九条バトル !! (憲法問題のみならず、人間的なテーマならなんでも大歓迎!!)

憲法論議はいよいよ本番に。自由な掲示板です。憲法問題以外でも、人間的な話題なら何でも大歓迎。是非ひと言 !!!

愛国心と靖国参拝⑥ 落石 小泉さんの登場 

2006年07月16日 10時11分58秒 | Weblog

ブログが活況なので、連載を忘れていました。
でも、私の問題意識も必要かな?と思い続けます。
問題意識は両方とも、同じ土壌に咲く花では?
というものです。


小泉さんの登場 空白感を埋める魔術師? 


1993年、日本の政治は細川政権の誕生で大きな転換期を迎えました。
半世紀近く続いた、いわゆる55年体制も崩壊しました。
(自民党は、この危機を乗り切るために、選挙制度を中選挙区制から
小選挙区制に改定することに成功、いまだに自民党を中心とした
連立政権が続いています。)

93年に自民党が敗北した原因は金権体質にありました。
政・官・財の三位一体による癒着システムが批判の対象になりました。
たしかに、天下り、談合に象徴される土木建設国家システムは限界に
きていました。
(この三位一体のシステムは、戦前の満州国建設の際、ソビエト社会主義
などから学んでつくられたものとも言われています。)
経済成長の時代が終り、経済発展に役立ったシステムが時代に
そぐわなくなったのです。

そしてバブル経済が崩壊、日本は不況の時代へ突入していきました。
(当初、自民党を中心として政府は、不況対策として、公共投資策を
続行しましたが、財政赤字を増やすだけに終ります。)

こうした時代閉塞への処方箋として政治改革とともに、
構造改革の必要性が叫ばれ、経済改革として新自由主義経済方式が
採用されます。
三位一体システムを壊そうという試みで、規制緩和の実行です。
金融と労働分野での規制緩和が急速に進み、村上ファンドを生み出し、
株式市場を活性化させました。
また労働分野での緩和は、低賃金の労働者を多数生み出し、
企業の利益向上に大きく貢献しました。

こうした改革は、本来は野党の側から指導者が現れて、
政権が交代して行われるという順番でしょうが、
日本では、野党にそれだけの力がないという悲劇的な状況があります。

改革は、自民党をぶっこわすと叫んだ男が首相となって本格化したのです。
小泉さんの登場です。

国民の多数の支持を集めた小泉さんは、抵抗勢力という敵を設定、
財政支出の削減が実行されます。
公共投資の削減がようやく実現しました。
構造改革を実施、社会保障費は削減され、公務員も削減されようとしています。
そして増税が待っています。

小泉さんの「敵」をつくって中央突破を図る政治手法にも限界はあります。


その限界が、こんにちの日本の状況を悪くする方向に進みそうな気配がします。

                          続く






コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ジャップ!   へそ曲がり

2006年07月16日 09時16分22秒 | Weblog
 戦時中、子どもたちが集まって戦争ゴッコをよくやりました。指揮するのはガキ大将です。彼はもちろん日本軍です。子どもたちはふた手に分かれるのですが、勝手には出来ません。
 グループ分けはガキ大将が決めます。何しろ日本軍は勝たなければいけません。大将は強そうな子を自分の部下にします。残った弱い子は「シナ」軍になるのです。戦いの結果はもちろん日本軍の勝利です。
 勝った「日本軍」は『日本勝った、「シナ」負けた!』と凱歌をあげます。さらに、『シナ・チャンコロやーい!』と囃し立てます。
 「シナ」軍の子たちはもうやりたくありません。でも、それは許されません。別のことでの「いじめ」が待っているからです。ですから、彼らはいつも従うしかありません。

 そうです。「シナ」の後にもうひとつ「チャンコロ」という言葉が加わるのです。この2つはセットで使われました。子どもたちが考え出した言葉ではありません。大人たちが使っていた言葉を知らず知らずのうちに取り込んでいたのです。
 戦争ゴッコの中での使われ方を見ればわかるように、この言葉は中国に敬意を表して使っているのではありません。明らかに侮蔑した言葉です。だから、石原慎太郎が意図的に「シナ」・「シナ」と連呼した時には、強い嫌悪感を持ったものです。『ババア』発言と同質のものだと思っています。

 同じことは朝鮮についてにも言えます。『馬鹿・チョン』カメラという言葉がひところ大流行しました。現在でも使っている人がかなりいます。意味も知らないで。
 日本の政府やマスコミなどが『北朝鮮』の代わりに『北チョン』と呼んだら、どうなるでしょうか。世界中から非難されることは間違いないでしょう。そんな時、“これは日本中が理解を深めることに役立たせた政府やマスコミの功績である。”なんて論評が出来るのでしょうか。

 インターネットで検索すると、これらの用語には確かに歴史的な根拠を持っていることも判ります。しかし、「中華民国」という呼称は1920年代からあったのです。なぜこの名前があるのに、敢て「シナ」と呼称したのか、歴史的背景を考える必要があるかと思います。

 アメリカにも日本を蔑視した『ジャップ』という言葉があります。日本にも『アメ公』という言葉があります。
 『シナ』でいいじゃないかとおっしゃる方に提案します。日米二国間の共同声明や国連の制裁決議案などに『ジャップ』・『アメ公』・『北チョン』という用語を適用するよう呼びかけたらどうでしょうか。また、『日本海』の呼称でいま紛糾しているようですが、いっそのこと、これをを『ジャップ海』と呼称するよう、世界に働き掛けたらどうでしょうか。
 日本人は果たしてどんな反応を示すでしょうか。


 「保守系」さん、14日の私の投稿およびコメントについてのご批判を戴きました。有難うございます。
 ところで、“「読売」や「産経」、あるいはそこからの刊行物を読め”と言われますが、せめて、“雑誌『全貌』やそこからの刊行物を読め”と言って欲しかったですね。記事のネタ元を読んだほうが、その狙いなど、もっとよく判ります。
 また、「軍備の規模」についてのあなたの見解、私がこれまでに聞いた見解と全く同じ感を受けます。しかも、武装に伴う経費の問題について触れようとしないこともそっくり。もっと掘り下げた見解を求めているのです。

 “過去の行動について反省出来ないものは、今度は、人が自分と同じことをやるのに違いないという不安感に陥る。”と聞いたことがあります。私にもそのような体験がありますが、あなたの論述を読みながら、そのことを思い出しました。
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

再掲、掌編小説 「『日本精神』エレジー」  文科系 

2006年07月16日 08時44分52秒 | Weblog
「貴方、また『勉強』? 伊都国から邪馬台国への道筋だとか、倭の五王だとか」
 連れ合いのこんな苦情も聞き流して、定年退職後五年ほどの彼、大和朝廷の淵源調べに余念がない。目下の大変な趣味なのだ。梅の花びらが風に流れてくる、広縁の日だまりの中で、いっぱいに資料を広げている。
「そんな暇があったら、買い物ぐらいしてきてよ。外食ばっかりするくせに一日中そんなことばっかりやってて」
「まぁそう言うな。俺やお前のルーツ探しなんだよ。農耕民族らしくもうちょっとおっとり構えて、和を持って尊しとなすというようにお願いしたいもんですな」

 彼の趣味、一寸前まではもう少し下った時代が対象だった。源氏系統の家系図調べに血道を上げていたのだ。初老期に入った男などがよくやるいわゆる先祖調べというやつである。その頃はたびたび、夫婦でこんな会話が交わされていたものだった。
「源氏は質実剛健でいい。平氏はどうもなよなよしていて、いかん」
「質実剛健って、粗野とも言えるでしょう。なよなよしてるって、私たちと違って繊細で上品ということかも知れない。一郎のが貴方よりはるかに清潔だから、貴方も清潔にしてないと、孫に嫌われるわよ」
 こんな夫に業を煮やした奥さん、ある日、下調べを首尾良く終えて、一計を案じた。
「一郎の奥さんの家系を教えてもらったんだけど、どうも平氏らしいわよ」
「いやいやDNAは男で伝わるから、全く問題はない。『世界にも得難い天皇制』は男で繋がっとるんだ。何にも知らん人だな」
「どうせ先祖のあっちこっちで、源氏も平氏もごちゃごちゃに決まってるわよ。孫たちには父親のが大事だってことにも、昔みたいにはならないしさ」
 これに対して一応の反論を試みてはいたが、彼の「勉強」がいつしか大和朝廷関連へと移って行ったという出来事があったのだった。
 広縁に桜の花びらが流れてくるある日曜日、この夫婦の会話はこんな風に変わった。
「馬鹿ねー、南方系でも、北方系でも、どうせ先祖は同じだわよ」
「お前こそ、馬鹿言え。ポリネシアとモンゴルは全く違うぞ。小錦と朝青龍のようなもんだ。小錦のがおっとりしとるかな。朝青龍はやっぱり騎馬民族だな。ちょっと猛々しい所がある。やっぱり、『伝統と習慣』というやつなんだな」
「おっとりしたモンゴルさんも、ポリネシアさんで猛々しい方もいらっしゃるでしょう。猛々しいとか、おっとりしたとかが何を指すのかも難しいし、それと違う面も一緒に持ってるという人もいっぱいいるわよ。二重人格なんてのもあるしさ」
 ところでこの日は仲裁者がいた。長男の一郎である。読んでいた新聞を脇にずらして、おだやかに口を挟む。
「母さんが正しいと思うな。そもそもなんで、南方、北方と分けた時点から始めるの」
「自分にどんな『伝統や習慣』が植え付けられてるかはやっぱり大事だろう。自分探しというやつだ」
「最近の風潮にちょっと腹が立ってるから喋るよ。世界の現世人類すべての先祖は、同じアフリカの女性だという学説が有力みたいだよ。ミトコンドリアDNAの分析なんだけど、仮にルーシーという名前がつけられてる。二十万年から十二万年ほど前にサハラ以南の東アフリカで生まれた人らしい。まーアダムのお相手イヴとかイザナギの奥さんイザナミみたいなもんかな。自分探しやるなら、そこぐらいから初めて欲しいな」
「えーっつ、たった一人の女? そのルーシー、さんって、一体どんな人だったんだ?」
「二本脚で歩いて、手を使ってみんなで一緒に働いてて、そこから言語を持つことができて、ちょっと心のようなものがあったと、まぁそんなところかな」
「心のようなもんってどんなもんよ?」
「昔のことをちょっと思い出して、ぼんやりとかも知れないけどそれを振り返ることができて、それを将来に生かしていくのね。ネアンデルタール人とは別種だけど、生きていた時代が重なっているネアンデルタール人のように、仲間が死んだら悲しくって葬式をやったかも知れない。家族愛もあっただろうね。右手が子ども以下に萎縮したままで四十歳まで生きたネアンデルタール人の化石もイラクから出たからね。こういう人が当時の平均年齢より長く生きられた。家族愛があったという証拠になるんだってさ」
 横合いから妻が口を出す。
「源氏だとか平氏だとか、農耕民族対狩猟民族だとか、南方系と北方系だとか、敵を探し出してきてはケンカするのが男の人たちってホント好きなんだから。ルーシーさんがきっと泣いてるわよ」
「そんな話は世間を知らん女が言うことだ。『一歩家を出れば、男には七人の敵』、この厳しい国際情勢じゃ誰が味方で誰が敵かをきちんと見極めんと、孫たちが生き残ってはいけんのだ。そもそも俺はなー、遺言を残すつもりで勉強しとるのに、女が横からごちゃごちゃ言うな。親心も分からん奴だ!」

 それから一ヶ月ほどたったある日曜日、一郎がふらりと訪ねてきた。いそいそと出された茶などを啜りながら、意を決した感じで、二人っきりの兄妹のもう一方の話を切り出す。
「ハナコに頼まれたんだけどね、付き合ってる男性がいてさー、結婚したいんだって。大学時代の同級生なんだけど、ブラジルからの留学生だった人。どう思う?」
「ブ、ブラジルっ!! 二世か三世かっ?!」
「いや、日系じゃないみたい」
「そ、そんなのっつ、まったーくだめだ。許せるはずがない!」
「やっぱりねー。ハナコは諦めないと言ってたよ。絶縁ってことになるのかな」
「そんなこと言わずに、一度会ってみましょうよ。いい人もいるはずでしょうし」
「アメリカから独立しとるとも言えんようなあんな国民、負け犬根性に決まっとる。留学生ならアメリカかぶれかも知れん。美意識も倫理観もこっちと合うわけがないっ!!」
「あっちの方は黒人とかインディオ系とかいろいろいらっしゃるでしょう?どういう方?」
「全くポルトガル系みたいだよ。すると父さんの嫌いな、白人、狩猟民族ということだし。やっぱり、まぁ難しいのかなぁ」
「私は本人さえ良い人なら、気にしないようにできると思うけど」
「難しいもんだねぇ。二本脚で歩く人類は皆兄弟とは行かんもんかな。『日本精神』なんて、二本脚精神に宗旨替えすればいいんだよ。言いたくないけど、父さんの天皇大好きもどうかと思ってたんだ」
「馬鹿もんっ!!日本に生まれた恩恵だけ受けといて、勝手なことを言うな。天皇制否定もおかしい。神道への冒涜にもなるはずだ。マホメットを冒涜したデンマークの新聞は悪いに決まっとる!」
「ドイツのウェルト紙だったかな、『西洋では風刺が許されていて、冒涜する権利もある』とか言ってた新聞。これは道徳の問題かも知れないけど禁止はできないと言ってるんだと思う。ましてや税金使った一つの制度としての天皇制を否定するのは、誰にでも言えなきゃおかしいよ。国権の主権者が政治思想を表明するという自由の問題ね」
「私はその方にお会いしたいわ。今日のところはハナコにそう言っといて。会いもしないなんて、やっぱりルーシーさんが泣くでしょうからねぇ」 
「お前がそいつに会うことも、絶対許さーん! 全くどいつもこいつも、世界を知らんわ、親心が分からんわ、世の中一体どうなっとるんだ!!」
 と、男は一升瓶を持ち出してコップになみなみと注ぐと、ぐいっと一杯一気に飲み干すのだった。
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする