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随筆   「惨めな?」発表会   文科系

2014年07月02日 15時34分31秒 | 文芸作品
 開けられたドアから、舞台に入ってゆく。確か舞台に向かって左端のドアだった。スポットライトが眩しい中央の椅子に着く。手にもったフェラーのタオルハンカチを譜面台の左横に、ギターを右傍らの床に置いて、椅子の高さと足台を調節する。次はその椅子に座って、譜面台の高さを調節する。ギターを構えてみてこれらが上手く行ったと確認出来たので、おもむろに調音に入る。こういうその間に、僕の紹介と、予め書いておいた自己紹介文章もアナウンスされた。
「退職後にギターを習って十年過ぎた去年、初めて発表会に出ました。なんとか弾けたので今年二回目の出場。練習を重ねてもなんか下手になっているように感じているこのごろですが、死ぬまでレッスンに通えたらと思っています」
 さて、調音も出来たところで、右に立ち上がって挨拶のお辞儀。メガネを外して床に置き、一曲目はメルツのロマンスで、二曲目がタレガの「エンディーチャとオレムス」。この10年、好きな曲だけをあれこれと入れ替えつつ今日まで20ほどを暗譜群として残しているのだが、中でも好きなこの2曲。これを弾いていてどうも、いわゆる上がってはいなかったようだ。弾き始めるまでの一連のことをさっき書いたように細々と記憶しているのだから。なのに演奏結果は、自己評価にして八割は弾けたなという去年よりもはるかに不出来で、三割ほどとしか感じられなかった。「文字通り穴があったら入りたいような。なんでこれほど惨めに感じるのかな」、演奏終了後ずーっと不思議に思っていた。でも不思議なことに、演奏経過、具体的内容の方はよくは覚えていないのである。

 一方は四分足らず、他方も三分ほどの曲だ。前者は二年ほど前から、後者はここ10年間、暗譜して定期的に弾き込んできた上に、ここ数か月は発表会用の特別な弾き込みをどれだけ重ねて来たことか。難しい数箇所は千回では到底済まないだろう。なのに特に一曲目なんかは、弦に指、爪がかかっている感じがしないのである。爪で弦を怖々と撫でているようで、もちろん良い音など皆無であると感じ続けていた。ただ弾くだけなのは嫌いで先生と相談して随所に自分の思い入れ箇所が設けてあるのだが、そんなイー部分でことごとく予定外の音が鳴る。あっ擦れたとか、あっ鳴っていないとか、そんなことの連続という印象ばかりが残っている。後で振りかえればここ数か月右手指の大改造をしてきて、かなり不安定だなーなどと、改めて思い知ったことが響いていたのかも知れない。

 さて、同じような年齢でギターの全てをすぱっと止めた人がいる。レッスンに通うのを止めた人もいる。彼らに比べれば僕などは退職後に先生についたギターだから、劣化は今もこれからも、もっともっと激しいだろう。だけど止めないと決めている。下手になったらもっと易しい曲をやればよい。同門で仲良しの小学五年ヒサキちゃんは、この発表会ではカルリの「プレリュード 10のアルペジオ・バリエーション」の第一番目だかをかなり堂々と弾いたが、あれなんかは僕の大好きな曲で、ずっと慣れ親しんできたもの。あれだけ残っても、それさえトツトツでも良いではないか。そんなことも考えてみる。どれだけ下手になっても、単純な曲でも、音楽は音楽。自分の音をあれこれと、その時出来る限りギターらしく、美しくならして、それを聴くという楽しみには代わりはない。執着に値すると感じられるものを持っていることが人生らしいと、そんな風に言い聞かせてみるのだった。
コメント (17)
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