昨日、津久井の城山を登りながら、「今自分はここにいるんだな」と実感した。
この実感は、中学時代に山に行き出して、傾斜のある山道を登っている時に、「気がつくと、自分は山を登っている」と実感した時から、登山中にのみ、たびたび体験している。
こういう実感て他の人も経験するのか不明だったが、後年、マンガ家つげ義春の『やなぎ屋主人』という作品に、主人公がやなぎ屋という宿の布団の中で「ぼくはいまここにこうしているんだなあ」と実感しているのを読んで、自分と同じ体験している人がいることがわかった。
この実感(実感以上でも以下でもない)は、日常レベルの意識と、多少は違った状態になっていることを示している。
それは、『意識障害の現象学』の著者・安芸の用語を使うと「意識水準XII(意識清明)」の一段上の意識水準XIII(これは私が追加)すなわち超意識清明状態に近い。
心のこの状態(心のサブシステムの1つ)を私は「システム3」と名づけている。
システム3は、日常的に作動しているシステム1やシステム2(既存の二重過程モデル)ではなく、意識している自己(システム2)を意識する非日常的なメタ認知状態であり、通常はマインドフルネスなどのトレーニングによって達成できる状態である。
中学の時、月一回の頻度で山に行っていたので、私の心にシステム3が作動するのは月に1度、山に登っている時というわけだ。
しかも、こうなるのは登り始めてある程度たってからで、逆に山頂に近くなると元の意識レベル(システム2)に戻る。
山頂という目標が目の前に出現したため、気持ちが「いま・ここ」から離脱してしまうためだ。
また山頂からの下りも、加速度のかかる身体運動の制御に心が奪われるため、システム3が作動する余裕がなくなる。
私にとってマインドフルネスは、システム3の作動の1パターンであり、システム3の下位概念となる。
だから、追究したいのはマインドフルネスを可能にするシステム3の心理学だ(神経科学的分析はすでになされている)。
論文になるまでには時間がかかるので、アイデア段階でもここに披露していきたい。