毎日がしあわせ日和

ほんとうの自分に戻れば戻るほど 毎日がしあわせ日和

春に乗せて

2015年03月01日 17時49分45秒 | ふと思うこと


きょうから3月。

春ですよ~、ということで、テンプレートを菜の花にしてみました♪

実際は 大雨の幕開けだけれど、これも浄化の雨、静謐な冬から ものみな目覚める春へ、次の日ざしで思いっきりバーンと飛び出せるように、今は古いものをきれいさっぱり洗い流していただこう (^^)




お腹の底から湧き上がるエネルギーは、季節の勢いか、しがらみから次々解放されて軽くなった心のせいか。

きのうも、特大の思い込みをひとつ見つけて手放しました。

丸一日がかりで へとへとになったけど、それだけのことはあったね

せっかくの晴空の下 どよ~んとした一日を過ごす羽目になりましたが、おかげできょうは、この大降りの中でも 元氣はつらつ \(^o^)/




季節の移り変わりに心を打たれる、自然の美しさに心奪われる、っていうのは、自分の内側の自然と外側の自然が 共振共鳴しているありさまなのかな、と思います。

世界が輝いて見えるのは、自分の内側のエネルギーの通りがいいから。

不安に胸を塞がれたままでは、どんな美しい景色だって 楽しく眺めることはできません。




内側を感じていて、不安にかられてひやりとしたり コツンと抵抗につき当たったりしたとき、私は そこに 「取り残されたかけらがある」 と思うことにしています。

以前は 「取り残された小さな子」 とイメージしていたけれど、それだと分離感が増すので、ちょっと変えてみました。

幼かった私が どうすればいいのかわからない事態に直面したとき、いつか成長した自分が解決しに戻ってくるのを待って、自身の一部をかけらとしてそこに留め置くことにしたのだと。

そして今、持ち越しになっていた否定的な感情に行き当たるたびに、今度こそ 目を背けず向き合い 感覚をよぉく味わうことで、取り残されたかけらを回収し、再びひとつの完全体を目指して進む毎日。

残るかけらが減ってゆくほどに、季節も暮らしも より楽しく感じられるようになっていく、と。




表面的に 大きな違いがあるわけではないのですね。

季節も暮らしも いつものように淡々と巡ってゆくだけ。

ただ、こちらの感じ方、受け止め方が違う。

何をするかに関係なく、穏やかな満ち足りた時間が どんどん長くなってゆく。




幸せになるのに、たくさんの物も 大きな刺激もいらないのだと思います。

自分の内側を雑然と塞いでいたものが減るだけで、生きている自分と世界へのいとおしさが なんとなく増してゆく。

特別な技術も設備も費用もなくてできる、ささやかな、でも確実な、平和の実現。




萌え立つ春のエネルギーに乗せて、身の回りの さりげなく小さな幸せの種を 大きく大きく育ててみよう。。。。ふとそんなふうに思いました