毎日がしあわせ日和

ほんとうの自分に戻れば戻るほど 毎日がしあわせ日和

サッカー女子ワールドカップ決勝と 「美しき緑の星」

2015年07月09日 13時13分44秒 | 貴秋の視点、すなわち偏見


土日の仕事は 終わるのがだいたい晩の9時から9時半なので、日曜の晩はお風呂(露天風呂つき温泉)に入って寮に泊まり、翌日のお昼前に家に戻るのがお決まりになっています。

で、6日の早朝、部屋の掃除などしながら ふと点けたテレビに、サッカー女子ワールドカップ決勝戦がこれから始まるとの情報が。

そういえば、6月末日 夏越しの大祓式で訪れた本宮大社に、ワールドカップ向けの絵馬型メッセージボードが置かれてたっけ☆

そこから思い出したのが、4年前の決勝 ・ 対アメリカ戦。

ちょうど実家に行ったその日の深夜に放映されていて、父が珍しく徹夜で見ていたっけ。。。。あの頃は、母もまだ生きていたんだよね。。。。

なんて、なつかしい記憶がよみがえったりして。

その後、なんやかんやしつつ 選手入場あたりはちらりと見ましたが、テレビはそこまでにして、汗を流しに 再び温泉にGO♪




露天風呂に浸かっていて、ふと子ども時代のある疑問を思い出しました。

スポーツにはあまり関心のなかった私も 高校野球は好んで見ていましたが、ただ観戦するのではなく、どちらかを応援する形でしか見られず、それも毎回 ものすごく感情的な応援になってしまうのです。

どちらを応援するかは、当時大阪在住でしたから、片方が近畿勢ならそちらを、そうでなければ 自分や親の出身地とか なんらかの自分に近い要素が含まれる側を、という決め方。

でも、最終的に一番のひいきは大阪チームで、試合が進むと つい先日応援したばかりのチームが大阪と対戦することになり、とたんに敵側に回ってしまうということもたびたび。

子供心にも なにかヘンだな、と思ったんですね。

つい先日 好意を持って声援を送った相手が きょうはにっくき敵となる、そのご都合主義な線引きの仕方や、そもそもそんなふうに どちらかに肩入れする形でしかスポーツ観戦ができない自分を。

今はテレビ自体持ってないし、実家でも 父のお相伴以外で スポーツ番組を見たいとはまず思いませんが、それは 小学生時代からのこのクセやとまどいが いまだに尾を引いていて 心地よくないから。




と、打てば響くように あるイメージが浮かびました。

対立概念や分離感のそもそもの始まりは、ありのままの自分を まわりの大人に受け入れてもらえない、と氣づくところから。

強者である大人に ありのままの自分でいることを阻まれ、抑えつけられ、そのフラストレーションが、なんらかの対立を目の当たりにするたびに そこに投影され、そのたびに 分離感が強化されてゆく。

そんな強化を促すのに、スポーツはうってつけなんですね。

スポーツにはつねに健全なイメージがついてまわり、「ケンカはいけません」 「戦争はいけません」 という人たちも、スポーツはいけませんとは言わない。

オリンピックは平和の祭典といわれているけれど、ほんとうにそうなんだろうか。

スポーツは、個人競技であれ 団体競技であれ 「他者と競う」 形で行われます。

テレビでは、毎日のように なんらかのスポーツ番組が 娯楽として放映され、大人も子どもも好んで観戦します。

その中で、知らず知らずのうちに 自身の抑えつけられた不満や怒りを投影し、強化し続けていることって多いんじゃないだろうか。

そう見ると、自分が 闘争的な氣持ちでしか スポーツ観戦できない理由も納得がいきます。

脳の配線が未完なうちから その刷り込みは始まっていて、幼稚園の運動会から スポーツ番組の視聴にいたるまで、あらゆる機会を通して強化され続けてきた結果なのだと。




こうやって 二元対立の概念が塗り重ねられ 強固になってゆくことで、私たちは分離の道をまっしぐらに突き進んできたんじゃないかな。

もちろんそれは スポーツだけではないけれど、ポイントは、通常なら疑問視される対立姿勢も スポーツではまったく問題にされない、むしろ負けるな頑張れと後押しされること、そして、スポーツに接する機会というのが 他の分野と比べて とても多いこと。




断片的なイメージから このようなことをつらつら思ううち、ぱっとひらめいたのが、あの 「美しき緑の星」 の終盤に出てくる サッカー場のシーン。

試合場で 主人公のミラとその息子たちが 選手や審判に “切断” を施してしまい、ミラの能力で流れ出した 「美しき青きドナウ」 に合わせて、グラウンドはもはや敵味方の区別なく 選手審判入り乱れての珍妙なダンスやパフォーマンスの場に早変わり。

あのクライマックスにはさすがに引いてしまった貴秋ですが(笑)

でもあそこには、敵味方に分かれて争うスポーツを通しての分離の促進から、線引きをなくし 皆がひとつになることで 戦いや分離が終焉に向かう新たな方向が示唆されていたような氣がするのです。




以前ご紹介したマルロ・モーガン著 「ミュータント・メッセージ」 のある場面で、共に旅するアボリジニ部族の人たちに 野球について説明するためみんなで駆けっこをしようと提案した著者に、部族の人たちはこう尋ねます。



      だけど、ひとりが勝ったら残りはみんな負けるんだろう。

      それは楽しいのか?

      ゲームは楽しむためにあるんだよ。

      どうしてみんなでそんな競争をするんだろう、それで勝者が本当に強いと思うんだろう?

      その習慣はよくわからないよ。

      あなたの国ではうまくいくのか?



そのあと著者は、みんなの手を借りて 近くの枯れ木と岩で簡単なシーソーを作り、老いも若きもおおいに楽しみます。


      “ ひとりじゃできないこともある、このおもちゃもそうだ、と彼らは私に言った。

        七十代、八十代、九十代の老人たちがすっかり子供にかえり、勝者も敗者も出さず全員で楽しめるこの遊びに夢中になった。 ”






ゆっくりお湯に浸かり 部屋に戻ったら、もう試合は終わっていました。

どの局でも通常番組を放映していて サッカーの影も形もないことから 結果は察しがついたけど、すっかりいつもの穏やかな表情を取り戻したテレビの世界にどこかほっとしながら、大好きなわが家に向かいました。