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ふがいない僕は空を見た 窪美澄

本書の巻末の「初出一覧」をみて、面白いと思った。各章の初出が、第1章は「小説新潮」、第2章から第4章までが「新潮ケータイ文庫」、第5章が「書き下ろし」とあったからだ。文芸誌で紹介された後、ケータイで読む小説へと移行し、最後に全体をまとめる締めくくりの章を書いて単行本にという流れが見える。本書の書評で「現代の全てがそこにある」という賛辞があったが、これが「現代」の小説なのかもしれない。ケータイ小説に移行した理由は良く判らないが、第1章はかなり話題になったようで、純粋に内容が「ケータイ小説を読む層」に向いていたということなのだろう。内容とあまり関係ないことを書いてしまったが、最初の第1章は読んでいて恥ずかしくなるような内容、それを我慢して読んでいると、こういう内容の本も面白いかもと思い始め、最終章では本書が各所で高い評価を受けている理由が何となく判るような気がした。個人的には積極的に他人に勧めたいとは思わないが、書評を信じるならば、これこそが現代なのかもしれない。読んでいる時の違和感は、想定されている読者と自分のずれでもあり、自分と時代のずれでもある、そんな気がした。(「ふがいない僕は空を見た」 窪美澄、新潮社)
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