『ぼくを葬る(おくる)』
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映画を観ていてふと、数年前に亡くなった知人を思い出した。
仕事上の知りあいで個人的にはさほど親しくはなかったが、お別れのときにみた、棺の中の静かな死に顔はよく覚えている。少し痩せてはいたけど綺麗にお化粧をしていて表情は穏やかで、ちょっと呼べばすぐに起き上がって喋りだしそうだった。でも翌日その人は焼かれて灰になってしまった。もう会えない。
その人は同性愛者で、ガンで死んだ。
まだ30代だった。最後にみたその顔を、ぐりは忘れないだろう。たぶん。
この物語の主人公は31歳の若さで余命3ヶ月の末期ガンを宣告される。
余命宣告を受けた若年者の姿を描いた映画といえば『死ぬまでにしたい10のこと』が最近ヒットしているが、ぐりはこの映画をみていない。もともと人が死ぬ話があまり好きじゃないから(そのわりにはちょくちょくみてる気もするな)。
じゃあなぜ『~葬る』はみたかったか?というとそりゃもう売れっ子監督フランソワ・オゾンが人気俳優メルヴィル・プポーのためにアテ書きした話だからです。日本でいえば是枝裕和と浅野忠信みたいな取りあわせ。みるでしょフツー。ミーハーでけっこう。
非常にいい映画でした。ぐりはこの映画すごく好きだ。あざとくはないけどちゃんと映画的だし、それでいてリアルで無駄がなくて、描写のひとつひとつがとてもしっかりしていて、かつバランスがよくとれている。確信的なのだ。
主人公ロマン(プポー)は死に対してあくまでも素直だ。ベンチに座ってひとりで泣く。両親に会いにいくが病気のことは告白できない。不仲の姉と懲りずに喧嘩する。痛みが怖くて化学療法が受けられない。倦怠期の恋人を家から追い出す。仕事を休んで部屋に閉じこもり、タバコを吸い、酒を飲み、ドラッグをやり、嘔吐する。男漁りをし、さびしさのあまり別れた恋人を呼び出してセックスに誘う。
ひとり気まま勝手に生きてきたロマンだが、死に際して改めて自分の生き方をみつめなおしたりはしない。死を受けいれたり、残りの人生を有意義に生きようとしたりもしない。どんなかたちであろうと死は死だ。それをそのまま、ありのままの自分として迎えるだけ。わかりやすいし、実際すごくわかる。
予告編でみたときはロマンが同性愛者である設定の意味がわからなかったけど、本編をみるとなるほどなと納得させられる。同性愛者は子どもがつくれない。そういう意味では「生」に対して閉じたセクシュアリティだ。だが死を前にした人間にとって、「生」に対して閉じたままでいることは、「死」に対して無防備に開いてしまっているようなものだ。ロマンだけでなく、健康に生活している人間はふつう、「生」に対しても「死」に対しても自分が開いているか閉じているかなんて意識はしない。しかし「死」を前にすれば誰だって意識しないわけにはいかない。
ロマンは病の進行と同時に激しい欲望に苛まれるが、死期を知らない元恋人は「(セックスしたからって)それがなんになるの?」という。そこで彼は悟る。「死」に向かっている自分、生き物としての本能で「死」に抵抗している自分を、性という感覚によって知り、知ることによって「死」を認めるのだ。
祖母(ジャンヌ・モロー)と主人公のシーンは泣けて泣けてしょうがなかったです。死を介して心を通わせる肉親。ロマンと周囲の人々とはいずれも微妙な距離がある。この祖母とだってそうだ。距離があるからこそ通うもののあたたかさがしみる。ロマンの職業はファッション・フォトグラファーでプライベートでもカメラを持ち歩いているが、被写体とは決して向きあわない。相手に気づかれないようにそっとシャッターをきるのが常なのだが、祖母にだけは正面からポーズを頼んでいる。そこに彼と祖母のみえない絆がさりげなく表現されているような気がした。
祖母も含めて人物描写にそれぞれ奥行きがあって、監督の「人」に対する愛情をすごく感じた。都会を舞台にしたドライな若者の話だが、単純にクールを気取っているわけではないところがいい。『8人の女たち』ぐらいしか観た記憶がないけど、これから他の旧作も観てみたい。
それにしてもメルヴィル・プポーの痩せ方は怖かった。完全に順撮りで撮影中に10キロ体重を落としたそーですが、もともとスリムなので最後のほうはシャレならんくらいガリガリに痩せこけて、ホントに死にそーでした。それでもきれいな人だけど。
映画を観たあと、どうしてもお酒がほしくなって昼間からワインを飲んでしまった。
そういう映画です。
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映画を観ていてふと、数年前に亡くなった知人を思い出した。
仕事上の知りあいで個人的にはさほど親しくはなかったが、お別れのときにみた、棺の中の静かな死に顔はよく覚えている。少し痩せてはいたけど綺麗にお化粧をしていて表情は穏やかで、ちょっと呼べばすぐに起き上がって喋りだしそうだった。でも翌日その人は焼かれて灰になってしまった。もう会えない。
その人は同性愛者で、ガンで死んだ。
まだ30代だった。最後にみたその顔を、ぐりは忘れないだろう。たぶん。
この物語の主人公は31歳の若さで余命3ヶ月の末期ガンを宣告される。
余命宣告を受けた若年者の姿を描いた映画といえば『死ぬまでにしたい10のこと』が最近ヒットしているが、ぐりはこの映画をみていない。もともと人が死ぬ話があまり好きじゃないから(そのわりにはちょくちょくみてる気もするな)。
じゃあなぜ『~葬る』はみたかったか?というとそりゃもう売れっ子監督フランソワ・オゾンが人気俳優メルヴィル・プポーのためにアテ書きした話だからです。日本でいえば是枝裕和と浅野忠信みたいな取りあわせ。みるでしょフツー。ミーハーでけっこう。
非常にいい映画でした。ぐりはこの映画すごく好きだ。あざとくはないけどちゃんと映画的だし、それでいてリアルで無駄がなくて、描写のひとつひとつがとてもしっかりしていて、かつバランスがよくとれている。確信的なのだ。
主人公ロマン(プポー)は死に対してあくまでも素直だ。ベンチに座ってひとりで泣く。両親に会いにいくが病気のことは告白できない。不仲の姉と懲りずに喧嘩する。痛みが怖くて化学療法が受けられない。倦怠期の恋人を家から追い出す。仕事を休んで部屋に閉じこもり、タバコを吸い、酒を飲み、ドラッグをやり、嘔吐する。男漁りをし、さびしさのあまり別れた恋人を呼び出してセックスに誘う。
ひとり気まま勝手に生きてきたロマンだが、死に際して改めて自分の生き方をみつめなおしたりはしない。死を受けいれたり、残りの人生を有意義に生きようとしたりもしない。どんなかたちであろうと死は死だ。それをそのまま、ありのままの自分として迎えるだけ。わかりやすいし、実際すごくわかる。
予告編でみたときはロマンが同性愛者である設定の意味がわからなかったけど、本編をみるとなるほどなと納得させられる。同性愛者は子どもがつくれない。そういう意味では「生」に対して閉じたセクシュアリティだ。だが死を前にした人間にとって、「生」に対して閉じたままでいることは、「死」に対して無防備に開いてしまっているようなものだ。ロマンだけでなく、健康に生活している人間はふつう、「生」に対しても「死」に対しても自分が開いているか閉じているかなんて意識はしない。しかし「死」を前にすれば誰だって意識しないわけにはいかない。
ロマンは病の進行と同時に激しい欲望に苛まれるが、死期を知らない元恋人は「(セックスしたからって)それがなんになるの?」という。そこで彼は悟る。「死」に向かっている自分、生き物としての本能で「死」に抵抗している自分を、性という感覚によって知り、知ることによって「死」を認めるのだ。
祖母(ジャンヌ・モロー)と主人公のシーンは泣けて泣けてしょうがなかったです。死を介して心を通わせる肉親。ロマンと周囲の人々とはいずれも微妙な距離がある。この祖母とだってそうだ。距離があるからこそ通うもののあたたかさがしみる。ロマンの職業はファッション・フォトグラファーでプライベートでもカメラを持ち歩いているが、被写体とは決して向きあわない。相手に気づかれないようにそっとシャッターをきるのが常なのだが、祖母にだけは正面からポーズを頼んでいる。そこに彼と祖母のみえない絆がさりげなく表現されているような気がした。
祖母も含めて人物描写にそれぞれ奥行きがあって、監督の「人」に対する愛情をすごく感じた。都会を舞台にしたドライな若者の話だが、単純にクールを気取っているわけではないところがいい。『8人の女たち』ぐらいしか観た記憶がないけど、これから他の旧作も観てみたい。
それにしてもメルヴィル・プポーの痩せ方は怖かった。完全に順撮りで撮影中に10キロ体重を落としたそーですが、もともとスリムなので最後のほうはシャレならんくらいガリガリに痩せこけて、ホントに死にそーでした。それでもきれいな人だけど。
映画を観たあと、どうしてもお酒がほしくなって昼間からワインを飲んでしまった。
そういう映画です。