今日こんなことが

山根一郎の極私的近況・雑感です。職場と実家以外はたいていソロ活です。

発がんリスクからみた放射線

2011年07月15日 | 東日本大震災関連
『放射線および環境化学物質による発がん』(佐渡・福島・甲斐編著。医療科学社 2005年)は、
発がんリスク(発生確率)からみた放射線の影響について、発がんのメカニズムの研究情報とともに詳しく論じられた本で、
放射線についての入門書を読み終えた人に推薦する
(内容は専門的なので、一章のリスクの話と最終章の総合討論の部分だけでもよい)。

この本が書かれた動機は、日々研究が進んでいる専門家の知見と一般の意識との乖離をなんとか埋めたいということ。
その乖離の例として書中に何度も登場するのが、がんの原因に対する医学上の学説と一般の認識との乖離。
医学上では、ガンの原因は、食事とタバコで60%を越え、それに次ぐのがウイルスと性生活。
ところが一般の意識では、食品添加物と農薬で60%を越え、タバコはウイルス感染程度の原因力で、その次に大気汚染が続く。
つまり、医学的には、ガンは日常生活の中に原因が見出されるとしているのに対し、
一般では”人工的”な汚染が原因とみなされる(放射線は非日常なのでリストに入っていない)。

放射線は医学的にはガンのリスク(発生確率)を高める要因の1つにすぎないが、一般では、放射線は”特別に恐い”ものとして別格扱いされている。
”放射線は特別に恐い”というイメージ(たとえば放射能→奇形)は、私自身、幼少期の「ゴジラ」(その元はアメリカ特撮映画「原子怪獣現わる」)からたたきつけられてきたが、まさにそれは疑似科学的フィクションであって、科学的な知によるものではない。
その非科学的な信念の呪縛から多少自由になるだけでもかなり時間がかかった。

実は、今回の原発事故による放射線量がどの程度発がんリスクを高めるかということは、放射線科学の立場の人からほとんど同じ内容で公表されているのだが(個人の信念ではなく、科学的データにもとづいているのだから同じなのは当然)、
一般人の信念(その信念の根拠は?)に相いれないため、ほとんど受入れられていない。

むしろ、放射線と健康の問題には実は”素人”にすぎない元原子力関係者周辺の”放射能恐い”的言説の方が喜んで受入れられる。

この本からふたたび具体例を示そう。
タバコ一日あたり1~9本を吸い続けるリスク(4.6)を、それと等しい原爆被害者の肺がんリスクにあてはめると、
その場合の被曝放射線量は3.4Sv(=3400mSv=一般公衆の年間被曝上限値の3400倍)になるという。
これはタバコがいかにリスクの高いものであるかを示すものなのだが、
一般の人は逆に、恐ろしい放射線がタバコ程度のリスクだと言われたと解釈し、反発して信じない。
一般の人は、放射線の発がんリスク(発生確率)を過大評価していると同時に、
タバコの発がんリスクを過小評価しているためだ。

那須・黒磯はもとより飯館村や浪江町にも平気で入っていった私でも、
近くにタバコを吸っている人がいたら、そこから急いで避難する。

くれぐれも、原発からの放射能を恐れていながらタバコは吸い続ける、という滑稽なマネはしないでほしい。