萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

告知日記:秋の名残

2012-12-10 20:54:04 | 雑談
色彩の豊穣、冬向かう前に



おつかれさまです、こんばんわ。
画像は10月の三頭山です、前にUPした写真と同じ場所を別カットにて。
紅葉は赤と黄色のイメージが強いですけど、白い葉もあるんですね。

第58話「双璧」8と9の加筆校正が終わりました、手塚と湯原の飲み会シーンです。
今回の「双璧」は宮田と国村の北壁に向きあい、第4の男・手塚賢弥とのターンになっています。

朝一UPの第58話「双壁K2・7」をこのあと加筆校正します。
そのあとに短編を一本UPの予定です、湯原ターンにて。

取り急ぎ、





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第58話 双壁side K2 act.7

2012-12-10 07:26:59 | side K2
「輝」そして、より高みへ



第58話 双壁side K2 act.7

高度四千、その境界をブライトホルンに超えた。

―英二は?

視線は前を見ながら、意識1/4に背後の呼気を窺わす。
その背中へと規則正しい呼吸は頼もしい、リズミカルな雪踏むアイゼンも響く。
いま聴こえる2つの音と見つめる銀嶺の輝きに、明るい安堵の吐息が白く笑った。

「よし、大丈夫だね、」

機嫌良く笑ってサングラス越し、光一は先を見た。
登りゆく痩せ尾根は頂点に向かう、その先に広がらすのは遥かなる蒼穹の世界。
そんな高き青へ至ろうと延びる白銀の稜線、この雄渾まばゆい天の道に懐かしい声が響く。

―…銀色の竜の背中だよ、光一?僕たちは今、山の神さまの背中を歩かせてもらっているんだ、

冬、山の神は白銀の竜となって雪陵に眠る。

そう雅樹が教えてくれたのは4歳の晩秋、初雪の夜だった。
いつもどおり金曜の夜、雅樹は奥多摩に帰ってくると光一を迎えに来てくれた。
吉村の実家に着くころ雪は降りだして、夕食は白銀ふる窓に会話が咲いた。
そして風呂の時間は雅樹とふたり、湯に浸かりながら窓を開けて雪を見た。

「ね、雅樹さん。初雪だね、明日は新雪だよ?雪山に登れるね、」
「うん、雪崩の心配が無かったら良いよ、」

そう約束して笑ってくれた貌は、湯の紅潮まばゆかった。
濡れた黒髪かきあげる長い指は桜いろ映えて、綺麗で嬉しくて、その指に指を絡め笑いかけた。

「明日は雪崩は無いね、今夜の冷え込みは明日も続くよ?きっと登れるね、」
「じゃあ大丈夫かな?光一の観天望気は当たるからね、」

絡めた指を長い指に受け留めてくれながら、薄紅あざやぐ笑顔は優しく美しい。
その貌が嬉しくて大好きで、豊かな湯のなか抱きついて頬よせた。

「そうだよ、俺のは絶対に当るね?ね、雅樹さんっ、明日はきっと石尾根が綺麗だよ、雲取山に行こ?天辺から富士山も見えるね、」
「うん、きっと綺麗だね。富士山も真白だろうし、雲取でピークハントする?」
「する!三角点タッチしようね、雅樹さん、」

笑いあい抱きとめてくれる腕は、頼もしかった。
温かな湯を透かしてふれる肌、伝わる鼓動、深い声、湯気に清々しい石鹸の香。
山と雪の話に笑いあい、大好きな人を独占めにふれあう風呂の時間は幸せだった。

「山桜も雪化粧だね、登る前と後、ドッチで逢いに行く?」
「そうだね、後の方が良いかもしれないね?もし雲取で時間が掛かったらいけないから、」
「だね?雅樹さん、雪合戦もしよ?俺、きっと雪団子つくるの上手くなってるよ、立派な泥団子が作れるようになったからね、」
「うん、きっと上手になってるよ。光一、逆上せてないかな?そろそろ出ようか、」

訊いてくれながら長い指が前髪かきあげて、額くっつけてくれる。
その感触が嬉しく微笑んで、大好きな気持ちと雅樹に抱きついた。

「うん、出る。ね、抱っこしてってよ?」

抱っこして?

そう自分からねだる相手は雅樹だけだった。
よく「可愛い」と抱きたがる大人は多かった、けれど自分から手を伸ばしたいのは唯ひとり。
そんな自分に雅樹は微笑んで、いつも大らかに懐を広げ抱きとめてくれた。

「甘えん坊だね、光一は、」

あのときもそう笑って、雅樹は抱っこしたまま風呂から上がってくれた。
温まった体を拭いパジャマに着替え、雅樹の祖父母におやすみを言って布団に入る。
いつものよう包んでくれる懐は温かくて、居心地よくて幸せで、嬉しくて眠るのが勿体ない。
もう少し起きていたい、そんな気持に笑って自分は雅樹にねだった。

「雅樹さん、お伽話して?なんか雪山の話とかない?」
「雪山の話か、そうだね…」

すこし考えるよう首傾げ、切長い目が微笑んでくれる。
嬉しく見つめかえす先、穏やかな美しい瞳ひとつ瞬いて深い声が教えてくれた。

「冬、山に雪が降るだろ?そういう時はね、山の神さまが銀色の竜になって眠る時なんだ、」
「神さまが、雪で竜になるワケ?」

聴き返しながら頬よせた懐、パジャマを透かし清雅な香が華やぐ。
湯上りの濃やかな香は山桜を想わせて、その馥郁にゆるやかな鼓動が優しい。
大好きな香と愛しい音に温められる幸せに、深い声は「山の秘密」を語ってくれた。

「そうだよ、神さまは雪が降ると竜になるんだ。きれいな銀色の竜になって雪と眠りながら、空の夢を見て力を蓄えているんだよ。
そうして雪から力を貰ったら竜は空に昇るんだ。だからね、山から雪が溶けてなくなった時は、山の神さまが空に昇った時なんだよ。
雪はね、空が山の神さまにプレゼントする元気の素なんだ。そして溶けた雪は山の木に抱っこされて春を待つ、それが川の水になるんだよ、」

綺麗な穏やかな声が語る物語は、冬山の秘密がきらめく。
天からふる雪と山と川、その3つに廻らす「元気の素」に自分は訊いてみた。

「ね、空の元気が川の水になるってコトはね、いつも飲んでる水にソレが入ってる?」
「そうだよ、入ってるよ。そしてね、川の水は海に流れこむから、海の塩にも入ってる。だから水と塩は人間の体にも大切なんだよ、」

優しい笑顔と声は雪を語り、空と山と海に水が繋がれる理と、塩と水の意味を解かりやすく教えてくれた。
雪ふる夜の物語に白銀の壮麗を想う時間は静かで、布団と体温に包まれる温もりは幸せだった。
そうして教わったことを想いながら懐に安らいで、大好きな切長い目を見つめ尋ねた。

「じゃあ雅樹さん、雪が降ってる今って、山の神さまが竜になる真っ最中ってコト?」
「そうだよ、きっと奥多摩の山は今、神さま達が竜になっている。雪の山を歩く時は、竜になった神さまの背中を歩いてるんだよ、」

問いかけに応える声も眼差しも穏やかで、優しく髪を撫でてくれる掌は大きく温かかった。
静かな温もりは幸せで、微笑んで頬よせるまま眠りについて朝、唐松谷から雲取山へと登った。
そして見た新雪きらめく石尾根の稜線、あざやかに延びゆく白銀の上でまばゆい笑顔が教えてくれた。

「これが銀色の竜の背中だよ、光一?僕たちは今、山の神さまの背中を歩かせてもらっているんだ、ありがとうって気持ちで登ろうね、」

綺麗な深い声は白い吐息に微笑んで、十九歳の青年は蒼穹へ向かう銀竜の背を見つめていた。
その横顔は紅潮あわく輝いて、真直ぐな眼差しに山への深い愛は穏やかに熱く、透けるよう明るい。
あの美しい眼差しも声も抱きしめて今、登っていく雪稜は標高4,000mを超えた頂点に繋がっている。
あのとき並んで見つめた雲取山頂2,017m、その倍の高みへと今、白銀まばゆい神の背を英二と辿っていく。

―雅樹さん、英二も高度に強いよ、やっぱり山の神に愛される男だね。英二しか俺のパートナーは出来ない、だから護ってよ?

懐かしい愛しい俤に今、共に登っていくパートナーを祈る。
この自分とアンザイレンザイルを繋ぎ夢へ駈けていく、それが出来る唯一の相手。
この相手を今度こそ離したくない、ずっと共に登って生きたい、そんな願いと白銀の道を辿っていく。
そうして登る背後をアイゼンの音が続いてくれる、その気配が時おり揺らぐようで懸念が傷んだ。

―英二、実家と葉山に行った後から変だよね?

2週間ほど前、英二は自車を取りに実家へ顔を出している。
そのまま周太を連れて葉山に住む祖母の許へ行き、川崎の家で1泊して帰ってきた。
その帰路に周太を新宿まで送り、その直後に「亡霊」騒ぎを新宿署で起こしている。

―…ココアをぶっかけてやったんだよ、古い血液みたいで…あの署長、いま夢のなかで土下座してると思う?

そんなふうに「亡霊」の真相を告白した英二の貌は、凄艶だった。
周太の父親を殉職に追いこんだ復讐、その目的に向かう端正な美貌は冷たい酷薄、けれど底は深い熱情が優しい。
本来は生真面目で穏やかに優しい英二、だからこそ敬愛する馨を死なせた「あの男」が赦せなくて灼熱の冷酷をまとう。
そんな英二の一面を見るたびに、雅樹と英二の違いに気がつかされて「別人」なのだと安堵する自分がいる。

―すごく優しいのに残酷で、別嬪で賢くてさ、ほんとに天使と悪魔ってカンジだよね…そういう英二なのに何を悩んでる?

元から哲学的思考の英二は、考え込みすぎては何かと悩んでいる。
けれど賢明だから大概は回答を見つけ出す、それなのに今、この揺れるような雰囲気は何だろう?
まるで見えない迷路でも彷徨うように、時おり意識が目を瞑るような瞬間がアンザイレンのザイルに伝わらす。
こんなふうでは危ない、その注意を喚起したくて光一は背後へと声を透した。

「ここからスノーブリッジだよ、両側がクレバスだけど、落っこちないでね?」
「ああ、落ちないよ、」

綺麗な低い声が笑って応える、その瞬時にザイルの向こう意識が鋭利になった。
こういう切替スピードが英二は器用と言えるほど反応速度に優れている。

―この切替の速さがあるから英二、考え込んで歩いても無事なんだよね、

集中力を器用に使い分けられる、そんな才能が自分のアンザイレンパートナーにはある。
この才能も雅樹とは違う点で、集中力と客観視点を同時並行させる意識の分割が雅樹は巧かった。

―よく似てるけど、ホントに全然違うね?ふたりはさ、

想いながら微笑んで登っていく、その視界は雪稜と空を観察し、聴覚は雪と氷と風の音を聞いている。
肌の体感温度と氷雪の融解スピードを計り、クレバスの罅割れる聲を聴き分け、観天望気の感覚は奔っていく。
そんな意識野と並行して思考は廻る、そういう自分は雅樹と同タイプで、だから英二の感覚は面白い。

―ホント英二って面白いよね、別嬪で賢いのにちょっとドジでさ、その癖に計算高い悪魔だね?

ほんと面白い、そして惹かれる。
天使より悪魔の方が美しい、だから人間は悪の誘惑に堕ちやすい。
そんな文章があるけれど、両方を兼備する存在が居たら惹き込まれて当然だろう。
善と悪、明と闇、光には陰翳、冷静と情熱。そんな対照が同居する様相は「山」と似ている。

―…山は楽しいね?でも危険も多くて遭難する方もある、山の危険を利用して自殺する人もいる
   山と人間を廻る『死』の関係に反抗したくて、僕は山ヤの医者になるって夢を決めたよ…
   山はね、人間に命を与える場所でもある…生まれた光一を抱っこして体温を感じた瞬間、自然とそう想って涙が出た
   山は人間を生かす力もある…山を愛してる、命を生かす力を手助け出来る医者になりたい

生と死、誕生と終焉の「生命」が見せる対照の姿を山に見つめて、雅樹は山ヤの医師を夢に懸けた。
あの深く美しい声の言葉たちは時おり心響き、懐かしく慕わしくて、尚更に愛しくなる。
そして今、標高4,165mの頂点を見つめる輝きに、逝きし想い人の俤と微笑んだ。

「ほら、頂上だよ?」

振向き笑いかけて、アンザイレンザイルを手繰り寄せていく。
ザイルの向こう綺麗に笑ってくれる、その笑顔が嬉しくて右掌を差しだし大好きな人の右掌を掴んだ。
そして見渡した山頂は横長に狭く、そのライン伸びやかな白銀に朝陽が輝いた。

Breithornブライトホルン、標高4,165m。

スイス、イタリア国境のヴァリスアルプスに聳える4,000m峰。
蒼穹に抱かれた氷雪の世界は遥かへと連なり、360度の視界へと高峰は白銀の海をなす。
母国のどこより高い銀嶺は朝陽きらめいて、光ふる冷気に氷河の風は吹いていく。
まばゆい白銀の風にダークブラウンの髪きらめかせ、英二は綺麗に笑ってくれた。

「きれいだ、すごい世界だな?」
「だろ?あれがモンテローザ、リスカム、で、マッターホルンの東壁だよ、」

並んで指さす高峰に、隣はサングラスを透かし真直ぐ見つめる。
ここに初めて登った8年前は後藤と二人だった、けれど今はアンザイレンパートナーが隣に居てくれる。

―あのひとの婚約者だけど、でも、俺だけのアンザイレンパートナーって想って良い、よね…

自分だけのアンザイレンパートナー、その存在が嬉しい。
ずっと自分と一緒に山を登ってくれる相手、山では自分を最優先してくれる相手。
自分が生きる世界「山」で共に生きてくれる、その綺麗な笑顔が言ってくれた。

「俺、自分がここに来れるって思ってなかった、光一に逢うまで、」

綺麗な低い声が微笑んで、見つめてくれる眼差しに遠い愛しい言葉が重なる。
いま隣に佇む深紅のウェア姿はダークブラウンの髪、その姿は懐かしい人の色とは違う。
それでも同じような言葉を言い、サングラス透かす眼差しの穏かな愛情が似ていて、泣きたい。

―俺のほうこそ来れるって思ってなかった、こうして二人並んで笑える時には…英二に逢うまでね、

自分が生きるのは遥かな蒼穹に近い世界、そこは希薄な空気と凍える冷厳が支配する。
誰でも生きられる訳ではない世界、その光輝く白銀と広やかな青が自分は愛しくて離れられない。
だから単独行でも生きたかった、けれど本当は誰かと一緒に生きたかった、幼い日のよう「山」で笑いあえる相手に逢いたかった。
それでも相手は見つからなかった、山を愛し山を知り、山に愛される誇り高い力を持ちながら自分と同等になれる相手は居なかった。
それでも諦められなくて本当はずっと探していた、そして去年の秋初め「英二」は自分の前に現われた。

―…お話し中に失礼します、国村さんですね?

青梅署単身寮の談話スペース、先輩たちと話す合間をはかって長身は微笑んだ。
ずいぶんと綺麗な低い声だな?そう思って振向いた視界の真中で、端正な白皙の貌は穏やかな微笑ほころんだ。

「この度、御岳駐在所へ卒配になりました宮田英二です、よろしくお願いします、」

名乗って、ダークブラウンの髪ゆらせ頭を下げ、上げる。
そして真直ぐ見つめてくれた穏やかな切長い目に、心臓が止まった。

「…ま、」

雅樹さん?

そう呼びかけようとして、声は止まった。
いま周囲には同僚たちが居る、そう意識が止めて呼びかけは停まり冷静が戻る。
ひとつ瞬いて見た長身の姿は似ていた、けれど髪の色も声も違う、なにより陰翳の存在が違っていた。
似ている、けれど全くの別人。そう気がついて落胆と安堵へと笑って、自分は立ちあがった。

「また背が高いね、何センチですか?」
「はい、183cmです、」

ほら、雅樹より身長が2cm高い。けれど184cmの自分と1cm差になる。
身長的には自分とバランス良いかな?そんな同じ目の高さの後輩に笑いかけた背後、先輩たちが笑った。

「国村と宮田くん、背格好がなんか似ているな?」

その言葉に、諦めかけた夢が瞳を披いた。
自分と背格好が似ているのなら、ザイルパートナーとして釣合うだろうか?
そう想い、けれどすぐ危ぶんだ。英二の山岳経験が乏しいことは御岳駐在所長の岩崎に聴いていたから。
そんな男がこの自分と組んだら「殺す気か?」って感じだよね?そう想った自分に英二は微笑んで、真直ぐ告げてくれた。

「国村さん、私は山の経験が1年もありません。それでも山岳救助隊を希望しました、だから、どんな訓練も絶対に弱音は言いません。
最初は不甲斐ないことも多いと思います、ご迷惑も沢山かけると思います。それでも私は自分を諦めません、よろしくお願いします、」

よく自分自身を解かってるんだね?
そう想って見直した切長い目は、強靭な意志が真直ぐ光一を見ていた。
その視線が懐かしい人とそっくりで、かすかな希望と願いをそこに見つめ始めていた。

『もし、この男に素質があるのなら、自分のアンザイレンパートナーになるかもしれない?』

確かに経験年数は0に等しい、けれど雅樹のような高い素質の持主なら?
もしも雅樹と同等の適性と能力を持ち、雅樹のように地道な努力が出来る男なら可能性がある?
そんな期待に想ってしまった、この男が自分と似た体格を持ち、雅樹の俤と似ているのは「雅樹の意志」の証かもしれない?

『雅樹が約束を果たすために、この男を自分の前に連れてきた?』

こんなこと夢のようだね?そう想いながらも、もう信じ始めていた。
そんな願いに縋るよう英二を見つめ、英二の訓練に真向から付きあって「証」なのか確かめた。
その全てに英二は応えてくれた、そして冬富士の雪崩に呑まれた光一の体を救い、槍ヶ岳北鎌尾根で光一の心を救ってくれた。
だから想ってしまう、やっぱり英二は雅樹が遣わした唯ひとりの相手だと信じたい。

自分の唯ひとりの“Messiah”かもしれない?

きっとそうだともう信じている、だって英二は雅樹が愛した「山桜」ドリアードに再会させてくれた。
雅樹の俤を宿し、雅樹の恋した精霊に愛され、雅樹のように山と医療へ意志を抱き夢を懸けて生きている。
その全てに相似しながら英二と雅樹は正反対、だからこそ雅樹は、雅樹に遺された光一と「約束」の為に英二と逢わせてくれた。
そう信じている、こんなにも雅樹を信じたがって生と死に別れて尚、ずっと愛されたがっている。

―雅樹さん、こんなにも俺は信じたがってるね?約束を護るために英二を連れてきてくれたって…俺を大切に想ってくれるからだって、ね?

そして今この瞬間も約束は護られ、願いは叶っていく?
その瞬間をありのまま見つめたくて、光一はサングラスを外した。
そして見た隣の眼差しは穏やかな愛情に静かで、その静謐の底から激しい熱情が真直ぐ見つめ返す。
この激しさが雅樹とは違う「英二」として惹かれている、そんな想いのまま光一は正直に笑った。

「きっとね、最初から決ってたよ、おまえがココに立つことはね。そして明後日には北壁を登って、あそこに立っているよ、」
「明日、ガイドからテストを受けて合格したら登れるな、」

綺麗な低い声で答えながらサングラスの横顔は、真直ぐに氷食鋭鋒の頂点を見つめる。
アルプスの女王マッターホルン、三大北壁の1つを初登する英二は光一のビレイヤーとして挑む。
その初登に向けて明日、リッフェルホルンで行われるロッククライミングのテストを受けに行く。
この合格を得られないならマッターホルンは、北壁どころかノーマルルートで登る資格もない。
けれど英二ならきっと大丈夫、この信頼へと光一は綺麗に笑いかけた。

「大丈夫だね、おまえなら」

三大北壁の一峰マッターホルン、その頂点に続く道は今、眼前にある。
16年を幾度も山図で辿ったルート、もう8年前の初登で得た現場感覚をデータにも反映させた。
きらめく夏の約束を叶えるアンザイレンパートナーは今、この隣で鋭鋒を見つめ穏やかに微笑んだ。

「ありがとう、光一がそう言ってくれるから俺は、自分を信じられるよ?明後日は北壁を登ろうな、」

応えてくれる低い声は穏やかに明るんで、けれど激しく勁い。
綺麗な微笑は静かに情熱はらみ、標高四千の白銀と青に深紅のウェア姿は風に輝く。
誇らかに高潔まばゆい紅蓮の花、そんなパートナーに心ごと眼差し奪われながら光一は微笑んだ。

「信じてるよ、俺のアンザイレンパートナー、」

信じてる、自分のアンザイレンパートナーと生きる明日を信じ続けたい。
そんな想い16年の星霜を笑って光一は、ブライトホルン山頂から約束の場所を見つめた。

―あの場所へ2時間だね、

標高4,478mマッターホルン、その蒼穹を示す約束に光は輝く。








(to be continued)

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