Casa Galarina

映画についてのあれこれを書き殴り。映画を見れば見るほど、見ていない映画が多いことに愕然とする。

ハゲタカ 第3回

2007-08-21 | TVドラマ(日本)
「それぞれの再出発」


金融素人の私には何から何まで目からウロコなストーリーだけれども、この第三回の「サンデートイズ」が民事再生法を適用されてからのプロセスも「倒産した会社ってそうなるんだ!」という驚きの連続であった。スポンサー決め、そして入札と、こうなりゃつぶれた会社は「どれだけの価値があるかを図るモノ」。そこで働く人も、会社の歴史も、そんなもん、関係ないったらありゃしない。その間に行われる丁々発止を見て「金の亡者」と決めつけるのは簡単だが、価値のあるものには投資する、利益の出ないものは切り捨てる。それが資本主義だし、こんな時だけ浪花節になったとて、会社が再生するわけでもない。

しかし、あまりにドライなやり方は日本人の心情には馴染まない…ってホントにそうですかねえ。バブル期のようにウハウハ儲かってる時には、モラルとか思いやりとか全く関係なしに浮かれぽんちになってた日本人。それが、形勢が悪くなると、いきなりそういう大義名分を出してくるなんておかしいでしょ。このドラマは、3つの企業の顛末を描いているけれども、実はどの企業の栄枯盛衰も、日本人という国民が「お金」に対して見せてきたスタンスを見事に切り取っていると思う。

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<病を乗り越えて主演した柴田恭兵>
肺ガンであることが判明し、本ドラマの撮影も延期されたとか。そして手術後の復帰を待ってクランクイン。それだけの価値はある演技だったと思う。手術の影響からか、幾分声量が落ちた感じがするが、却ってそれが芝野らしい慎重さや思慮深さに結びついていた。柴田恭兵と言えば、あぶない刑事などの弾けたイメージがどうしても拭えないが、本ドラマでは最初から最後まで苦悩しっぱなし。常に人のやりたがらない仕事の矢面に立ち、正義を貫こうと奔走し続ける。

腐りきった金融業界の正義や倫理観のシンボルとして芝野は描かれており、最終的には正義が勝つという結末。それは、もちろんドラマ的大団円と穿った見方もできるが、やはり第一回から第五回までの芝野の苦悩と人柄があるからこそ、この結末には大きなカタルシスがある。病み上がりの痩せた顔つきで言葉少なに苦渋の表情を見せる柴田恭兵は、私は今まで見たことのない柴田恭兵だった。