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さらに、オシム伝記 文科系

2006年07月01日 00時30分23秒 | 文化一般、書評・マスコミ評など
ヨーロッパチャンピオンズリーグ戦というのがあります。ヨーロッパ各国の前年度優勝クラブなど集合し、クラブ単位チャンピオンを決める戦いです。国代表戦とは違って、外国助っ人も入った日頃のチームのままで出場しますから、組織連携など世界最先端の戦いです。ブラジルやアルゼンチンなどの最優秀選手らもほとんどヨーロッパにいますし。
今年はバルセロナ(スペイン)、去年はリバプール(イギリス)、一昨年はFCポルト(ポルトガル)、その前はACミラン(イタリア)、さらにその前はレアルマドリッド(スペイン)が優勝ですが、91年の優勝チームがレッドスター・ベオグラードとなっています。前年のユーゴで優勝した、あのストイコビッチがいたチームですね。このレッドスターとオシム監督の「パルチザン」との90年度対戦結果を見てみましょう。ちょうど日本の巨人・阪神戦みたいなものなんですが、実にパルチザンの1勝3分なんです。またオシムが辞任した直前の92年ユーゴ・カップ戦でも、レッドスターを退けて優勝しています。なお、この二つのチームは当時、レアルマドリード、ACミラン、ユベントス、マルセイユなど各国ビッグクラブに多数の選手を供給していました。オシムは当時の世界有数のクラブチームを作っていたわけです。それも貧しい国ですから自国の選手だけ、それを育てて。オシムは教えるのが好きで、その技量が凄い。もともとサラエボ大学の数学科に在籍し、大学院を進められていた人ですから、分析的な思考力と人に表現し、教える力があるのでしょうね。彼はその独特の「表現力」から、日本サッカー界でも「哲学者」などと言われ、「オシム語録」が数々作られています。

次には、国別対抗戦のオシム監督の手腕を90年イタリアワールドカップを例に取って見てみましょう。
スペインを破って準決勝まで行き、マラドーナのいるアルゼンチンと当たりました。ところがマラドーナ・マーク任務の選手が32分で退場、10対11の戦いとなりました。そして0対0のまま、PK戦で敗退です。ストイコビッチが妖精のように舞ったワールドカップ史上に残るゲームでした。ちなみにストイコビッチはオシムを心から尊敬していますね。所属人種としてはセルビア人(ストイコビッチ)、ボスニア人と、殺し合いをした間柄なのですが、サッカー仲間には憎しみはないみたい。各民族のサッカー協会は別として、クラブレベルではユーゴ中がオシム続投を願っていたし、オシムも全民族の選手を平等に扱った。この話も当時、有名なものでした。
90年のオシムは49歳。後の92年に始まったユーゴ分裂がなければ、彼の抗議辞任はなく、94米国大会も彼がユーゴ代表監督を勤めていたでしょうね。ひょっとしたら98フランス大会で日本が当たっていたかも知れない。フランス大会では、ユーゴから分裂したクロアチアに日本が当たったわけですから。その時のクロアチアのスーケル、プロシネツキなどは90年イタリア大会にも出ましたから、オシムの弟子だったわけです。

さてみなさん、最近投稿が少なくてちょっとがっかりしています。それでこういうもの、「閑話休題」を書いてみたら、読者だけはぐんっと増えた。でも、コメントぐらいは是非下さい。そうでないと張り合いがありません。面白かったかどうかとかの感想、サッカーのことでも他の記事でも質問とかでも良いし。もっともっと、このブログをみんなで作り合っていきましょう。
コメント (2)
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