夢の中で、忘れ物に気づいて、取りに戻って、忘れ物を手にした。
そこには、自分が忘れたと気づいていなかった物もあった。
覚醒時でも忘れ物をするので、夢の中で忘れる事自体は不思議でないが、夢の中の自分(心)が失念したものを、ちゃんと保持しているさらに上位の心が夢を作っているといわざるを得ない。
夢を見る心は、覚醒時と同じ意識(システム2)の自我だが、夢を見させる側は自分の心のどこなのか。
意識に対立するあるいはそれより下位の無意識(システム1)ではない。
個人的忘れ物なのでユングの集合無意識は出る幕もない。
私は夢自体が自我を巻き込む意識現象(システム2)だと理解しているが(唯識仏教でも同じ解釈)、
今回の夢を根拠にすると、意識を包含したより上位の心のわざかもしれない。
それって、既存の心理学では説明できないし、私の「心の多重過程モデル」におけるシステム3(ハイパー意識)でもない。
一番当てはめやすいのは、仏教でいう阿頼耶識(システム4?)か。