落穂日記

映画や本などの感想を主に書いてます。人権問題、ボランティア活動などについてもたまに。

Le mal du pays

2013年04月13日 | book
『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』 村上春樹著
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名古屋の高校で出会った赤松慶、青海悦夫、白根柚木、黒埜恵理、多崎つくるは子どもの学習支援ボランティアのグループで知りあい、仲の良い親友となったが、つくるが大学2年生のとき、突然4人揃って理由も告げず彼との連絡を絶ってしまう。
死を考えるほど深く傷ついたつくるだったが、やがて回復し、36歳になって初めて心から愛する女性に巡りあい・・・。

青春の輝きとその喪失を描いた物語。一言でいえばそれだけの、とてもシンプルな小説だ。
村上春樹の長編といえば近年は『1Q84』や『ねじまき鳥クロニクル』などの複雑で重い作品がまず思い浮かぶけど、これは逆に『神の子どもたちはみな踊る』や『東京奇譚集』『レキシントンの幽霊』なんかに書かれた短編小説のイメージにより近い。無駄がなく、簡潔で、ストレートだ。
勝手な言い方をすれば、3年ぶりの長編にして「短い小説を書こうと思って書き出したのだけど、書いているうちに自然に長いものになっていきました」と自らコメントしたにしては、若干物足りない気もする。でもこの作品単体として読めば、これはこれで非常に完成度の高い小説だともいえる。純粋に洗練されていて、それでいて究極に繊細だ。まるで十代の子どもの生命力のように。

誰にとっても十代の頃、青春時代というのは触れがたく懐かしく美しい。
それは年をとればとるほど当り前に遠くなり、遠くなればこそより触れがたく懐かしく美しくなる。しかしそのセンチメンタルに囚われ続けることは重荷にもなる。どんなに大事な思い出でも、思い出は思い出として後に置いて、人は前に進まなくてはならない。永遠に十代でいることはできないから。
そうして前に進めば進むだけ、思い出はさらに光り輝くのだ。
いつまでも若くはいられなくても、生まれながらに与えられていたものをどこかで失ったとしても、人は年とともに自ら別のものを得て、だんだんに自分で価値をみつけて獲得したもので人生を埋めていく。それを成熟という人もいる。
二度と青春時代に戻ることはできなくても、人は意志さえあれば自分で自分を輝かせることができる。
そういうことが、とてもわかりやすく、優しく綴られた物語だ。

主人公のつくるは、青春時代のたいせつな存在を、ある日突然なんの説明もなく奪われてしまう。
それは彼にとって生身の肉体の一部をもぎとられるほどの痛みをもたらした。そしてその傷は、彼が表面的に回復した後も、彼の対人関係に大きな問題を残すことになった。とはいえつくる自身は問題もなく生きていけると思っていた。
36歳で木元沙羅に出会うまでは。
2歳年上の彼女は、つくるに自分でその問題に決着をつけるように迫り、手助けまでする。無駄もなく、簡潔に、ストレートに。
村上春樹の小説によく登場する女性だ。ミステリアスだが多くの示唆を主人公に与える、巫女のような存在。スリムでオシャレで頭がよく、そして絶対的に強い。たぶん村上氏にとっては理想の女性なんだろうなあ。

つくるは彼女のいう通り、かつての親友を順番に訪ねて歩く。会える限り会いにいく。
つくるにとっては、16年前の古傷を覗きこむことは本意ではなかったはずだ。だが彼は沙羅という女性を心から求めていた。だからふたりの間の障壁となるものを排除するために、過去に向きあうことを選ぶ。
沙羅は38歳という設定だが、彼女もまたつくるを等しく求めていたのだと思う。人は簡単には誰かを救うことはできない。少なくとも、誰かを救うのは本人自身でしかないことくらいは、いい年をした大人なら誰にでもわかる。
それでも沙羅がつくるを救いたい、救われてほしいと願ったのは、彼女自身につくるが必要だったからだと思う。
そんなふうに対等に留保なく、人と人が求めあえるだけでも、とても幸せなことだと思う。

読んでいてとても切なかったし悲しかったけど、最後にはすっきりと清々しい気持ちになれる本でした。
これからまたゆっくり読み返したいし、また時間が経てば違った感覚で読めそうです。


作中に登場するフランツ・リストの『ル・マル・デュ・ペイ』。
ラザール・ベルマンの演奏が収録されたアルバム『巡礼の年』はこの小説の発売を機に再発されるそうです。春樹効果すげえ。
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