「絶対、覗いてはいけません!」…
穴をみるとなぜ覗きたくなるのか?人類は好奇心が刺激され、つい中を調べたくなるように進化したから…と解説されている心理学の先生がいらっしゃった。また「絶対のぞくな!」と言われると覗きたくなるのも、「心理的リアクタンス理論」なるものが存在するようであります。品行方正な『おやじぃ』は、テーブルに開いた『穴』を見ても、決して覗こうとは思わない…それは、覗いたところで見えるのは「床」だということが分かっているからであり、もし『穴』を覗くと『ユカちゃん』の入浴シーンが見えるかも知れないなどという良からぬ妄想に駆られると覗いちゃうかも(笑)
まぁまぁ、出だしからおバカなことを書いておりますが、『ノゾキ』が原因ではないけれど、今、左目(まぶた)が腫れております。確定申告書を提出し、受託事務の経理を終えて、いよいよ集落の総会資料を作成していたら、左目がゴロゴロする…『逆さまつ毛』に違いないと思い込んで、手でこすっていたのが悪かったようであり、定例の『晩酌(終活)会』の頃には、左目が開けられなくなってしまいましたよ。早々に切り上げて、オッカーに見てもらいましたが、何か『白い異物』が入っていたようで、目薬をさして様子を見ております。『ノゾキ』(好奇心や見たいモノ)ではなく、『決算書』(見たくないモノ)を長時間見続けたための『防御反応』である…などと、その原因を探し出しておりますが、自分の目や耳、鼻の穴だけは自分では覗けないのだと改めて気付いた次第であります(笑)
そこは『おやじぃ』の指定席でしょうに!
『家長の威厳』などというものは、コヤツは微塵も感じていないらしい^^;(家長なら家長らしい振る舞いをしなさいということかい?)しかし、食事の際や夜中にケージ(寝床)に閉じ込められて「クーン!クーン!」と救出を求め、助けてあげるのは、いつも『お父さん』じゃないかね!(少しは感謝してもいいはずなのにねぇ…。)
さて、『覗きたくなるモノ』が、人の好奇心をくすぐるとすれば、他人の「幸せ」よりも、むしろ他人の「不幸」の方が、その『好奇心』を満たすようであります。そして、『覗きたくなるモノ』の内容を知ると、他人に話したくなるのも世の常のようでありますなぁ。ゴシップ記事や悪い風聞は、瞬く間に拡がりますもの。これって、自分には関係のない他人事だから拡げてしまう(実のところ心配や同情なんてしていない。)のだろうけれど、自分事だったら必死に打ち消しに掛かるに違いない^^;
はてさて、こうして偉そうに語る『おやじぃ』だって、好奇心の塊のような人間だから、知りたいし、話した~い!とは言え、自分の目や耳や鼻の穴を自分で覗けないように、自分事は見えないもの(聞こえてこないもの)でありますよ。ましてや『おやじぃ』の不幸話など誰も知りたくもないはずでありますから。やっぱり、一見、幸せそうな家族が崩壊する風景の方が蜜の味かなぁ?『私たちは、熟年離婚することになりました。』…これならどうだ!文句を言われながらも、目薬をさして頂いてますから、まだ大丈夫だと信じたいのでありますが…これで覗きたいですか?いや、家族からは『除かれている』ということで話を終えよう(笑)