■恋のシャドー / いしだあゆみ (ビクター)
いしだあゆみが歌手としてブレイクしたのは、昭和43(1968)年末に出した「ブルー・ライト・ヨコハマ」のメガヒット以降という歴史は揺るがせに出来ないがゆえに、それ以前の活動も大いに気になる中にあって、昭和42(1967)年4月に発売された本日掲載のシングル盤A面曲「恋のシャドー」は既にしてR&B風味も滲み出たGS歌謡に仕上がっていたのは、結果としての予兆だったのかもしれません。
それは作詞:なかにし礼&作編曲:鈴木邦彦が当時流行のド真ん中にあったサウンドをいしだあゆみに適用するべく制作側から依頼された企画に応えたプロの手際と慣れた耳で聴くには、ヒットしたとは言い難い結果が、あまりにも勿体ない……。
だって、ミディアムテンポで当時としてはヘヴィなソウルグルーヴを発散するリズム隊をバックに、それまでのいしだあゆみとは幾分懸け離れた低音域も節回しす歌唱が今も魅力を失っていませんし、諦観滲むロストラブの歌謡世界に附されたキャッチーにしてブルーなメロディラインが、これまた素晴らしいんですよねぇ~ (^^♪
彼女の思いつめた様なジャケ写ポートレートも楽曲イメージとリンクしていてイイ感じ♪♪~♪
思い起こせば、それまでの彼女は主にアメリカンポップスを基調とした所謂和製オールディズ的なカバー曲や底抜けに明るい青春歌謡みたいなレコードを吹き込んでいましたし、それでいて歌手というよりも、テレビドラマ等々で顔を見かける事が多いという、如何にも渡辺プロ所属のタレントでしたからねぇ~ (^^;
やはり本人の希望もあっての歌手活動メインの仕事にシフトしようとすれば、必然として、この「恋のシャドー」のような楽曲は求められていたんじゃ~ないでしょうか?
ところが既に述べたとおり、これはヒットせず、続いて発売されたレコードにしても中途半端なジャズ歌謡の「こまらせたいの」とか、仕上りは良かったのにヒットしなかったGS歌謡「小雨の思い出」を残し、いよいよ日本コロムビアへ移籍しての「太陽は泣いている」を契機としてからの前述「ブルー・ライト・ヨコハマ」での大飛躍は説明不要でしょう。
ですから、その前段としての「恋のシャドー」が後年、再発見的に聴かれているにしても、いしだあゆみの歌手としての実力・実績は尚更に認められるばかりと思っておりますし、不肖サイケおやじにしても、このシングル盤をゲットしたのは決してオンタイムじゃ~なくて、実は昭和50(1975)年の事でありました (^^;
ということで、本日で連休期間も終了し、またまた明日からは終わりなき刹那の日常に埋没される皆様にとっても、音楽や歌を心の癒しとしいただければ、穏やかにやっていけるんじゃ~ないでしょうか。
もちろん、それは音楽が好きという前提があれってこその話であり、世間様に出来るものではありませんので、サイケおやじの独り善がりの戯言……。
世の中、十人十色という真実も揺るがせには出来ないと思っております <(_ _)>