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「よたよたランナーの手記」(149) 老ランナー最強の武器  文科系

2016年01月11日 20時48分48秒 | スポーツ
 今日11日、僕にとって9年ぶりの大記録が出た。

 いつものように30分2回で、前半がウオームアップ込みで5キロ、後半が5・3キロで、合計10・3キロ。僕のこの9年の新記録である。去年1月17日の10・1キロ、11月7日の10・2キロを抜いたということだ。これ以上の記録は2007年1月21日の北名古屋市10キロマラソンの54分18秒まで遡ることになる。とにかく嬉しい。今日の最後の15分ほどは10・7キロ時で走っていたけれど、心拍数は152、3。北名古屋市大会のように10キロマラソンを11キロ時で走り通す時も近いと思えるほどに心臓絶好調ということなのだが、その原因が先回ここに書いたことにあるのは明らかである。

 前回に、1か月続いた訳の分からない不調から脱することが出来た驚きを書いた。たったこれだけのことで同じ時速10キロの心拍数が10近くも下がるのかと、我ながら心底驚いて、こう書いた。
『今日の気づきから、近くまた近年の最高記録が出るような気がしてきた。
「脚を蹴ったら、その瞬間の膝をちゃんと伸ばす」
 考えてみればこれって、「大きい筋肉を使って大きく走れば、疲れない」の最大ポイントではなかろうか。こんな大きな知恵を自分が忘れていて、それで不調の原因を「老化」のせいにするって、そんな濡れ衣を着せられる「(体の)老化」って、かなり気の毒なお方だ。体遣いの記憶や、その知恵を忘れるという老化を、体のせいにしていたわけである。老人のトレーニングでは、とにかく言葉(にして覚えていること)が鍵、一大事である』

「脚の大きな筋肉を使って、しっかり蹴って、大きく走る」は、ランナーにとって常識に属する知恵。これにこの日、この気づきを付け足して走っただけなのである。
「脚を蹴った瞬間にその膝をちゃんと伸ばす」
 この事を初めて意識して7日に走ったら、同じ10キロ時の心拍数が、不調の前の145程へと下がってきたのだった。

 そして9日。同じ走り方から心拍数が落ち着いているという意味ですごく好調だったのでつい走りすぎてしまい、右足首に違和感が出たから45分でやめた。後半の15分を10・5キロ時で走っていて、さらに速度を上げた時にこの違和感が生じたのだった。心臓が好調だと筋肉系に無理が来るって、年寄りランはやっぱり難しいのである。この違和感は、考えてみれば無理もないこと。「膝を伸ばす」も含めて「大きな走り」に換えてからは、10・5キロ時でもピッチ数は160程に留まっているのだ。同じ10・5キロ時ならピッチ180近い以前とは違って、脚の一歩一歩に大きな負担が来るわけである。
 だがこの日、違和感だけでラン中止というこの判断が良かった。その後この脚をしっかりケア、強化もして11日に臨んだ結果が、以上の通りなのである。

 この体験からも、心臓病対策という特異な経験をしてきた僕にしか書けない「老人ランの秘訣」が書けるようだ。
 心臓病ゆえずーっと心拍計を使って走ってきたから、最も心臓に負担がかからない自分の身体の使い方をずーっと求めて来られたのである。老人ランナーにとっては、この知恵は最も大切なものだと思う。「筋肉は鍛えられるけど、心臓自身は鍛えられない」とよく言われるように、老人ランナーにとっては心臓が最も不安なものだからである。同じ時速でもその心拍数をどんどん下げられるなら、安心とか走力向上という意味で誰にとってもこんな嬉しいことはないはずだ。
 僕はこの「秘訣」に導かれつつここまで来たと言える。同じ10・5キロ時で心拍数160にもなる人が、ちょっとした体遣いの改良でこれを150に落とせる。思えば僕は、この事を繰り返してきたのだった。この変化が、常用速度の飛躍に繋がった。それも、こんな年齢で、2010年前後3年も完全ブランクがあったにも拘わらず。

 ランナーにとって、特に老人ランナーにとっては、心拍計のようなこんな偉大な道具はちょっと無いのではないか。今つくづく、そうふり返っている。
コメント (5)
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