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陸自の市民活動情報収集について      まもる

2007年06月07日 16時33分02秒 | Weblog
 朝日新聞の記事のつづき・・・

 文書は「情報資料」と「イラク自衛隊派遣に対する国内勢力の反対動向」の2件。A4判で計166ページに及ぶ。いずれも04年からのイラク派遣の前後 に行われた調査活動を記録している。

 「情報資料」は「注意」の指定があり、東北方面情報保全隊長名。04年1、2月の市民運動などを一覧表の形で週ごとにまとめたもので、「一般情勢」として、東北各地のイラク派遣反対の署名集めやデモのコース、市民の反応、ビラの内容などを記録している。「年金改悪反対」や「消費税増税反対」の運動にも触れていた。

 「ほとんどは形式的な宣伝活動」としながら、「反自衛隊活動が逐次活発化することが予想されることから、引き続き、国内勢力の取組に対する市民の反応、隊員(家族等を含む)工作及び隊員の動向に注目する必要がある」などとの分析も加えられていた。

 「反自衛隊活動」の項目には駐屯地への反対の申し入れなどを記録。民主党衆院議員(当時)が会合で述べた派遣反対の発言を取り上げ、「イラク派遣を誹謗(ひぼう)する発言」などとしている。また、朝日新聞記者が青森駐屯地正門前で隊員に取材したことにも触れている。

 もう一つの「国内勢力の反対動向」は、03年11月から04年2月までのうち6週間分と03年11月、04年1月の「総括」を含む。全国の反対運動の動きをまとめたとみられる。「駐屯地、官舎、米軍施設等に対する反対動向」「市街地等における反対動向」などが表形式で記載され、高校生が中心となって開催された反対集会も含まれる。デモの写真、件数の推移のグラフなどもある。資料で把握されている市街地での運動の数は、共産党の集計では41都道府県で290団体・個人にのぼるという。

 そのほか、イラク・サマワ入りしたジャーナリストの行動にも言及。映画監督の山田洋次氏が派遣支持の「黄色いハンカチ運動」を批判した新聞記事につい て、「市民レベルでの自衛隊応援・支持の動きを、有名人の名声を利用し封じ込めようとする企図があると思われる」と評している。

 情報保全隊は、幹部自衛官による情報漏洩(ろうえい)事件をきっかけに、03年3月に陸海空各自衛隊に発足した。部隊の秘密や施設を守るための情報・資料収集などを任務としている。

 ◇

 〈情報保全隊〉 00年の海上自衛隊幹部による秘密漏出事件を機に、防衛庁(当時)は情報保全体制の強化に乗り出し、03年3月、陸海空の各自衛隊の「調査隊」を改編して発足させた。

 任務内容について、02年4月の衆院安全保障委で中谷長官(当時)が、「自衛隊に対して不当に秘密を探知しようとする行動、基地、施設などに対する襲撃、自衛隊の業務に対する妨害などの外部からの働きかけから部隊の秘密、規律、施設などを保護するのに必要な資料や情報の収集など」と答弁している。定員は陸自668人▽海自103人▽空自156人の計927人(06年度末)

※そして監視団体の41都道府県290の団体名が記され、新聞に公表されている。


          
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年金問題、さらに1430万件も       千里眼

2007年06月07日 16時16分35秒 | Weblog
 今日の新聞では、自衛隊の国民監視の問題と、この年金問題が1面を賑わしていた。今までの5000万件でも、その多さにびっくりしていたのに、さらに1430万件もの不明分が、あらたに浮かびあがってきた。社会保険庁の業務遂行のひどさかげんは、底なし沼である。

 社会保険庁の説明によると、1942年から1954年の間の古い記録で、コンピューター処理導入の際、入力をせずにマイクロフィルムに収めて保管していたそうだ。それが、今頃バレテくるとは。

 「54年4月以前に厚生年金を脱退し、その後5年以内に再加入しなかったもの
」の記録だそうだ。その理由が振るっている。「使用頻度が低い」からだそうだ。こんな理由がどれほど国民を愚弄していることになるのか、社会保険庁や厚生省の高級官僚どもは、気がつかないのであろう。

 国民の納めた保険料が、グリーンピアのような保養施設に使われ、さらには、職員の公営住宅やその他の事務費にも使われるなんて、もってのほかである。

 社会保険庁長官は退任後、さらに各種特殊法人の役員を歴任し、2億から数億の給与・退職金を手に入れて、にんまりしている。これもまた許せない。
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戦争と俳句  楽石

2007年06月07日 16時11分17秒 | Weblog
ミッドウェイ海戦を遡ること5年。
こんな句が発表されています。

  未亡人泣かぬと記者よまた書くか

佐々木巽という人の句です。
昭和12年の「天の川」に「葬場」という題で掲載された
5句連作のなかの一句。

 白袴のみ霊に菊に日を湛え
 未亡人泣いてみ霊を大きくす
 未亡人泣くとき白き光みつ
 未亡人悲しみの曲に真向かへり
 未亡人泣かぬと記者よまた書くか

昭和12年は日中戦争のはじまった年。
作者の佐々木巽は明治13年生まれ。
軍医。
この句を発表した翌年に58歳で亡くなっています。

  (紙の碑・寺井谷子著より)

もう新聞は戦争賛美へと舵をきっていたのですね。
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朝日新聞に見る日本の歩み その12 ミッドウェー海戦おこる  ‥千里眼‥

2007年06月07日 08時59分19秒 | Weblog
65年前の昭和17年(1942年)6月5日から7日にかけてのことであった。ミッドウェー沖で彼我の航空戦隊が総力を挙げて、激突するという戦史上かってない海戦が戦われた。

 米軍の拠点ミッドウェー島を攻撃することによって、真珠湾攻撃では無傷であった米海軍の航空戦隊をおびき出し、壊滅しようという作戦を日本海軍は立案実行した。米海軍は暗号解読の成果もあり、日本のこの作戦内容を正確にキャッチした上で、日本の航空母艦隊の撃滅を狙った。
 
朝日新聞の6月11日の紙面では、
  「ミッドウェー沖に大海戦 アリーシャン列島猛攻 陸軍部隊も協力要所を奪取」との見出しのもと、簡単な海戦経過を記したうえ、
  「米空母二隻 エンタープライズ ホーネット 撃沈 わが二空母、一巡艦に損害」
  「太平洋の戦局此の一戦に決す」 「敵空母集団殲滅」 として、日本海軍の勝利をうたっていた。

* 実際には、連合艦隊は、動員した第一航空戦隊と第二戦隊の空母の全艦、赤城、飛龍、加賀、蒼龍をすべて失い、壊滅的打撃を受けていたのだ。

* それに対し、米海軍の空母はヨークタウン1隻失ったのに過ぎなかった。

* 大本営発表の誇張戦果、過小損害は、それまで以上のものがあった。結果は全く逆であったのだ。これ以後の大本営発表はますますひどいものになっていく。

* この海戦が太平洋戦争の大きな転換点になったのだと、一般的言われている。
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