毎日がしあわせ日和

ほんとうの自分に戻れば戻るほど 毎日がしあわせ日和

想像と空想

2014年08月05日 05時48分16秒 | 貴秋の視点、すなわち偏見


私は、幼いころから 想像力のたくましい子どもでした。

まだ幼稚園にも行ってないころの私が 親と電車に乗っているときなど、こんな人たち知りません、みたいなすまし顔で 親には目もくれず、長時間おとなしく座席に座っていた私のことを、母がよく 半ば呆れ顔で話していたものです。

母には言わなかったけれど、そういうとき 自分がどういう状態でいたのかはよく覚えています。

外の世界なんかすっかり忘れ去って、空想に浸っていたのです。





あとになって なんとなくわかったことなのですが。。。

私は長らく 自分のことを鈍いヤツだと思い込んでいましたが、実はかなり鋭くもろもろを感じ取る子だったようです。

ただ、感じやすいままだと 自分がひどく傷つくことばかり多いので、あえて鈍らせて身を守っていたらしい。

そうやって 本来感じ取るはずのものを放棄して、その空いたところに 空想の世界を詰め込んでいたようです。





子どものころ身を守ってくれたこの方法、すっかりクセになって、大人になってからも抜けませんでした。

今度はそれがあだとなり、成人として現実に直面すべきところでも、空想に逃げ込むようになってしまいました。

いや、たゆまず想像力を磨き 鍛え上げると言う意味においては、あながちマイナスばかりともいえないのですが、少しずつ目を覚まし、本来の自分に戻ろうとする過程では、この空想癖は かなりの障害となりました (^_^;)

頭の中はいつも空回り状態、頭とからだの分離が いくらがんばっても止められないんだもの





一方で、前にも書いたように すべての物事は、一瞬のひらめきを捉え、言葉化し、想像力を駆使して 五感で触れられる形にすることで 生まれます。

想像は創造、想像力なくしてこの世界は成立しません。

意識の書き換えのときなど、この想像力が大いに求められます。

ところが私の場合、頭の中での映像転化・情景描写などは 苦もなくできるのに、それがなかなか具象化に結びつかない。

ここで ハタと思い当たったのが、空想と想像の違い。

カギはここにある。

では、空想と想像の違いってなんだろう?

長いこと考え続けてきました。





空想は、文字通り 「空っぽの想い」 なんですね。

だから、歌う花だろうと 空飛ぶゾウだろうと、好きなだけ思い浮かべればいいけれど、現実を創造する力には結びつかない。

実際のところ、SFやアニメじゃあるまいし、思い浮かぶものが片っ端から実現したら、とんでもなくシュールな世界の出来上がりです

そこは 力を持たせなくて吉、なのでしょう。

しかし 自分としては、具象化を前提に かなり現実的な望みについてイメージしているつもりなのに、いつのまにやら どこか空想じみてきてしまうのです (T_T)

子どものときならいざ知らず、れっきとした大人として 人生に取り組もうという時にこのありさまって。。。。

数知れず失敗を繰り返すうち、内側の感覚としての 空想と想像の違いは、なんとなくわかってきました。

こうなると、突き詰めずにいられないのが わがサガ ( ̄∇ ̄*)ゞ

何が違う? どこが違う? と思い続けて、次第に見えてきたこと。





こういう状況で 空想力の引き金を引くのは、どうやら不安のようです。

不安にかられ 逃走したくなると発動するものらしい。

では、想像は?

こうありたい、こういう世界を創りたい、という意思がはっきりあって、そのために力を使うのが、想像。

つまり、前のブログにも書いたけれど、闇を怖れ 闇から逃げようとする想いが生むのが 空想、闇も光もトータルで見つめたうえで、自分の意志で選び取った世界を実現させようと働かせるのが 想像。

こう思ったら、自分の内側の感覚と照らし合わせて、すとんと腑に落ちました。

具象化するほどの力を持つ想いとは、現状を目をそらすことなく見据えた上で、意志を働かせて 積極的に来るべき世界を選び取るところから 湧き起こるんですね。

ふわふわした夢に逃げ込んでいるうちは、まだ幼い子どもの未熟な心と同じで、十分な力は持てないのでしょう。

それが悪いというのではありません。

成長までのプロセスも かかる時間も タイミングも、年齢に関係なく 人それぞれ、それでOK☆

ただ、さまざまな体験を経て、ほんとうに自分の思いから変える、自分の世界を変える、と決心したら、「ありのままを見つめる」 という作業は 欠かせないようです。





それはそれとして、じゃあ空想はただのお遊びでしかないのか? っていうと、そうでもないようです。

どんなぶっ飛んだものでも思い浮かべられるのが、空想の強み。

要は使い方なんですね。

新しい世界を創りたかったら、これまでの世界の延長上に いくら想像力を働かせても、実現しない。

こういうときこそ、子どものころから鍛え上げた 空想力の出番です♪

「想像の斜め上をいく」 なんて表現をよく見かけますが、現実の斜め上をいくのが、空想の力に裏打ちされた 本来の想像力 = 創造力 なんですね \(^o^)/

こう思うと、子どもの読み物が ファンタジー色満載なのもうなずけます。





子どもの空想力に、成長するに従って 現実をありのまま過不足なく見つめる力を加味し、喜び溢れる現実を自在に生み出すのが、本来の想像力。

夢多き子どもたちが 明るい現実世界に意欲を持って向かえるよう、今 大人の私たちが、真の想像力・創造力を発揮すべきときなのかもしれません。





                           ジョン・レノン  「イマジン」 (和訳)