九条バトル !! (憲法問題のみならず、人間的なテーマならなんでも大歓迎!!)

憲法論議はいよいよ本番に。自由な掲示板です。憲法問題以外でも、人間的な話題なら何でも大歓迎。是非ひと言 !!!

ランニング入門の勧め  文科系

2007年06月03日 16時05分52秒 | Weblog
(1)走る効用について
人間の体は走らなければいけないようにできていると言われます。例えば、現代人は下半身が最も速く衰えます。60歳には20歳の脚力の50%ほどになります。背筋力は80%、腕力は70%なのに、です。そして、下半身の衰えは「現代日本の生活習慣病の巣窟」と言って良い。肥満、心臓病、高血圧、高コレステロール、動脈硬化。さらに、糖尿病や心臓病を悪化させるし、運動不足は精神にも悪い。これら総て、下半身が人間最大の筋肉群であることから来ているのだと言われています。

(2)誰でも歩ける。だから、走れる。
僕の連れ合い(65歳)は脊椎すべり症で15年ほど前から10年間ほどほとんど走ったことがない生活をしてきました。ところが10年ほど前に糖尿病を警告され、数年前に要注意血糖値が出てから運動療法が必要になり、僕を真似てジムで歩き出しました。そして今は、1回1時間ほどの歩行の最後に、10分程度は走れるようになっています。自分の適正体重より15%ほど重いので、筋力をつければ第1の目安である20分走行も可能だと、今は思っています。
連れ合いと同じ年齢の僕の友人の1人は、ゴルフのフォームを作るために同じジムで走り始めています。長年のデスクワークから非常に運動不足の人ですが、連れ合いよりもまだ運動はしており、すぐに20分を走れるようになりました。
なお、同じ時間での走りと歩きの消費カロリーを見ると、普通は3倍で、時速10キロの走りでも時速6キロの早歩きの2倍というところです。カロリー消費、健康対策としての走りの効果がそれだけ大きいということでしょう。

(3)入門はこんな風に
僕はどこかのジムへ通うことを勧めます。走っている人を身近に見て、刺激を受けられるからです。鏡があるから自分のフォームを見て、他の人のを取り入れることもできます。フォームによって、初心者ほど走力が全く違ってきます。また、「こんなお年寄りが、もう1時間以上も走っているよ!」とかも見えたり、仲良くなるといろんな助言をしてくれる人も出てきます。ジムのランニングマシンは時速や距離を見て走れますから、これが励みになったり、いろんな役に立ちます。つまり1人で走るよりもはるかに、継続しやすいということです。
走れるようになる方法はこんなふうです。以下の方法によって、10分しか走れない人がすぐに20分走れるようになります。
まずウォームアップがわりにとにかく、歩く。最低30分は歩きたいもの。それからそのまま、ゆっくりと時速5キロでも良いから走り始める。時速5キロで走っても、時速6キロで歩くよりも遙かに消費カロリーは多いのです。持続には呼吸が最重要で、「吸うより吐く」、「4歩1呼吸」、2歩で吸い2歩で吐く。
また、姿勢、フォームで走れる時間、距離が大変違ってくるものです。①小さい歩幅で、膝を曲げすぎず、体の上下動は少なく。②腰は後ろに引かず、臍を前に突き出すようにし、上半身は前へ倒さず、立ててリラックスさせ、顎は引く。③両足は爪先が外に向くようにかかとから出していき、体重がかかとから親指に抜けるようにする。
時間、距離を伸ばすためには、ストレッチと筋肉補強運動が必要です。ストレッチはジムの指導員に聞けばよいし、補強運動は爪先、腿(膝)、腹筋・背筋です。僕の場合は、爪先は片脚つま先立ち、腿はスクワットで鍛えています。

(4)ジムでも競技会などでも、高齢者で凄い人がいるものです。
1月に僕が走ったある市の10キロマラソン40歳以上の部でも、73歳で43分30秒という人がいました。時速14キロ近くで走り続けたということで、驚異的です。また僕のジムでも、80を超えて毎回3~4キロ走る方、70を超えて10キロ走っている方もいます。後の方は最近のホノルル・フルマラソンの常連です。かく言う僕はスポーツはいろいろやっていましたが、ランニングは60歳からです。初めは、自分が10キロ走れるなどとは信じられませんでした。66歳のいまでも毎日10キロは走れます。もっとも時間の都合などで、1~2日置きでいろんな走り方をして楽しんでいるのですが。ゆっくりと90分走り続けるとか、8キロのうち5キロを26分ぐらいで走ってみるとか、時速12キロ超を5分ほど入れてみるとか。

なお、太りすぎの人、走ると胸部が痛くなったり息切れがひどすぎるというような人は、事前のメディカルチェックは必要です。
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若者にとって政治とは   若き雨宮氏の主張から まもる

2007年06月03日 12時16分05秒 | Weblog
 最近、「右翼と左翼はどうちがう? 」という本を出版した。河出書房新社で「14歳の世渡り術」という新シリーズが誕生し、書かせて頂いたのだ。内容は、「14歳にもわかるように右翼、左翼について噛み砕く」というものだ。
 これが難しかった・・・。そもそも、現在32歳の私にとって、リアルな「右翼」像、「左翼」像というものはないに等しい。そういった運動に一切関わらず、考えることもなく、生きていこうと思えば全然生きていける。普通に恋愛とか消費活動とかしてそれに思いきり満足して、政治に無関心、無関係という自覚すらなく、「大人」のフリをして生きていこうと思えば、まったく何の問題もなく生きていける。
 しかし、私はそれが怖かったのだ。そもそも、自分が生きている国や社会について知らないことはとても怖い。そしてその怖さを思い知ったのが、20歳の頃だった。

 7月頭に発売される「論座」で「ロストジェネレーションと戦争論」という文章を書かせて頂き、そこでも触れたのだが、私が20歳の時、オウム事件と阪神大震災と「戦後50年」という「大事件」が重なった。この3つのインパクトがなければ私は絶対に「政治」「社会」などに興味がなかったと断言できる。当時の私はバンギャ(ヴィジュアル系バンドが好きな女子の総称)で、頭の中にはヴィジュアル系バンドのバンド名とライヴ日程くらいしか入っていなかった(どんだけバカなんだ? )。
 しかし、その3つの「事件」を通して、自分が生きる社会に無関心でいることが不可能となった。一番大きな衝撃はオウム事件だ。サリン事件後、テレビでは連日、若者たちが宗教にひかれたことについて、戦後の教育、戦後の日本の価値観が間違っていたのでは、なんて議論が繰り返された。「心の時代」「心の教育」なんて言葉も流行した。ある日ふと、リストカットしながら、思った。もしかしたら私の感じる生きづらさは、個人の問題だけでなく、この社会とも関係あるのではないのか?

 リストカットの原因は中学時代に受けた「いじめ」に遡る。何十人もの男女を狭い教室に閉じ込め、そこで競争を煽りまくる中、いじめが起こるのは当然だと思っていた。そしてそんな競争に勝ち抜いたって、せいぜい「いい会社に入る」程度の自由しかないのだ。なんだか出口がなかった。20歳の頃、そんな私の目の前に忽然と現れたオウムは、戦後の「物質主義」や「拝金主義」と言われる価値観を思いきりブッ壊した気がした。だって、どれほど競争に勝ち抜き、人を蹴落とし、成功し、大金を得たってそれが何になるというのだろう。それが一瞬で瓦礫の山になることを、私はそのたった2ヵ月前、阪神大震災という形で目撃していた。
 その夏、私は戦争のテレビばかり見た。「戦後日本」への違和感が決定的となった私は、戦争とは何だったのか、知りたかった。テレビの中には、原爆で全身が焼けただれた人々、死体の山、敵に突っ込んでいく私と同じ年くらいの特攻隊。なぜ、彼らが死ななければならなかったのか、そればかりを考え、そうして「子々孫々のため」という言葉にいきあたった。この時の、どうにもならない罪悪感。「子々孫々」の一人である私は、戦争のことなど何も知らず、考えもせず、日々「個人の最大幸福」を追求して生きている。あの瞬間、私は「平和な時代に生まれてしまった罪悪感」にがんじがらめになった。
 だからこそ、私は右翼団体に入ったとも言える。戦争について、戦争で死んだ人について、どう思えばいいのかわからないことが辛かった。学校では犯罪者のように言われた戦争にかかわった人達と、右翼思想に触れて私の中で「英雄」となった戦死者。自分のスタンスが決まった瞬間、「平和な時代に生まれた罪悪感」から解放された。愛国パンクバンドを結成し、日本人の覚醒を訴えた。しかし、私のやっていた愛国パンクバンドのメンバーの一人は左翼だった。ここに一切政治の洗礼を受けていない世代の妙な軽やかさ(というか節操のなさ)がある。私たちは右翼二人、左翼一人で「愛国パンクバンド」をやっていたのだ。そこに思想的な対立はほとんどなかった。「今の日本がおかしい」というその一点でのみ、結びついていたから。

 その後、右翼団体もバンドも辞め、いろいろと自分の考えも変わった。そして今、プレカリアート運動にかかわり、人から左傾化を指摘される。が、どちらにも共通しているのは、多くの人が生きづらい今のこの国は嫌だ、という一点だ。そしてそこで浮かび上がるのは、現在の資本主義のあり方に対する疑問である。この点において、自分はブレていないと思うのだ。
 さて、この本では、そんな自分史も含め、右翼、左翼についてできる限り噛み砕いた。もっとも読んで欲しいのは、6人の活動家へのインタビューである。右からは一水会の木村三浩さん、統一戦線義勇軍の針谷大輔さん、野村秋介氏の元秘書の古澤俊一さんに話を聞き、左からは大田昌国さん、足立正生さん、日野直近さんに話を聞いた。6人とも、右翼や左翼という言葉ではとてもくくれないような活動をしている人達だ。6人の方々と話をして、戦争や憲法、教育、資本主義、格差社会、そして生きることそのものについて、ものすごく考えさせられた。同時に非常に元気になった。現状に違和感をまったく持たない人と話をするとたまらない無力感が襲ってきて時々死にたくなるが、活動家と言われる人達と話すとものすごく面白く、意味もなく活力が湧いてくる。

「世界のことなど考えなくても、自分が幸せだったらそれでいい」という人もいるだろう。が、自分がどれほど幸せでも、世界は矛盾に満ちている。以前、スピリチュアル系みたいな本で、「とりあえず自分が幸せになることを考え、世界のことなど考えなくてもいい」というような記述を見つけた。それを読んだ瞬間、心底恐ろしくなった。ファンシーな装丁の本でこういうことを書ける人の、ものすごく無自覚な冷酷さこそ、無意識のテロリスト風味だと思うんだけど。

   
コメント (2)
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