~ 僕が本書で定義する「オヤジ」とは、年齢的なものではない。あらゆることーー家族との向き合い方や仕事への接し方、服装や体型に至るまでーーを、より良き方向へ改善しようとすることを放棄してしまった者たちへの表現だ。
彼らは現状にただ不満を持ち、将来に不安を抱えながらも、そこを打開しようという意思する奮い起こせない。ただ、誰に向けるともなく不平を口にしているだけだ。それを僕は「思考停止状態」と呼ぶ。(堀江貴文『君がオヤジになる前に』徳間書店) ~
オヤジかどうかは年齢ではない、という指摘は、強く支持したい。
でも、最近かなりあぶないのは事実だ。
仕事に対する、より良き方向への改善意欲があるだろうか。ないはずはない。いや、世間的にはめちゃめちゃあると言っておきたい。
生徒さんがたにそればかり語っている身であるし。
たとえば自分の授業をなんとかしたいという気持ちは、昔ほど強くはない。
でも10年前の自分と比べたら、その頃の10分の1も努力すれば、その時期の授業レベルをかるく越えられる。
10分の1でも良き方向への改善はしているのだから、オヤジ化してないと言っていいかもしれない。
部活だと、和音の構造もだいぶわかるようになったし、指揮法を習って3拍子もそれなりになってきた(と自分では思う)。
服装や体型はどうだろう。服装には前からそんなに執着はなかった。体型は、ほとんど運動してない今、けっこう走っていた頃とそんなには変わってない。
酒量は増えた。これはオヤジ化なのか、そうでないのか。少なくとも著者よりはいい体型してると思うけどな。
「現状にただ不満を持ち、将来に不安を抱えながらも、そこを打開しようという意思する奮い起こせない。ただ、誰に向けるともなく不平を口にしている」のをオヤジというなら、自分も危険ではあるが、今の若い人(生徒さんも含めて)の一部に、ずいぶんあてはまる人がいるのではなかろうか。
久しぶりにホリエモンさんの本を読んでおもしろかった。