っている、この「相似」である部分で自分に言い聞かせられる。
ふたりは似ている、けれど違う。この事実に想い重ねて正直に告白を続けた。
「雅樹さんのファーストキスは俺だよ、寝てる雅樹さんに俺が勝手にしちゃたんだ。でね、雅樹さん山の神さまとキスした夢見たんだよ?
それが俺にとって初めてのキスだ、その次は君だよ?今年の1月、あのときなんだ。初体験は済ませてもキスはとっておいたんだよ。
それくらい俺、本気で君を待ってたんだ。でも、もう終わらせるよ?…それでも、ずっと君を好きで、ずっと君を護ることは変わらない、」
想いを告げながら腕を伸ばし、抱きしめてくれる小柄な背中に回す。
かすかに香るオレンジがあまい、この香に夏の幸福を想いながら永遠の約束を告げた。
「だから信じてよ?俺は英二に抱かれても、ずっと君を想い続ける。山の神と同じに山桜のドリアードを愛して、護り続けるよ?
人間としての恋愛は俺にとって英二だ、でも君は特別だよ。俺にとって君は救いで、いちばん綺麗で、いちばん護りたい大切な存在だ、」
君は特別、自分と雅樹を繋ぐ絆を贈ってくれた。
あの山桜と夏の記憶を見せてくれる君、幸福の名残に安らぎをくれる。
その全ては君の意図じゃない、自分が勝手に想うこと。それでも、受けとめてくれる真実に変りは無い。
―あのとき雪の森で周太が受けとめてくれた、ドリアードと呼ばれることも拒絶しないでくれる、それが嬉しいんだ
いつも変わらず受け留めてくれる、15年前と同じに今も笑ってくれる。
その全ての感謝に見つめた黒目がちの瞳は微笑んで、受けとめ尋ねてくれた。
「ありがとう、光一。俺にとっても光一は大切だよ、だから英二を任せたいって想えるんだ…でも、1つ訊かせて?」
「なに、周太?」
素直に笑いかけた頬に、優しい掌が伸ばされる。
そっと涙を拭ってくれる感触が幸せで、微笑んで見つめる人は穏やかに笑って尋ねた。
「光一にとって、英二と雅樹さんは、同じ存在なの?」
ふたりは似ている、けれど全く別の存在だ。
この事実に光一は綺麗に笑いかけた。
「全然違うね。雅樹さんは俺の最初のアンザイレンパートナーだ。そして英二は、俺の最愛で最後のアンザイレンパートナーだよ、」
ふたりは全く別だよ?
そう告げた真実が心から響いて、明るんでいく。それが嬉しくて光一は笑った。
「雅樹さんは俺に山の夢を最初にくれた人なんだ。先生で、保護者でもあってね?憧れで大好きで、誰よりも尊敬して愛してるよ。
だけど英二は逆だね、俺があいつの先生だ。同じ世界に生きて、援けあっていく共犯者で…体ひとつで愛し合いたい、唯ひとりだ」
体ひとつで愛し合いたい、そう告げた言葉に「秘密」が響く。
静かで優しい温もりが玉響す、密やかな夢と現が心充たして温かい。
その温もり微笑んだ想いごと、そっと周太は抱きしめてくれた。
「ありがとう、光一。それならきっと大丈夫、英二と幸せになれるよ?…でね、ちょっと教えてくれる?」
嬉しそうに見上げてくれる笑顔が、すこし困ったよう訊いてくれる。
なんだろうな?そう訊いた眼差しへと周太は率直に言ってくれた。
「あのね、光一は男同士でするのに何が必要とか、ちゃんと解かってる?買ったりして揃えてあるの?」
「え、ないけど、ね?」
短く正直に答えながら、なんだか困ってしまう。
こんな質問を周太でもするんだな?そんな意外に途惑った腕を、優しく掴んで周太は笑ってくれた
「光一、お願い。薬局に連れて行って?ちょっと大きいお店の方が良いと思う、行こう?」
笑いながら四駆に引っ張って、ポケットから鍵を出して持たせてくれる。
促されるよう運転席の扉を開錠して、乗り込むと助手席はカーナビで検索していく。
画面に「薬局」と表示されるのを見ながらクラッチとギアを操作し、走りだすと光一は率直に質問した。
「あのさ?薬局って…もしかしてえっち用品を買いに行くワケ?」
「だって光一だけで行っても、英二の好みとか解からないでしょ?」
そんなこと君でも言うんだね?
言われたこっちが恥ずかしくなる、そんな純粋な瞳で言われると面映ゆくて。
けれど、こんな現実が「大人になった」と教えてくれる、この時の経過と大人になった実感が優しい。
こういうのは嬉しいな?そう見たフロントガラスに映る恥ずかしげな笑顔が、ストレートに訊いてくれた。
「ね、光一ってえっちな話が好きだけどえっちじゃないんだね?」
「ばれちゃったね、俺は耳年増なダケだよ?体は綺麗なモンだ、」
質問に困りながら笑って、白状する。
本当に自分は耳年増、それは16年前の夏も同じ、だから「秘密」を結べた。
大切な愛しい「秘密」の幸福に笑いかけ、話せることだけに光一は口を開いた。
「山と畑で暇も無いしね?さっきも言った通り、俺は君にえっちすること楽しみにしてたけど、他は興味無かったんだ。
今だから言っちゃうけどね、君が男でも本当はえっちしたかったよ?周太だったらタチもネコもしたいなって、思ってたんだからね、
だから俺、一応は男同士でもナニするって解ってるし、前も言ったけど自分の指でちょっとしてみたしさ。周太のだったら平気だと思うよ、」
男同士で愛しあう、その全てを自分は知っている。
その誇らしい「秘密」密やかに笑って、もう眠りにつく16年の夢の相手をフロントガラスに見つめる。
見つめた薄紅いろの笑顔は困りながらも、思い切ったよう訊いてくれた。
「そんなに想ってくれてありがとね?…でも、だったらなんで英二とするのは、そんなに考え込んでたの?」
「そりゃ決ってるよね、あいつがデカいからだね、」
さらっと答えたトーンに、いつもの悪戯っ子が起きあがる。
ちょっと転がしてしまおうかな?この愉快な気分に今は一緒に笑いたい、その気持ち正直に光一は訊いてみた。
「いつも風呂で見るだろ、でね、あんなデカいの入れられたらキツイだろって思ってさ。周太よく平気だなって思ってたんだよね。
あんなの入れるコツってある?あったら教えてよ、ほんと俺ちょっと自信なくって怖いんだよね。あのサイズでヤられるのは想定外だしさ、」
転がしながらも聴きたいことを訊いてみる。
本当に自信ないし怖い、そう率直に告げて回答を求めたい。
そんな質問とフロントガラス越しに笑いかけた隣り、周太はすこし拗ねた。
「あのね、光一?ほんとうに訊きたいのもあるっておもうけど、半分以上は俺のこと転がして面白がってない?」
「違うね、真剣が2/3で悪ふざけが1/3ってトコだよね、」
正直に訂正して隣を見遣り、見つめ合った黒目がちの瞳に心が止まる。
もう終わった夢、もう感じられない「雅樹の体温」その名残を見つめて心が泣きだす。
それでも終わりを認めて笑いかける、その想いの真中で周太は綺麗に笑って教えてくれた。
「今はふざけて良いよ?でもね、英二と抱きあう時は100%真剣になって?英二を大好きって想って、いっぱい幸せを感じたら大丈夫、
英二のこと信じて、愛されたいって想えたら自然と体が緊張しなくなるから、ちゃんと英二のこと受容れられるよ?それがコツだと想う、」
告げられた言葉に、愛しい「秘密」が密やかに微笑んだ。
その微笑に笑いかけて涙こぼれる、ゆっくり頬伝う熱に幸せを感じながら光一は微笑んだ。
「いっぱい幸せを感じるね、俺。周太、やっぱり君のこと大好きだよ?俺のドリアード、」
「ん、俺も光一のこと大好きだよ?」
綺麗な笑顔で即答して、応えてくれる。
その明るい笑顔が嬉しい、嬉しくて笑った隣で周太は心遣いと笑いかけてくれた
「見て、富士山すごく綺麗だね。あれより高い所に行くんでしょ?気を付けてね、」
言葉と一緒に見上げた秀峰は、蒼穹に白雲を靡かせて優雅に佇む。
フロントガラス拡がらす雄渾な蒼い山、あの頂点には二人のアンザイレンパートナーとの記憶が佇む。
この冬と春、そして6歳の夏に笑いあえた約束と秘密を見つめて、光一は綺麗に笑った。
「うん、気を付けて登るよ。心配しないでね、俺が英二のこと絶対に無事に登らせて、連れて帰ってくるから。信じて待っててね、」
今度こそ、無事に登らせ共に生きる。
必ず英二の無事を自分が護る、そして夢を共に見る。
もう自分はアンザイレンパートナーを死なせない、その力が今はある。
もう自分は8歳の子供ではない、もう大人として責任と義務と権利を背負う事が出来る。
―雅樹さん、約束を叶えるよ?そして英二の夢も叶えたいんだ、だから約束を護ってよ?
どうか約束を護って?あの夏に結んだ真実に懸けて、想いを叶えてほしい。
この願いと見上げる最高峰は今、夏の陽光に万年雪がきらめいて、永遠の光を投げかける。
―…あの雪ってさ、鳥に似てるね、雅樹さん?
幼い自分の声が記憶で笑う、富士山の夏が懐かしい。
保育園の年長組、6歳の自分を連れて雅樹は夏富士に登ってくれた。
あのときも楽しかったな?そんな想い佇んだ隣から優しい声と指が道を示し微笑んだ
「あ、光一。次の信号のとこ曲がってね?」
「そこの店だね?」
答えながら指示通りに四駆を走らせて、大型ドラッグストアの駐車場に停める。
すぐにシートベルトを外すと助手席の扉を開き、降りた笑顔がすこし羞んだ。
「あのね、光一?俺、店で買うのって初めてだからね?いつも英二が買ってくるから…でも品物はわかるからあんしんしてね、」
言ってくれるごと水色の衿元から紅潮が昇りだす。
こんなに恥ずかしがられると、こっちも困ってくるのにね?
そんな困惑も愉快で可笑しい、愉しい気分に笑って光一は潔く入口へ踵を返した。
「ソンナに恥ずかしがんなくってイイよ、周太?どれなのか教えてくれたら、俺ひとりでもレジには行けるからね、」
「いいえ、だめです、」
歩き出しながら、真赤な貌できっぱり言ってくれる。
どう見ても恥ずかしそうな紅潮、けれど黒目がちの瞳は毅然と光一を見上げ、率直に言ってくれた。
「俺が、英二の妻なんだからね?妻が夫のために支度したいの、だから俺が光一に買ってあげます。これくらいの意地は張らせて?」
そう言って笑ってくれた貌は恥ずかしがって真赤、けれど誇りが充ちて明るくまばゆい。
こんなふう笑ってくれるから、やっぱり信じてしまう、好きだなと想ってしまう。
この想い嬉しくて、すこし転がしたくなるまま光一は悪戯っ子で笑った。
「ありがとね、周太。君はドリアードだけどさ、でも結構えっちなんだね?恋人の浮気えっちまで管理しちゃうなんてさ、」
「…っ、」
言葉つまらせ、額まで赤くなる。
こういう初心なとこ可愛いよね?つい転がしたくなっちゃうな?このネタは長く使えそう?
そんな想い愉しく店内を歩いて陳列棚を覗く、その視界へと不意に周太が振り向き、毅然と言った。
「えっちじょうとうです、おとなで妻なんだからね、えっちであたりまえでしょ?あと浮気じゃなくって本気えっちしてね、」
いつもの可愛いトーンで言い放って、くるり棚に向きあい周太はボトルと箱を1つずつ手にとった。
そのまま真直ぐレジへと歩いていく、その背中に光一は呆気にとられて首傾げこんだ。
「…やっぱ君って、最強かもね?」

(to be continued)
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第58話 双壁side K2 act.4
―…ドリアードに恋した男は、時間も忘れて帰らないんだ。それはね、山で亡くなる人と同じかなって僕は想う
山を愛して山に登って、そのまま山で亡くなって帰らない。そういうの、木の精霊に恋したまま帰らない男と似てるなって
だからね、山で遭難死することは、山に恋しすぎて帰れない気持ちを、山が受け容れたっていう場合もあるかもしれないね…
遠い幼い春、山桜を見上げながら雅樹が語ってくれた言葉たち。
この言葉が16年を信じさせて縋らせてくれた、だから自分は絶望から救われた。
雅樹は幼い日にドリアードと出逢っている、けれど生きて人間の世界に帰ってきた。だから山からも帰ると信じたかった。
出逢いながらも雅樹を帰してくれた「山桜」なら、山に眠った雅樹を目覚めさせ生き返らせる力がある、そう信じて待っていた。
―雅樹さんのドリアードなら、山の死からでも雅樹さんを帰せるって…生き返らせることも出来るって信じてた、本気で
けれど3月、慰霊登山で向きあった槍ヶ岳山頂に「雅樹」は現れ、永訣を自分に告げた。
ナイフリッジの風に駈けあがり、風花を降らせて雅樹は、あの山から蒼穹に逝ってしまった。
それからだった、ふっと山桜の香を感じることが、懐かしい温もりに充たされる瞬間が日々にある。
だから悟った、もう雅樹が生き返ることは、無い。
―死んだ人は2度と生き返れない、そんなこと「山」の力でも出来ない…もう雅樹さんは死んだんだ、生きて帰ってきてくれない
ゆっくり浸していく現実に今、富士山麓の風ゆるやかに吹いていく。
風ゆれる森の梢は木洩陽やさしくて、緑きらめく光に黒髪やわらかな人は佇んでいる。
あわい水色のパーカーを着た小柄な笑顔は穏やかで、深い優しい声が自分へと祝福に微笑んだ。
「お願い、光一。英二との夜は、ずっと幸せでいて?大好きな人に抱きしめてもらう幸せを、一瞬でも無駄にしないで幸せでいて?」
どうか幸せでいて?
そう願ってくれる祈りが眼差しから響いて、心に温度が生まれだす。
もう砕いた16年の叶わぬ夢、その涙で凍えた心に祈りがふれて温かい。
この温もりを信じて肯えばいい?そんな想い見つめる真中で周太が綺麗に笑った。
「最初の時はね、確かに怖くて不安で、痛いかもしれない…それでも幸せだけを見つめて?痛くても大好きな人を見て、信じて?
大好きな人に体ごと愛してもらう幸せ、少しも逃さないように、ずっと見つめて感じてほしい…お願い、光一。その夜はずっと幸せでいて?」
最初の時、その言葉に不安を想う。
この体ごと英二に愛される、そのリスクと不安が傷みに変る。
けれど、その痛みが何だと言うのだろう?今この自分に幸せを願ってくれる人の傷み、その方がずっと痛い。
―辛くないはずない、それなのに英二に愛される幸せをくれようとして…そうやって俺の夢を、叶えようとしてくれるの?
自分が別の人間に恋すれば良かった、けれど英二しかいない。
雅樹と叶えたかった夢、雅樹と見つめたかった想い、その全てを共に現実に出来るのは唯ひとり。
そんな唯ひとりが「雅樹の山桜」が恋した相手であることは当然だ、そんな納得がある。
ならば納得に殉じて罪も痛みも涙ごと潔く背負えば良い、その涙に光一は微笑んだ。
「うん、ありがとう周太…ごめんね、ゆるしてとか言えない、でも俺、どうしても英二が良い…ごめん、ね…っ、周太」
微笑んでも言葉が泣いてしまう、16年の終わりに愛惜が胸を噛みながら温かい。
終っていく今あふれる想いをこめて、まだ握りしめたままの周太の掌へ唇よせる。
そっと口づけて、長い想いの全てに微笑んで光一は優しい掌へキスをした。
―さよなら、16年ずっと信じて支えてもらってた…ありがとう、ずっと
別れと感謝を籠めて、愛しい掌にキスをする。
ゆっくりキスを離していく、そして唇に想いを言葉へ変えた。
「惚れた相手と見つめ合って、ふれあって、この体と心だけで繋がりたい…そういうこと本気で想えたの、あいつが初めてなんだ。
肩書も立場も無い、性別だって関係ない、生きた人間同士ってだけで愛し合ってみたい。ただお互いの体温を知りたい、融け合いたい。
本当はされるのって怖い、体のこと不安で…だけど英二が北壁で実績つけたら、そしたら俺の体すこし壊れても大丈夫って想って…だから、ね」
男同士で愛し合う事は、受身の方のリスクが大きい。
この身体的リスクはトップクライマーを目指す夢にとって、大きな障害になる。
それを超えても英二に愛されたいと望んでしまった、その覚悟へと周太は穏やかに笑いかけてくれた。
「大丈夫、光一の体は壊れたりしない。英二は優しいよ、ちゃんと体も大切にしてくれるから、怖がらないで、ね?」
「うん…わかった、不安にならないようにする、」
応えながら気づかされる、周太がどれほど英二を信じているのか、その強さに見惚れてしまう。
こんなふう強く想える人、その涙を自分は無駄に出来ない、だから不安より信じることをしたい。
そうしてまた新しい約束に勇気見つめながら、この16年の告白へと口を開いた。
「それでね周太、…聴いて?…っ、」
言って、涙こぼれて声がつまってしまう。
その涙と声に周太は歩み寄って、すこし背伸びして抱きしめてくれた。
「ん、聴くよ?ちゃんと全部聴くから、安心して話して?」
「うん…ね、信じて、ね…ぅっ、」
涙と笑いかけた向こう、黒目がちの瞳が優しく微笑んでくれる。
ひとつ息吐いて、そして光一は15年の想いを告げ始めた。
「初めて逢ったときからずっと、君を愛してる、今もだよ…ずっと君を待ってた、だから俺、えっちだって本当は一回しかしてない、
その一回はね、初めて同士じゃ君を傷付けるって思って、それで初体験を済ませただけなんだ…俺、君と結婚したかったんだ、本気で、」
告げる言葉には真実と「秘密」ひとつ隠される。
この秘密は生涯ひとり抱いていく、誰にも言う必要は無い。
その秘密の他は本当のこと、女性との初体験は「雅樹の山桜」と一緒にいる為だけの目的だった。
だから相手の顔も忘れてしまった、けれど「秘密」は永遠に忘れない、この想いのまま光一は言葉を続けた。
「でも君は女の子じゃない、それでも君への想いは変わらない。だけど、男の君とは結婚できない、悔しいけど俺にはそれが赦されない。
だから、君の相手が英二で良かった、本当にそう心から想ってる…でも君が女だったら俺は、何をしたって君のこと取り戻してた、絶対、」
ドリアードが女性なら、生涯を懸けて傍に留めたかった。
そして一生ずっと信じ続けていたかった「雅樹の山桜」を妻にして、夢を手離さず見つめていたかった。
雅樹のドリアードなら、いつか雅樹を生きて帰らせることが出来るかもしれない。そんな夢を信じて待っていたかった。
けれど夢はもう終わる、その涙に濡れるまま周太へと微笑んで光一は真実を語った。
「君の山桜はね、雅樹さんが見つけて俺に教えてくれたんだ…小さい頃に雅樹さん、あの森で迷ってね。そのとき君に出逢ったんだ。
雅樹さん、あの山桜はドリアードが住んでるって本気で信じてたよ。その話をしながら赤ん坊の頃から俺を、一緒に連れて行ってくれた。
あの場所は俺と雅樹さんの秘密の場所なんだ。君の山桜を雅樹さんは本当に愛してた、あの木に逢う為にいつも奥多摩に来てたんだ。
だからね、雅樹さんが死んで、哀しくて逢いたくて、あの森に毎日通ってたんだ…あそこに行けば雅樹さん、来てくれるって想ったから」
告げていく真実を、黒目がちの瞳は静かに見つめてくれる。
初めてアンザイレンパートナーに選んだ、美しい山ヤの医学生が恋した山桜の化身。
そう信じているひとの瞳へと、尽きることない想いを抱ける幸福を見つめて、光一は笑いかけた。
「雅樹さんに逢えなくても、雅樹さんが恋した山桜のドリアードに逢えるかも?そう思って俺、毎日いつも山桜に逢いに行ってたんだ。
下草を刈ったり、幹の蔓を外したりしてね、山桜を手入れして可愛がって。そうしたらドリアードが俺に逢ってくれるって信じてたよ?
そして1年が過ぎて冬が来て、山桜に花芽がついた時だった、君があの山桜の下にいたのは。雅樹さんが教えてくれた通りの姿で、ね」
人間が生き返ることなんて、出来るわけがない。
そう解っている、けれど信じていたかった、雅樹が「約束」と自分を遺して死ぬと信じられなかった。
だから雅樹のドリアードに逢いたかった、逢って恋して、妻にして大切にしたら雅樹を蘇らせてくれる、そう信じたかった。
そう信じたくて山桜に毎日を通い続けて守りをした、そして雪のなか出逢ったのが周太だった。
「俺ね、雅樹さんが亡くなって哀しくて苦しくて、もう人間のこと好きになり過ぎないって決めてたんだ。だから君に逢えて嬉しかった。
山桜の精霊なら、山の神さまなら、雅樹さんみたいに死んでいなくならない。たとえ普段は見えなくても生きてる、いつか逢ってくれる、
そう信じられるから俺は、君に恋したんだ。君は生身の人間だって解ってる、でも本当は山桜のドリアードだ、死んで離れることは無い。
だから離れている14年間も信じられたんだ、山桜が元気に花を咲かせるたびに君は生きてるって、いつか逢いに来るって信じられた、」
まだ9歳だった、自分も周太も。そして14年を経て再会したとき、23歳の大人になっていた。
いま24歳を迎える自分たちの人生で半分以上を占める歳月を「いつか」を信じて待つことが自分を支えてくれた。
ひたすら毎日を信じ待ち続けた「雅樹の蘇生」が、自分を別離の絶望から救って支えた、だから両親の死も超えられた。
大切な両親は亡くなった、けれど自分には雅樹のドリアードと再会の約束がある、その約束と夢の温もりに縋って生きられた。
―こんなことは弱虫だね、でも俺には必要だったんだ、でも、もう終わらせて解放しないとね、君のこと
いつか雅樹を生きて帰してくれる、そんな叶わぬ夢を懸けた人。その人を自分の願いから自由にして、ただ大切に護りたい。
もう雅樹は生き返らない、その現実へと慰霊登山で英二が向きあわせてくれた、だから潔く夢を諦めて「明日」に懸けられる。
この「明日」に現実を英二と生きて、今度は自分が周太を運命から救いたい。その意志に見つめた周太は微笑んでくれた。
「雅樹さんのお蔭で俺は、光一と逢えたんだね?」
「だね…だからね、俺にとって君は救いなんだ、」
問いかけに応えて、笑いかける。
9歳の冬、雪の森で見つめた幸せの瞬間に、ありたっけの感謝で光一は綺麗に微笑んだ。
「出逢った日も君は、本当に楽しそうに俺の話を聴いてくれた。あの綺麗な笑顔が嬉しかった、純粋で温かで本気で好きになった。
見つめてくれる目が優しくて、寛げて。短い時間だったけど俺は救われたんだよ…だから俺、本当に精霊で神さまだって信じてる、今も。
君は山桜の化身ってヤツだ、ドリアードだけど人間の姿で今は生きている。いつか人間の命を終えても君は、あの山桜に還るだけ。そうだよね?」
雅樹は生きて帰ってこない、けれど山桜は生きて咲き続ける。
そんな樹木の生命力に永遠を信じていたい、体は滅んで逢えなくても心だけは逢えると信じたい。
この願いに祈るよう笑いかけて、ゆっくり熱のこぼれる頬に困りながら光一は本音を言った。
「だから俺、英二が周太のこと愛しちゃってるの、納得なんだよね?だって英二はね、雅樹さんと全然違うくせに同じなんだよ。
英二って根暗だけど、雅樹さんは物静かでも明るかったんだ。でもね、真面目で思慮深くって優しくて、絶世の別嬪ってとこ同じでさ。
ふたりとも山を愛して、人の命を援けることに誇りを懸けてさ?同じように俺のこと支えて傍にいて、きれいな貌で笑ってくれるんだ。
そういう英二だからね、雅樹さんが恋した山桜のドリアードに恋して、惚れぬいちゃうの当然なんだ。相思相愛なのも当たり前だね、」
英二と雅樹、ふたりは相似形で正反対。
それは自分が誰より知っている、この「相似」である部分で自分に言い聞かせられる。
ふたりは似ている、けれど違う。この事実に想い重ねて正直に告白を続けた。
「雅樹さんのファーストキスは俺だよ、寝てる雅樹さんに俺が勝手にしちゃたんだ。でね、雅樹さん山の神さまとキスした夢見たんだよ?
それが俺にとって初めてのキスだ、その次は君だよ?今年の1月、あのときなんだ。初体験は済ませてもキスはとっておいたんだよ。
それくらい俺、本気で君を待ってたんだ。でも、もう終わらせるよ?…それでも、ずっと君を好きで、ずっと君を護ることは変わらない、」
想いを告げながら腕を伸ばし、抱きしめてくれる小柄な背中に回す。
かすかに香るオレンジがあまい、この香に夏の幸福を想いながら永遠の約束を告げた。
「だから信じてよ?俺は英二に抱かれても、ずっと君を想い続ける。山の神と同じに山桜のドリアードを愛して、護り続けるよ?
人間としての恋愛は俺にとって英二だ、でも君は特別だよ。俺にとって君は救いで、いちばん綺麗で、いちばん護りたい大切な存在だ、」
君は特別、自分と雅樹を繋ぐ絆を贈ってくれた。
あの山桜と夏の記憶を見せてくれる君、幸福の名残に安らぎをくれる。
その全ては君の意図じゃない、自分が勝手に想うこと。それでも、受けとめてくれる真実に変りは無い。
―あのとき雪の森で周太が受けとめてくれた、ドリアードと呼ばれることも拒絶しないでくれる、それが嬉しいんだ
いつも変わらず受け留めてくれる、15年前と同じに今も笑ってくれる。
その全ての感謝に見つめた黒目がちの瞳は微笑んで、受けとめ尋ねてくれた。
「ありがとう、光一。俺にとっても光一は大切だよ、だから英二を任せたいって想えるんだ…でも、1つ訊かせて?」
「なに、周太?」
素直に笑いかけた頬に、優しい掌が伸ばされる。
そっと涙を拭ってくれる感触が幸せで、微笑んで見つめる人は穏やかに笑って尋ねた。
「光一にとって、英二と雅樹さんは、同じ存在なの?」
ふたりは似ている、けれど全く別の存在だ。
この事実に光一は綺麗に笑いかけた。
「全然違うね。雅樹さんは俺の最初のアンザイレンパートナーだ。そして英二は、俺の最愛で最後のアンザイレンパートナーだよ、」
ふたりは全く別だよ?
そう告げた真実が心から響いて、明るんでいく。それが嬉しくて光一は笑った。
「雅樹さんは俺に山の夢を最初にくれた人なんだ。先生で、保護者でもあってね?憧れで大好きで、誰よりも尊敬して愛してるよ。
だけど英二は逆だね、俺があいつの先生だ。同じ世界に生きて、援けあっていく共犯者で…体ひとつで愛し合いたい、唯ひとりだ」
体ひとつで愛し合いたい、そう告げた言葉に「秘密」が響く。
静かで優しい温もりが玉響す、密やかな夢と現が心充たして温かい。
その温もり微笑んだ想いごと、そっと周太は抱きしめてくれた。
「ありがとう、光一。それならきっと大丈夫、英二と幸せになれるよ?…でね、ちょっと教えてくれる?」
嬉しそうに見上げてくれる笑顔が、すこし困ったよう訊いてくれる。
なんだろうな?そう訊いた眼差しへと周太は率直に言ってくれた。
「あのね、光一は男同士でするのに何が必要とか、ちゃんと解かってる?買ったりして揃えてあるの?」
「え、ないけど、ね?」
短く正直に答えながら、なんだか困ってしまう。
こんな質問を周太でもするんだな?そんな意外に途惑った腕を、優しく掴んで周太は笑ってくれた
「光一、お願い。薬局に連れて行って?ちょっと大きいお店の方が良いと思う、行こう?」
笑いながら四駆に引っ張って、ポケットから鍵を出して持たせてくれる。
促されるよう運転席の扉を開錠して、乗り込むと助手席はカーナビで検索していく。
画面に「薬局」と表示されるのを見ながらクラッチとギアを操作し、走りだすと光一は率直に質問した。
「あのさ?薬局って…もしかしてえっち用品を買いに行くワケ?」
「だって光一だけで行っても、英二の好みとか解からないでしょ?」
そんなこと君でも言うんだね?
言われたこっちが恥ずかしくなる、そんな純粋な瞳で言われると面映ゆくて。
けれど、こんな現実が「大人になった」と教えてくれる、この時の経過と大人になった実感が優しい。
こういうのは嬉しいな?そう見たフロントガラスに映る恥ずかしげな笑顔が、ストレートに訊いてくれた。
「ね、光一ってえっちな話が好きだけどえっちじゃないんだね?」
「ばれちゃったね、俺は耳年増なダケだよ?体は綺麗なモンだ、」
質問に困りながら笑って、白状する。
本当に自分は耳年増、それは16年前の夏も同じ、だから「秘密」を結べた。
大切な愛しい「秘密」の幸福に笑いかけ、話せることだけに光一は口を開いた。
「山と畑で暇も無いしね?さっきも言った通り、俺は君にえっちすること楽しみにしてたけど、他は興味無かったんだ。
今だから言っちゃうけどね、君が男でも本当はえっちしたかったよ?周太だったらタチもネコもしたいなって、思ってたんだからね、
だから俺、一応は男同士でもナニするって解ってるし、前も言ったけど自分の指でちょっとしてみたしさ。周太のだったら平気だと思うよ、」
男同士で愛しあう、その全てを自分は知っている。
その誇らしい「秘密」密やかに笑って、もう眠りにつく16年の夢の相手をフロントガラスに見つめる。
見つめた薄紅いろの笑顔は困りながらも、思い切ったよう訊いてくれた。
「そんなに想ってくれてありがとね?…でも、だったらなんで英二とするのは、そんなに考え込んでたの?」
「そりゃ決ってるよね、あいつがデカいからだね、」
さらっと答えたトーンに、いつもの悪戯っ子が起きあがる。
ちょっと転がしてしまおうかな?この愉快な気分に今は一緒に笑いたい、その気持ち正直に光一は訊いてみた。
「いつも風呂で見るだろ、でね、あんなデカいの入れられたらキツイだろって思ってさ。周太よく平気だなって思ってたんだよね。
あんなの入れるコツってある?あったら教えてよ、ほんと俺ちょっと自信なくって怖いんだよね。あのサイズでヤられるのは想定外だしさ、」
転がしながらも聴きたいことを訊いてみる。
本当に自信ないし怖い、そう率直に告げて回答を求めたい。
そんな質問とフロントガラス越しに笑いかけた隣り、周太はすこし拗ねた。
「あのね、光一?ほんとうに訊きたいのもあるっておもうけど、半分以上は俺のこと転がして面白がってない?」
「違うね、真剣が2/3で悪ふざけが1/3ってトコだよね、」
正直に訂正して隣を見遣り、見つめ合った黒目がちの瞳に心が止まる。
もう終わった夢、もう感じられない「雅樹の体温」その名残を見つめて心が泣きだす。
それでも終わりを認めて笑いかける、その想いの真中で周太は綺麗に笑って教えてくれた。
「今はふざけて良いよ?でもね、英二と抱きあう時は100%真剣になって?英二を大好きって想って、いっぱい幸せを感じたら大丈夫、
英二のこと信じて、愛されたいって想えたら自然と体が緊張しなくなるから、ちゃんと英二のこと受容れられるよ?それがコツだと想う、」
告げられた言葉に、愛しい「秘密」が密やかに微笑んだ。
その微笑に笑いかけて涙こぼれる、ゆっくり頬伝う熱に幸せを感じながら光一は微笑んだ。
「いっぱい幸せを感じるね、俺。周太、やっぱり君のこと大好きだよ?俺のドリアード、」
「ん、俺も光一のこと大好きだよ?」
綺麗な笑顔で即答して、応えてくれる。
その明るい笑顔が嬉しい、嬉しくて笑った隣で周太は心遣いと笑いかけてくれた
「見て、富士山すごく綺麗だね。あれより高い所に行くんでしょ?気を付けてね、」
言葉と一緒に見上げた秀峰は、蒼穹に白雲を靡かせて優雅に佇む。
フロントガラス拡がらす雄渾な蒼い山、あの頂点には二人のアンザイレンパートナーとの記憶が佇む。
この冬と春、そして6歳の夏に笑いあえた約束と秘密を見つめて、光一は綺麗に笑った。
「うん、気を付けて登るよ。心配しないでね、俺が英二のこと絶対に無事に登らせて、連れて帰ってくるから。信じて待っててね、」
今度こそ、無事に登らせ共に生きる。
必ず英二の無事を自分が護る、そして夢を共に見る。
もう自分はアンザイレンパートナーを死なせない、その力が今はある。
もう自分は8歳の子供ではない、もう大人として責任と義務と権利を背負う事が出来る。
―雅樹さん、約束を叶えるよ?そして英二の夢も叶えたいんだ、だから約束を護ってよ?
どうか約束を護って?あの夏に結んだ真実に懸けて、想いを叶えてほしい。
この願いと見上げる最高峰は今、夏の陽光に万年雪がきらめいて、永遠の光を投げかける。
―…あの雪ってさ、鳥に似てるね、雅樹さん?
幼い自分の声が記憶で笑う、富士山の夏が懐かしい。
保育園の年長組、6歳の自分を連れて雅樹は夏富士に登ってくれた。
あのときも楽しかったな?そんな想い佇んだ隣から優しい声と指が道を示し微笑んだ
「あ、光一。次の信号のとこ曲がってね?」
「そこの店だね?」
答えながら指示通りに四駆を走らせて、大型ドラッグストアの駐車場に停める。
すぐにシートベルトを外すと助手席の扉を開き、降りた笑顔がすこし羞んだ。
「あのね、光一?俺、店で買うのって初めてだからね?いつも英二が買ってくるから…でも品物はわかるからあんしんしてね、」
言ってくれるごと水色の衿元から紅潮が昇りだす。
こんなに恥ずかしがられると、こっちも困ってくるのにね?
そんな困惑も愉快で可笑しい、愉しい気分に笑って光一は潔く入口へ踵を返した。
「ソンナに恥ずかしがんなくってイイよ、周太?どれなのか教えてくれたら、俺ひとりでもレジには行けるからね、」
「いいえ、だめです、」
歩き出しながら、真赤な貌できっぱり言ってくれる。
どう見ても恥ずかしそうな紅潮、けれど黒目がちの瞳は毅然と光一を見上げ、率直に言ってくれた。
「俺が、英二の妻なんだからね?妻が夫のために支度したいの、だから俺が光一に買ってあげます。これくらいの意地は張らせて?」
そう言って笑ってくれた貌は恥ずかしがって真赤、けれど誇りが充ちて明るくまばゆい。
こんなふう笑ってくれるから、やっぱり信じてしまう、好きだなと想ってしまう。
この想い嬉しくて、すこし転がしたくなるまま光一は悪戯っ子で笑った。
「ありがとね、周太。君はドリアードだけどさ、でも結構えっちなんだね?恋人の浮気えっちまで管理しちゃうなんてさ、」
「…っ、」
言葉つまらせ、額まで赤くなる。
こういう初心なとこ可愛いよね?つい転がしたくなっちゃうな?このネタは長く使えそう?
そんな想い愉しく店内を歩いて陳列棚を覗く、その視界へと不意に周太が振り向き、毅然と言った。
「えっちじょうとうです、おとなで妻なんだからね、えっちであたりまえでしょ?あと浮気じゃなくって本気えっちしてね、」
いつもの可愛いトーンで言い放って、くるり棚に向きあい周太はボトルと箱を1つずつ手にとった。
そのまま真直ぐレジへと歩いていく、その背中に光一は呆気にとられて首傾げこんだ。
「…やっぱ君って、最強かもね?」

(to be continued)
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