待合わせ、この想いは遺して

soliloquy 建申月act.3 Attente―another,side story「陽はまた昇る」
この風は、樹幹から香をまとい吹きぬける。
ふる光は梢の木洩陽、遥かな季の輝きに心を明るます。
ちょうど一年前の朝、このベンチに並んで腰かけた隣は綺麗な笑顔ほころんだ。
「きれいだな、どの木も。森みたいな庭だな、」
まぶしそうに細める切長い目の、濃やかな睫に陰翳は蒼い。
穏やかに深い翳りから微笑んだ眼差し、それが綺麗で優しくて見惚れそうだった。
綺麗な横顔が自分の隣、父のベンチに寛ぎ遺愛の庭を褒めてくれる、それが嬉しいのに伝え方も解からない。
ただ素直に笑いかけられない頑な、そんな凍えた心がもどかしくて、それでも精一杯に言葉を口にした。
「ありがとう…」
ただ一言だけ、それでも隣は笑ってくれた。
幸せに笑って常緑樹の梢を仰ぎ、庭を吹く森の風へと瞳細めて和やいだ。
「俺の方こそ、ありがとな。この庭、湯原とお母さんが大切にしてるんだろ?そこに座らせてくれて嬉しいよ、すごく居心地いい、」
居心地いい、そう言われて嬉しかった。
自分が大切にする場所を好んでくれる、それが幸せに想えた。
嬉しくて、けれど何て答えて良いのか解からなくて、少しでもと言ってみた。
「また来たらいい、」
そう言った本音は、本当は「また来てほしい」だった。
そんな言い方も解からなかった一年前の夏、それでも想いは通じ合えたと思う。
だってベンチに並んだ隣の笑顔は、幸せに喜びほころんでくれたから。
「うん、また来させてほしいよ?この家ってなんか寛げるよ、どこよりもね、」
どこよりも寛げる。
そう言ってくれた想いを、まだ自分は全てに気付いていなかった。
もう今は解かる、英二が何を求めていたのか、この自分に求めてくれるのか?
けれどまだ解からなくて、それでも嬉しいままに少ない言葉から自分は応えた。
「ん、良かった…また来たら良い、」
「ありがとう、」
短いけれど大切な言葉で、綺麗な低い声は笑ってくれた。
穏やかな切長い目で真直ぐ見つめてくれながら、眼差しに自分だけを映して微笑んで。
ただ微笑んだ言葉少ない静かな朝、けれど満ちたりた瞬間に自分の孤独はそっと抱きとめられていた。
けれど今、自分は独りベンチに座り、常緑樹の空を見上げている。
見上げる空は青く澄んで、その遠い夜への祈りを想う。
…お願い、今は夢でもお互いだけ見つめて?…どうか俺のこと、忘れていて?
今、アルプスの山麓は深い夜の時間。
アイガーを見上げる部屋に大切な人は、初めての瞬間に見つめ合う。
その瞬間への傷みを自分の心に知りながら、それでも幸福を祈る温もりを贈りたい。
もう泣かないと決めた自分の涙、この涙の分も幸せに泣いて、ふたり深い絆に微笑み合って?
…どうか幸せでいて、ふたりの初めての夜は
祈る想いにそっと、百日紅の紅と白が風に降る。
謎の華やぐ深紅、高潔まばゆい純白、ふたつ色彩のコントラストが俤を映す。
いつも深紅と黒の登山ウェアで山を駆ける英二、そして白と青のウェアに輝く光一の背中。
赤と白、ふたつの色の記憶を映して今、佇んだベンチに花は舞い降り「今」抱きあう二人を想わす。
誰より大切で、誰より綺麗な人。その人たちに幸せの瞬間をと祈り、けれど心は泣く。
いま見つめる花への想いと共に、遠く遥か8時間を隔てた夜への祈りを、そっと抱きしめる。
泣けない涙に生まれる泉の深く、祈りの真実は密やかに瞬きがら、勁い優しい想いに変っていく。
「英二?ちゃんと待ってるから…掃除して、布団干して待ってるよ?この庭で、」
想い声にこぼれて、ひとりごと木洩陽にきらめき融ける。
この想い、声を消して届けてほしい。ただ幸せを祈る想いだけを大切な人へ、名も知られず贈りたい。
あの夏に孤独を抱きとめてくれた瞬間たち、その喜びを今あの人の幸福へと変えて、密かに叶えて?
この心だけで生まれる涙に祈り温めて、紅と白の花ふる庭に独り周太は遥かな夜へ微笑んだ。
…どうか今、ふたりのいる時間は幸せでいて?
もう過ぎ去ってしまった夏、移ろった秋に冬、そして春の雪から変転した夏は今。
(to be continued)
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第58話「双璧9」その後のワンシーンです

soliloquy 建申月act.3 Attente―another,side story「陽はまた昇る」
この風は、樹幹から香をまとい吹きぬける。
ふる光は梢の木洩陽、遥かな季の輝きに心を明るます。
ちょうど一年前の朝、このベンチに並んで腰かけた隣は綺麗な笑顔ほころんだ。
「きれいだな、どの木も。森みたいな庭だな、」
まぶしそうに細める切長い目の、濃やかな睫に陰翳は蒼い。
穏やかに深い翳りから微笑んだ眼差し、それが綺麗で優しくて見惚れそうだった。
綺麗な横顔が自分の隣、父のベンチに寛ぎ遺愛の庭を褒めてくれる、それが嬉しいのに伝え方も解からない。
ただ素直に笑いかけられない頑な、そんな凍えた心がもどかしくて、それでも精一杯に言葉を口にした。
「ありがとう…」
ただ一言だけ、それでも隣は笑ってくれた。
幸せに笑って常緑樹の梢を仰ぎ、庭を吹く森の風へと瞳細めて和やいだ。
「俺の方こそ、ありがとな。この庭、湯原とお母さんが大切にしてるんだろ?そこに座らせてくれて嬉しいよ、すごく居心地いい、」
居心地いい、そう言われて嬉しかった。
自分が大切にする場所を好んでくれる、それが幸せに想えた。
嬉しくて、けれど何て答えて良いのか解からなくて、少しでもと言ってみた。
「また来たらいい、」
そう言った本音は、本当は「また来てほしい」だった。
そんな言い方も解からなかった一年前の夏、それでも想いは通じ合えたと思う。
だってベンチに並んだ隣の笑顔は、幸せに喜びほころんでくれたから。
「うん、また来させてほしいよ?この家ってなんか寛げるよ、どこよりもね、」
どこよりも寛げる。
そう言ってくれた想いを、まだ自分は全てに気付いていなかった。
もう今は解かる、英二が何を求めていたのか、この自分に求めてくれるのか?
けれどまだ解からなくて、それでも嬉しいままに少ない言葉から自分は応えた。
「ん、良かった…また来たら良い、」
「ありがとう、」
短いけれど大切な言葉で、綺麗な低い声は笑ってくれた。
穏やかな切長い目で真直ぐ見つめてくれながら、眼差しに自分だけを映して微笑んで。
ただ微笑んだ言葉少ない静かな朝、けれど満ちたりた瞬間に自分の孤独はそっと抱きとめられていた。
けれど今、自分は独りベンチに座り、常緑樹の空を見上げている。
見上げる空は青く澄んで、その遠い夜への祈りを想う。
…お願い、今は夢でもお互いだけ見つめて?…どうか俺のこと、忘れていて?
今、アルプスの山麓は深い夜の時間。
アイガーを見上げる部屋に大切な人は、初めての瞬間に見つめ合う。
その瞬間への傷みを自分の心に知りながら、それでも幸福を祈る温もりを贈りたい。
もう泣かないと決めた自分の涙、この涙の分も幸せに泣いて、ふたり深い絆に微笑み合って?
…どうか幸せでいて、ふたりの初めての夜は
祈る想いにそっと、百日紅の紅と白が風に降る。
謎の華やぐ深紅、高潔まばゆい純白、ふたつ色彩のコントラストが俤を映す。
いつも深紅と黒の登山ウェアで山を駆ける英二、そして白と青のウェアに輝く光一の背中。
赤と白、ふたつの色の記憶を映して今、佇んだベンチに花は舞い降り「今」抱きあう二人を想わす。
誰より大切で、誰より綺麗な人。その人たちに幸せの瞬間をと祈り、けれど心は泣く。
いま見つめる花への想いと共に、遠く遥か8時間を隔てた夜への祈りを、そっと抱きしめる。
泣けない涙に生まれる泉の深く、祈りの真実は密やかに瞬きがら、勁い優しい想いに変っていく。
「英二?ちゃんと待ってるから…掃除して、布団干して待ってるよ?この庭で、」
想い声にこぼれて、ひとりごと木洩陽にきらめき融ける。
この想い、声を消して届けてほしい。ただ幸せを祈る想いだけを大切な人へ、名も知られず贈りたい。
あの夏に孤独を抱きとめてくれた瞬間たち、その喜びを今あの人の幸福へと変えて、密かに叶えて?
この心だけで生まれる涙に祈り温めて、紅と白の花ふる庭に独り周太は遥かな夜へ微笑んだ。
…どうか今、ふたりのいる時間は幸せでいて?
もう過ぎ去ってしまった夏、移ろった秋に冬、そして春の雪から変転した夏は今。
(to be continued)
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