毎日がしあわせ日和

ほんとうの自分に戻れば戻るほど 毎日がしあわせ日和

やったぁ~! \(^o^)/

2016年02月19日 21時41分40秒 | 熊野


写真撮影成功!

画像読み込み成功!




久々のフォトブログです、ご覧ください(^^)




まずは 本宮大社。



一礼して 鳥居をくぐり





石段を上がって





門前





向かって左から 第一殿 (夫須美大神) 、第二殿 (速玉大神)





同じく左から 第三殿 (家津美御子大神(素戔嗚尊)) 、第四殿 (天照大神) ・・・・って、第四殿少し切れちゃった、ごめんなさい





そして 八百万の神々を祀る 満山社




参拝は、第三殿 → 第二殿 → 第一殿 → 第四殿 → 満山社 の順でどうぞ



門前の枝垂桜、春には それはそれは美しい姿を見せてくれます




花の季節に ぜひまた写真撮りに来たいなぁ







さらにこのあと 発心門王子と あとお散歩風景も撮ったんだけど、氣力と時間が限界に。。。。

続きは明日にでも。




なにはともあれ、また写真が載せられるようになって、なんてうれしいことか♪

カメラを下さった方に 心から感謝を。

おかげさまでこのとおり、フォトブログ復活させることができました。

ありがとうございました。




そして、ご覧くださったみなさまも ありがとうございます。

まるっきりの素人写真ですが、古道を抱く山里熊野の風景や 古都奈良の風情などを、これからも 折に触れてお届けしたいと思います。

楽しんでいただければ幸いです。




帰宅してから ご飯も食べずにかかりっきり、さすがに力尽きました

でも、心底満足、幸せです

























またも延期

2016年02月19日 08時14分01秒 | 日々の楽しみ


きのうは 満を持して 10時半に出発。

家のほうで3時から予定があるので、それまでに着ければいいのですが、途中で買い物したり ガソリン入れたりもするので、余裕を持って。




冬季のノーマルタイヤには鬼門の天辻峠、車道は大丈夫だけれど 路肩には案の定雪が残ってる。

ここを なるべく日が高くなった時間帯に通過するのも、計算のうち。

木々の間に ぽちぽちと水玉のような雪模様というのも絵になるのだけれど、ここは迅速に通り抜けます (^_^;)




よく休憩させてもらうおなじみのダム湖のほとり、天氣は快晴、そろそろ。。。。と バッグからカメラを取り出し、電源を入れようとすると、あれ?

なぜか 何度やっても点かない。

え、え、故障した それともバッテリーがおかしくなった

慌てるも、山の中でジタバタしてもしょうがない、時間のこともあるし ここはひとまず出発せねば。




こういうときに限って やたら美しい景色が あちこちで目につき、ため息が出ます。

40日ぶりの山の中に 心から懐かしさを感じるためでもあるのでしょうね。




あとから考えて、ダム湖でぐずぐずしなくて正解だったのです。

途中ですごい睡魔に襲われ、近くの道の駅に飛び込んで 爆睡すること30分、これで余裕の時間を使い果たし、さらに5分の遅刻となりました

こんなことにならぬよう、夕べは早くから布団に入ったのになぁ。。。。

予定とは 読み聞かせ仲間での 2月末の学習発表会での出し物の練習だったのですが、今回の責任者はもっと遅れてきたから、ま いっか




残る一名を待ちながら 氣になっていたカメラを開けてみたら、なんとバッテリーが入ってない

続いて充電器を取り出したら、前晩に充電したままの姿で こちらに収まっておりました ( ̄∇ ̄;)




こんなんで ほんとうにブログに写真載せられるんでしょうか。

まあ、カメラもバッテリーも壊れていなくて ほっとしたけれど。




さてさて、きょうものんびりしてはいられません。

きのうの練習だけではまったく足りなくて、きょうも10時から集まるのです。

練習場所は本宮大社の近くだから、帰りに寄らせてもらって、今度こそカメラくんに活躍してもらうとしようかな☆























リルート

2016年02月18日 07時14分07秒 | 日々の楽しみ


きのうの、午後一番はお散歩~\(^o^)/  のつもりでいた、その後。




昼食のあと、すでに整理のついている戸棚を何氣なく開け、「ここはまあきれいだからこのままでいいよね」 と手をつけずにおいた一角の手前のものを ひょいと引っ張ったら。。。。

階段下でさんざん格闘したのと同種のものが、どどっと雪崩をうって転げ出してきました

なんの呪いだ ( ̄∇ ̄;)

やれやれですが、こうなっては見過ごせず、結局またしても整理整頓

母に 「こっちもよろしく」 と言われたような氣がしないでもありません。




片付け終わって 改めて “今の一番” を問うたら、ベッドで読書兼お昼寝、そのあとバナナケーキを焼く、との答え。

その昔、カーナビが示す進路を無視すると、すかさず 「リルートを開始します」 と音声が入り、めげることなく新たな道筋が示されるのに感心したものですが、私たちの内側も 似たようなものなんですね。

なにがどう転んでも、最良の道は つねに示されている。

こちらが 逃した機会にいたずらに執着して 腹を立てたり嘆いたりしていると、新たな道に氣づけないだけで。




バナナケーキ、おいしく焼けましたよ




デジカメ散歩は 惜しくも逃しましたが、がっかりせずともよし。

きょうは いったんなつかしのわが家へ帰る日、道すがら 奈良の山奥の景色を 存分に撮らせてもらうとしましょう(^^)




うまくいったら、向こうから 久々の風景写真をお届けできるかも、です。























カオスと癒し

2016年02月17日 12時38分38秒 | 紡ぐ暮らし


やっちゃった~、というべきか。。。。

柄付き粘着ローラーのロール紙の替えを探しに うっかり階段下の物入れをのぞいたのが運のツキ、あまりのカオスぶりに 思わず整理整頓する羽目に




まあ、毎日の掃き掃除拭き掃除以外の特別な掃除は、私の場合 だいたいこんなふうに もののはずみ的に始まります。

探し物で 普段開けない戸棚をのぞいたら ひどく散らかっていた、とか、落し物がたまたま転がり込んだ棚の下が ほこりまみれだった、とか (^_^;)

こういうのは “神のお告げ” と称して、できる限り素直に従うことにしています。

ご神託に忠実であった報いを受けるのは 年末や来客のとき、大掃除の負担が ぐっと少なくて済みます




この物入れには、亡き母の氣配が いまだ濃厚に漂っていました。

第二次世界大戦の真っ只中、東京の下町で ローティーンからハイティーンへとさしかかる 多感な年頃を過ごした母。

物資の乏しかった時代の苦労の記憶に もともと根深く抱えていた不安が重なり、「いつかは役に立つ」 と なんでもかんでも取っておくクセの強かったこと。

そこに 晩年発症した認知症の兆しが拍車をかけ、その結果が家中の物入れや戸棚のカオスとして出現し、母が旅立った後の4年がかりで わっせわっせ整理してきたわけですが、残る数ヶ所のひとつが この階段下。

溢れかえるこまごまゴチャゴチャしたものを けんめいに箱や袋に仕分けしようとした痕跡、表書きの 「掃除機フィルター替え」 などの几帳面な文字と、あやふやな記憶のせいか 同じものがいくつも重なって出てくる混乱ぶりの対比に、母の不安や懸命さが偲ばれて、なんともいえない氣持ちに。

不用品を捨て 残ったものの置き場を決めて 仕舞いなおしながら、そんな彼女の思いを なだめ癒す氣分でした。

考えてみれば、心が癒されるプロセスだって、不要となったわだかまりや思い込みを手放し、混沌としていた負の感情の整理をつけることで 実現するのですものね。




予定外の奮闘で、午前の予定は 大幅な変更を余儀なくされましたが、まあいいか、午後は存分にのびのびと楽しみましょう。




このブログ、長らく写真を載せられずにきましたが、また写真復活できるかもしれません。

思いがけず、デジカメを頂いてしまったのです。

以前使っていたカメラも 友人からのもらい物で、長いこと大切にしてきましたが、PCに読み込ませるためのケーブルとソフトCDを 母の葬儀の混乱で失くしてしまい、しまいっ放しでいるうちに レンズにキズでもついたのか 妙な影が写り込むようになってしまいました。

今回頂いたカメラは 前のものよりさらに軽くてコンパクト、散歩のお供にもってこいです♪

残念ながら 私のパソくんには データカードを差し込むところが付いてないので、家に帰って カードリーダーを取ってこないと 画像を読み込ませられませんが、うまくいけば あさってぐらいには 奈良や熊野の風景をお届けできるかも♪




というわけで、午後の予定の筆頭は カメラを携えてのお散歩で決まりー \(^o^)/


























聖堂

2016年02月16日 11時27分03秒 | 日々の楽しみ


きょうもいいお天氣、でも寒いです~ 

おとといはあんなに暖かかったのに。。。。

ぽかぽかの春から真冬に一氣に逆戻りって どんな氣候だ ( ̄∇ ̄;)




ここでふと思い出したのが、「十二の月たち」 という絵本。

意地悪な継母や血のつながらない姉ホレナと暮らす 心優しい少女マルシュカ、わがままなホレナの 冬のさなかにスミレやイチゴやリンゴをとって来いという無理難題に、涙ながらに向かった山で、十二の月の精たちに出会います。

春夏秋冬四つの季節をつかさどる十二人の男たち、彼らがマルシュカのために 一時的に入れ替わって季節を変えることで、普通なら手に入るはずのない品々を持ち帰ることができました。

不思議に思う継母とホレナ、リンゴをもっと食べたくなったホレナは 自ら山に入り、身勝手なふるまいで月の精たちを怒らせて 後を追ってきた継母ともども 猛烈な吹雪に閉じ込められ 戻ることなく、ひとり残った善良なマルシュカは それからずっと幸せに暮らしましたとさ、というお話。




以前に書いた 「おとぎばなしの予期せぬインセプション効果」 が氣になりだしてからというもの、こういう善悪くっきり分けられたお話を読み聞かせに持っていくのがためらわれ、最近出番のないこの絵本ですが、個人的には お話の内容はともかく、寒々しい雪山が 一転して春や夏、秋の景色に変わる場面の絵の美しさが、四季の精たちの思いやりと重なって 暖かく心に沁み入り、印象的な一冊となっています。

私が地元図書館で見つけたのは、こちら




おとといのあの季節はずれの陽氣も、どこかで悲しい思いをしている日本版 ・ 現代バージョンマルシュカのために 十二の月の精たちが 杖をふるってちょっとの間季節を変えたのかもね、なんて想像してみたりして




きのうの午後は、実家近くの図書館で 本を借りてきました。

最近しきりとなつかしいわが南紀の町ですが、図書館に関しては 圧倒的に 実家の町のほうに軍配が上がります。

ふるさと創生金とやらを使って建てられたホールに併設された図書館、あの一億円の使い道としては どちらもなかなかのものと思った記憶がありますが、とりわけ 広々と明るいこの図書館は、今も この町で大好きな場所のひとつ。

地元のみならず どこの土地でも 図書館を見つけると 時間が許す限り立ち寄りますが、図書館には 独特の雰囲氣があるような氣がします。

私的には、“聖堂” とでも呼びたいような。

場を重んじる人たちがかもし出す 厳かで静謐な空氣、人の氣配はいささか多いけれど、内に向かい パーソナルスペースを狭めた氣配なので ほとんど氣になりません。

静かに通路を歩き 本を見て回るときの 高揚した氣分、これ!と思う一冊を見つけたときの 胸の高鳴り。

おおぜいの中に身を置きながら たったひとりでおのれの内と向き合うような、身の引き締まる それでいてほのぼの暖かい 不思議な境地、海外に行ったことはないけれど、異国の聖地や教会などで感じるものに通ずるんじゃないかな、と思ってみたりして。




街中の喧騒を氣重に感じることが また多くなり出した私ですが、それでも こんな素敵な “聖堂” があるここでの暮らしも 捨てたものじゃないよね、などと思い返しつつ、本の世界に大きな救いと喜びを覚える日々です (^^)
































自分の世界が持つ力

2016年02月14日 18時27分16秒 | 貴秋の視点、すなわち偏見


きょうは父が不在で 自由時間がたっぷりあるので、二度目の更新をば♪

さんざん手こずったワイファイも、父が事務所から持ってきた業務用のものに 設定を変えたら、びっくりするほど軽くなり スピードもアップして、安心してネットを楽しめるようになりました \(^o^)/




そういえば、伏魔殿と化していた実家、かなりの確率で 3月ぐらいまでこのままかと 悲観的に眺めていましたが、引越しを手伝ってくれた 父事務所の 有能で手厳しい女性スタッフお二人のおかげで、魔のダンジョンから 普通のとっ散らかった家ぐらいまでに 目ざましい復活を遂げました。

お二人のお小言を恐れた父が、かなりの頑張りを見せた成果です(笑)

とはいえ、まだまだ相当な散らかりようではあるので、安らぎたいときは 自室にこもるか 外出するかですが (^_^;)

今週は なつかしのわが家に数日戻る予定、どんなにか居心地いいだろうなぁ。。。。




バスや電車での移動、駅前のコンビニやスーパーなど 街中の便利さにわくわくしたのも、どうやら それらが目新しく思えたいっときのことらしく、このところ 静かで素朴で自然豊かな南紀のわが家が 無性に恋しく思えてなりません。

実家は 親が選択した場所、私が意図して選んだのは、やっぱり 少々不便でも 清らかな山里と 自分のために存分に使える時間に恵まれた暮らしなんだと 思い知る毎日です。

最初は新鮮で魅力的に思えるものも、時間をかけて じっくり見つめるうちに、ほんとうに自分の生き方になじむかどうかがわかってくるものなんですね。




先日 たまたま耳に入った、音楽療法についてのニュース。

記憶の減退や それに伴う感情の落ち込みに悩む高齢者が、なつかしい思い出を想起させる音楽を聴いたり歌ったりすることで、記憶を取り戻したり 表情が生き生きしたりして、症状の改善が見られるのだそうです。

この話を聞いて すぐ思い出したのが、“インナーワールド” のこと。

若いころ、特に子どものころに 親しく触れた 本や絵や音楽、テレビや映画、またなつかしい場所や 大好きだった持ち物などの記憶が 自分なりに取り込まれ 集まり アレンジされて出来上がった、自分だけの内的世界。

意識せずとも その存在は 常日頃からお守りとなり、辛いときも疲れたときも その中に入り込めば 癒され 再び力が湧いてくる、そんな世界だと 私は思っているのですが、音楽療法も その世界の治癒力が効果を上げているんじゃないかな、と ふと思ったのです。

理論的なことはともかく、大好きなものに囲まれた暮らしや その記憶は、人に 大きな慰めや力を与えてくれるものらしい。




不安に取り巻かれているときは、どうしてもネガティブな感情や思い出のほうに 意識がいってしまいがちですが、そんなネガを まっすぐ見つめることで影響が薄れると、好きなもの ・ 心地よいものを 無理なく優先する力が戻ってくるようです。

今は 自分の意思で 父との暮らしを選んでおり、その選択に大きな意味があると思っていますが、そんな生活の中でも、“今の一番” を いつも忘れず 見失わずにいようと ことさら意識する毎日です。




うん、やっぱり好きなんだよね、こういうことを書くのが






















去るもの追わず♪

2016年02月14日 09時44分20秒 | ふと思うこと


あったか~い♪

夜中から明け方にかけて盛大に降っていた雨が止んで、まぶしい光が差し込んで、鳥たちの声がにぎやかに響いて、なんてうれしい一日の始まり♪




金曜日をもって 4週間16日のアルバイトが終わりました。

社員さんや一緒だった人たちに挨拶をして、着替えを済ませ、制服や備品をお返しして、これが最後の社用バスと電車の乗り継ぎで 実家に帰り着いたときは、16日間のさまざまな場面が脳裏にちらつき、懐かしいような名残惜しいような氣分が渦巻いていましたが、それも束の間のこと、夕食の支度などするうちに あっさりと 「思い出」 のラベルを貼られ 記憶の引き出しに収まって。




過去への執着が、どんどん薄れてゆくようです。

不安が減った分、何が起こっても起こらなくても 自分は大丈夫、という自信が深まったためかもしれません。

大切なこととは 必ず出逢えるし、出逢わなかったことは 必要ないこと ・ ご縁のないこと、だから 特定の物事に執着する意味はないのだと。

内側の調和を図りつつ 流れに身を任せ、来るもの拒まず ・ 去るもの追わずの心持ちでいればいいのだと。




・・・・・・・う~ん、さすがに 「来るもの拒まず」 と言い切れるほど腹は据わってないようですが (^◇^;)

でも、「去るもの追わず」 については、いけてる氣がする

人生で必要な出逢いは、たとえひとつを逃しても 必ず新しいチャンスが 形を変えてやってくる、と信じられるように思うのです。

楽しかった時間も 終わるものなら終わらせればいい、その中から 続くご縁は続くし、そうでないものは そこまででいいのだ、と。

もし 別れに悲しみや痛みを感じるなら、静かにその感じを味わえばいいのです。

いずれは すべて 収まるところに収まります。




過去は 「思い出」 の引き出しにしまわれるがままにして、きょうも “今の一番” を楽しむことにしましょう。

洗濯物を干したら、散歩に行こうかな。。。。帰りがけに 図書館に寄って、と。




きょうも世界は しみじみ美しいです
























投影

2016年02月10日 06時12分37秒 | 貴秋の視点、すなわち偏見


けさも早起き、おはようございます (^^)




思わず責めたくなる相手とは 自身の受け入れられない部分の投影であり、まったく同じ要素が 自分の中に しっかりある。

これ、仮説を通り越して もはや確信です。

今回のバイトを通して、どれほどのわが陰の部分を見せてもらったことか。

これも、仕事が単純作業であるおかげ。

自動的に手が動いてくれるから、内側を観察する余裕があります。

そして、いろいろと手放し時らしいです




4週間のバイトも、あと2日を残すのみ、あっという間だったような、それでいて 初日がはるか前のことのような。。。。

この2日を どこまで活用できるかと かなり意識している今。




肝心のお仕事も 納期目前、お世話になった感謝を込めて ラストスパート顔晴ります! (^o^)
























いろいろすっきり

2016年02月07日 14時45分30秒 | ふと思うこと


きのうの夕食後は ゆっくり自室で休むつもりでしたが、ふとひらめいて 台所の引き出し3つ分のゴチャゴチャを引っ張り出して整理 ・ 処分し、空いたスペースに 事務所から運ばれてきた食器や台所用品を押し込んで 3時間ほど過ごしました。

私ひとりで 段ボール3箱を処理、どうだ o(^∇^)o




さらに余勢を駆って、きょうの午前中一杯かけて 食器棚や食品棚の中もすっかり片付け、引越し前よりもすっきりきれいな状態に \(^o^)/




やっぱり私には、自分の暮らしを自分の手で紡ぎ 整えるのが 何よりの楽しみのようです。

伏魔殿の実家の中で、台所だけは それなりに整って居心地いいので、父もくつろぎたくなると ここへやってきます(笑)




父のちょっとした物言いや態度に カチンカチンきては、怒りを募らせていた日々。。。。まあ よくも悪くもマイペースな人なので、無神経とも取れるような言動がちょくちょくあるのですが、今思えば 逆上してものも言えなくなるほど怒るほどのことではなく、そんな過剰反応は 幼いころの痛みやわだかまりの成せるわざ、そのひとつひとつをじっくり見つめ続けるうちに、こちらの心の中も かなりすっきり片付いて整理されたようです(^^)

家や部屋のありようと 心のありようは 相関関係にあると信じている貴秋、家の片づけにやたら意欲が湧いて楽しいのは、そんな心境の変化とつながっているような氣がしています。




人間力学というのか、特定の反応をする人には それに応じる反応をする人が 必ずといっていいほど現れるらしく、どちらかが変ろうとしない限り、双方の反応パターンがぴったりかみ合ったまま エネルギーをとったりとられたりの関係が続いていくようですが、今回の私の変化は 父に今後 どのような影響を及ぼすのでしょうか。

相手を変えようとしても ムリな話だけれど、自分が変れば 相手もイヤでも変る、と聞いたことがありますが、実際に自分の心境や反応が変ったことで、相手がどうなるかと 今から興味津々

さらには、そんなややこしい親子関係から 順調に解放されつつある私自身が これからどうなってゆくのかも、すごく楽しみ♪

やっぱり すべては導かれてのことのようです (^_-)-☆























ダンジョン

2016年02月06日 12時09分17秒 | 紡ぐ暮らし


引越し騒ぎの後、少しは家がきれいになるかと思っていましたが、甘かった (^_^;)

荷物が無事運び込まれた時点で もともと薄かった父のやる氣も尽きたようで、「まあぼちぼち片付けるから」 との心もとないひと言の下、家の中は 前にも増してものすごい様相に

洗濯物ひとつ干すのも、手を伸ばせば届きそうな窓辺まで カゴを頭上に掲げながら 積まれたものの間をジグザグにすり抜けないとたどり着けない始末、八畳ほどの部屋に よくまあこんな迷路が出現したものだと あきれるのを通り越して笑えてきます。




実は、職場のほうも ただいま迷路状態。

印刷物の封入から 宛名シール貼り、検品と 作業内容やそのウェイトが変化するにつれ、しなやかにラインが組み替えられ レイアウトが変化する室内に 感心しきりでしたが、納期も間近に迫り 作業のほとんどが検品となった現在、通路のあちこちに ダンボール箱や 完成した封筒の詰まれた台車やコンテナが置かれ、しかもその配置がちょくちょく変わるので、さっきまで通れたところが 今はふさがれて、別の通路を探さねば。。。。なんていうことがしばしば。

一時 検品作業で私とペアを組んでいた若い女の子が そのありさまを「ダンジョン」 と呼んでいましたが、ダンジョンとは ロールプレイングゲームに登場する迷宮のことなのだとか。

今の私、家と職場 どっちを向いても ダンジョンの住人なのですね

しかし、職場のほうは さすがにプロの手並みで、迷路もすっきり整然としていますが、実家は 泥棒も戦意喪失しそうなカオス状態、RPGの勇者も魔物も 戦いの足場を見つけるさえ一苦労でしょう。

こんな伏魔殿と化した家で、自分の部屋と台所だけは カオスの侵入NGで なんとか守っていますが、居間でくつろいでテレビを見られるようになるのは いつのことやら。




でも、貴秋 めげません o(^∇^)o

「今の一番」 を生きるとは、外側の状況に左右されず、つねに 今 ・ ここ を楽しむこと。

幼いころに父との関わり合いの中で生じた 思い込みやわだかまりが解消されるにつれ、以前なら父に腹を立てていたであろうこの状況も むしろ面白がる氣分のほうが勝ってきています。

この環境で いかに氣持ちよく暮らす工夫をするか、また 外に 氣持ちいい居場所やお楽しみを見つけるか、そんなふうに見方思い方を変えれば、このシッチャカメッチャカなダンジョンでさえ アミューズメントパーク並みに遊べそう

バイトが終わったら、台所の不用品を一掃し、また部屋にわずかに残っている母の遺品も整理して 風通しをよくしよう、また せっかくこういう便利なところにいるのだから、図書館や美術館、奈良散策やカフェ巡りと もっと外へ遊びに出かけよう、と 次々に魅力的なアイデアが湧いてきます♪

人生楽しまなくっちゃ、だもんね

ダンジョンでもなんでも どんとこい の心意氣です (^^)v