【声明】「常楽会」の様子 (於:高野山金剛峯寺)
声明を研究してみたいっていうのが、今の愚生の課題であります。
(^-^)/
【声明】「常楽会」の様子 (於:高野山金剛峯寺)
声明を研究してみたいっていうのが、今の愚生の課題であります。
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今年は行かなかったけれども。
来年も関係ないのかなぁ・・・中退しかないかもしれないから。
実力を養成するしかないですな。
実力を。
マジに。
死生学で知った医師の山崎章郎先生の講演
昨日は、講演を拝聴していた。死生学で知った医師の山崎章郎先生の講演があったので、隣の市まで、拝聴しに行ったのだ。御著書は全部拝読させていただいた。修士をとる時に、必修科目であったので、レポートを書くために資料として拝読させていただいた。
興味がある。
つまり、「死ぬということ」についてである。「死」をどう受け止め、どういう心的態度で人生を終わることができるのかということに最大の関心があるのだ。オレ自身のことである。そう、当たり前の話だが、オレもまた死ぬのである。退職してますます考えるのが、どういう心的態度で死ぬのかということである。古典の世界にもいろいろ書いてある。オレは、そういうのを10代の頃から考えてきたのだ。できれば、大学の学部は印度哲学をやりたくて、母校の大学を志願していたのだった。かなわぬ望みだったが。
山崎先生の語られた週刊朝日の記事から引用してみよう。
「山崎章郎さん(63)はもともと外科医だった。1983年、勤めていた病院から長期休暇を取り、南極の調査船の船医となり、洋上でE・キューブラー・ロスの『死ぬ瞬間』を読んだ。
生の終わりには、鎮痛剤よりブドウ酒、輸血より家のスープのほうが患者にははるかにうれしい。
こんな一節が、運命を変えた。病院の延命治療に疑問を持ち、ホスピスケアに目覚める。90年に『病院で死ぬということ』を出版し、翌年、ホスピス医となった。そして、人間らしい穏やかな最期を迎えられるホスピスの意義を広めてきた。」
「--忘れられない、印象的な死を教えてください。
たくさんあります。胃がんだった70代の男性は、食事の量がだんだん減って家族も心配するので、私が「点滴もできますよ」と言うと、「結構です」と断る。「夕食時にお酒が飲めればいいんですよ」と毎晩飲んでいました。ちょっとしたつまみと一緒にね。「おいしいんですか?」って聞いたら、「いや、おいしくはないんだ」って(笑い)。その方にとっては、お酒を飲むことが生きている証し、習慣なんですね。
その量もどんどん減っていく。家族は不安だったと思います。でも患者さんのそれまでの人生や病気の経過を考えれば、「そのときご本人が欲して体に入った量を適量と考えればいいんじゃないですか」と言いました。朝昼の食事はなしで、夕方ちょっとしたつまみとお酒。家ではそれが少しも不自然じゃなくて、むしろそんな人生の終わり方もいいなと思えます。
同じく70代の男性で、自分の部屋にはだれも入ってほしくないと、われわれも家族もなかなか部屋に入れてくれない方がいました。猫が好きで、猫だけがずっとそばにいる。最期の瞬間もたぶん猫が看取ったんですが、「それもありかな」とみんなが思ったら、その人らしい逝き方として何ら問題ない。病院ではなかなかできないことです。
--家で看取ることを通して、どんなことが見えてきましたか。
普通、患者さんはできるだけ家にいて、「いよいよ」となったら病院で最後を見ましょうとなるけど、逆じゃないかと。これ以上、治療法がない段階になったら、残された時間をどう生きるかが大事です。そのときこそ、家に戻るのです。」
そうなのだ。「残された時間をどう生きるか」である。これである。我々は、いつまでも生きていられるつもりでいるが、実はそうではない。死にむかって、まさに「残された時間」を生きているからであって、そのことから目を背けた生き方は良くないとオレは思っているからである。生涯学習は、「残された時間」をどう使うかということの、オレなりの回答である。
論文を書いたり、あちこちと研究誌に出していただいたり、実にそれはそれでありがたいことである。しかし、そのためだけに努力しているのではない。
ステップアップのためにやっているのではないからである。
ステップアップというのは、「徒労」である。もし本当にそう思っているのだったら、東大大学院以外は、「徒労」である。研究者とか学者せんせの世界っちゅうのは、それくらい厳しいのだと随分前からオレは思っている。当然だろう。
オレは、冒頭にも書いたように、「死を」「どういう心的態度」で受け止め考えていくかということを追求し、さらにオレのつまらない人生を総括して死んでいきたいのである。
だから、出世のために、カネのために、社会的地位のためにという他者評価の世界から自由に飛び立ってしまったのだ。もういい加減うんざりしているのである。そういう世界で十分すぎるほど生きてきたからである。オレのような人間が、すこしでも役にたったというならば、それは悲惨な学歴でも校長になれるという希望を周囲にまき散らしたということ、その一点に限るだろうなぁ。マジに。
もういいんである。
もう。
飽きたのだ。そういうくだらない闘いは。
Stap細胞研究のことで、毎日大マスコミが騒いでいる。
オレは、あの30代の女性研究者がかわいそうでならない。ある意味、彼女もまた犠牲者ではなかったのか。成果主義の。それ以上は書かない。年齢的にも、オレの娘のようなものだからだ。
さ、それでもオレは書くために生きる。
オレ自身の「残された時間」の使い方であるからである。
オシマイ。
※昨日は山崎先生のホンをずっと読んでいて記事を書けませんでした。
桑田真澄氏:東大大学院に合格 投手の動作研究へ - 毎日新聞 mainichi.jp/sports/news/20…
【STAP細胞】理研を追い込んだ〝ネット捜索隊〟 - MSN産経ニュース sankei.jp.msn.com/west/west_life…
【STAP細胞】「小保方氏は神戸に」で神戸会場ざわつく 広報担当者「本人は発言したい気持ちある」 - MSN産経ニュース sankei.jp.msn.com/west/west_life…
【竹富町教科書問題】ルール教える現場のはずが…法に反する教育機関 - MSN産経ニュース sankei.jp.msn.com/life/news/1403…
【平安時代の貴族はどんなものを食べていたのか?】
京都市にある 料亭 六盛さんでは予約制で「創作平安王朝料理」をいただくことができます。
⇒ rokusei.co.jp
中の人がいただいた時の様子はこちら。
⇒ kakitutei.gozaru.jp/kyoto08oct/24/…