『君の名前で僕を呼んで』
ギリシャ・ローマ考古学者の父(マイケル・スタールバーグ)と母(アミラ・カサール)と別荘で夏休みを過ごす17歳のエリオ(ティモシー・シャラメ)は、父の助手としてやってきた大学院生のオリヴァー(アーミー・ハマー)に複雑な感情を抱くが・・・。
80年代、北イタリアの美しい自然を背景に描く青春物語。
日本ではイマイチ知られてないスフィアン・スティーヴンスというアーティストのこの曲が大好きで。
この曲に出会ったのは10年前の埼玉での映画祭で観たフランス映画(予告編)だった。
ふだん音楽にはからきし疎いくせに、この曲がスクリーンから流れた途端、全身の感覚がびりびりっと反応するような、なんとも名状しがたい感覚に陥ってしまった。一目惚れというやつでしょうか。
誰の曲なのか知りたくてエンドロールを目を皿にして読みまくったけどわからず、結局ネットで調べてSufjan Stevensという名と「Flint」という曲名を知った。
以降よく聴いてはいるけど、日本での公演はほとんどないから、ただ聴くだけなんだけど。
だからこの映画の予告編で「Mystery of Love」が流れた時、ほんの1〜2音で彼の曲だとわかった。すぐ映画が観たくなった。
Oh, oh woe-oh-woah is me
The first time that you touched me
Oh, will wonders ever cease?
Blessed be the mystery of love
ああ、なぜ私なの
あなたが私に初めて触れたとき
不思議は尽きることなく
愛のミステリーに祝福を(適当な和訳)
スフィアンはこの曲を映画にあわせてつくったというけど(ソース)、なるほどストーリーと歌詞の世界観がぴったりあっていて、曲も作品の一部のように、あるいは曲そのものがモチーフのひとつとして映画に溶けこんでいるようにも感じる。
なので当然の帰結として、爽やかにあたたかいのにどこか物悲しいようなこの曲と同じく、『君の名前で僕を呼んで』のストーリーも爽やかにあたたかくそしてせつない。
青春映画がせつないのは、それを観る人間の多くが、その輝きがどれほど眩しくてもほんの一瞬で過ぎ去ってしまうことをわかっているからだ。誰もエリオやオリヴァーのように美しく知的で才気煥発であってもなくても、青春はまたたくまに幕を閉じて、そのいたみとともに人間は成長し大人の階段を上らなくてはならないことが、どんな人間にとっても定められた宿命だからだ。
そこに選択肢はないし、自ら青春の扉を閉めることすらできない。それは向こうからひとりでにやってきて、勝手に人を置き去りにしていく。
知的な両親にたいせつに愛されて成長した美しいエリオにも、その日はいつかやってくる。そのクライマックスのディテールを、工芸品のように微に入り細にわたって映像に固定したのが『君の名前で僕を呼んで』なのだろう。
精神的にも肉体的に高度に成熟した17歳の少年におそれるものなど何もない。知的好奇心を満たしてくれる本は湯水のように読める、数ヶ国語を流暢に操り、ピアノもギターも自在に演奏できる、両親はなんでも彼のしたいようにさせてくれる、綺麗な女の子もよりどりみどりに寄ってくる。彼の人生を阻むものなど何もない。
そこに登場したのが、父親が研究する古代彫刻のように端正な美青年オリヴァーだった。
若さゆえの傲慢さをゆるがすオリヴァーの存在に困惑しながらも引き寄せられていくエリオは、そこではじめて、自信を失うという感覚を知る。上役の息子という立ち位置から見下すことが許されないほど秀麗で不遜な助手との関係性に戸惑うまま、いつの間にか恋におちている自分に気づいたとき、これまで誰にでも愛されて当然と思いこんで生きてきた己の高慢をも感じとるのだ。
風景も音楽も出演者も全部が美術品のようにきれいで、折に触れくりかえし観たくなるタイプの映画じゃないかと思う。シナリオも素晴らしい。さすがジェームズ・アイヴォリー(彼は本作でアカデミー脚本賞を受賞している)。原作小説もぜひ読んでみたい。
とくに終盤、父がエリオにいいきかせるセリフが秀逸です(ネタバレなので白字にしますが英語です)。
We rip out so much of ourselves to be cured of things faster than we should that we go bankrupt by the age of thirty and have less to offer each time we start with someone new. But to feel nothing so as not to feel anything - what a waste!
Then let me say one more thing. It'll clear the air. I may have come close, but I never had what you two have. Something always held me back or stood in the way. How you live your life is your business, just remember, our hearts and our bodies are given to us only once. And before you know it, your heart is worn out, and, as for your body, there comes a point when no one looks at it, much less wants to come near it. Right now, there's sorrow, pain. Don't kill it and with it the joy you've felt.
生きていれば、つらいことも苦しいことも、たえず命の限りに続いていく。
しかし、いずれにせよ、いま身のうちに燃えている命の炎は一度しか灯らない。消えたらそれきり、消したらそれきり再び灯すことはできない。
その光とあたたかさを、限りなく愛おしく思えるように生きられたらと、思う。
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