酒を飲まないで、酔っ払いの相手をしている方々がこれまで理解できなかったが、これからはちょっと考えなくちゃなぁ~
昨日の餃子パーティは楽しかった。
居住地の中国語講座受講生によるものである。講師の中国人女性講師のご自宅に伺って、総勢九人が集まった。ミンナ生涯学習で中国語をやっているのだが、年齢は60代、70代が中心である。一人だけ20代前半の女性がいるがつきあってくれた。彼女以外は退職後の人生をエンジョイしているのだ。
その中の60代の男性が、しみじみ言っていた。
退職してから、こんな人生が待っているとは夢にも思わなかった、と。同感である。私もそうだからだ。まさに、夢のような後半生を生きているというのは実感である。
彼は、老人大学の一年先輩。陶芸が趣味である。さらに、老人大学旅行クラブ会員でもある。社会教育の講座で書道もやっている。中国との関わりは、単身赴任で企業の工場長を中国でやっていた。だから中国語のレベルはかなり高い。
その他の方々も、観光会社の管理職とか、プロの書道家とか、農家の方とか、東京の会社を退職して九十九里浜の自然が好きで引っ越してきた方とか千差万別である。
私以外は、ミンナ中国語と関わってきた方々である。だから楽しいのである。素人の私にも教えてくださるからだ。ありがたいではないか。
そういうところが日本人らしいのである。他人に親切というのは、日本人独特のマナーというか、気質であろう。ま、中にはそうでもないのがいるが。総じてそういう傾向はある。
だからと言って甘えてばかりもいられないけどね。
もうちょっとナントカならんかと思うからである。中国語のみならず、すべての学びが。
確かに一度諦めてしまった大学院での学びであったが、これも自分なりに継続していくことはできる。素人学問である。しかし、素人であるが故に、できることはたくさんあるような気もしているのだ。
老人大学の先輩とは卒業したらどうするんじゃい?ってな話題になった。私もどうするんじゃろ?と思う。考えても仕方がない。うっすらとした計画はあるが、それに向かってしゃかりきになって努力するという時代は過ぎた。正直言って、なるようにしかならないというのが本音である。なんだか、ダンダンどうでもよくなってきたのだ。こういうのをどうしようもないというのだろうが。
男性陣は持参してきた酒をノンでいた。私は、何度も誘われたが、絶体に近寄らないようにした。意志薄弱だから、酒を飲んじゃうような気がしたからである。近寄らない方がいい。
私は、ウズラの卵の殻をテーブルでむいていたのでそのままテーブルにいた。そして、持参してきた麦茶を飲んでいた。それが一番いい。そしたら、女性陣が(講師先生も含む)、私を哀れがっていろいろなごちそうを最初に食べられるように仕向けてくださった。酒は飲めなくても、こういう特典があったというわけである。ありがたいこと限りなし。
失うものが多いと、得るものもあるということである。少しだけだけれども。天は見捨てないのである(^0^)。くだらないことであるが。
往復、歩いて講師先生の家まで行ったのでかなりの運動になった。意図的に歩いたのである。餃子はダイスキであるから、食べ過ぎるだろうと思っていたから歩いた。消費カロリーが気になったからである。だったら喰わなきゃいいじゃないかと言われそうだ。そうもいかない。いくら酒が飲めなくなったと言っても、それくらいのおつきあいはしなくちゃナランと思っているからである。
そうでなくては、これからの人生楽しくもなんともない。もっとも、一滴も飲めないで宴会に参加できる方もいる。女性陣に多い。そういう方々のことを見習わなくちゃならん。それまで、なんとも思わなかった下戸の方々のことがかなり気になってきた。どうやったら我慢できるのだろうかと思うからである。さらに、アホな酔っ払いをハラも立てないでどう扱っていたのかということに急に関心がでてきたのだから人生は不思議なものである。笑っちまうけど。
そういう点で、おバカキャラのミニスカオネーチャンをこれまで何度もバカにしてきたが、下戸のオネーチャンには見習うべき点があるのかもしれない。誰にでも学ぶことはあるのだろう。そういう謙虚な気持ちでいないと、ますます嫌われジジイで終わってしまう。
それこそ誰も相手にしてくれない可能性が高い。古女房ドノだって、心底呆れているからだ。大学院退学騒ぎでは。けっこうなカネを使って結局最終学年で退学してしまったからである。
怒り心頭というやつである。しかもご丁寧に健康まで損ねてしまった。論文の書きすぎで、毎日じっとしていたから、血管が詰まってしまった。油断からきた大病であった。バカもこれくらいバカになると、大笑いである。ま、入院中に死ななかったから、ありがたい限りではあるが。
☆
昨日は木更津で郷土史の理事仲間が、講演を行ったらしい。聞きに行きたかったが、九十九里浜からはかなりの遠距離である。しかも房総半島はデカい。もっと言えば、公共交通機関があまり発達していない。木更津の方だと、千葉市経由だから遠い。自分の車で行った方が好都合である。
断念した。彼はプロの研究者であるから、どうしても聞きたかったがねぇ~。またの機会もあるだろう。それに、興味関心をあちこちとアンテナ高く過ごしていると、講演会とかは自ずから情報が伝わってくる。これがありがたいのである。
いつまでも学びを続けることである。ものになるかならんかなんてことは、もうどうでもいい。どうせ年寄りの冷や水である。趣味である(イヤミではない)。
こうやって馬齢を重ねていくのも一興である。どうせミンナ年をとるのである。ジジイになってババアになって、ダンダンダンダン死に近づいていくだけだ。残念だが、真理である。100%死ぬのが、生きているものの定めであるからだ。
さ、今日も素敵な一日でありますように。
(^_^)ノ""""