旧国家体制の暴走による戦争で、多くの犠牲者を生み、彼らの悔しさ、虚しさを大切にし、二度と戦争を行わないと誓う行為は、生き残った国民の素直な気持ちの現れであろう。そのことをとやかく言う気は全くない。
最近の閣僚の靖国参拝には一定のルールがあることがわかった。やっと閣僚に成れたお礼の意味で、新閣僚が例大祭に参拝する(X)、第一次安倍政権崩壊後も二君にまみえずに仕えた議員の忠誠の証として、参拝をする(Y)、X+Y=安倍首相の靖国信仰への代理行為ということになろう。
彼らの靖国参拝が終わった後のコメントでは、「御霊(みたま)」「祀る(まつる)」という言葉が必ず使われるが、その言葉が彼らの日常用語としてどれだけ使われているかは、到底理解しがたいものがある。
ふと考えると、幕末時、長州藩は下級武士と庶民出身の奇兵隊の多くの命を犠牲にして、明治維新の立役者に這い挙がった。その藩が、犠牲となった者たちの慰霊のために招魂社を造り、長州出身者が明治新政府の権力を握るとともに、その招魂社が靖国神社へと発展をしたのだ。
少し遠回りをしたが、長州=山口県出身の安倍首相への姑息な阿りを感じないではいられない。もし、参拝をした彼らが、心の底から、国のために犠牲となった者たちの霊に手を合わせる気持ちがあるのであれば、序と言っては何だが、靖国参拝の後に、ほんの少し足を延ばして、霊ではなく遺骨の眠る千鳥ヶ淵にも行ってもらいたいものだ。そういう気概と勇気のある人物は、永田町にはいないのだろうか。