マレーシア訪問を前に記者会見をした皇太子。
でもやっぱり、この原稿は本人が作ったとは思えず。
なぜならとーーっても政治的だからです。
その部分を抜粋
「今のマレーシアの印象としては、多様性と寛容性という言葉が頭に浮かびます。
マレーシアは国内においてマレー系、中国系、インド系といった複数の民族や、異なった宗教、文化など、多岐にわたる背景を持った人々が暮らす中で、それぞれの違いを尊重しながら共存することによって、活力を生み出し、一つの国として発展してきたと承知しております。
そして、そうした考え方や姿勢は、国の発展だけにとどまらず、ASEANという地域の枠組みを通じても、活かされていると思います。
1960年代後半以降、ASEANの成立と共に東南アジア諸国全体が大きく発展を遂げましたが、各国が協力しながら、開発を進める過程で多様性と寛容性という特徴を持ったマレーシアが果たした主導的な役割は極めて大きかったと聞いております。
そして、こうしてマレーシアが培ってきた経験や見識は、今後アジアにおいて、さらには世界全体の中でも、一層重要性を増していくものと考えます。
また、マレーシアが1982年以降、国を挙げて進めてきた「東方政策」も同国の発展のうえでの印象深い点の一つだと思います。これが、日本との友好親善関係促進においても極めて大きな役割を果たしてきたと承知しております。
さらに
「本年は、日本とマレーシアが外交関係を樹立して60周年を迎えます。
歴史的には両国の関係は密なものがありました。
例えば、16世紀に遡れば、東西貿易の中継点として繁栄していたマラッカ王国と琉球王国が交易していましたし、その後も、日本から、朱印船に代表されるように数多くの商船がマレー半島に寄港していました。
また、日本にキリスト教を布教したことで有名なフランシスコ・ザビエルは、日本人と共にインドのゴアからマラッカを経由して1549年に鹿児島に上陸しました。
明治以降も、日本からマレー半島に多くの日本人が渡り、貿易に携わったり、ゴムや鉄鉱石関連産業、漁業に従事するなどして、生活の根を下ろしました。
そして、戦後になると、戦争の荒廃から目覚ましい発展を遂げた日本の経験を学ぼうという「東方政策」によって、1万6000人もの優秀なマレーシア人が日本で勉学に励み、あるいは研修を受けました。そうした交流が続いた背景には、両国の間に、人と人の関係を大切にする、相手を思いやりお互いを助け合う、そして、対立ではなく協調を重んじる、といった共通点があるからではないかと思います。
日本では、協調や譲り合いの精神などが重要視されますが、マレーシアにも「ゴトン・ロヨン」という言葉があり、それは「相互扶助」を意味するそうです。
まさに、多様性を抱えるマレーシアの人々が、相手を思いやり、お互いに助け合って、合意を目指すという理念を持っていることの表れだと思います。
「東方政策」が大きな成果を上げているのも、その根底には両国間にこうした共通点があったからではないかと思います。
ものすごく上から目線の政治家きどりの文章に感じるのは私だけでしょうか?
そもそも皇太子の立場の方がこのような文章を連ねていいのでしょうか?
っていうか、こんな事を言わせておいていいのか?
雅子妃についても
「雅子も、今回、マレーシア国よりご招待をいただいたことを大変有り難く思っており、できれば訪問したい気持ちでおりましたが、外国訪問になりますと、訪問中の諸行事や、訪問期間、さらには、その前後の国内での行事日程なども勘案する必要があります。
そういったことを考慮した結果、今回は私一人で訪問することとなりました。
雅子はマレーシアを訪れたことがありませんので、今回お伺いできないことを、私はもとより、雅子も大変残念に思っております。
これまでも申し上げたとおり、雅子は、治療を続ける中で、体調に気を付けながら、努力と工夫を重ね、公私にわたってできるかぎりの務めを果たそうとしております。
その結果、公的な活動を少しずつではありますが増やしながら、一つ一つを着実に積み重ねてきており、それがまた本人の自信にもつながり、活動の幅が広がってきていることを、私としてもうれしく思っております。
一方で、依然として体調には波もありますので、すぐに外国訪問を含む活動の幅が広がるわけではありません。引き続き、焦ることなく、慎重に少しずつ活動の幅を広げていってほしいと思います。
両陛下には、雅子の体調をお気遣いいただいていることに心より感謝を申し上げております。また、国民の皆様に温かく心を寄せていただいておりますことに心より感謝しております。
14年という長い年月を同じ言葉で飾る事に無為な気持ちにならないのかな。
どうでもいいのか・・・その場限りで「行きたい場所ならいけるけどどうでないなら行かない。
オランダとトンガは行けるし、デンマークも行く気満々。でもマレーシアは行けない」
理由になってません。
愛子内親王については
「愛子も小さいときではありましたがオランダを訪問し、オランダの王室の方々などいろいろな方とお会いする機会がありました。
今後とも愛子には、できるだけ若いうちに国際感覚を身に付けていってもらいたいと思っております。
そのためには、いつになるかは分かりませんけれども、実際に外国に行ってみるということは極めて大切だと思います。
今お話がありましたような、広島に修学旅行で行ったことは、愛子にとってもいろいろな面で大変よい勉強になったと思いますし、また本人も、このときの経験や見たことを、今後いろいろな面で生かしていきたいという気持ち非常に強く持っており、私もそういった点をとてもうれしく思っております。
いずれにしましても、今学校の授業でも、英語の授業で外国のネイティブの先生方からも教えをいただいておりますけれども、そのような方との交流を通じて、少しずつではあっても国際感覚を身に付けていってもらえればと思っております。
外国に行かないと国際感覚は身につかないんでしょうか?
外国のネイティブな先生から教えてもらえる特別な内親王アピール?
茶番はここまでに。
みなさま、官邸メールよろしくお願いします。
完結に率直に、でも決して高飛車ではなく理論的に。
皇太子殿下は「1960年代後半以降、ASEANの成立と共に東南アジア諸国全体が大きく発展を遂げましたが、各国が協力しながら、開発を進める過程で多様性と寛容性という特徴を持ったマレーシアが果たした主導的な役割は極めて大きかったと聞いております。そして、こうしてマレーシアが培ってきた経験や見識は、今後アジアにおいて、さらには世界全体の中でも、一層重要性を増していくものと考えます」などという事をおっしゃっていいのでしょうか?
とか、
「雅子は、治療を続ける中で、体調に気を付けながら、努力と工夫を重ね、公私にわたってできるかぎりの務めを果たそうとしております。その結果、公的な活動を少しずつではありますが増やしながら、一つ一つを着実に積み重ねてきており、それがまた本人の自信にもつながり、活動の幅が広がってきていることを、私としてもうれしく思っております。
一方で、依然として体調には波もありますので、すぐに外国訪問を含む活動の幅が広がるわけではありません。引き続き、焦ることなく、慎重に少しずつ活動の幅を広げていってほしいと思います。
両陛下には、雅子の体調をお気遣いいただいていることに心より感謝を申し上げております。また、国民の皆様に温かく心を寄せていただいておりますことに心より感謝しております」
とおっしゃっていますが、どうしてスキーでは何日も滑る事が出来るのですか?
とか・・・・