8月、夏本番。
東京五輪もたけなわ。
無観客のオリンピックにも慣れ、卓球や水泳、柔道などの熱戦に感動した。
スポーツによって、日頃から体の鍛練、心の修練を積んできた、優秀な選手の大舞台オリンピック。
最高祭典にもかかわらず、金メダル以外評価されない風潮には、違和感を覚える。
生涯、負けなしの剣豪宮本武蔵。
13才の時、新当流 有馬喜兵衛に打ち勝ってから、29才での佐々木巌流との戦いまで、諸流派の武芸者との勝負60回以上負けなし。
日の本初の、五輪メダリストかも知れない。
だが、「それからの武蔵」は、戦っていない。
戦いは、剣のみにあらず、日常の生活の中にも、戦いがある事を悟ったのである。
例えば、コロナ感染。昨日全国 1万人越え。
このコロナとの戦いこそ、実践社会での戦いである。
今様に言うと、ワクチンやらマスク、消毒薬など、コロナ撲滅に、的確な道具を備えよと武蔵は「地の巻」で述べている。
「火の巻」では、リモートコントロール(遠隔操作)を表している。
トイレや浴場の公衆衛生面は、江戸時代よりはるかに優れていても、大気や、山川草木、人間気質は、劣っているからこその
コロナかも知れない。
つまり、オリンピックも、コロナも、戦いに於いて無縁ではない。
それにしても、宮本武蔵が、村上天皇の皇子、具平親王の子孫、播磨佐用の城主、赤松則村入道円心の末葉なりと、二天記にあるのは興味深い。
百島と武蔵。
これも、無縁ではないかも知れない。
武蔵が晩年こもった霊厳洞 (熊本日日新聞提供)