よし坊のあっちこっち

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墓終いの話

2022年02月02日 | いろいろ
人間生まれた時は親が出生届を出せばこの世で認知されたことになり事は済むが、人生を終えた時、近親者が死亡届を出すだけでは終わらない。通常はお葬式を経て、日本ならば火葬に付し、納骨して漸く事を終える。

日本のお葬式事情は、この20年で様変わりした。お金のかからぬ簡略葬や地味葬が増えている。葬儀関連のホームページを見ると、かつての丼ぶり勘定への批判を反映してか、項目別に価格がブレークダウンされ、明朗価格をアピールしている。型通りのお葬式が済むと火葬後の納骨となり、お墓の話となる。

かつては”お墓が足りない”協奏曲が大都市を中心に起こり、遠方への墓探しに奔走したり、お墓団地と称する、位牌が入る程度のコインロッカー的お墓もお目見えしたものだ。今でも過密都市周辺では事情は変わらないのだろうが、地方に目を転じれば衰退傾向なのではなかろうか。お寺も檀家が減る一方だから、経営的にも大変な時代を迎えている。

筆者の場合は、父が40年以上前に亡くなり墓を建てた。6年前母が亡くなった時、墓の行く末を考えた。墓を維持していく意味があるのか、を考えた時、子供二人が娘であることも勘案すれば、早晩墓の面倒を見る人はいなくなるので、出した答えが「墓終い」となった。

墓終いする前提でクリアすべき点は母の遺骨である。骨壺のまま持ち続けるわけにもいかない。ヒントはアメリカでの経験にあった。ジョージアで知人が亡くなった時、火葬後、粉にして比較的小さな骨壺にいれてくれるという。粉にする作業は当時800ドルくらい。

日本での骨粉作業を請け負う業者は少ない。当時、千葉、福岡、大阪に一社づつあるだけ(恐らく今の変わってはいまい)。大阪の業者で骨粉にしてもらい、小さな仏壇用専用容器(高さ10cm弱直径7cm円筒状)に入れ、残りは家の庭に散骨した。費用は約2万円。

墓終いで印象的だったのは、墓を開けてみると、40年以上前に納骨袋に入れた父の骨は袋の繊維と共に土になっていた。見事に自然に帰っていたのである。


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