冬の朝、女の子 S・Yさんの作品です
なにかの拍子に、古いこと、おもに子どものころをよく思い出すようになった。
年をとった証なのだろう。未来よりも、過去の時間のほうが多くなったのだもの。
例えば夕暮れどき。洗濯物を取り込みながら、季節の風や匂いを感じると、言いようのない切なさを感じたりする。夕焼けの雲の間から落ちる光には言葉に出ないほどの神々しさを感じ、神の存在さえ感じてしまうほどだ。
西の空が茜色に染まりかけ、鳥の群れがねぐらへ帰って行く。それを見ていると、決まって私の胸の中には、里の、子どものころの光景が蘇ってくる。
子どもの頃の遊び場は、お寺の境内と、隣接した保育園の運動場だった。誰でも自由に出入りができた。夕刻「ゴーン、ゴーン」という寺の鐘の音を聞くと、それを合図のようにして子どもたちは散って行った。必ず、誰かが、
── 夕焼け小焼けで日が暮れてぇ
山のお寺の鐘が鳴るぅ ──
歌いだして、それぞれに口ずさみながら帰った。ほとんどの子が子守りを兼ねていたので、弟妹を背におぶったり、手を引きながらであった。
その中にお寺(尼寺)の子がいた。私より二つ年上で時々一緒に遊んだ。おとなしい、かわいい子だった。
歳月が過ぎて中学生になったある日、家の玄関に彼女が立っていた。冬の朝、まだ道路も凍てついている早い時刻。寝起きだった私の目にも、彼女が托鉢に歩いていることは分かった。下駄履きの白い素足が真っ赤になっていた。母がごくろうさまと言いながら、彼女の首から掛けた袋の中にお米を入れた。後女は黙って頭を下げると帰って行った。
彼女は中学三年で成績も優秀だったと聞いていたが、進学することはできない。当時、この地域ではまだ児童施設が少なかったのか、親のない女の子が、尼寺で多く面倒をみてもらっていた。みんな中学卒業と同時に髪をおろす。彼女もその中のひとりだった。
親がないのは彼女のせいでない。それなのにどうして? 恋愛も結婚も、家族も持てないなんて……。
私は、何年たっても、あの冬の朝の光景が忘れられない。
黙って背を向けて帰って行ったあのうしろ姿。今の、こんな時代だからこそ、よけいに思い出されてならない。
托鉢のとき、彼女が手にしていた小鈴のやさしい音色がいまだに耳に残っている。
なにかの拍子に、古いこと、おもに子どものころをよく思い出すようになった。
年をとった証なのだろう。未来よりも、過去の時間のほうが多くなったのだもの。
例えば夕暮れどき。洗濯物を取り込みながら、季節の風や匂いを感じると、言いようのない切なさを感じたりする。夕焼けの雲の間から落ちる光には言葉に出ないほどの神々しさを感じ、神の存在さえ感じてしまうほどだ。
西の空が茜色に染まりかけ、鳥の群れがねぐらへ帰って行く。それを見ていると、決まって私の胸の中には、里の、子どものころの光景が蘇ってくる。
子どもの頃の遊び場は、お寺の境内と、隣接した保育園の運動場だった。誰でも自由に出入りができた。夕刻「ゴーン、ゴーン」という寺の鐘の音を聞くと、それを合図のようにして子どもたちは散って行った。必ず、誰かが、
── 夕焼け小焼けで日が暮れてぇ
山のお寺の鐘が鳴るぅ ──
歌いだして、それぞれに口ずさみながら帰った。ほとんどの子が子守りを兼ねていたので、弟妹を背におぶったり、手を引きながらであった。
その中にお寺(尼寺)の子がいた。私より二つ年上で時々一緒に遊んだ。おとなしい、かわいい子だった。
歳月が過ぎて中学生になったある日、家の玄関に彼女が立っていた。冬の朝、まだ道路も凍てついている早い時刻。寝起きだった私の目にも、彼女が托鉢に歩いていることは分かった。下駄履きの白い素足が真っ赤になっていた。母がごくろうさまと言いながら、彼女の首から掛けた袋の中にお米を入れた。後女は黙って頭を下げると帰って行った。
彼女は中学三年で成績も優秀だったと聞いていたが、進学することはできない。当時、この地域ではまだ児童施設が少なかったのか、親のない女の子が、尼寺で多く面倒をみてもらっていた。みんな中学卒業と同時に髪をおろす。彼女もその中のひとりだった。
親がないのは彼女のせいでない。それなのにどうして? 恋愛も結婚も、家族も持てないなんて……。
私は、何年たっても、あの冬の朝の光景が忘れられない。
黙って背を向けて帰って行ったあのうしろ姿。今の、こんな時代だからこそ、よけいに思い出されてならない。
托鉢のとき、彼女が手にしていた小鈴のやさしい音色がいまだに耳に残っている。