水持先生の顧問日誌

我が部の顧問、水持先生による日誌です。

180秒の熱量(3)

2021年12月01日 | 学年だよりなど
1学年だより「180秒の熱量(3)」


 ミドル級は、世界レベルでは圧倒的に選手層が厚い、よって必然的にレベルが高く人気のある階級だ。だから現WBA王者の村田諒太選手は、とんでもないスーパースターであり、年末に予定されているIBF王者ゴロフキンとの統一戦のファイトマネーは、数億円と言われている。


~ 8回最終ラウンド。米澤に何が起きていたのだろう。本人に聞いても、《もうこれで最後だと思って。それだけです》と言うが、僕は腑に落ちなかった。米澤には申し訳ないが、僕は最後の3分間、リングサイドでカメラを回しながら、もう勝ち負けのことはどうでもよくなっていた。ファインダー越しに見える米澤の鬼気迫る顔が、打たれても、打たれても前に出続けるその姿が、ただ圧倒的だった。 ~


 ふらふらになった足元。相手のパンチが打ち込まれるたびに、傷口と鼻から血が噴き出し、顔全体が赤茶けてくる。それでも前に出る米澤。もしかしたら……という空気さえ漂いはじめる。
 最終ラウンド終了のゴングが鳴った。判定は? 「勝者、赤コーナー福山!」
 会場は一気に静まりかえった。しかし、観客は敗者を万雷の拍手で送り出した。タイトル戦でもなんでもない試合では異例にことだった。
 ジムの会長も、トレーナーも、この試合で引退させたくないという気持ちになっていた。
 「仕事、休めたらなあ……。このまま続けても、同じこと繰り返したら意味ないよ」
 しかし、現実問題として、収入がなくなれば、ジムの費用も、接骨院に通うお金も払えない。
 米澤が思わずもらした言葉に、「仕事、やめちゃえば?」と同棲しているみな子さんが言う。
 あと半年くらいなら、あたしが食べさせてあげると。
 現役続行を決心した米澤だが、対戦相手がいるかどうも問題だった。会長は、もてる人脈を駆使し、執念で相手を見つけた。東洋太平洋ミドル級14位のイ・ウンチャン選手。
 タイのバンコクで行われたこの試合も、凄絶なものになった。


~ 6ラウンド。止まらない出血も痺れた足も、何もかも引きずりながら、米澤は突進を止めなかった。愚直に前へ。そしてボデイ。ひたすらボディ、ボディ、ボディ。
 決して美しいボクシングではない。見ていて痛快なボクシングでもない。わかりにくくて、地味。けれどそれが米澤だった。繰り返すが、このボクサーには何かに秀でたものがない。巧みな技術もスピードも、優れた反射神経もない。おまけに眼鏡をかけなければ仕事ができないほど、視力も悪い。さらには劣勢を一発でひっくり返すパンチ力もない。そんな米澤に優れたところをあえて探すとすれば、自分自身の才能のなさを心の底まで自覚していたという点ではないだろうか。だからここまで、ひたむきにボディが打てる。 (山本草介『180秒の熱量』双葉社) ~


 米澤選手に惹かれるのは、「才能のない」人間の徹底した「ひたむきさ」があるからだ。
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