声が枯れて病院に行っていた・・・枯れたのは声だけではなかったけど。地位も、名誉も、カネも、カミの毛も全部枯れてしまっていたよ(最初からナカッタが)
今日は、さっきまで東洋一の巨大病院に行っていた。
実は、声が枯れてしまってどうしようもナカッタからである。昨日の夜の塾でも塾生に指摘された。「と~ま君、声が出てないよん」って。その中学生の男子はさらに言った。「だから女子に・・・」。フン。その先はわかっているっちゅうもんだ。
声も欲望も枯れてしまって、もう完全にジイジである。情けないほど、枯れてしまっているのだ。カネも、地位も、名誉もなんにもない(カミの毛も)。和歌もスキだったのであるが、もうそんな恋愛の和歌なんて味わう気もしない。まったく関係ない世界であるからだ。
さらに、このだみ声である。暴力的な声である。やばい世界の人みたいである。声が。しかし、顔は優しい。自称だけれども。誰もそんなことは言ってくれないが。
それで塾で決意したのだ。「そうか、じゃ、明日、東洋一の大病院に行ってくるよぉ~」と。「ノドの癌だったらしょうもないからねぇ~」っていうわけである。
そしたら、くだんの中学生男子。大笑いをしていた。むっとした。ウソだけど。
「オイラが癌になったらそんなにおかしいか?」とか言って、ちょっとだけ遊んだ。それから、英単語の学習を徹底的にやったのである。
病院の結果は、鼻からカメラを入れて、ノドの奥深くまで診ていただいて、「なんともない」とのことであった。しかも、「加齢によって、あるいは働き過ぎて疲れるとなりますよ」とも言われた。
あ?
疲れるほど働いていないのだが。「大学院ごっこ」もヤメタし。自称大論文もまったく書いていないし。書くとエコノミークラス症候群になっちまうし。海外旅行も、ビジネスクラスでないと、病気が再発するから、まったく分不相応の旅しかできなくなってしまったし。よって、海外旅行の回数が減ってしまったし・・・トホホ。
そういうくだらないことはdoctorに申し上げなかった。申し訳ないからである。一生懸命働いているdoctorである。悪いではないか。暇つぶしで生きているアタシのようなジイジとは所詮棲むところが違うのだ。
それにアタシャ、できるだけキタナイ格好で病院に行くから、そんなことを言っていたら、今度はアタマがおかしいとなって、別の診療科に行かされてしまうのはミエミエである。虚言症という病気があるのかないのか知らないが、小説という真っ赤なウソ話を読んだりするのがスキだというのは、そういう傾向が若干ながらあるのかもしれない。
キタナイ格好というと老人大学にも、ジャージで行く。もう完全にナメキッテいる。なんでそんな格好をしていくのだとも古女房ドノに言われることがある。大きなお世話である。着るモノがないし、もうどうだっていいのだから。
老人大学ばかりではない。古文書講座もそう。中国語講座もそう。できるだけキタナイ格好である。その方が気楽だからだ。それに、オレの現在の心境を如実に現している。
つまり、オレは一丁前の人間では無いということである。古文書も、中国語も、老人大学も全部中途半端である。まったくモノになっていないからだ。すべてが「~~~ゴッゴ」で、低レベルである。
しかも、だんだんとレベルが下がってきている。最初からレベルは、ゼロないしマイナスから始まったのだから、さらにマイナスになったということだがねぇ~。
そうなのだ。だんだんと惚け「も」始まっているのである。自覚している。それを防止したいから、ブログを始めたのである。それに指の運動にもなるからだ。
☆
それにしても、病院の結果がよかった。
これは一安心である。
でもいつどうなるかわかったもんではない。
健康というのはそれくらい危ういものなのである。
いつひっくり返るかわかったもんじゃない。だから安心していると、代打逆転満塁さよならホームランで入院となる。自分の経験上。
だから生涯学習も保健体育編というのあってしかるべきなのである。健康と体力増進のために生涯学習をすべきである。私はほんとうにそう思う。アタマのことだけを鍛えて、それを生涯学習としてはならない。アタマから下も重要である。特に私の場合は、ふくらはぎである。両足のふくらはぎ。むくんだりしたら、病院に行った方がよろしい。
立って仕事をしている方はとくにそうである。足がむくむ。むくむというのはよくない。ろくなことがない。本来の働き方と違っているからである。身体の方が悲鳴を上げているからだ。
(^_^)3 フムフム。。
本来の働きである。本来。
つまり、人間の身体も精神も、その方だけに与えられたミッションがあるからだ。なにかを為して、なにかのためになることをすることが、我々には与えられていると思うからである。そのレベルは幾多もあるだろうけれども。
人と違ってそれでいいのである。金子みすゞではないけれども。本当にそう思う。
だから他人のまねをすることもないのである。
独自性を発揮して生きていけばいいだけである。それなりにである。それでいいのだ。
どうせ、人生、ミンナ100%死んでしまうのである。消滅するのである。誰も逃れられない運命である。だったら、思い切って生きるしかない。
ま、病院の結果が良かったからこんなことを書いていられるのだが。
さ、14:02である。これからgymに行く。そしてせいぜい身体を鍛えてくる。枯れた身体は元に戻ることはないが、長く持たせることは大切な営みのような気がするからである。
じゃぁ~ねぇ~。
(^_^)ノ””””