水持先生の顧問日誌

我が部の顧問、水持先生による日誌です。

この世界の片隅に(3)

2020年08月06日 | 学年だよりなど
  3学年だより「この世界の片隅に(3)」


 「ねえ、すずちゃん、広島に帰っておいでや」見舞いに来た妹のすみが言う。
 晴美のことだけではなく、周作との間に子どもができないこと、夫に好きな人がいたと知ったこと、右手を失っていろいろな家事ができなくなったこと……。
 いろんなことが頭の中をうずまいていた。この時点で、広島は空襲に遭ってなかった。
 実家に帰ろうと決めたその日、おねえさんがすずの髪をすいてくれる。8月6日。
 「この間は、あんたのせいにして悪かったね。
  あんたが、ここにいたいなら、居ってええんやで、ここはあんたの居場所じゃ」
 そのとき、空がふわっと光る。8時15分。
 「いま、なんか光ったね?」「かみなりじゃろか、いい天気なのに」
 「あのー、やっぱりここに居らしてもらえますか……」
 突然、激しい地響きがおこる。地震か?
 外へ飛び出すと、みたことのない、大きな雲。
 あわててラジオをつけるが、雑音ばかりが鳴っている。すずの実家に電話も通じない。
 庭に飛来した回覧板には広島の町内会名が書いてある。障子や金づちまでが呉に飛んできた。
 8月15日。正午に大事な中継があるので、ラジオをつけるようにとの回覧板が回ってくる。
 「タエガタキヲタエ……シノビガタキヲシノビ……」と初めて耳にする声。
 「これは、負けたってことかね……」
 「……じゃろうのう……」「は――、終わった終わった」
 「広島と長崎に新型爆弾も落とされたしの」「ソ連も参戦したし、まあかなわんわ」


~ 「そんなん覚悟のうえじゃないんかね? 最後のひとりまで戦うんじゃなかったかね?
 いまここにまだ5人もいるのに! まだ左手も両足も残っとるのに!!
 うちはこんなん納得できん!!!」   (こうの史代『この世界の片隅に(下)』双葉社) ~


 原作を見ても、この作品のなかで、すずが唯一感情をぶつけるシーンだ。
映画の最後は、広島の街。瓦礫の中を夫と歩いている。
「すず、おまえと一緒になれてほんとうによかった」
「この世界の片隅に、うちを見つけてくれて、ありがとう、周作さん……」
 すずが落とした太巻きを、小さな女の子が拾う。そのそばには、母親の遺体が放置されている。「いいよ、それ食べてええよ」
 食べ終わっても、すずにすがりついて離れない女の子を、二人は呉に連れて帰る。
 呉の町の景色。街灯がともり始める。画面のはじの方に花も咲いている。平和へのかすかな希望が象徴されている。長いエンドロール。クラウドファウンディングに協力した人達の名前がえんえんと続くからだ。最後に、ふわっと映る手が観客に手を振る。すずの失われた右手だった。
コメント
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