ニューヨークタイムズベストセラー本、Educated:A Memoirをオーディブルで聞き終えた。
南アイダホのBuck Peakで献身的かつ狂信的なモルモン教信者の娘として育ち、終末論を信じかつ公教育や医療制度全てを否定する父親のもとで過酷な少女時代を送ったTaraが、最後はケンブリッジ大学で博士号を授与されるに至るまでをつづった自伝だ。
しかしこれは単なる成功物語ではなく、最後の章に至るまで、彼女が両親や虐待を続けてきた兄から受けた心理的苦痛と向き合ってこれからも生きていかなければならないという現実が残されている。
父親は、古自動車などの廃品置き場(ジャンクヤード)で使えそうな部品を集めて生計を立てており、母親は助産婦(最初は全く乗り気ではなかったが、夫の命令に屈した)で、後には病気や怪我を治癒するエッセンシャルオイルのビジネスを開始。Taraとその兄弟たちは幼少の頃から父親の危険な仕事を手伝わされ、怪我をしようが、「神のご計画」ということで病院にも行かず母親が治療。公教育や医療システムに対して猛反対な父親の影響で、学校に行かせてもらうことはなく、また出生証明書もないといった状態であった(9歳でやっと入手)。母親は最初はホームスクーリングをするつもりでいたが、夫の反対で次第に子どもたちを教育することを諦める。子どもたちが唯一読むことができる本は、モルモン教関係の本であった。最初はテレビもない家であったが、2000年に世紀が変わることで世界終末を迎えると信じきった父親が(そのために燃料や食料を地下に保存)、皆が滅びる様子を見るためにテレビを購入。
話の中心は、兄のShawnによる身体的かつ言語的な虐待である。その暴力的な行為は、Taraだけではなく、Shawnのガールフレンド、妻、姉、飼い犬(殺されている)まで及んだが、両親は見て見ぬふりをし、かつTaraの妄想だと責任を彼女に押し付けるところが彼女を生涯苦しめることになる。兄は彼女のことを「売春婦」と呼び、父親のジャンクヤードの仕事で真っ黒になった顔を見て「Nigger(黒人を軽蔑する言葉)」とニックネームをつけ、精神的・身体的な苦痛を与え続ける。ある時は、イギリスにいるTaraに電話をかけ、「相談があるんだが、お前を直接殺そうか、暗殺者を送って殺そうか迷っているんだ」というところなど、凶悪極まる虐待である。同じく虐待を受け続けた姉は、そのことを両親に話してShawnに対して立ち向かおうとした行動によって、銃を頭に突き付けられている。その後、姉は、自分の命を守るためか、Taraの父親やShawnに服従する道を選び、Taraを批判してもう二度と会いたくないとメールを送ったことが、Taraをとてつもなく傷つける。
話はさかのぼるが、Taraはサバイバルのために、Buck Peakを脱出しようと大学に行くことに決める。教育を全く受けたことがなかったが、自学、かつ兄弟や友人の助けでACT(大学入試のための共通試験)を受け、見事モルモン教の大学、Brigham Young Universityに合格。17歳の時である。しかし全く世の中を知らなかった彼女は、ルームメートとの衝突(冷蔵庫の食べ物が腐っていても気にしない、トイレを使用後、石鹸で手を洗わない、使った食器を洗わない)、教科書というものがあることを知らなかったり、ホロコーストについて初めて授業で聞いた彼女が「ホロコーストって何ですか?」と質問し、悪い冗談だと思われたりなど、大学においては全くの異端児であった。しかし彼女が少しずつ世界を広げていく様子が見事に描かれていて、読んでいて面白かった。
特に Taraの幼少期に起こった事件、モルモン信徒のRandy Weaver の事件(FBIに息子と妻を殺される、その後裁判に勝利し大金持ちとなり有名人となる)が、父親の説明と全く違うことに気づき、そこで自分が住んでいた世界がいかに屈折したものであるということが少しずつ分かってくる。また心理学の授業で「双極性障害」について知り、自分の父親がそうであることを直感する。また妄想癖があるなど、「統合失調症」の傾向もあるようである。後に母親も、夫が双極性障害であることを認めているが、夫の世界観に従い、子どもたちにそれに応じるように強く働きかけるところなど、母親の罪が一番問われるのではないかと私は考える。しかし、これも歪んだ世界観の中では、正当化されてしまう。「フェミニズム」についても、Taraだけでなく、周りのモルモン教信者の葛藤が、本の中では描かれている。
Brigham Young University在学中、質問(確か、女性の生き方についての質問だったかと思う)のためにドアをたたいた大学の教授から、ケンブリッジ大学での短期留学(Study Abroad)を企画しているが応募してみないかと誘われる。そして短期留学中、Taraを指導したケンブリッジ大学の教授が、彼女の才能に気づいたことから、Cambridgeの博士課程で勉強してみないかと呼びかけたのが 彼女の研究者としての人生の始まりである。ケンブリッジ大学の教授の強い勧めと推薦で、競争率の高いGates Scholarshipに応募、見事彼女に奨学金が寄与されることになった。このことは、大学のニュースにも掲載されている。
https://news.byu.edu/news/third-byu-student-5-years-wins-prestigious-gates-scholarship
ケンブリッジの大学院在籍中には、ハーバード大学からもVisiting Fellowとして勉強する機会が与えられたが、兄Shawnの虐待をめぐる家族との争いで、精神的に追い詰められ、全く勉強に打ち込める状態ではなかったことが描かれている。
この本が出版されたことで、家族は名誉棄損を訴えており、決着はつきそうもない。しかし母親のエッセンシャルオイルビジネスは、今でも存続し、泊りがけのワークショップなど行っているようだ。(本の内容は、オーディブルで聞いたため、少し間違っているかもしれないことをお断りしておきます)。
https://butterflyexpress.net/welcome/story
Taraのインタビューである。
https://www.c-span.org/video/?441167-1/after-words-tara-westover
Taraの生まれ故郷の写真である。
(https://www.thenational.ae/arts-culture/review-educated-is-a-modern-fairytale-that-charts-one-woman-s-extraordinary-trajectory-1.709336より抜粋)