水持先生の顧問日誌

我が部の顧問、水持先生による日誌です。

すばらしき世界

2021年02月11日 | 演奏会・映画など
 西川美和監督のエッセイ集『スクリーンが待っている』を読むと、映画一本撮るのにどれだけ多くのだんどりや下調べや俳優さんとのやりとりやスタッフさんの苦労や様々なしがらみが積み重ねられているかを垣間見ることができる。
 「構想何年、制作何年のすえついに公開……」というかんじの惹句を目にすることがある。役所広司主演で映画を撮りたいと思いが芽生えた日から数えるなら、この作品は西川監督にとって構想二十数年ということになるのだろうか。そういう方面に漠然と進みたいと思っていた高校2年生が、テレビドラマで連続殺人犯を演じた役所広司を観た日から数えるなら。
 その後映画監督となり「ゆれる」「ディアドクター」「永い言い訳」と、邦画史に残る名作を生み出した西川監督をして、役者としてエベレストと評さしめる役所広司という名優は、なるほどそうとしか言いようがなかった。
 やんちゃをして少年院に入った後、ヤクザの世界に身を置き、殺人で13年の懲役を終えた男。
 ひとたび道を踏み外した人間が、刑期を終えていざ堅気となってやり直そうとしても、世間の風は冷たい。
 役所演じる主人公の三上は、人としては魅力のある人物だろうと思う。いい言い方をすると正義感がが強い。
 気に入らないことをだまっていられない。好きな女は命がけで守ろうとする。それで人を殺めてしまったのだ。
 シャバに出たあと、問題を起こさずに生きないといけないのは分かっていながら、町でからまれている中年を見れば、助けに入ってチンピラをボコってしまう。こういう感じのワルはモテるんだよなぁ、くやしいけど。
 女性目線だと、恋人としては魅力的だけど、結婚相手としてはちょっと……といった感覚なのだろうか。知らんけど。職場の同僚としてみると、ときどき面倒になりそうかな。でも、その人間的純粋さゆえか(けっこう、すぐ泣くし)支えてくれる人たちもいる。
 「我慢しないといけない、見て見ぬふりをすることも世の中では大事」と橋爪功や六角精児に諭されて、「みなさんの顔に泥を塗りません」と誓い、介護施設で働きはじめる。
 施設では、もとの三上なら完全にぶちきキレているような出来事がある。あばれてしまうイメージも挿入される。 しかし思いとどまって周囲にあわせる三上の様子を見ているうちに、こみ上げてくるものがあった。
 我慢が本当に正しいのか、そうやって周りにあわせることが善なのかという思いがわいてきたからかな。
 すると、道を踏み外した人間の社会復帰がいかに難しいかを描いた作品ではないことに気づく。
 罪を犯した三上は普通ではない人物だが、彼が感じる生きづらさは特殊ではない。
 生きづらさに蓋をして、わかったような顔を生きている我々一般人の方が、ほんとはどうかしてるのか?
 とくに、この頃、この頃にかぎらないか、「この人は叩いていいですよ」と認定された人を、よってたかって袋だたきにする風潮が強まってるからなおさらそう思ったのだろうか。
 前作「永い言い訳」から5年? 西川監督が次の作品にとりかかっていると雑誌で読んでから3年、待ちに待った新作は期待以上で、「非の打ち所のない」とは、こういう作品のためにある言葉だと感じた。劇場へぜひ!
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする