今日こんなことが

山根一郎の極私的近況・雑感です。職場と実家以外はたいていソロ活です。

人はなぜ事実でない物語を好むのか

2024年02月11日 | 心理学

なぜ人は事実でない物語を好むのか。
※:物語とは創作されたストーリー(事柄の一連の展開)をいう。

事実でないとわかっていながら、喜んで時間を費やしてそれを堪能するのはなぜだろう。

情報として価値があるからだ。
しかも感情的な価値、すなわち感動を与えてくれるから。
感動とは、文字通り”感じて心が動く”(躍動する)心理現象である。
感動とは逆の”心が動かない状態”とは退屈を意味する。
退屈とは、もっとも辛い時間のすごしかたである。

物語は、その退屈から人を救ってくれる。

なので人は物語に、感動とまではいかなくても、悪くても”退屈しのぎ”を期待する(言い換えれば、退屈な物語は存在価値がない)。

感動は、芸術が示すように、まずは五感の刺激による。
この知覚体験は、それ自体として”事実”である。

感動をもたらす刺激の構成体を一様に”美”とするなら、具象的な視覚芸術だけでなく、意味的に抽象的な(表現対象が明確でない)音楽にも美がある。

一方、文学(ドラマ)すなわち物語は、視覚・聴覚刺激による知覚的な感動ではなく、ストーリーの解釈・共感による感動であり、人間的・意味的な美といえる。
これは視聴覚の芸術作品の感動とは別個の反応で、例えばたわいもないピアノ曲が、モーツァルト5歳の作品と知れば、音楽的感動とは別の感動を味わう。

創作のドラマも、それを知覚している間は、知覚体験として”事実”である。

実際にあった事実で今は目の前にない事と、創作を今目の前で見ている事と、”事実”としてリアリティ(現実感)があるのはどちらだろうか。
我々の心は、リアリティがリアルの根拠となる。

リアリティのある感動は一時的な感情的興奮で終わらずに、その人の心に深く浸透し、価値観にまで影響を与え、人生(生き方)を方向づけさえする。

このように物語は、退屈しのぎどころか、人に人生の指針を与えることさえできる。

美術に黄金比があるように、人の感動を喚起する一定の法則性は知られていて、物語にもストーリーのツボがあり、よくできた作品はそれを効率的に配置している。

それに対し、単なる事実の連続は、我々の日常生活がそうであるように、ほとんどが退屈で感動を与えない。
行動の大半はルーティンワークなので、機械的反応のシステム1でこなしていることもあり、それら(移動、洗面・歯磨き、排便等)は物語の要素にならない。

現実は退屈で、物語は感動する。
だから人は物語を好む。

価値のない情報をノイズというなら、事実は確かに普遍的な法則が実現されているが、それを隠蔽するほどの雑多なノイズ(誤差)が混入したままの状態である。
それに対して、物語は情報的に不要なノイズを除去し、意味がわかりやすいように効果的に再構成し、例えば”人生の本質”をわかりやすく表現しているという意味で”真実”である。
これを以下のように定式化できる。
  事実=真実+ノイズ
右辺のノイズを左辺に移項するすると
  事実-ノイズ=真実
となる。

物語は、事実から誤差(ノイズ)を除去し、真実の部分だけを1つの具体例に託したものといえる(物語の普遍性)。
かくして、物語は事実ではないが、1つの典型的事例としてリアリティを伴って真実を表現する。

そして、物語に接することは、知覚的経験として生々しい事実であり、感動を伴うことによって、退屈な事実よりも強い影響を与える(人生の真実を効果的に知る)。

ここまでなら、物語万歳!で終わる。
私はここで終わらない。

物語はリアリティを高めるために、固有の情報(例えば感動を高めるための細工)を付加している。
その部分は事実ではないし、真実でもない。
人はそれらを一緒くたに受け入れる。
すなわち、物語を事実として受け入れる。

システム2内での退屈しのぎとしてならそれで問題ない。
例えば、フィクション(アニメ・ドラマ)の聖地巡礼は、私も楽しんで実行する。

問題となるのは、これが神話として、この世の理解の枠組みのレベルで採用されると、事実に反する世界理解の温床として、我々の知性を無明化する点。
物語を楽しむのではなく、物語に心(知性、感情)が支配されるためだ。

近代以前の人類は、各地でそれぞれの神話に支配されてきた(無害の神話もあるが、魔女狩りや大量の生贄を求める神話もあった)。

近代科学は、この物語(神話)的世界観(=宗教)の夢から覚まさせる人類史的インパクトを与えている(科学も物語ではないかという見方もあるが、科学はより信頼度の高い情報に常時更新される点が、過去数千年固定したままの物語と異なる)。
私は物語の存在を否定はしない(私も好きである)。
ただ、それに心が支配され、人生が方向づけられることはお断りしたい。


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