3月5日のスーパーチュースデーで、前大統領のトランプ氏が圧倒的な勝利を収め、共和党候補の座を確実にした。
「もしトラ」から、政権交代を織り込む「ほぼトラ」へと、世間の視線が移りつつある。
折しも半導体の分野ではニッポン再興への高揚感が高まっている。
11月5日にトランプ氏が勝つと日本の半導体産業にどう作用するだろう。
時期尚早とはいえ、頭の体操だけはしておきたいと、日経編集委員・太田泰彦氏。
トランプ氏が中国を敵視する姿勢を一段と強めるのは間違いない。国境の壁は高くなり、戦略物資である半導体関連の輸出入はしにくくなる。これは明らかに負の側面だと、太田氏。
再びトランプ時代に入れば、「自由貿易」という言葉は願いを唱えるだけの念仏になるだろう。
米国が自由貿易の守護神だった世界貿易機関(WTO)を脱退する可能性もゼロではない。日本政府も誇らしく掲げていた自由化の旗を降ろし、グローバル化から国内生産へと通商政策の軸足をそろりと移しつつあると、太田氏。
日本が没落した原因はいくつもあるが、グローバル化の真の意味を洞察できなかった電機メーカーの視野の狭さは、指摘せざるを得ない。
米企業は国際分業への道筋をしっかり見定めていた。自分で半導体をつくるのはやめて、受託生産に特化する台湾、韓国のファウンドリー会社に製造を移した。その結果、投資コストとリスクへの耐性が強くなり、やがてアップルやエヌビディア、AMDなどのファブレス企業が興隆を極めるに至る。
対照的に、日本メーカーの多くは半導体王国のプライドに縛られていた。すべての工程を自社で手がける垂直統合モデルを捨てられず、莫大な投資負担に押しつぶされて自滅していったと、太田氏。
今日の米、韓、台の繁栄は国際水平分業で成り立っている。しかし、その大前提が「もしトラ」「ほぼトラ」で崩れ、グローバリゼーションの退縮が加速するとしたら……。
太田氏が、台湾積体電路製造(TSMC)が熊本への工場進出を決める少し前、同社の匿名の役員に「日本に生産拠点としての魅力があるとすれば、それは何か」と聞いたことがある。即座に「優秀なエンジニア、とりわけメモリーの人材が日本にいるから」という答えが返ってきたのだそうです。
TSMCは、情報機器の頭脳にあたるロジック半導体を、アップルやエヌビディアなどから請け負って製造する。ロジック専門であるはずの会社が、なぜ情報を記憶するメモリーの人材を探すのか。
理由は、次世代の半導体でメモリーの役割がこれまで以上に大きくなるからだ。半導体の開発競争の舞台で、いまゲームチェンジが起きようとしている。
その先兵になるのがメモリーの人材なのだそうです。
かつてメモリーで世界を席巻した日本は、経験豊富なベテラン人材の宝庫。TSMCが狙うのは、メモリーで百戦錬磨の日本のエンジニアたちだと、太田氏。
しかも、悲しいかな、円安で日本の高度人材の賃金は圧倒的に低い。
外国企業にとり日本のエンジニアはお買い得なのだと。
かつては安い人件費や不動産を求めて日本企業が海外へ進出していたが、今日ではそれが逆転!
生成AI(人工知能)ブームでヒット商品となったエヌビディアのAIチップの中身をぞいてみようと、太田氏。
1つの土台の中央に画像処理半導体(GPU)が置かれ、これを取り囲むようにメモリーが並んでいるのが韓国のSKハイニックスが製造する最先端の広帯域メモリー(HBM)。
「HBMの開発には設計から材料、製造工程、検査、パッケージングに至るまで、数多くの技術の緊密な連携が必要であり、当社の技術の完成度は業界随一と自負しています」。SKの幹部は書面インタビューでこう自信を見せた。
その最大の顧客こそがエヌビディアだ。生成AIはこれからさらに社会に浸透するのは間違いない。それに伴い、高速メモリーの需要も増える。SKはHBMの技術を足がかりに巨人サムスン電子を追い上げたい。こうした流れの中でメモリーが再び主役に躍り出れば、日本のメーカーが抱える人材と技術に焦点が当たると、太田氏。
着目すべき潮流変化がもう一つある。メモリーやロジックの素子を積み木のように組み合わせる「チップレット」と呼ばれる新技術だ。単体で微細化を追求するよりも、複数を組み合わせて、あたかも一つのチップのように機能させる。エヌビディアのAI半導体もこの方法でつくられているのだそうです。
量産するためには、一つの皿の上に料理を並べたり、重ね合わせたり、貼り合わせたりする腕利きの料理人が要る。電流を通す銅箔、絶縁する樹脂、隙間を埋める充塡剤、土台となるガラスなど、隠し味となる特別の食材や包丁も欠かせない。
これらの素材や、その素材を使いこなす製造装置をつくる企業が、世界で最も集積しているのが日本。こうしたサプライヤーの厚みは、米国はもちろん、台湾、韓国にも存在しないのだそうです。
異なる分野の技術や材料を融合させる「すり合わせ型」の開発も日本のお家芸。
現時点では、日本企業なくしてチップレットの製造はできない。一般には名前が知られない中小企業にも脚光が当たると、太田氏。
トランプ氏の米国第一主義は、世界の通商秩序を破壊するだろう。
貿易が自由である保証はなくなり、国境を越えたサプライチェーンは細くなる。その帰結として、世界の企業は生き残りをかけて、新しい技術のタネがある場所に集まろうとする。自由貿易に頼れない以上、企業が自分が動くしかないからだと、太田氏。
「もしトラ」「ほぼトラ」が本物のトラに化けたとしても、日本の戦略的価値はむしろ高まり、海外から企業を引きつける魅力が強くなるのではないか。そして、日本の優秀なエンジニアたちの待遇や給与も国際標準に平準化されていく。
逆説的だが、強力な磁力を帯びた日本にとり、リセットされた新しいゲームに参戦する福音と見ることもできると。
トランプ氏の大統領復活が、日本の半導体業界の復活になる。期待することにします!
# 冒頭の画像は、TSMCの日本での工場の開所式であいさつする創業者の張忠謀(モリス・チャン)氏
この花の名前は、セイヨウアブラナ
↓よろしかったら、お願いします。
遊爺さんの写真素材 - PIXTA
「もしトラ」から、政権交代を織り込む「ほぼトラ」へと、世間の視線が移りつつある。
折しも半導体の分野ではニッポン再興への高揚感が高まっている。
11月5日にトランプ氏が勝つと日本の半導体産業にどう作用するだろう。
時期尚早とはいえ、頭の体操だけはしておきたいと、日経編集委員・太田泰彦氏。
「もしトラ」はニッポン半導体の福音か 分断に潜む好機 - 日本経済新聞 編集委員 太田泰彦 2024年4月4日
米大統領選の山場である3月5日のスーパーチュースデーで、前大統領のトランプ氏が圧倒的な勝利を収め、共和党候補の座を確実にした。もしトランプ氏がホワイトハウスに復帰したら一体どうなるかという「もしトラ」から、政権交代を織り込む「ほぼトラ」へと、世間の視線が移りつつある。
折しも半導体の分野ではニッポン再興への高揚感が高まっている。お祭りのような熱狂だが、11月5日にトランプ氏が勝つと日本の半導体産業にどう作用するだろう。
時期尚早とはいえ、頭の体操だけはしておきたい。トランプ氏の行動は予測不能だ。ならば、こちらもあえて極論で身構えておいた方がいい。この状況を通商政策の観点から斜角で眺めると、あながちマイナスの影響ばかりではない。
■フラットではない世界に
まず、トランプ氏が中国を敵視する姿勢を一段と強めるのは間違いない。国境の壁は高くなり、戦略物資である半導体関連の輸出入はしにくくなる。これは明らかに負の側面だ。
3月16日の演説では、メキシコ製の中国車に100%の関税をかけると宣言し、世界の自動車産業の不安をあおった。再びトランプ時代に入れば、「自由貿易」という言葉は願いを唱えるだけの念仏になるだろう。東アジアを縦走するサプライチェーンは、高速回転の巻き戻しボタンが押される。世界はさらにフラットではなくなる。
米国が自由貿易の守護神だった世界貿易機関(WTO)を脱退する可能性もゼロではない。日本政府も誇らしく掲げていた自由化の旗を降ろし、グローバル化から国内生産へと通商政策の軸足をそろりと移しつつある。世界ではためくのは、WTOを悼む半旗なのかもしれない。
■国際水平分業が収縮する
過去の歴史を振り返ってみよう。日本が没落した原因はいくつもあるが、グローバル化の真の意味を洞察できなかった電機メーカーの視野の狭さは、指摘せざるを得ない。80年代の多角的通商交渉ウルグアイ・ラウンドから、95年のWTO設立に至る約10年間で、日米企業の経営の実力差が浮き彫りになった。
米企業は国際分業への道筋をしっかり見定めていた。自分で半導体をつくるのはやめて、受託生産に特化する台湾、韓国のファウンドリー会社に製造を移した。その結果、投資コストとリスクへの耐性が強くなり、やがてアップルやエヌビディア、AMDなどのファブレス企業が興隆を極めるに至る。
対照的に、日本メーカーの多くは半導体王国のプライドに縛られていた。すべての工程を自社で手がける垂直統合モデルを捨てられず、莫大な投資負担に押しつぶされて自滅していった。
今日の米、韓、台の繁栄は国際水平分業で成り立っている。しかし、その大前提が「もしトラ」「ほぼトラ」で崩れ、グローバリゼーションの退縮が加速するとしたら……。
■日本のメモリー人材を探すTSMC
2021年10月に台湾積体電路製造(TSMC)が熊本への工場進出を決める少し前、同社の匿名の役員に「日本に生産拠点としての魅力があるとすれば、それは何か」と聞いたことがある。即座に「優秀なエンジニア、とりわけメモリーの人材が日本にいるから」という答えが返ってきた。
100人規模で開発要員を募集しているが、計画の半分にも及ばないという。その役員が「日本のメモリー、メモリー」と呪文のようにつぶやいていたのが印象に残っている。
TSMCは、情報機器の頭脳にあたるロジック半導体を、アップルやエヌビディアなどから請け負って製造する。ロジック専門であるはずの会社が、なぜ情報を記憶するメモリーの人材を探すのか。
■圧倒的に〝安い〟日本のエンジニア
理由は、次世代の半導体でメモリーの役割がこれまで以上に大きくなるからだ。半導体の開発競争の舞台で、いまゲームチェンジが起きようとしている。
その先兵になるのがメモリーの人材だ。日本にはパソコンなどに使う半導体メモリーDRAMを製造する旧エルピーダの広島工場と、NAND型メモリーで世界3位のキオクシアの工場が三重県四日市市と岩手県北上市にある。旧エルピーダは米マイクロンに買収され、キオクシアも経営に揺らぎがあるとはいえ、どちらも世界最高峰の技術を擁する。
かつてメモリーで世界を席巻した日本は、経験豊富なベテラン人材の宝庫といえる。TSMCが狙うのは、メモリーで百戦錬磨の日本のエンジニアたちだ。昨年、キオクシアの経営統合をめぐり米韓の企業が火花を散らしたのも、同社の技術に高い価値を見いだしているからにほかならない。
しかも、悲しいかな、円安で日本の高度人材の賃金は圧倒的に低い。工場が現場である製造業は、収益と社会的イメージでも金融やコンサルタント会社に比べて割を食っている。日本では年俸800万円の大企業トップエンジニアは高給取りと見なされるが、ある米企業の出身者によれば、同等の人材を米国で雇いたければ3000万円は出さなければならないという。
外国企業にとり日本のエンジニアはお買い得なのだ。この国の強みがどこにあり、世界で何を売って、何で稼ぐのかを考えると、こうした経済の構造は、やはりおかしい。
■生成AIとSKハイニックスの自負
ここで生成AI(人工知能)ブームでヒット商品となったエヌビディアのAIチップの中身をぞいてみよう。1つの土台の中央に画像処理半導体(GPU)が置かれ、これを取り囲むようにメモリーが並んでいるのが分かる。韓国のSKハイニックスが製造する最先端の広帯域メモリー(HBM)だ。
膨大なデータを扱うAIチップでは、信号を超高速で出し入れできるメモリーが欠かせない。ロジックチップ自体の性能もさることながら、それ以上にメモリーの性能がAIの能力を左右すると言っていい。
「HBMの開発には設計から材料、製造工程、検査、パッケージングに至るまで、数多くの技術の緊密な連携が必要であり、当社の技術の完成度は業界随一と自負しています」。SKの幹部は書面インタビューでこう自信を見せた。「製品の納入期間、量産での品質確保などでの当社の優位性は、顧客から高い評価を受けています」
その最大の顧客こそがエヌビディアだ。生成AIはこれからさらに社会に浸透するのは間違いない。それに伴い、高速メモリーの需要も増える。SKはHBMの技術を足がかりに巨人サムスン電子を追い上げたい。こうした流れの中でメモリーが再び主役に躍り出れば、日本のメーカーが抱える人材と技術に焦点が当たる。
■日本の強み「重ねる・並べる・貼り合わせる」
着目すべき潮流変化がもう一つある。メモリーやロジックの素子を積み木のように組み合わせる「チップレット」と呼ばれる新技術だ。単体で微細化を追求するよりも、複数を組み合わせて、あたかも一つのチップのように機能させる。エヌビディアのAI半導体もこの方法でつくられている。
量産するためには、一つの皿の上に料理を並べたり、重ね合わせたり、貼り合わせたりする腕利きの料理人が要る。電流を通す銅箔、絶縁する樹脂、隙間を埋める充塡剤、土台となるガラスなど、隠し味となる特別の食材や包丁も欠かせない。
これらの素材や、その素材を使いこなす製造装置をつくる企業が、世界で最も集積しているのが日本だ。こうしたサプライヤーの厚みは、米国はもちろん、台湾、韓国にも存在しない。世界の半導体メーカーは日本にやって来て、血眼になって素材や装置を探し回り、どの企業から供給を受けているかを秘匿している。
異なる分野の技術や材料を融合させる「すり合わせ型」の開発も日本のお家芸だ。少なくとも現時点では、日本企業なくしてチップレットの製造はできない。一般には名前が知られない中小企業にも脚光が当たる。
■トランプ氏がゲームをリセット
トランプ氏の米国第一主義は、世界の通商秩序を破壊するだろう。しかし、個人の特異な言動だといって侮ることはできない。支持層は「自分たちがグローバル化の犠牲者となっている」と信じている。
バイデン政権と米民主党の側もトランプ人気に対抗せざるを得ず、非グローバル化の方向に引っ張られる。「もしトラ」の副作用は、既に米国の政界の隅々まで波及している。それが米国の現実の姿だ。
貿易が自由である保証はなくなり、国境を越えたサプライチェーンは細くなる。その帰結として、世界の企業は生き残りをかけて、新しい技術のタネがある場所に集まろうとする。自由貿易に頼れない以上、企業が自分が動くしかないからだ。
そう考えると、「もしトラ」「ほぼトラ」が本物のトラに化けたとしても、日本の戦略的価値はむしろ高まり、海外から企業を引きつける魅力が強くなるのではないか。そして、日本の優秀なエンジニアたちの待遇や給与も国際標準に平準化されていく……。
逆説的だが、強力な磁力を帯びた日本にとり、リセットされた新しいゲームに参戦する福音と見ることもできる。
米大統領選の山場である3月5日のスーパーチュースデーで、前大統領のトランプ氏が圧倒的な勝利を収め、共和党候補の座を確実にした。もしトランプ氏がホワイトハウスに復帰したら一体どうなるかという「もしトラ」から、政権交代を織り込む「ほぼトラ」へと、世間の視線が移りつつある。
折しも半導体の分野ではニッポン再興への高揚感が高まっている。お祭りのような熱狂だが、11月5日にトランプ氏が勝つと日本の半導体産業にどう作用するだろう。
時期尚早とはいえ、頭の体操だけはしておきたい。トランプ氏の行動は予測不能だ。ならば、こちらもあえて極論で身構えておいた方がいい。この状況を通商政策の観点から斜角で眺めると、あながちマイナスの影響ばかりではない。
■フラットではない世界に
まず、トランプ氏が中国を敵視する姿勢を一段と強めるのは間違いない。国境の壁は高くなり、戦略物資である半導体関連の輸出入はしにくくなる。これは明らかに負の側面だ。
3月16日の演説では、メキシコ製の中国車に100%の関税をかけると宣言し、世界の自動車産業の不安をあおった。再びトランプ時代に入れば、「自由貿易」という言葉は願いを唱えるだけの念仏になるだろう。東アジアを縦走するサプライチェーンは、高速回転の巻き戻しボタンが押される。世界はさらにフラットではなくなる。
米国が自由貿易の守護神だった世界貿易機関(WTO)を脱退する可能性もゼロではない。日本政府も誇らしく掲げていた自由化の旗を降ろし、グローバル化から国内生産へと通商政策の軸足をそろりと移しつつある。世界ではためくのは、WTOを悼む半旗なのかもしれない。
■国際水平分業が収縮する
過去の歴史を振り返ってみよう。日本が没落した原因はいくつもあるが、グローバル化の真の意味を洞察できなかった電機メーカーの視野の狭さは、指摘せざるを得ない。80年代の多角的通商交渉ウルグアイ・ラウンドから、95年のWTO設立に至る約10年間で、日米企業の経営の実力差が浮き彫りになった。
米企業は国際分業への道筋をしっかり見定めていた。自分で半導体をつくるのはやめて、受託生産に特化する台湾、韓国のファウンドリー会社に製造を移した。その結果、投資コストとリスクへの耐性が強くなり、やがてアップルやエヌビディア、AMDなどのファブレス企業が興隆を極めるに至る。
対照的に、日本メーカーの多くは半導体王国のプライドに縛られていた。すべての工程を自社で手がける垂直統合モデルを捨てられず、莫大な投資負担に押しつぶされて自滅していった。
今日の米、韓、台の繁栄は国際水平分業で成り立っている。しかし、その大前提が「もしトラ」「ほぼトラ」で崩れ、グローバリゼーションの退縮が加速するとしたら……。
■日本のメモリー人材を探すTSMC
2021年10月に台湾積体電路製造(TSMC)が熊本への工場進出を決める少し前、同社の匿名の役員に「日本に生産拠点としての魅力があるとすれば、それは何か」と聞いたことがある。即座に「優秀なエンジニア、とりわけメモリーの人材が日本にいるから」という答えが返ってきた。
100人規模で開発要員を募集しているが、計画の半分にも及ばないという。その役員が「日本のメモリー、メモリー」と呪文のようにつぶやいていたのが印象に残っている。
TSMCは、情報機器の頭脳にあたるロジック半導体を、アップルやエヌビディアなどから請け負って製造する。ロジック専門であるはずの会社が、なぜ情報を記憶するメモリーの人材を探すのか。
■圧倒的に〝安い〟日本のエンジニア
理由は、次世代の半導体でメモリーの役割がこれまで以上に大きくなるからだ。半導体の開発競争の舞台で、いまゲームチェンジが起きようとしている。
その先兵になるのがメモリーの人材だ。日本にはパソコンなどに使う半導体メモリーDRAMを製造する旧エルピーダの広島工場と、NAND型メモリーで世界3位のキオクシアの工場が三重県四日市市と岩手県北上市にある。旧エルピーダは米マイクロンに買収され、キオクシアも経営に揺らぎがあるとはいえ、どちらも世界最高峰の技術を擁する。
かつてメモリーで世界を席巻した日本は、経験豊富なベテラン人材の宝庫といえる。TSMCが狙うのは、メモリーで百戦錬磨の日本のエンジニアたちだ。昨年、キオクシアの経営統合をめぐり米韓の企業が火花を散らしたのも、同社の技術に高い価値を見いだしているからにほかならない。
しかも、悲しいかな、円安で日本の高度人材の賃金は圧倒的に低い。工場が現場である製造業は、収益と社会的イメージでも金融やコンサルタント会社に比べて割を食っている。日本では年俸800万円の大企業トップエンジニアは高給取りと見なされるが、ある米企業の出身者によれば、同等の人材を米国で雇いたければ3000万円は出さなければならないという。
外国企業にとり日本のエンジニアはお買い得なのだ。この国の強みがどこにあり、世界で何を売って、何で稼ぐのかを考えると、こうした経済の構造は、やはりおかしい。
■生成AIとSKハイニックスの自負
ここで生成AI(人工知能)ブームでヒット商品となったエヌビディアのAIチップの中身をぞいてみよう。1つの土台の中央に画像処理半導体(GPU)が置かれ、これを取り囲むようにメモリーが並んでいるのが分かる。韓国のSKハイニックスが製造する最先端の広帯域メモリー(HBM)だ。
膨大なデータを扱うAIチップでは、信号を超高速で出し入れできるメモリーが欠かせない。ロジックチップ自体の性能もさることながら、それ以上にメモリーの性能がAIの能力を左右すると言っていい。
「HBMの開発には設計から材料、製造工程、検査、パッケージングに至るまで、数多くの技術の緊密な連携が必要であり、当社の技術の完成度は業界随一と自負しています」。SKの幹部は書面インタビューでこう自信を見せた。「製品の納入期間、量産での品質確保などでの当社の優位性は、顧客から高い評価を受けています」
その最大の顧客こそがエヌビディアだ。生成AIはこれからさらに社会に浸透するのは間違いない。それに伴い、高速メモリーの需要も増える。SKはHBMの技術を足がかりに巨人サムスン電子を追い上げたい。こうした流れの中でメモリーが再び主役に躍り出れば、日本のメーカーが抱える人材と技術に焦点が当たる。
■日本の強み「重ねる・並べる・貼り合わせる」
着目すべき潮流変化がもう一つある。メモリーやロジックの素子を積み木のように組み合わせる「チップレット」と呼ばれる新技術だ。単体で微細化を追求するよりも、複数を組み合わせて、あたかも一つのチップのように機能させる。エヌビディアのAI半導体もこの方法でつくられている。
量産するためには、一つの皿の上に料理を並べたり、重ね合わせたり、貼り合わせたりする腕利きの料理人が要る。電流を通す銅箔、絶縁する樹脂、隙間を埋める充塡剤、土台となるガラスなど、隠し味となる特別の食材や包丁も欠かせない。
これらの素材や、その素材を使いこなす製造装置をつくる企業が、世界で最も集積しているのが日本だ。こうしたサプライヤーの厚みは、米国はもちろん、台湾、韓国にも存在しない。世界の半導体メーカーは日本にやって来て、血眼になって素材や装置を探し回り、どの企業から供給を受けているかを秘匿している。
異なる分野の技術や材料を融合させる「すり合わせ型」の開発も日本のお家芸だ。少なくとも現時点では、日本企業なくしてチップレットの製造はできない。一般には名前が知られない中小企業にも脚光が当たる。
■トランプ氏がゲームをリセット
トランプ氏の米国第一主義は、世界の通商秩序を破壊するだろう。しかし、個人の特異な言動だといって侮ることはできない。支持層は「自分たちがグローバル化の犠牲者となっている」と信じている。
バイデン政権と米民主党の側もトランプ人気に対抗せざるを得ず、非グローバル化の方向に引っ張られる。「もしトラ」の副作用は、既に米国の政界の隅々まで波及している。それが米国の現実の姿だ。
貿易が自由である保証はなくなり、国境を越えたサプライチェーンは細くなる。その帰結として、世界の企業は生き残りをかけて、新しい技術のタネがある場所に集まろうとする。自由貿易に頼れない以上、企業が自分が動くしかないからだ。
そう考えると、「もしトラ」「ほぼトラ」が本物のトラに化けたとしても、日本の戦略的価値はむしろ高まり、海外から企業を引きつける魅力が強くなるのではないか。そして、日本の優秀なエンジニアたちの待遇や給与も国際標準に平準化されていく……。
逆説的だが、強力な磁力を帯びた日本にとり、リセットされた新しいゲームに参戦する福音と見ることもできる。
トランプ氏が中国を敵視する姿勢を一段と強めるのは間違いない。国境の壁は高くなり、戦略物資である半導体関連の輸出入はしにくくなる。これは明らかに負の側面だと、太田氏。
再びトランプ時代に入れば、「自由貿易」という言葉は願いを唱えるだけの念仏になるだろう。
米国が自由貿易の守護神だった世界貿易機関(WTO)を脱退する可能性もゼロではない。日本政府も誇らしく掲げていた自由化の旗を降ろし、グローバル化から国内生産へと通商政策の軸足をそろりと移しつつあると、太田氏。
日本が没落した原因はいくつもあるが、グローバル化の真の意味を洞察できなかった電機メーカーの視野の狭さは、指摘せざるを得ない。
米企業は国際分業への道筋をしっかり見定めていた。自分で半導体をつくるのはやめて、受託生産に特化する台湾、韓国のファウンドリー会社に製造を移した。その結果、投資コストとリスクへの耐性が強くなり、やがてアップルやエヌビディア、AMDなどのファブレス企業が興隆を極めるに至る。
対照的に、日本メーカーの多くは半導体王国のプライドに縛られていた。すべての工程を自社で手がける垂直統合モデルを捨てられず、莫大な投資負担に押しつぶされて自滅していったと、太田氏。
今日の米、韓、台の繁栄は国際水平分業で成り立っている。しかし、その大前提が「もしトラ」「ほぼトラ」で崩れ、グローバリゼーションの退縮が加速するとしたら……。
太田氏が、台湾積体電路製造(TSMC)が熊本への工場進出を決める少し前、同社の匿名の役員に「日本に生産拠点としての魅力があるとすれば、それは何か」と聞いたことがある。即座に「優秀なエンジニア、とりわけメモリーの人材が日本にいるから」という答えが返ってきたのだそうです。
TSMCは、情報機器の頭脳にあたるロジック半導体を、アップルやエヌビディアなどから請け負って製造する。ロジック専門であるはずの会社が、なぜ情報を記憶するメモリーの人材を探すのか。
理由は、次世代の半導体でメモリーの役割がこれまで以上に大きくなるからだ。半導体の開発競争の舞台で、いまゲームチェンジが起きようとしている。
その先兵になるのがメモリーの人材なのだそうです。
かつてメモリーで世界を席巻した日本は、経験豊富なベテラン人材の宝庫。TSMCが狙うのは、メモリーで百戦錬磨の日本のエンジニアたちだと、太田氏。
しかも、悲しいかな、円安で日本の高度人材の賃金は圧倒的に低い。
外国企業にとり日本のエンジニアはお買い得なのだと。
かつては安い人件費や不動産を求めて日本企業が海外へ進出していたが、今日ではそれが逆転!
生成AI(人工知能)ブームでヒット商品となったエヌビディアのAIチップの中身をぞいてみようと、太田氏。
1つの土台の中央に画像処理半導体(GPU)が置かれ、これを取り囲むようにメモリーが並んでいるのが韓国のSKハイニックスが製造する最先端の広帯域メモリー(HBM)。
「HBMの開発には設計から材料、製造工程、検査、パッケージングに至るまで、数多くの技術の緊密な連携が必要であり、当社の技術の完成度は業界随一と自負しています」。SKの幹部は書面インタビューでこう自信を見せた。
その最大の顧客こそがエヌビディアだ。生成AIはこれからさらに社会に浸透するのは間違いない。それに伴い、高速メモリーの需要も増える。SKはHBMの技術を足がかりに巨人サムスン電子を追い上げたい。こうした流れの中でメモリーが再び主役に躍り出れば、日本のメーカーが抱える人材と技術に焦点が当たると、太田氏。
着目すべき潮流変化がもう一つある。メモリーやロジックの素子を積み木のように組み合わせる「チップレット」と呼ばれる新技術だ。単体で微細化を追求するよりも、複数を組み合わせて、あたかも一つのチップのように機能させる。エヌビディアのAI半導体もこの方法でつくられているのだそうです。
量産するためには、一つの皿の上に料理を並べたり、重ね合わせたり、貼り合わせたりする腕利きの料理人が要る。電流を通す銅箔、絶縁する樹脂、隙間を埋める充塡剤、土台となるガラスなど、隠し味となる特別の食材や包丁も欠かせない。
これらの素材や、その素材を使いこなす製造装置をつくる企業が、世界で最も集積しているのが日本。こうしたサプライヤーの厚みは、米国はもちろん、台湾、韓国にも存在しないのだそうです。
異なる分野の技術や材料を融合させる「すり合わせ型」の開発も日本のお家芸。
現時点では、日本企業なくしてチップレットの製造はできない。一般には名前が知られない中小企業にも脚光が当たると、太田氏。
トランプ氏の米国第一主義は、世界の通商秩序を破壊するだろう。
貿易が自由である保証はなくなり、国境を越えたサプライチェーンは細くなる。その帰結として、世界の企業は生き残りをかけて、新しい技術のタネがある場所に集まろうとする。自由貿易に頼れない以上、企業が自分が動くしかないからだと、太田氏。
「もしトラ」「ほぼトラ」が本物のトラに化けたとしても、日本の戦略的価値はむしろ高まり、海外から企業を引きつける魅力が強くなるのではないか。そして、日本の優秀なエンジニアたちの待遇や給与も国際標準に平準化されていく。
逆説的だが、強力な磁力を帯びた日本にとり、リセットされた新しいゲームに参戦する福音と見ることもできると。
トランプ氏の大統領復活が、日本の半導体業界の復活になる。期待することにします!
# 冒頭の画像は、TSMCの日本での工場の開所式であいさつする創業者の張忠謀(モリス・チャン)氏
この花の名前は、セイヨウアブラナ
↓よろしかったら、お願いします。
遊爺さんの写真素材 - PIXTA