6 ストイコビッチのスタイル
このシリーズの最後として、監督のストイコビッチのやり方を、彼の言葉、行動、来歴などからまとめあげてみたい。
①最初に、彼がどういうチームを理想としているかということだ。
「チームとしての『自分らのスタイル』を持つこと」を彼は常に強調する。その『自分らのスタイル』とは、先ず最低限こういう特徴のものであろう。
「ボール・ポゼッションを重視する全員守備・全員攻撃の攻勢的サッカー」
「ワンタッチ、ツータッチで繋いでいく、シンプルなパスサッカー」
そして、「そういう自分らのスタイルを理解する『フットボール・インテリジェンス』を選手全員に最も強く要求するスタイル」
さて、以上は選手として自分自身が一番重視してきたことを語っているに過ぎない。彼はこんなことも言っているのだから。
「最も重要なことは、私がサッカーを理解しているということです。なぜなら、ピッチの上で選手が何をすればいいのかというメッセージを示すのが、私の仕事だからです」(「フットボール・ダイジェスト4月29日号」から)
②確かに彼自身がそういう選手だった。選手としてのキャリアで最も華やかな舞台は90年ワールドカップ・イタリア大会であるが、世界を沸かせたそのゲームで当時25歳の彼はその『フットボール・インテリジェンス』を十二分に見せてくれた。ベスト4を賭けてマラドーナのアルゼンチン(前回86年の優勝国)と闘い、PK戦で敗れた好ゲームが、後の語りぐさになっているのだ。前半30分ほどで1人が反則退場。延長戦を含めた残り90分ほどを、オシム・ユーゴは、アルゼンチンと互角以上に10人で闘ったのだった。この大会で監督を務めたイビツァ・オシムはこう振り返っている。
「技術が高いだけでない。ピクシーは人を動かして、自分も動ける。彼はセルフィッシュではないコレクト(正しい)な選手だった」
「汗かきもオトリになることも厭わない選手だった」
(以上、集英社、木村元彦「オシムの言葉」より)
80~90年代、分裂前の旧ユーゴは世界の人材の宝庫。イタリア、スペインで大活躍した選手が多い。その全盛期の代表選手がピクシーなのである。
③その『自分らのスタイル』に自信があるからなのだろう。ピクシーはこんなことも語っている。
「私はここまでグランパスの選手たちに、勝てというプレッシャーを与えたことはありません。まずは、チームとしてのスタイルをしっかりと作り上げること。そうすれば、結果は自ずと後から付いてくるものだからです」(同上「フットボール・ダイジェスト」)
選手個人に対しての彼は、非難がましいことはいつもほとんど言わなくて、ポジティブな発言が多く、「褒めて育てる」やり方の人のようだ。このやり方で育ちなおした典型が、例えば玉田圭司であろう。彼は久々に日本代表に入り、この24日のコートジボアール戦で先発して1点を上げている。
④その代わり、ストイコビッチ自身はもの凄く勉強、努力をする。以下は、非常に頭の良い人の言葉だと、僕は思う。
「新しいチャレンジではありますが、何をやったらいいか、という迷いは一切ありません。(ここで質問「まったく?」。これに対しても)
「はい(笑い)。自分のすべきことを整理できていますし」
また「去年のグランパスの試合はDVDでほとんど観ましたが、そこにはたくさんの問題がありました。まとまりがない。コンパクトさもない。スペースも与えている。これではカウンターアタックを食らいやすい。(中略)そして、一番の問題はチームの団結力がなかったこと。これはすぐに変えなくてはいけないと思いました」
(以上も、同上誌から)
これで、本当に勝てて行くことになったら、実践的にも真に頭の良い人だと証明されるわけだが、相手もあることだし、僕にはそれはまだまだ分からないとしか言えない。それほどに現在の日本サッカー界が激しく発展している、下克上の時代だからである。
(終わり)
このシリーズの最後として、監督のストイコビッチのやり方を、彼の言葉、行動、来歴などからまとめあげてみたい。
①最初に、彼がどういうチームを理想としているかということだ。
「チームとしての『自分らのスタイル』を持つこと」を彼は常に強調する。その『自分らのスタイル』とは、先ず最低限こういう特徴のものであろう。
「ボール・ポゼッションを重視する全員守備・全員攻撃の攻勢的サッカー」
「ワンタッチ、ツータッチで繋いでいく、シンプルなパスサッカー」
そして、「そういう自分らのスタイルを理解する『フットボール・インテリジェンス』を選手全員に最も強く要求するスタイル」
さて、以上は選手として自分自身が一番重視してきたことを語っているに過ぎない。彼はこんなことも言っているのだから。
「最も重要なことは、私がサッカーを理解しているということです。なぜなら、ピッチの上で選手が何をすればいいのかというメッセージを示すのが、私の仕事だからです」(「フットボール・ダイジェスト4月29日号」から)
②確かに彼自身がそういう選手だった。選手としてのキャリアで最も華やかな舞台は90年ワールドカップ・イタリア大会であるが、世界を沸かせたそのゲームで当時25歳の彼はその『フットボール・インテリジェンス』を十二分に見せてくれた。ベスト4を賭けてマラドーナのアルゼンチン(前回86年の優勝国)と闘い、PK戦で敗れた好ゲームが、後の語りぐさになっているのだ。前半30分ほどで1人が反則退場。延長戦を含めた残り90分ほどを、オシム・ユーゴは、アルゼンチンと互角以上に10人で闘ったのだった。この大会で監督を務めたイビツァ・オシムはこう振り返っている。
「技術が高いだけでない。ピクシーは人を動かして、自分も動ける。彼はセルフィッシュではないコレクト(正しい)な選手だった」
「汗かきもオトリになることも厭わない選手だった」
(以上、集英社、木村元彦「オシムの言葉」より)
80~90年代、分裂前の旧ユーゴは世界の人材の宝庫。イタリア、スペインで大活躍した選手が多い。その全盛期の代表選手がピクシーなのである。
③その『自分らのスタイル』に自信があるからなのだろう。ピクシーはこんなことも語っている。
「私はここまでグランパスの選手たちに、勝てというプレッシャーを与えたことはありません。まずは、チームとしてのスタイルをしっかりと作り上げること。そうすれば、結果は自ずと後から付いてくるものだからです」(同上「フットボール・ダイジェスト」)
選手個人に対しての彼は、非難がましいことはいつもほとんど言わなくて、ポジティブな発言が多く、「褒めて育てる」やり方の人のようだ。このやり方で育ちなおした典型が、例えば玉田圭司であろう。彼は久々に日本代表に入り、この24日のコートジボアール戦で先発して1点を上げている。
④その代わり、ストイコビッチ自身はもの凄く勉強、努力をする。以下は、非常に頭の良い人の言葉だと、僕は思う。
「新しいチャレンジではありますが、何をやったらいいか、という迷いは一切ありません。(ここで質問「まったく?」。これに対しても)
「はい(笑い)。自分のすべきことを整理できていますし」
また「去年のグランパスの試合はDVDでほとんど観ましたが、そこにはたくさんの問題がありました。まとまりがない。コンパクトさもない。スペースも与えている。これではカウンターアタックを食らいやすい。(中略)そして、一番の問題はチームの団結力がなかったこと。これはすぐに変えなくてはいけないと思いました」
(以上も、同上誌から)
これで、本当に勝てて行くことになったら、実践的にも真に頭の良い人だと証明されるわけだが、相手もあることだし、僕にはそれはまだまだ分からないとしか言えない。それほどに現在の日本サッカー界が激しく発展している、下克上の時代だからである。
(終わり)